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さもありなん? な話かな?

なんとなくですが、以前から自分が思春期の感性に執着しているなというか、かなり縛られているなという自覚があったのですよ。

それと同時に、音楽や映画、小説や漫画などにも、確実に中2病、もしくは高2病な人向けというものが確実に存在するなという思いも。

詰まるところ、オレは見てくれだけは年寄りの分際で、もしかしたら永遠の中二病患者なのかもしれません。

あくまで私見ですが、もちろんいくつになって読んでも面白いとは思うのですが、芥川龍之介の一連の作品って、若い頃の方が刺さりません? いま読み返してみても、中学や高校の時に読んでおいてよかったなあと、オレは素直に思います。

総じて思うに、早逝したクリエイターの表現物は、受け手となる自分が本人より年上になる前に味わっておけと。

自分が生まれた時期で必然的に時代性の共有の範囲も限られてしまいますが、作者との世代性の共有も、己の感性の柔軟な賞味期限と人生の旬みたいなものがどうしても限られてしまいますからね?

そういうわけで、オレは明治後半から戦前の小説と、80年代の音楽やカルチャーに、おそらく一生囚われています。

FMレコパルのカセットレーベル、鈴木英人のイラスト、片岡義男の小説や江口寿史のイラストの中の女性とセットで、わたせせいぞうやノーマン・ロックウェル的な空気感を纏った、アーリーアメリカンなインテリアにMTVの流れるブラウン管モニター。想像上のダイニングやリビングはそんな固定観念。

一方でベッドルームは、湯川れい子の歌詞ではないけれど、コピーのシャガールが飾られた部屋で夜にレコード聴いてる感じ。

ホラね? 中2病だ。

今も含めてオレは、これまでもそんな内装や都会の夜景とはほど遠い生活を現実では過ごしているけどね。

https://gigazine.net/news/20240506-when-stop-finding-new-music/


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