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最終話:離婚と「手紙」

「もう少しで離婚だって・・・どんな気分?」

茨木市役所に向かう車の中で、私は妻に尋ねた。

いつも天然な会話をしている妻だったが、その相手の私も、こんなド直球な質問をしてしまう変わり者の旦那だった。


「別に・・・。特に実感とか無い。」

小さくつぶやく妻の答え。

私も、まったく同じ気持ちだった。


離婚をしよう。と、話し合ってから約40日。

離婚のための準備は、毎日作業のようにこなしていった。

仕事もあったし、掃除、洗濯、食事と、毎日の生活にも追われていく中で、離婚届という用紙1枚を提出するのに、いちいち感傷に浸っている暇はなかった。


ほどなくすると、見慣れていた風景が近づいてきた。

阪急茨木市駅のターミナルはとても大きい。

いつも二人で買い物に行った商店街が目に飛び込んでくる。

人気ラーメン店の「鱗」は、相変わらずの行列だ。

ドーナツ業界が厳しいと言われる中で、駅前のミスドは、まだその姿を残している。


引っ越しをしてから約5年間。

その姿は、ほとんど変わっていなかった。

大阪市内の店は、入れ替わりが激しく、すぐに街の風景は変わっていく。


こんなに小さな街だったかな?

市役所に向かう道の中で、私はずっと不思議に思っていた。

「あの頃」の私にとっては、何もかもが新鮮で思い出に詰まっていた街だったが、今見れば、実はそうでもない、ありふれた普通の街だったのかもしれない。

もしくは、この5年間で、私自身がきっと成長できたのだろう。妻との結婚生活はもちろん、仕事の職場を3回変わり、引っ越しを3度済ませ、独立開業まで経験してしまった。「あの頃」の自分とは、別人だと感じる。

そして、彼女もこの5年間で様々な試練を乗り越え、成長をし、「あの頃」の彼女とは、きっと別人になっている。素晴らしいことであり、素直に嬉しい。


市役所での手続きは、あっという間だった。

記載事項にミスがいくつかあったが、それを修正すればほどなく受理された。

これで約5年間に渡る結婚生活は、終わりを告げた。

「早く離婚をしたい」という、妻の希望を叶えることができたのだ。



離婚の話が出たときに、私には2つの選択肢があった。

と、第5話の冒頭に記載していたが、実は私には3つ目の選択肢があった。



それは、

「不倫をした彼女をすべて許し、自分の行動も反省し、もう一度復縁してもらう。」

と、いう選択肢だ。



私は、日本橋のアイドルですぐに病んでしまう人が嫌いだった。


「推し変されて悲しい。」

「一度推し始めたら最後まで責任もって推してほしい。」

「予約が少ないままだと自信を無くす。」


気持ちはわかる。

ただ、自分に振り向いてもらうために、いったい普段からどれだけ努力をしているのだろう?と、いつも思っていた。

「結婚」も「推し」も、継続していくためには努力が必要で、絶対の永遠なんてないのだ。


また、私の知り合いに離婚を経験した人がいて、その女性の言葉がひどく印象的だった。


「離婚するとしても、最後まで全力を尽くせばよかった」


その女性もまた、相手から拒絶されて離婚に至ったのだが、その際に、ただ待つばかりで、自分からは積極的に行動を起こさなかったらしい。

そのことは、今でも悔やんでいるようだった。

私はその言葉を、そっと胸に秘めた。


面白いことに、私の妻も、不倫の最中に似たようなことを言っていた。

「無償の愛なんて注げないわよ他人なんだし。運命の相手ってよく言うけど私はそんなのいないと思うのよ。運命の相手に”する”の。」

彼女の好きなドラマのセリフである。

例によって、だったら不倫せずに現旦那を運命の相手に「して」欲しいと思っていたが、私は言葉に出さずに、今の妻を運命の相手に「する」べく頑張ってみた。


私は、妻から離婚の意思を聞いてから、妻への行動を改めるとともに、離婚の日までに、合計30通の手紙を書いている。


このブログをここまで読んでいる人ならわかるはずだが、1通1通がとても長い。おおよそ1話分くらいの分量を、2日に1通のペースで送り続けた。

生々しいといわれるこのブログだが、手紙の内容はさらに熱量が高い。二人にしか分かり合えないこと・感情を含めて、とても公衆の面前に出せない内容を綴った。無理だと知りつつ、どうにか妻の気持ちが変わらないかと願った。


今振り返れば、よくそんなことできたな。と、我ながら感心する。

特に、最初の1通目に至っては、10000文字を超えていて、紙にすると、30枚にのぼる分量である。

書き上げたとき、さすがの私も、声を出して笑ってしまった。

自分のお気に入りのアイドルなどに手紙を送ることはよくあるが、どれだけ長くても4000文字くらいが関の山だ。

当たり前だが、5年間、一緒に暮らした妻のほうが愛情が深かったようだ。


手紙の返事は、最初の1通目については、少しLINEで返事をもらったが、それ以降については、特に反応をもらってはいない。

途中で一度、「私も最後に手紙を書くね」と言っていたが、結局、彼女から手紙が渡されることは無かった。


私自身は、返事が欲しかったり、手紙をもらいたかったわけではないので、気にしていない。むしろ、そのほうが良いと思っている。

あれだけ長い文章を、一度でもすべて目を通してくれたのであればそれで十分だし、そもそも彼女は自分の気持ちを「言葉」にするのが苦手なのをわかっている。


ただ、離婚がいざ近づいてきたある日、彼女が珍しく一言だけつぶやいたことがある。


「今まで彼氏と別れたときに、後悔したことなんてなかったけれど、今回の離婚だけは後悔するかもしれない。」




茨木市の市役所前には、美しい桜並木が広がっている。

季節は4月。

前日の雨にも負けず、桜の花びらたちが、綺麗に咲き乱れていた。

5年前にも、同じ場所で、彼女と桜を見たのを覚えている。

めったに写真を撮らない私が、その時ばかりは、夢中で何枚も撮っていた。


私は、妻だった女性にお願いをして、1枚だけ写真を撮らせてもらった。

彼女は、あの時も、今も変わらず、ずっと綺麗だった。


「そうだ。市役所の近くに美味しいケーキ屋さんあったの覚えてる?あそこのイチゴのミルフィーユ、いまだに超える店を見つけられないんだよね。僕のミルフィーユランキング、ぶっちぎり1位。せっかくだから買って帰ろう。」

私は、変わらず彼女に声をかける。

意地悪な私は、この2か月で彼女に魔法をかけておいた。


美味しいものが好きな彼女のために、私はありとあらゆるジャンルで、最高のものを共有したつもりだ。

これから旦那になるであろう不倫相手が、彼女を大切にせず、美味しくないものを食べさせたり、彼女に不自由を感じさせるたびに、私を思い出すようにしておいた。

彼が結婚生活を続けるのであれば、時間・気持ち・財産のすべてを彼女に費やし、すべてにおいて最優先にするしかないはずだ。


「戻ってきたくなったら、いつでも戻ってきていいよ」

何度も彼女にかけた言葉。

当然ながら返事はないが、もしかしたら、彼女の心の奥にはそっとしまわれているかもしれない。


不倫相手の彼が、常に私の魔法を超える愛情を彼女に示し、二人がずっと幸せに暮らすことを願っている。


(完)

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あとがき

最終回までご覧いただきありがとうございました。


言うまでもないですが、このブログは、90%の真実と10%の嘘で出来ています。

物語の演出上、省いてしまった出来事や、表現・順番を変えている部分もありますし、個人情報に関わる部分は、もちろん内容を変えています。

もしも、このブログを元妻が見たら、事実と全然違う!と、怒られそうなので、見つからないことを祈っています。(笑)

不倫相手についてはこのブログを読んで心から反省し、人生のすべてをかけて元嫁を幸せにしてほしいと思います。お前には魔法じゃなくて呪いをかけてやる。(笑)


さて、初回の内容から後半にかけてだいぶ内容が変わってきましたが、皆さんの感想はどうだったでしょうか?

最初は、「離婚」や「価値観の違い」や「愛情」について直接的に記載をしていましたが、後半はあえて、そういった思想的なことを記載することを避けました。

もちろん、今回の件についての私なりの解答や解釈はありますが、それを書くのも野暮なので記載するのはやめておきますね。

読んだ人の数だけ、解釈の仕方があると思います。

私と直接対面でお話できる機会がある方は、ぜひ感想を聞かせてください。

また、どこかで逢いましょう。

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