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時にはシネフィルな夜「錆びたナイフ」

アマプラがネトフリよりオレ的にかなり優位に思えるポイントが一つあります。

それは、洋の東西問わず、圧倒的に古い映画が多く観られること。

それで、なぜだか今回は昭和33年公開の日活のモノクロ作品。それこそ次は、ジミー・ウォングの片腕ドラゴンか、バスター・キートン作品に手を出そうかと考えています。

さて、本作は製作・水の江瀧子、原作脚本・石原慎太郎 監督・舛田利雄という制作陣から見ても、当時の日活としては若く前衛的な攻めの姿勢でもあり、かなり力も入った作品。

1956年「狂った果実」「太陽の季節」でスターダムを駆け上がっていった石原裕次郎と、後に日活ダイヤモンド(アクション)ラインを組むことになる、小林旭、宍戸錠の初の3人の共演作。

当時、石原裕次郎23歳、小林旭20歳、宍戸錠24歳の時期の作品らしい。
 
 物語は、戦中の軍需工場を元に急速に工業化して発展している地方都市(宇高市という地名は宇部と高松の合体?)を舞台としているのですが、どう見ても繁華街のネオンサインや風景は当時の銀座のもの。

さすがに、セットは少し寂れた路地裏風ですけどね。
そんな舞台設定からも、作品自体が持つ雰囲気も、文芸作品なのか、無国籍アクションものか、ノアールかハードボイルド系なのか、今イチ判然としない少しジャンル的にはオフビートな印象を受けます。

それと同時に主演の裕次郎は、親友の彼女設定のヒロインである、現実でも数年後には結婚することになる北原三枝とは、いくら物語が進んでも一向にロマンス的な展開にはならないし、その一方では弟分の小林旭とは、何となく同性愛関係を匂わせる距離感で描かれています。コレは原作脚本の石原慎太郎が意図したものなのか、それともプロデューサーの水の江ターキー瀧子の意向なのかしら? オレは、後者がさもありなんと予想はしますけど。

ただ基本は、アメリカンハードボイルドの系譜に属するストーリーかと思います。社会規範よりも己の倫理や美学の方を優先したい男と、彼のその衝動を制御しながら、本来の法規的な正義の方向へと修正したい社会派ヒロイン。

キャストの中では、嬉々として(オレにはそう見える…)中ボス的な悪役を演じている杉浦直樹がものすごく好き。文字通り自ら毒饅頭に食らいつくシーンもイカれてて素晴らしい。

それにしても、本当の黒幕が内通者に指令を出すのにアマチュア無線を使ってたりする設定は、もしかしたら戦後10年も満たない当時の感覚としては、今ならばネットやSNSを駆使してサイバー犯罪に暗躍しているような感覚に近いのかも?

そんな、当時の地方から見たらおそらくまだ見ぬ未来都市である銀座の情景のインサートや王道の恋愛模様をあえてスポイルしたかのような物語の描かれ方を考えると、オレが思うにこの作品は「昭和30年代前半の日本版『ブレードランナー』」なのではないかと…。

当時の感覚からした一種のサイバーパンクSF風ハードボイルド作品としても観られるなあと思うわけですよ。

主人公は終始、自分の倫理と社会通念の狭間で自分探しをしてるしね?

そうすると制作スタッフとしては、石原慎太郎はP・K・ディックで、舛田利雄はリドリー・スコットになるわけか…。

それはそれでオレ的には興味深く複層的な含蓄を感じます。

さすがに我ながら牽強付会に過ぎるとは思うけど、見ようによってはラストシーンもブレランっぽいしね。

あと蛇足ながら、観た後、どうしてもクレジットされている石原慎太郎の原作小説とやらを読んでみたくてネット検索したのですが、どうもうまく見つからないのよ。

どなたか、わかる人がおられたらご教示いただけると幸甚に存じます。

錆びたナイフ(昭和33年)石原裕次郎は昭和32年暮れに公開された『嵐を呼ぶ男』でアクションスターとしてのイメージを確立しましたが、本作は兄の石原慎太郎が裕次郎を主人公にすることを前提に原作を書き自ら脚本化して裕次郎が主演しました。

ofuna-cinema.com




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