②第4話 離婚後の「フラッシュバック」
いざ、家を出ていく日が決まってみると、妻の対応が少しだけ変わってきた気がした。
私と離れることに、一抹の寂しさを感じてくれたのだろうか?
このブログだけ通してみれば、少し自由奔放すぎる妻だが、当然彼女には、彼女の魅力がある。
忙しい日々の合間だが、私との時間をなるべく取ってくれるようになり、私は嬉しかった。
少し時間に余裕ができたので、今までずっと見ることができなかった、テレビ番組の録画を一緒に消化していく。
「魔法のレストラン」「秘密のケンミンショー」「アド街ック天国」
録画番組の大半は、ほとんどグルメ番組だった。
バラエティーだと、「水曜日のダウンタウン」や「キスマイBUSAIKU」なんかを彼女は楽しんでみていた。
キスマイBUSAIKUは、「ケンカをした彼女との仲直りの仕方」みたいなテーマをもとに、ジャニーズのメンバーが、自分なりの方法で挑む番組だ。
ひとりひとりに審査員から点数がつけられるのだが、毎回、あまりにも酷い対応のメンバーがいて、「あいつやばい!」なんて二人でおなかを抱えて笑っていたものである。テレビを買ってよかったな。と、思う瞬間だった。
しかし、いざ離婚した立場で自分のケンカの対応方法を考えてみると、人のことを笑っている場合ではなかった。私の対応方法は、どう考えても0点だったことに気がついた。
自分を客観的に認知するのは難しい。今回の件も、スタジオで「やばい」と笑われるだけで済んだら良かったのに…。
そんなことを思いながらも、なぜか毎日は楽しかった。離婚後は、少しぎこちなかった関係も、離婚前、むしろ新婚初期に近い雰囲気まで戻れた気がする。
終わりがわかっていることは、実は素晴らしいことなのかもしれない。
ある日、二人がお気に入りだった紅茶専門店に訪れた。コロナによる影響で、その日以降は、しばらくお休みになってしまうらしい。最後に彼女の好きだったミントのミルクティーを飲めば、彼女も喜ぶだろう。そう期待しながら、お店の席についた。
お店では、彼女から入居日が急に4月15日から29日に変更になったと報告があった。
理由としては、新居のクリーニングに時間が必要だということらしい。
私は、率直に言って、驚いた。そして不信感で胸がいっぱいになった。
家に住むことによって初めて収入を得る賃貸マンションが、わざわざ2週間近くも入居を遅らせるだろうか?
最初は、実は不倫相手側に同居するつもりなんてないのではないか?と、疑ったが、話をよくよく聞いてみると、「申し込みの手続きが遅かった」ということが理由らしい。
普通、マンションの初期費用の支払いなんて後日で良いのに、彼は仮押さえの申し込みすらしていなかった。のちにお金の工面ができてからも、段取りが悪く、賃貸の保証人の確保に手間取っていた。
不倫相手は、最初は自分の親を保証人にしたかったようだが、どうも断られたらしい。
そもそも、離婚の意思の報告と、新たな結婚についての報告を彼の両親にきちんとできたのは、私が離婚を成立させてからだった。つまり、4月1日以降となる。
…あまりにも手際が悪すぎる。
なぜ、彼は、両親に報告するのがそんなに遅かったのだろう?
2月の時点で少なくとも私たちは離婚する方針は決まっていたし、3月10日前後には、4月1日の離婚も決まっていた。
私はおせっかいだな。と、思いながらも、この時期は物件も埋まりやすいし、引っ越しの業者もつかまりにくいから、早めに内覧して仮押さえでもしたほうが良いよ。と、3月上旬から妻には伝えていた。
しかし、結局彼の行動は遅く、限られた物件からの選択を迫られ、その物件すらも、4月の末での契約となった。
ついでに言えば、この日の段階では、新たに立てた保証人の「審査待ち」の状態で契約は不確定だった。本来は親族に限らなくてはいけないところ、仕方なしに友人を立てたようだ。最悪の場合、4月の末にすら間に合わないかもしれない。
私は、なんだかイライラしてきた。
「離婚」という勇気ある行動を「自分」のためにしてくれた元嫁が、前の旦那の家に住んでいることを彼は恥ずかしく思わないのだろうか?もしも、私が逆の立場であれば、正直、絶対に許容できない。
しかも、物事がうまく進まないことで板挟みになるのは、結局は妻である。
LINEの交換もしているのに、何の報告もしてこない彼は、実に不誠実だな。と、心底思った。
私は、妻に自分の思っていることをまくしたてた。できるだけ感情は排除して、事実だけを並べたうえで、伝えてみた。これだけの事実があれば妻も私に近い解釈をしてくれる。そう思っていた。
「彼は一生懸命がんばっていてくれる」
「みんながあなたのようにできるわけじゃないの」
この言葉が、離婚を通じて一番悲しい言葉だった。
事実だけを見たときに、私が求めているレベルは、そんなに高度なものだったのだろうか?
妻を幸せにするために必要なことを、できる限り、真面目に、全力でやろうとすることの、何が悪いのだろう?
私には、「頑張っている自分」より「頑張っていないように見える彼」のほうが評価されてることに、とてもガッカリした。
妻は続けてこう言った。
「あなたって、私に早く出ていって欲しいのか、欲しくないのかわからない。」
引っ越しの日が伸びたのを知って、嬉しいと伝えたのは、事実だった。ここ最近の生活は楽しかったし、もっと二人の時間が欲しいとも思った。
ただ、それと同時に不安を感じたのも事実だった。このままズルズルと生活が続いたらどうするのだろう?離婚までしたのだから、妻には早く新しい居場所で、幸せになってほしい。そんな気持ちも、伝わってないのだろうか…。
私は、再び、妻を言葉のナイフで刺した。
「出ていってほしいよ。わざわざ言わないとわからない?何のための離婚なの?できるなら今すぐにでも出ていって。明日でも。明後日でも良い。とにかく、一日でも早く出ていって。」
言い終わった瞬間、「終わったな」と、思った。
私が2か月間かけて築いてきた信頼も、これで全部失っただろう。
妻は目に涙を浮かべながら、トイレへと向かっていった。
紅茶店の中には異様な空気が流れている。
今まで何度も妻を泣かせてきたが、お店や、人前では初めての経験だ。
紅茶店の最後の思い出は、とてもひどいものになった。
自宅ではなかったし、ふたりは大人なので、そのあとは、冷静さを取り戻し、なんとか車まで戻ることができた。
車の中では、私はすぐに謝った。
本当は、心の中ですべてを納得しているわけではなかったが、今回の離婚事件の時のような、まずいご飯をひとりで食べるのはもうこりごりだ。せめて家を出ていくまでの間だけで良いから、平和に暮らしたい。
そもそも普通に考えれば、これから離れていく私より、これからの一生を過ごす彼のことのほうが大切なのは当たり前の話だ。
彼女は、そこにある「事実」をとても的確に「解釈」してたのである。
「正直手紙を読みながら別れるのやめようかと思わないこともなかった。すごく好きな気持ちを思い出した。でも逆にあなたを怖がってた自分がずっと消せません。」
これは、私が離婚を引き留めるべく、妻に送った1通目の手紙への返事である。
妻からの返信は、最初から最後まで、この一言のみだった。
しかし、妻の判断はいたって正しかったことになる。
私も、離婚をして正解だったな。と、改めて痛感した。
このブログを通じて、なんだか偉そうに語っている自分だが、本気の本気で離婚を引き留めていたのか?と、言えば、実はそうではない。
この話を聞いたときから、今に至るまで、私は絶対の自信をもって、不倫相手と結婚したほうが良い。と、思っている。時に不安になる彼女の背中を「間違いじゃないよ」と、そっと押してあげたいのだ。
だからこそ、彼の不甲斐なさとマイペースさに腹が立った。
新居を借りるのに精いっぱいで、彼は、自分の妻との離婚の目途はいまだに立っていない。
昔よりは幾分マシになったが、やっぱり妻は自宅で不安な気持ちを見せることも時折あった。
私にできることは、何も、無い。
ケンカした後の状態で、元妻をあと2週間も支えられるだろうか…。
想定外の延長戦に、私も、頭を抱えるばかりだった。
次回、最終話 離婚後の「結婚記念日」
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