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甘々は青春也

                              冬乃月明

 一週間で彼女に振られた、ハルとジュンの短くも、甘い恋の話。

 中3冬、僕は彼女に振られた。交際期間わずか1週間。クリスマス前に付き合って、正月に振られたのだ。あまりにも早かった。交際期間が短いせいか、引き留めることもなかった。好きという感情がなかったわけではない。ただ、彼女からの淡々とした別れ話に、引き留める気持ちも薄れてしまったのだ。
「ハル、ごめん。新しく好きな人ができた。」
 そう、LINEで言い放った彼女の顔はどんなだったろう。そんなことも考えないまま僕は、
「そう。今までありがとう。」
 こう返し、LINEをブロックしたのだ。怒りに触れたのではない。ただ、形容しがたい感情が、心の中でざわめいていた。その後、彼女と口を聞くことはなかった。卒業式の日に、彼女の友人から、
「ちょっとはあの子の話も聞いてあげて!」
 と懇願されたが、そんな気にもなれず、適当にあしらい、学校を出た。
 高校ではせめて甘々な青春というものを味わってみたいものだ。そんな期待を胸に、僕はこの春、新しい制服に袖を通した。

 僕は頭がいいほうとは言えない。ただ悪いとも言えない。普通だ。しかし、高校の学習内容というのは難しいもので、予習復習を怠れば、一気に成績が落ちる。そうならないためにも、普段から家で勉強をしていたが、今日はついに2年目の一学期中間考査が行われる一か月ちょっと前になった。ちなみに中間考査は6月下旬に行われるため、さすがに気合を入れて勉強していかなければ、成績を維持するのは難しい。ということで、図書室に来た。1か月以上前であるので、テーブルは空いている。どうせなら広いところで勉強をしたいので、6人掛けのテーブルに教科書を広げた。
「よっこせぇぇ。」
 若干ではあるが、初夏の暑さにうだってしまった。今日はいつもに比べて熱くないか?
「よし。」
 勉強を始める。とりあえずは、既習事項の確認からやって演習をした。勉強を始めて数巡分したところだろう。誰かが話しかけてきた。
 「勉強してるの?偉いね。」
 聞いたことがあるようでないような女の人の声がして振り返ってみると、先ほどまで受け付けに座っていた先輩女子のようだった。しかし、僕の目は彼女の姿にくぎ付けになった。ほっそりした体躯。少し暑くなってきた機構であったが、タイツをはいていた彼女の脚は、より細さを強調している。しかし、引っ込むところは引っ込んで、出ているところは出ているからだ。腰までに至る黒髪は結ばず、垂らしていた。そして、何より、透き通るような琥珀色の目に吸い込まれるような感覚を覚えた。実に
「キレイだ………」
「はぇ!?」
「え?」
 なんだなんだ?あれ、もしかして、声に出ちゃった?やばいやばい。誤解される。
「す、すみません。いきなり」
 すぐに謝った。いやしかし、この目はどこかで見たことがあるような気がする。
「いや、いいんだ。それにしても、勉強しているってえらいな。テストまであと3週間もあるぞ。」
「いえ、頭がいい方ではないので、勉強をしないと次の中間でコケるかもしれないんですよね。そうならないために早めに対策を」
 僕が話しているところに、先輩女子は唐突に言った。
「じゃあ私が教えてあげよっか?先輩様に任せたまえよ!……おっと。声が大きかったな。」
 周囲の人にぺこりと謝り、続けた。
「私こう見えて成績いいだぞ。この学校の上位に来るくらいには。」
「さようですか。結構です。」
「いいのか~こんな機会めったにないぞ。」
うだうだ言って引かない。すると
「この子が成績いいのは本当だよ。」
 また聞きなれない女子の声だ。
「速水景。3年でこの子、ジュンと同じクラス。」
 と自己紹介を軽くした。どうやら同じクラスだから、彼女の成績も知っている模様。そして彼女の名前はジュンというらしい。
「どうも。ハルです。2年です。」
「ハル君っていうんだぁ!」
 ケイがいきなりハイテンションになった。なんか明るい人だな。
「で、どうする?教えてもらいたい?」
 ジュン答えを要求してきた。すると、ケイが
「いいんじゃない?教えてもらえば。この子が男子に興味を示すってなかなかないし、最も女子にも教えようとはしないからね。人気あるのにねー、もったいない。」
 僕が答えを渋っているとジュンが答えた。
「ちなみに、そこの答え間違ってるんだよな~。」
「えっ?」
 驚いた。本当に間違っていた。それもこの問題は結構難しい問題だって解説には書いてある。この人本当に頭がいい。
「ね?で、どうするよ。」
「よろしくお願いします。」
 こうしてジュンとの初対面を遂げ、ジュンとの放課後勉強の時間が幕を上げた。

 私が彼と初めて会ったのは私が1年生だったころか。しかし、彼はそんなこと覚えていないだろう。ちょうど新入生の合格発表の日だった。私は体調が悪かった。後の診断では、胃腸炎にかかっていたらしい。しかし、そんなことも知らずにただの腹痛だと思っていて学校に登校したが、学校に着くなり急変。急な吐き気を催し、ちょうど歩いていた1階昇降口脇の手すりにつかまりながら、座り込んだ。合格したであろう新入生が次々に通り過ぎていく。私は、先生が来るのをじっと待っていたが、我慢の限界が来た。
「う、お_____」
 嘔吐してしまった。意外と声なんて出ないものだな。感心したのも束の間、再び、胃から今日の朝食がせりあがってくる。
「お______」
 再び嘔吐した。若干気持ちが楽になった。少し休んで保健室に行こう。そう思ったとき、いきなり、私の吐瀉物に土がばらまかれた。
「へ?」
 何とも意味の分からない反応(こえ)が出てしまった。花壇にあった土がばらまかれたのだろう。そっと顔を上げると、学ランの少年が立っていた。新入生だろう。
「大丈夫ですか?」
「見てわからんか?大丈夫じゃない。」
「そうですね。」
 苦笑いで答える少年は、そっと私のそばに座り込んで、背中をさすってくれた。先生も助けに来ない、新入生も助けを呼んでくれない。そんな状況だったのに、彼は自ら助けてくれた。そのやさしさに私の視界は滲んでしまった。しかし、また逆流物がのどを通ってきた。
「_____」
 もはや声すら出なくなっていた。
「少しは楽になりました?」
 背中をさすりながら、言ってきた。私は、コクコクとうなずく。
「では、ちょっと失礼します。」
 そういいながら、少年は私の脚と背中に腕をまわし、そっと持ち上げた。お姫様抱っこというやつだ。こんなことされたことあるだろうか。いやない。それも初対面の男だ。
「いや、ちょ……」
「すみません。立ったら、また気持ち悪くなるだけかもしれませんので。保健室の場所は、見学会で見たので大体把握しています。」
「すまないな。せっかく合格した日なのに、こんなのに付き合わせてしまって。」
「いいんですよ。これからは先輩、後輩となるんですから。」
 私は彼のやさしさに甘えた。それと同時に、涙が込み上げてきた。
「すまない」
 私は小さな声で言った。しかし、彼は何も言わなかった。聞こえていないのか、それとも聞こえていないふりをしているのか。どちらかわからない。まもなく保健室に到着した。
「すみません。先生、彼女、廊下で、しゃがみこんでて、いきなり吐いたので、連れてきました。」
「あら。大変。すぐにベッドに運んで。あとは私がやるから。」
「ありがとうございます。」
「ところで今日は合格発表だったはずだけど、君は新入生?」
「はい。そうです。」
「そう。おめでとう!私は、校医の椚です。よろしくね。」
「よろしくお願いします。では、僕は掃除に行ってきますので、これで。」
「掃除はこちらでやるから、入学手続き済ませてきなさい。」
「ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこっちよ。ありがとう。」
「はい。では行ってきます。」
 そういって、彼は静かに保健室のドアを閉め、手続き会場である会議室に向かった。
「彼、いい子だったね。」
「はい。そうですね。」
 全く同感だ。吐瀉物の処理も手馴れていた。こんな優しい人はこの世にいたのかと疑問に思うくらいだった。
「あとはこっちでやるから、あなたは休みなさい。」
「はい……」

 それからしばらくして、起きたのは放課後だった。新入生はとっくにいなくなり、私の吐瀉物は跡形もなくなっていた。そして分かったことが一つ。彼はハルというらしい。

 1学期の中間試験は毎年6月下旬に行われる。今はその3週間ほど前といえる6月初旬だ。そのために僕とジュンは中間試験の勉強を図書室で行っていた。
「あづい。そろそろ夏だな。ハル君。何かやりたいことはないか?」
 ちょっとした暑さにうだるような声を上げるジュン。
「やりたいことないかといわれましても、中間テスト終わってないじゃないですか。てかなんで3週間も前なのに頭のいいジュン先輩は一緒に勉強してるんですか?」
 正直疑問だ。普通なら2週間ほど前から勉強を始めるだろう。まして、ジュンは勉強ができる。なのになぜ3週間も前から勉強をしているのだろうか。
「私の成績は普通よりいいくらいで、1位をとっているってことでもないし、完璧人間ってわけじゃないからな。君と同じ普通だよ。」
 意外な返答だ。教え方がこんなにうまいから、1位を取っているのかと思った。
「そうですか。でもこの中間で成績とらないと遊びになんていけませんよ。」
「なんだ?ご両親にでも束縛されているのか?」
「いや、僕が不安なだけです。これでも大学には行きたいので。」
「ハル君は律儀だなぁ。ご両親が厳しくないなら遊べばいいだろうに。」
 うらやましい。というような口調で言ってきた。するとジュンは重ねて
「そうだ。これから中間試験が終わるまで、私が毎日勉強を見てあげよう。成績は保証するぞ。休日は学校が開いていないから、き、君の家になると思うが」
 ………………は?
 何を言ってるんだこの人は。そもそも知り合って一か月もしていない人の家に行こうと思うか?それも男。否。それは断じて否である。
「何言ってるんですか?ぼ、僕、男ですよ。」
「そ、そうだな。うん。」
「家に上げて部屋で二人きりなんですよ!?それがどういう意味だか分かってます?」
「ただ勉強を教えるだけだ。それともなんだ?見られてやましいものでもあるのか?……それとも私を家に上げて押し倒そうと!?……私はそれでもいいけ」
「何言ってるんですか、そんなことしませんよ!?勉強を教えてくれるんですよね。わかりましたよ!」
「(なんだ期待したのに…)ボソ」
 ジュンが何かつぶやいたような気がしたがうまく聞こえなかった。
「何か言いました?」
「う、ううん。何も…。」
 なんだ。今ジュンの顔が少し赤くなっていたような。それと同時に顔を僕からそらした。ちらっと見えた顔はやっぱり赤くて、やっぱりかわいかった。
 この時からだろう。ジュンを意識し始めたのは。
 目覚ましで目が覚める。いつもと変わらない朝。しかし一つだけ違うことがある。今日は土曜日。当然学校は休み。そうXデーだ。ジュンが我が家にやってくる。勉強を教えに来る。もう一度言う。勉強を教えに来る。大事なことなので2回言った。やましいことをするのではない。勉強をするのだ。そんな思いを巡らせていると、家のインターホンが鳴った。
『おはようございます。ジュンです。』
「今開けます。」
「おはようございま……」
 ジュンの私服だ。制服とは全然違う雰囲気が出ている。くるぶし丈のスキニージーンズに白のシャツ。その上には薄手のロングなカーディガンを羽織っている。長い黒髪はいつもとは違い、ポニーテールになっていた。普段とは違う姿に、僕は絶句した。綺麗すぎる。
「どうしたハル君。いつもとは違う私の姿に惚れたのかい?」
 そういって少し腰を曲げ、下から見上げてきた。
「_____っ!ちがっ、わないですけど」
小さな声でそうつぶやいた。はずだった
「なっ!」
 どうやら聞こえていたらしい。
「す、すみません。い、いつまでも、玄関にいちゃアレですし。」
 僕はそういいつつ、左手を家の中の方へ指した。
「どうぞ」
「ご丁寧にどうも。これがハル君のお家か。」
 そう。今、女の人を初めて家に上げている。
「あれ、兄やんが彼女連れてきてる~。わ、きれいな人だね」
 一番見つかってはいけない人に会ってしまった。妹のルイだ。いつも俺をからかっては遊んでくる。どうせ、僕がジュンを連れてきたのもからかってくるのだろう。
「こちら、ジュン先輩。勉強ができるから、僕に勉強を教えに来たの。」
「なぁーんだ違うのか。全力で甘えてやろうと思ったのに。」
 客人に対して失礼な人だな。っと、ジュンがルイを見て「?」顔で立っていた。
「ジュン先輩、こちら妹のルイ。中2です。」
「よろしくね、ルイちゃん。残念ながら私とハル君は恋仲じゃないよ。」
「よろしくお願いします。じゃあ彼女になるかもしれないのでジュン姉って呼んでいい?」
「「えっ?」」
 いきなりぶっ飛んだことを言ってきた。早くルイを止めなければ。変な誤解を生んでしまうかもしれない。
「す、すみません。せんぱ…」
 言いかけたところでジュンの声にさえぎられた。
「ま、まあ構わないよ。」
「やったぁー。じゃあ、私も今度ジュン姉に勉強教えてもらおー!」
「ああ、構わないよ。」
 なんか盛り上がってしまった。僕は台所に行き、お茶とコップを二つ、お盆に乗せて持っていく。
「じゃあ、ジュン先輩、行きましょう。2階です。」
「ああ、すまないね。」
 そういってジュンは、ルイにバイバイと手を振り、僕についてくる。
「なんかすみません。ルイがいきなり。」
「いや、いいよ。かわいいものだよな。妹というのは。」
 同感だ。別にシスコンというわけではないが、ルイが生まれたときこそ僕は幼かったが、かわいがって接していたのをよく覚えている。今は生意気な子になってしまったが、それでも、妹というのは家族として愛おしく感じるものだ。
「ここです。」
 僕は、お盆を片手でもち、もう一方の手でドアを開ける。
「おー。意外と普通だな。」
 そうだ。僕はオタクではあるものの、マンガやライトノベルが好きなだけなので、本棚が異様におおきい。それ以外は特筆すべきことはあまりない。テレビがあって、その横にはゲーム機がある。
「じゃあそこの机でやりますか。」
「ああそうだな。じゃあ何からやる?」
「うーん。英語で。」
 こうして僕らのおうち勉強会が始まった。
 勉強も数時間続き、少し疲れが出てきた。そこで僕がジュンに提案をする。
「少し休みませんか?」
「そうだな。少し休憩にしよう。」
 僕は教科書を閉じ、ペンを筆箱にしまったところでふと思い出した。
「そういえば、冷蔵庫にゼリーがあったような。食べます?」
 僕が聞くと、ジュンは申し訳なさそうにしていたが、よほど甘いのが好きなのだろう。目を光らせながら、しかし、遠慮気味に、
「じゃ、じゃあもらおうかな。」
「わかりました。とってくるんで少し待っててください。」
 僕はそう言って、ジュンを部屋に残し、リビングへ向かった。

 今日、今日絶対言うんだ。ハル君に言うんだ。「あの時助けてくれてありがとう。大好き」と。ケイにもたくさん相談した。今日言わないと絶対にチャンスを逃しちゃう気がするんだ。
今日絶対に!

 僕が下に降りると、ジュンがソファーでくつろぎながらテレビを見ていた。
「んあ?あぁ、兄やん。どしたの?」
「ちょっと休憩にゼリーでもと思って。」
「あー。いいんじゃない?ところでさ、順調?」
「勉強は順調だよ。」
 僕はそういったが、ルイの欲しかった答えではなかったらしい。ムスッとかおをしかめた。
「違うよ!兄やん、ジュン姉のこと好きなんだろ?告っちゃえよ。」
 また突拍子もないことを言ってきた。しかし、ジュンが少なからず気になっているのもまた事実だ。でも、器官が短すぎはしないか。
「気があるとしても、知り合ってそんなに時間たってないよ。それなのに告白するとかおかしくない?」
 純粋な意見をルイにぶつけた。すると、
「恋愛に期間なんて関係なくない?好きになったらそこで終わり。恋は始まるんよ。実際、ジュン姉もまんざらでもないような感じだったし。」
「ふーん」
「なんだよ。反応薄いな。」
 僕は、一週間で彼女に振られた。そのことがなんか引っかかっているのかもしれない。
「とにかく、僕から告白なんてまだはいよ。」
「そっか。でも兄やんこれだけは言っておくよ。もしそう思っているうちに、ジュン姉から告白してきても期間を言い訳に振ったりしちゃだめだよ。」
 割とマジトーン。いつも適当なルイがこんなマジなトーンで話すのは元カノ関係での相談の時以来だったかな。
「わかった。じゃあ、ゼリー持ってくよ。」
「ほーい」
 僕はルイにそう残し、ジュンの待つ自室へと向かった。

 ドアを開けるとジュンが、姿勢を伸ばして座っていた。
「どうぞ。」
「あぁ、すまない。」
 本当に申し訳なさそうだな。なんでそんなにへりくだるんだ?ちょっとよくわかんないな。
「じゃあ食べますか。」
 僕はいただきますと手をあわせ、ゼリーの蓋をはがそうとしたとこ
「あ、あの!」
 ジュンが声を上げた。なんだかもじもじしている。
「なんですか急に。改まって。」
「あ、あの。君は初めて会った時のことを覚えているかい?」
「あー覚えてますよ。図書室で話しかけてきたんですよね。」
 僕とジュンとの初対面はここのはずだ。
「君は覚えていないか。初めて会ったのは、もっと前なんだ。」
 前?僕はあの時以前にジュンと話したことなんてないぞ。
「私が1年の時、胃腸炎にかかってしまってな。生徒昇降口のところでしゃがみこんでいたところを君が助けてくれたんだ。」
 は?そんなことあったか?記憶の中を探してみる………確かにあった。あの時は、合格発表の時だったな。生徒昇降口のところで、吐いてる人見かけて、周りの人は気持ち悪がるから保健室まで連れて行ったんだっけ。
「あれジュン先輩だったんですか。」
「お恥ずかしながら。事実だ。以降、君を探して、見つかったはいいけど、話す勇気がなくってね。」
「そうなんですか?ずっと話そうとしてたんですか?」
「ああ。ざっと2年ほどな。」
 その長さに驚愕した。お礼を言うんなら、そんなに勇気を振り絞らなくていいだろうに。他にも言いたいことがあるのか?そう思っていると先輩が口を開いた。
「その。その、な?あの時は助けてくれてありがとう……。あと、あとぉ~」
 ジュンがうつむいてしまった。何も言わない。
「い、いいんですよ。僕、何回か胃腸炎になったことあるので。つらさはわかっているつもりですよ。気にしないでください。」
 僕がそういうと、ジュンは顔を上げた。そのきれいな琥珀の目はうるんでいた。そこに太陽の光が差し込み、それと同時に、ジュンから大粒の涙がこぼれる。光に照らされた涙は、流れ星のように光っていく。
「せ、先輩!ごめ」
何が悪かったかわからないが、先輩を泣かせてしまった。すかさず僕が謝ろうとしたところ、先輩が言葉を遮った。
「わたし、わたしは。君が、好きだ………。」
へ?急なことで、状況がつかめない。しかし、これはジュンの精いっぱいの言葉であることは明白だ。
「私は、君のやさしさを知って、触れて好きになってしまったんだ。」
 初夏の熱だろうか。僕を背中から熱していく。同時に分かったことがあった。僕も彼女が好きなんだと。
「先輩……。」
 僕は優しく先輩の肩を抱き、
「僕もです。先輩。」
「そっかぁ。そっかぁ。」
 ジュンの肩は震え、涙もこぼれ始める。ジュンは「よかった。」と繰り返し、僕を抱き返す。僕たちはしばらく抱擁を続けた。
 
「先輩、そろそろ勉強しましょ。」
 そう言って、ジュンを離すと、ふくれっ面をしていた。
「どうしたんですか?」
「なあ。敬語やめないか?あと先輩も。」
「そうですn」
 言いかけたところで、唇に彼女の人差し指が添えられる。
「け・い・ご!」
 可愛いな。今はすべてがかわいく感じる気がする。
「そうだね。ごめん。“ジュン”」
 僕は返す。するとジュンはニコっと笑みをみせ、
「うん。それだよ!“ハル”」
「じゃあ、勉強はじめよっか。中間も近いし。」
「うん!」
 僕と彼女“ジュン”の甘々生活はここからはじまったのだ。これはただのプロローグ。これから何があるかはよくわからない。でも、これで僕の悲願は達成される。そして続くのだ。僕とジュンの“甘々な青春”は。

 受験勉強とは酷だ。僕とジュンの時間を奪っていく。だが、これを乗り越えれば、もっと長い時間ジュンと過ごすことができる。高3になった僕はジュンと同じ大学に行くために勉強を続けている。ちなみにジュンとは3か月ほど会えていない。課題が多いらしい。
「ここは、指示語だから、ここを示す……。」
 僕はブツブツ独り言を言いながらラインマーカーを引く。その時、インターホンが鳴った。どうせ宅急便だろうな。ルイが出てくれるだろう。僕はヘッドホンをかけ、勉強をつづけた。
「お邪魔します」
「はーい。ってジュン姉!!久しぶり!」
「あ、ルイちゃん!久しぶり!はいこれ。アイスだよ。」
「わぁ。ありがとう。ハルは部屋にいるよ。」
「おっけい。ありがと。」
 インターホンが鳴ってからほどなくして、どたどたと廊下を走る音が聞こえた。
「ルイかー?何の用だ?」
 そういいながら、僕は振り返ると、扉が勢いよく開いた。
「ハール!愛しのジュンちゃんが合いに来てやったぞ!」
 そこには、ジュンが立っていた。驚いた。三か月合わないうちに、きれいさに磨きがかかっていた。
「ジュン!会いたかったよ。」
 僕らは抱き合う。3か月の空白を埋めるように抱き合った。たった3か月と思うかもしれないが、この3か月はなかなかつらかった。しかし、喜んだのも束の間、僕は勉強を続けなければならない。今日のノルマにはあとちょっとだからね。切り上げると集中力がもったいない。
「勉強に戻るよ。ジュンはくつろいでて。」
「うん。」
「とりあえずキリがいいところまで」

「よし。終わったー。」
 教科書を閉じて、ペンを筆箱にしまう。すると、いきなり脇の間に何かが入り込み、みぞおちあたりを包む。ジュンの腕だ。そう。バックハグをされたのだ。胸が多少当たっている気もする。
「よし…どうしたの?いきなり」
「ん?いんや。ちょっと会えない期間寂しくて、課題も多くて。やっと会えたからちょっとね。」
 そういいながら背中に顔をうずめる。
 僕も少し寂しかった。LINEなどを送るべきだっただろうが、大学に入ったばかりで忙しそうなジュンの邪魔をしたくなく、LINEはしなかった。それが寂しさにつながってしまったのだろう。
「ごめんな。忙しいと思ってLINEもしてなくて。」
「ほんとだよ。どれだけ寂しかったか。」
 少し声がかすれていた。泣いているのだろう。
「ごめんて。これからはちゃんとするから。」
「ほんと?じゃあもう少し頑張れる。」
「それはよかった。じゃあ今度頑張ったご褒美に温泉でも行くか?僕も予備校あるし泊りがけとはいかないけど」
「うん。行く…」
 そう言って彼女はしばらく顔を背中にうずめていた。僕は回された腕をそっと包みこんだ。
 全く。いつも元気なジュンもこういうときだけしおらしくなって甘えてくるんだよな。これがかわいくてずっと彼氏やってるといっても過言ではない。年上だとは思えないくらいだ。本当に高校の頃から変わってないよ。

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