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お願い‼︎ヤングサンダーマン(短編少年小説)


その日のぼくは朝からソワソワしてた。

理由はかんたん。

今日は『愛と悲しみの戦士、ヤングサンダーマン』の放映日。

それも最終回。

ぼくの好きなヤングサンダーマンは愛と正義の味方。

言っとくけど、愛と正義は誰にでも守れるわけじゃない。

それにしても、本当にヤングサンダーマンがいてよかった。

もしもヤングサンダーマンが悪いやつをちゃんとやっつけてくれていなかったら、ぼくのいるこの団地も今ほど平和じゃなかったわけだし。

ヤングサンダーマンはいつだって命がけなんだ。
倒れても、倒れても、立ち上がる。ほとんど死んじゃってた回もあった。

でも、最後は必ず勝った。並ぶものなし。

だから、なんとしても今日は最後の戦いを見届けなくてはいけないんだ。

ヤングサンダーマンが悪の組織プリテンダマス団の帝王、チョウウィクモを倒すところをこの目で見なくちゃなのに。

なのに……

なのに……

なのに、ぼくは今週の分のテレビ時間を全部使い果たしちゃってたんだ……。

ぼくのテレビ時間は1日30分ずつまでで一週間だと……3時間くらいって決められてる。

それは固い約束。

おととい、あんまり観たくなかったアニメを1時間も観ちゃったから今日の分がなくなっちゃった。

きのう観なければよかったんだけど、きのうは『どうぶつ珍珍村』をチラ見しちゃったからダメ。

どうしよう……見れないや。

父さんにお願いしても無駄だと思う。

父さんはもともとヤングサンダーマンがきらいだから……。

父さんは「人間くささがない」って言ってた。

ヤングサンダーマンのにおいを嗅いだこともないくせに。

その上、父さんは今、将棋の番組を観てるみたいだ。

一台しかないテレビの前に将棋盤を置いてウンウンとうなっている。

ますますダメだ。

どうしよう……。

どうしよう……。

お!

そうだった!

ぼくらちびっこたちに絶大な人気の今シリーズは最終回でパブリックビューイングがあることを忘れていた。

電車の駅で二つとなりくらいのとこ。行ける。

でも、そのためにはこっそりと家を抜け出さなくちゃね。

自転車だと……どれくらいかかるんだろう。

自転車で行ったことないからわかんないや。それにぼくの自転車は補助輪つきだし……。

間に合うかな?間に合うといいけど。

とにかく行こう。そうしようそうしよう。

ぼくは気づかれないように玄関の方へ行き、そこに置いてあった百円玉を4枚ポケットの中にしまった。

たぶん出前とったときのおつりだ。

軍資金がいるもんね。

ぼくは靴べらをつかってヤングサンダーマンの絵が入っている子供靴を履いた。

ぼくは靴べらだってちゃんとつかえる。

くつべらくつべらくつべらくつべら……。何回もつづけて言うと変な言葉。

この靴はいつも履くわけじゃなくて特別なときにしかはかない。

特別ってどういう風な?って聞かれても言わない。

だって特別なときってそういうことでしょ。

ひみつのひみつ。

まあいいんだ。このくつを履くとね、闘う男のきもちになるんだ。

おっと、おっと。いけないいけない。

コンバットレーザーガンとコンバットレーザーブレードのセットを忘れるとこだった。

── せつめいしよう。

この二つの武器はヤングサンダーマンの里親みたいな人である科学研究所の田所博士が開発した武器なのだ。

すごく使える武器なのだ。

田所博士の開発するものはけっこういい加減で、ときどきヤングサンダーマンを困らせることもあるのだ。

でもこの二つはいいのだ。

ぼくはくつを履いたまま、こそどろみたいにおもちゃ箱のところまで行き、誰も見てないのをかくにんしてからその二つの武器を取り出した。

抜き足、差し足、コンバット。
これで、準備オーケー。

ぼくはドアノブをゆっくりまわして玄関のドアをあけ、こっそりと家を抜け出した。

階段を駆け下りて自転車置き場まで行く。

ぼくはいつだって最高の止め位置をキープしてる。

だっていつ出動要請がくるかわからないから。

「おっこらしょ」

ぼくは補助輪つきの自転車にまたがった。

「あばよ、わが団地」

ぼくは捨てゼリフをはいた。セリフは紙につつんで捨てなくていい。

ギーコ、ギーコ。

さび付いたチェーンの音。

うーむ……。ペダルをこぐのに、背中にしょったコンバットレーザーブレードがちょっとじゃまだな……。

でも、ヤングサンダーマンはいちいち小言を言わない。

だからぼくも言わない。

うーむ……。なんだかちょっとさむいな……。

長袖にすればよかった……。

これも小言だよ。

それにしてもなんだけど、これから最終決戦が待ち受けているというのに、団地の入り口のところには同じ幼稚園の女の子達が集まって、ゴムとびをしたり、道路にチョークでお絵かきをしたりしている。

一見楽しそうだけど、キケンだ。キケンがいっぱいなんだ。

どこからプリテンダマス団のやつらがでてくるかもわからないのに。

とりあえず今はぼくがパトロールしてるから大丈夫だけど。

それにいざとなればヤングサンダーマンがいる。

だけど、いざというときのヤングサンダーマンじゃない。

ヤングサンダーマンはいつもこう言うんだ。

「私は徹底的に弱いものの味方だ。ただ、私は神様じゃない。自らを助くる者だけを助く神様とは違う。私はあらゆる弱さの味方だ」って。

ぼくはよわっちい。

だからお願い、ヤングサンダーマン!チョウウィクモを倒して‼︎
そしてたまにはゆっくり休んで!

それがぼくからのお願い。

銭湯とか無料ではいれるようにしてあげればいいのに……。いくらヤングサンダーマンが汗をかかないからってちょっと世間は冷たい。

ぼくの家に毎日ごはん食べにくればいいのに。

母さんにたのんでごはんおかわり自由にしてもらうのに。

ちゃんとごはんたべたかな、ヤングサンダーマンは。

今日は大事な日だから。パワーが出ないと困るから。

そんなことを考えながら自転車をこいでいるうちに心臓破りの坂が見えてきたぞ。

よーしいっきに登ってやるぞー。

と、言いたいところだけど、それにしてもすごい上り坂だ。

ぼくは上り坂が嫌いなのに……。でも考えようによっては帰りは下り坂だ。二つの顔をもってるんだ。

なおさらキライだ。

そして、この心臓破りの坂は特別なんだ。

それはぼくが登ろうとするときにかぎってちょっと急になるからだ。

おそらくプリテンダマス団の一味がリモコンで操作してるんだろうけど。

いじのわるい坂だ。

ぼくが子供なのをいいことに。ちきしょー。

ぼくは立ちこぎしながら坂を登り始めた。

最初の感じでなんだかいけるような気がした。

今日は意外とスイスイいける。

きっとヤングサンダーマン子供靴を履いているからだ。

980円もする高いくつだからだ。

高いものには必ず理由がある。

おっとっと。いけないいけない。ぼくは自分の頭を二回手でぶった。

あんまり坂をのぼりきることにきもちを集中しすぎちゃいけないんだ。

ほかのことにも集中してないと、スキをみつけて悪いやつが攻撃をしかけてくる。

奇襲っていうんだ。

いつでも闘えるようにしとかなきゃなんだ。

ぼくはコンバットレーザーガンでまわりをけん制しながら片手運転で上った。

すごくむずかしい。

坂の中盤あたりで。すごく息がきれてきた。

レーザーガンをかまえている左手もつかれてきた。

……もうだめかもしれない。

野良猫がぼくのことを心配そうにチラチラみながら、でも、ちゃっかり追い抜いていった。

電動自転車のおばちゃんが上のほうからすごいスピードでおりてきた。まるで人間魚雷だ。

前かごにはスーパーのレジ袋。

ぼくとすれちがうとき、前かごから飛び出ていた長ネギがぼくの顔にあたった。

こ、これも奇襲なのか……。

く、悔しい。悔しいよぼくは……。

まさか長ネギにやられるなんて。

目がしみる気がする。おもったよりいたかったし……。

ぼくは超絶悔しくなった。

でもそれはあのときほどじゃなかった。

あのときほどの悔しさじゃない。

あのとき……。

あのときっていうのはどのときかっていうと、それはこのまえ、失楽園遊園地に言ったとき。

ヤングサンダーマンヒーローショーを見にいったんだ。

ぼくは握手してもらうのをすごく楽しみにしてたんだ。

でも、ぼくはショーのあと、そのヤングサンダーマンとの握手を拒んだ。

それにはある理由があったんだ……。


⭐️    ⭐️    ⭐️     ⭐️


あのとき……。

ぼくはショーが始まって、ヤングサンダーマンが登場した瞬間に アレ⁇って思った。

ずっとずっと会えるのを楽しみにしてたから  アレ⁇ おかしいって思った。

だってヤングサンダーマンがすごく大きかったから……。

本当のヤングサンダーマンの身長は低い。

いつも子供達を守ってくれるんだけど、その子供達よりも小さい。

でも、ヤングサンダーマンはまだ若いから、これから身長も伸びていくんだと思う。

そんな小さい体で海千山千のやつらを相手にする。

大きい相手と渡り合う。

かっこいい……、はずなのに……。

そのときステージ上にいたヤングサンダーマンの体は大人の人くらいの大きさだった。

よく考えてみたらもともとおかしかったんだ。

テレビのCMで「失楽園遊園地でボクと握手!」ってヤングサンダーマンが言ってること自体がおかしいんだ。

ヤングサンダーマンは今までの全23話の中で一度も握手をしていない。

ヤングサンダーマンはいつもポケットに手をつっこんだままでいる。

ポケットに手をつっこんだまま闘ったことだってある。

もちろん、勝ったよ。

やっぱりただ者じゃないと思う。

それに本物はすごく猫背なんだ。

だから、やっぱり、このヤングサンダーマンは本物のヤングサンダーマンじゃない。

見れば見るほどちがう。

背筋はピンっと、しているし

ポケットに手をつっこんでないし

おまけにキビキビとヒーローっぽい動きをしている。本物のヤングサンダーマンはあらゆる努力を人に見せないのに。

ちょっとしたダジャレみたいなことも言う。

ヤングサンダーマンはダジャレがきらいなのに……。

ショーに来ているほかの子たちは応援したり笑ったりしてたけどぼくだけはできなかった。

こいつは偽者なんだ。

まちがいない。

そう思ったぼくは、ショーのあと握手はせずに司会の女の人のところに行って、そのことを教えてあげることにしたんだ。

「あのヤングサンダーマンは偽者だよ」

ぼくは司会の女の人にそう言った。

そしたら女の人は「どうしてそう思うの?」ってぼくにきいた。

「だってさ、体が大きすぎるもん。ヤングサンダーマンはもっとずっと小さいもん」

ぼくは女の人に分かってもらうために両手で大きさの違いをつくった。

女の人は「うーん」とか「そっかそっか」とかいってあまりしんけんにきいてくれない。

「ほんとうなんだ。みんなだまされてるんだ。ちゃんときいてよ。 おばさん」

ぼくはわざとその女の人のことをおばさんってよんだ。ほんとうはもうちょっと若いけど、ぼくの話をちゃんときいてくれないから。

女の人はちょっといやな顔をした。それはほんのちょっとだったけど、ぼくにはわかった。

「わかったわ、それで、ボクちゃんのおなまえは?」

女の人はしゃがみこんでぼくと同じ目の高さになった。

「めんどくさいっておもってるんでしょ」

「ううん、そんなことないわ。だからお名前を教えてちょうだい」

「ぼくは……まるみや のりお です」

ぼくはうその名前を言った。

「そう、じゃあ、のりお君。のりお君は映画館で映画を観たことある?」

女の人の唇は真っ赤な部分とそうじゃない部分がくっきりとわかれてた。

「うん、あるよ」

「そう。じゃあ、思い浮かべてみて。のりお君、映画館のスクリーンに映っている人ってすごく大きく映ってるでしょ?」

「うん、大きく映ってたよ」

「でも誰も大きさが変だなんて言わないでしょ? いい?のりお君、これはねショーなの。だから、ヤングサンダーマンもほんの少しだけ本当の姿とは違うの。でも、それはほんの少しだけ、ね、のりお君、わかってくれたかな?」

「……うん、わかったと思う」

ぼくがそう言うと女の人はひざをポンとたたいて立ち上がった。

ぼくはなっとくしてなんかいない。

あいつは偽者なんだ。だから、握手はしないよ。

ヤングサンダーマンはこう言ってたんだ。

『真実はひとつじゃない。真実はひとつよりもずっと少ない。だから大事なんだ』って……。

「そうだ、のりお君!いいものをあげるわ。ほら、これ、ヤングサンダーマンうちわよ。ね、すごいでしょー。これはのりお君だけにあげるからね。はい、どうぞ」

女の人は急にすごく笑顔になってそう言うと自分で何度かパタパタって扇いでからぼくにちょっと無理やりに手渡した。

「ありがとう」

ぼくはお礼を言った。

ちっともうれしくなかったけど……。

本当ならもっとうれしいはずなのに、なんだかぜんぶが台無しになっちゃったみたいに悔しくなった。

うれしいものがうれしくないってすごく悔しいきもち。

ぼくはそのことをそのとき知ったんだ。

知って損する気持ちってあるんだ。それがまさにそれってこと。

だから

だから、今のこの悔しさなんてたいしたことないんだ。

ぼくはまた坂を登り始めた。

けっこうこいだ。どっか別の世界に飛び出しちゃうんじゃないかと思った。

2、3分間くらい逆さまになった。自転車がぼくをこいでた。

そして

心臓破りの坂をなんとか登りきることができた。

登ってみるとたいしたことない。

ぼくはいま登ってきた坂を振り返ってみた。

まちがいなく僕は坂の上にいる。

でも、振り返っている暇はない。

首が疲れるだけだし。

先を急がなくちゃね。

時計をもってないからわかんないけど、もうそろそろヤングサンダーマンの始まる時間のはずだ。

駅まではあとすこし。会場となると商業施設はそのすぐそばにある。

ぼくは補助輪が浮くくらいにぶっ飛ばした。

こんなにぶっ飛ばしたのはタイヤ公園に行った帰りにうんちがしたくなってぶっ飛ばしたとき以来だ。

あのときもほんとうにぶっ飛ばした。

でも、たぶん今日のほうがぶっ飛してるとおもう。

ズボンのずり落ち方がちがう。

今日のはパンツごとずり落ちてる。

ついに会場が見えてきた。

駅前だからなのか最終決戦の前だからなのかはわからないけど、人通りが多い。

まるで、戦場だ。

ゴッタゴッタ。

なんだか、緊張してきた。うんちに注意。

ぼくは縫うように走る。

イトーヨーカドーの前を通り過ぎる。焼き鳥のいいにおいがする。

夕方の匂いの一つ。

そしてついにたどり着いた。

ぼくは止まることなく、正面入り口から自転車に乗ったまま中へと突っ込んだ。



⭐️     ⭐️    ⭐️    ⭐️



苦戦は予想してたけど、やっぱり苦戦をしいられた。

苦戦をしいられるのと

苦境に立たされるのって

どっちが  マシ?



商業施設中は床がツルツルしてて走りにくい。

しかも1階フロアは人がいっぱい。

ぼくが店内を自転車で走り回っていると後ろから「コラ!止まりなさい!」という男の人の声が聞こえた。

振り向くと警備員さんが怖い顔でぼくを追いかけて来るのが見えた。

ヤバイかも。

とにかく逃げるしかない。

ここでつかまるわけにはいかない。

ただ困ったことに、ぼくは肝心のパブリックビューイング会場が何階のどこにあるのかを知らなかった。

こうなればローラー作戦しかない。

ぼくは警備員さんから逃げ回りながら1階をくまなく回った。

1階はほとんどが女の人用のコーナーだった。

洋服とか化粧品とかかな。

だから女の人がいっぱいいた。

女の人たちはみんな真剣に商品を見ていたので、ぼくが自転車で横を通り抜けてもあまり気にしてないみたいだった。

それにしても化粧品コーナーはいつ通ってもゲロがでそうなくらい臭い。

ぼくはたまらず鼻をつまんで走った。

気が付くと、追いかけてくる警備員さんの数が増えていた。

ジャングルやばい。

「誰か!その子をつかまえて!」

警備員さんの1人が叫んだ。

その子って、もちろんぼくのこと。

その声を合図に近くにいた女の店員さんの細くて長い手が次々とぼくに襲いかかってきた。

ぼくは自転車の上でからだをくねらせてすれすれでよけながらこぎ進んだ。

こんなことならまきびしのひとつやふたつもってくればよかったよ……。

どうやら、1階にはないみたいだ。

それにこのままま1階にいたんじゃ捕まっちゃう。

ぼくはエレベーターホールに向かった。

エレベーターホールでは3基のエレベーターが開いたり閉じたりしている。

ぼくはちょっとマリオ気分。そういえば、この前、友達のケイイチがスーパーマリオのことをスーマリって略してた。

よーし、つっこむぜ。

ぼくは閉まりかけた1基のエレベーターにギリギリのタイミングでつっこんだ。

アマゾンうまくいった。

おくれて来た警備員さんがすでに閉まった扉をたたいている音が聞こえる。

ふー、たすかった。

ぼくが胸をなでおろしていると、思わぬところから声をかけられた。

ほっと胸をなでおろしていたぼくに誰かが声をかけてきた。

「ボク、自転車に乗ったままじゃいけないのよ」

さゆりさんみたいにきれいな声でやさしくしかられた。

さゆりさんというのはヤングサンダーマンの元婚約者的な存在の人。ヤングサンダーマンがまだ悪との戦いに目覚める前に婚約しかけてた人のこと。

ぼくは「ごめんなさい」って言いながら声のほうを見た。

エレベーターガールさんだった。帽子がすごく似合ってた。

帽子が似合う人って毎日違った帽子に出会えていいなって思う。

「ね。ダメよ」

エレベーターガールさんは僕の頭をなでながら言った。

「うん、ごめんなさい」

さゆりさんに言われたらしかたない。

ヤングサンダーマンだってさゆりさんに叱られる。無茶なことしたときとかに。

でも、悪と闘うのに無茶するなっていうのも無茶な話だけどね……。

ぼくはエレベーターの中で遂に自転車から降りた。

エレベーターガールさんに補助輪のところを見られるのがちょっと恥ずかしくて、体で隠した。

次の階でぼくとエレベーターガールさんはエレベーターから降りた。

エレベーターガールさんはそのときにはガールさんになったわけだ。

ぼくはそこでなぜこんなことをしてしまったのかをガールさんに説明した。

ガールさんは僕の話を真剣に聞いてくれたうえに警備員さんに事情を説明して許してもらえるようにしてくれると言ってくれた。

それから、会場の場所も教えてくれた。

この階だった。

「ありがとう、ガールさん。これは、本当のありがとうだよ」

ぼくはガールさんの帽子のあたりを見ながら言った。

「はは。どういたしまして。キミにはウソのありがとうもあるのかな?」

ガールさんの笑顔はさゆりさんの笑顔そのものだった。

「たまにね。たまにあるよ」

ぼくはお礼にコンバットレーザーガンのサブ機能である回復ビームをガールさんにかけてあげた。

「回復した?ガールさん」

「うん、回復したわ。どうもありがとう」

ガールさんはとても喜んでくれた。こういうことにこのガンを使えてよかった。

ぼくはガールさんと別れたあと、自転車を階段付近にとめて、会場へと急いだ。



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巨大モニターが見えてきた。

たくさんのちびっ子たち。

ぼくは走った。

そして、あのテーマが聞こえてきた。

ヤングサンダーマンのテーマ。




  ♪男なら   墓場まで  もって行け!


   その愛の  結晶を


   夢を見たなら 夢を追え


   夢破れたなら  明日を待て


   嵐の夜に 正義が泣いてる


   ヤングサンダーマンを待ってる





ぼくは歌いながら走った。

とにかく間に合ってよかった。





  ♪男なら  雷の 剣をとれ!


   その命の  血証を


   あしたを見たなら  明日を追え


   明日破れたなら  夢を待て


   茫漠の海で   君が泣いてる


   ヤングサンダーマンを待ってる


   君は~


   まだ~


   愛の影先も踏めていないんだ






ぼくはこの歌がすきなんだ。

どこが好きかっていわれてもよくわかんないけど……。

でも、よくわかんないけどすきっていけないこと?

たどり着いたぼくは一番前に入り込んだ。

ここならど迫力で見れる。

そこでCM。

ぼくはCMの間に前回のストーリーを思い出していた。

ヤングサンダーマンは敵の牙城であるカモネギ城への侵入に成功したんだ。

城の中に一歩足を踏み入れたときヤングサンダーマンはこう言った↓

「むむ、なんという悪臭だ……。この世の罪を全て鍋の中に放り込んで煮込んだときのようだ……。悪の煮汁……。だがしかし、同時にこの匂いに私は懐かしさを感じる。嗅いだことのある匂い……。それは、私が正義の名の下にチョウウィクモを倒すという運命そのものがそう思わせるのかもしれない」

ちょっと長いセリフだけど、ヤングサンダーマンは長いセリフが結構多い。

ふだんはわりと寡黙なんだけど、いったん口をひらくと長くなっちゃったりする。

きっと言いたいことが沢山あるんだと思う。

カモネギ城は13階建てで各階には中ボスみたいなやつがいた。

もちろん一番上の階には悪の帝王チョウウィクモがいる。

おー、こわっ。

ヤングサンダーマンは意外とあっさりと中ボス達を倒していってた。

時間の都合もあるんだと思う。

ヒーローは常に時間とも闘っているから……。

そして、最上階まで登りつめたヤングサンダーマンは、遂に、チョウウィクモの前に立ったんだ。

チョウウィクモはそのときはまだ背中を向けていて不気味に笑っていた。

体はすごく大きかった。

それはヤングサンダーマンが小さいからというだけじゃなかった。

前回放送の最後にヤングサンダーマンは胸にこぶしをあててこう言ったんだ。

「チョウウィクモ、私はお前を倒しに来たのではない。私は私の正義を確かめに来たのだ!」

ってね

と、そこまでが前回のこと。

だから今回は最後の戦いになる。

ようやくCMが終わり、いよいよというときに僕の目にモニターとは関係ない方向からすごいものが飛び込んできた。

とんでもないやつらがぼくに近づいて来ていたんだ。


⭐️    ⭐️    ⭐️    ⭐️



ぼくのほうに近づいてくるとんでもないやつらは3人いて、やかましい音を立てていた。

ピー ピー ピュイー

という笛の音に

ダンダン ダン  ダンダン ダン 

という小太鼓の音に

パラッパラッパーのパーのパラパラ

というラッパの音。

まるで野球の応援団みたいだ。

男の子がふたりに女の子がひとり。

ぼくよりちょっと年上にみえる。

おそろいの派手な色のハッピを着ている。

よくみるとハッピにはヤングサンダーマンっぽい刺繍が入っている。

ぽいって言ったのはそれが全然似てなかったから。

この3人もぼくと同じようにヤングサンダーマンの熱烈なファンには違いない。

それにしても楽器の音がうるさい。野球場でファールボールが10個くらい飛んできたみたいだ。

周りの人の視線も冷たい感じ。

まあ、ぼくもさっきまではそうやって見られてたけどね。

3人はぼくのそばまで来ると立ち止まり演奏をやめた。

「やい、お前は何だ?」

ラッパを吹いていたちょっと小太りの男の子が突然僕に言った。

男の子は僕の知らない野球チームの帽子をかぶっていた。

「ぼく?なんでもないよ。別に」

急になんだ?って言われたって困る。

「もう一度お前にきこう。お前はヤングサンダーマンのなんだ?」

そいつはぼくをのぞきこむような姿勢でそう言った。

らっぱからはよだれみたいなのが垂れてた。

「……」

「お前はヤングサンダーマンがすきじゃないのか?違うんだな。沈黙は肯定とみなす」

「……ヤングサンダーマン、好きだけど……」

なんだよ。うるさいな。

ぼくは下をむいたまままた黙った。

「おい、また黙っちまうのかよ、ん?」

ふとっちょはにやついてそういったあと他の二人のほうを見て、コイツダメだぜっていう感じに笑ってた。

「お前は、玉なしか?キンタマちゃんとついてるか?」

ふとっちょがぼくのキンタマをつかもうとしてきたからぼくは慌ててキンタマのあたりを手でかくした。

「ついてるよ、キンタマくらい」

ぼくはふとっちょをにらみつけた。

「そうか、ならいいんだけどよ。おいどうする?この玉あり野郎を仲間ににいれてやるか?なあ?」

ふとっちょは他の二人に向かって聞いた。

すると、笛を吹いていた女の子が口を開いた。

「ねえ、玉ありちゃん、あたしたちといっしょにヤングサンダーマンを応援しましょう。ぐぐっと応援しようよ。ヤングサンダーマンの前で人は平等なの。玉があろうとなかろうと」

まるでヤマブシタケみたいなキノコカットの女の子はなぜかぼくのまわりをゾンビ歩きで回りながらそう言った。

それにしてもさっきからキンタマのことばっかだ。やんなっちゃうよ。

「おうし、図子の考えはわかった。おい、田楽。おまえはどうだ?」

ふとっちょに田楽と呼ばれたそのメガネの男の子は小太鼓を首からぶらさげていて両手には太鼓ばちをもっていた。

メガネフレームの色はみどり。

「えー、そもそもわれわれは目的を共有しているわけなりから……えー利害が一致すれば拒む理由はないなりよ」

ミドリメガネは小難しいことを言ったあと、やっぱりメガネをもちあげた。

二人の意見を聞き終えると、ふとっちょは腕を組み、なにやら考え出した。

そして、何かを考えついたみたいな顔になった。

「おい、玉あり、結論から言おう。時が惜しいからな。お前を仲間に迎える。オレは総合的に判断した。総合的ってわかるか?」

「よくわからないけど、おっきいことでしょ」

ぼくは首を振ってからそうこたえた。

ふとっちょは「まあ、そんなところだ」と言ったあと、満足そうにお腹をたたいてから3人それぞれの自己紹介をしてくれた。

ふとっちょの名前はもるもとっていうらしい。なんとなく呼びづらい。

後の二人はもうわかってたけどとりあえずヤマブシタケっぽい図子ちゃんとミドリメガネの田楽くん。

みんなはそれぞれ「よろしくね、玉あり」と握手をもとめてきた。

ぼくは握手にはこたえたけど……。

玉ありってやめてほしい……。

それにぼくは仲間に入れてくれなんて1回もいってないのにな。



ジャジャジャーン!!!!



巨大スピーカーからかっちょいい音が聞こえてきた。

ぼくら4人は一斉にモニターに視線を注ぐ。

遂に、遂に、お待ちかねのヤングサンダーマンの登場だ!

小豆色のハイパワースーツがまぶしい。

カウボーイハットに片手をあてがって、ぶっとい葉巻を口元にはさんでいる。

もう片方の手はちゃんとポケットの中にいれてる。

いつもどおりだ。

正面から見ると細い感じにまとまってる。

いつでも闘える体勢だ。

会場のちびっ子たちから歓声を上がる。

そしてこちらのメンバーも。

「キャー、どうしようー。もー、はやくたたかってー。そして、そして……、そしてー、あああああああ」

図子ちゃんはキノコ頭がはずれそうなくらい叫んでんでいる。

興奮しすぎてゾンビの動きにちょっとロボット系の動きがまじってしまっている。

「よっ!色男。憎いね。お前さんの晴れの舞台、高みの見物としゃれこませてもらうぜ」

と言ったのはもるもと君。

もるもと君はなぜか自分の股間をぎゅっとにぎっている。

実は緊張しているのかもしれない。

ミドリメガネの田楽君がモニターに近づいた。

「えー、ただいまー、放送開始から5分経過。ヤングサンダーマン異常なし。繰り返す。ヤングサンダーマン異常なし」

まるで誰かと無線で交信しているみたいに口元に手をあてている。

はっきりいってヤングサンダーマンに何か異常があったら困る。

だってこれから悪より悪のチョウウィクモと闘うんだから……。

ぼくも3人に負けずに声援を送った。

「ヤ、ヤングサンダーマン! アレからのアレをアレして、あのときのままあんなことわすれてとにかくあれをガンバレー」

こういう風に言うとすっごいヤングサンダーマンのこと知ってるみたいになるでしょ?

そして。

あらあら~  おやおや~   それからどんどこしょ~。

いつのまにか、カモネギ城を夜の闇が包み込んだ。



最初に夜に出会ったのはいったい誰?



最上階の窓からは大きな月が見えた。

大きすぎて全部は見えなかった。近いんだと思う。

ヤングサンダーマンとチョウウィクモは睨みあったまま動かないでいた。

ぼくら4人はかたずをのんで見守る。

たぶんヤングサンダーマンから動くことはないだろうね。

ヤングサンダーマンは時とか距離とか空気とかを一瞬にして支配できる男だから……。

突然、真っ赤な目のチョウウィクモがニヤリとした。

会場の中の誰かが「やばいぞ」と言ったのが聞こえた。

次の瞬間、ヤングサンダーマンの左右両側の壁から何本もの槍が飛んできた。たぶん刺さると爆発するヤツだ。

図子ちゃんが悲鳴をあげた。

ぼくも「アブナイっ」て思わず声を上げた。


⭐️    ⭐️    ⭐️    ⭐️           



両側の壁からヤングサンダーマンめがけて飛び出した槍は、ヤングサンダーマンの体をかすめるように飛んですれ違い、それぞれ両側の壁にぶつかると激しく爆発した。

壁の残骸のひとつがヤングサンダーマンの足元に転がった。

たぶん少しでも動いていたらヤングサンダーマンの命はなかったと思う。

ぼくはヤングサンダーマンの命ってことに、もしかしたら初めて気づいたかもしれない。

ヤングサンダーマンは爆風でずれてしまったカウボーイハットを直し終えると再びチョウウィクモをまっすぐに見た。

きれいな目だった。

ぼくら4人はそれぞれ胸をなでおろした。ほっとするって全部過去になっちゃう感じだ。

よくよく考えてみればのことなんだけど、ヤングサンダーマンがこんな小細工にやられるわけわないんだ。

「ふう、あぶないところだったぜ、なあ玉あり、お前ちびってねえだろうな?」と、もるもと君がぼくに言った。もるもと君は額の汗を大げさにぬぐっている。

ぼくはてきとうに頷いておいた。

田楽君が険しい顔で腕をくみながら「まったく汚い手をつかうヤツなりよ。すくなくともあらゆる風上に置けないやつなりよ。もっとも、体がでかい分、運ぶのが大変なのでござるが……」とひとりごとのように言った。

とにかくみんなモニターに釘付け。

今気づいたんだけど、田楽君はメガネを二重にかけていた。

二個重ねている。なんでだろう。



例えばぼくと


たとえば田楽君の


見えてるものって


いっぱい違うの?



ヤングサンダーマンはヤングサンダーマンでしかないよね?そうだよね……。



「ねえ、みんな、ちょっとだまって見て。ほらほら、ヤングサンダーマンがあんなに怒ってる。今まででいちばん怒ってる。だから、あたしたちもおこらなくちゃなんだよ。キラッキラに怒ろうよ」

図子ちゃんは真剣白刃どりのポーズをとってそう言ったあと、そのままインド人の踊りみたいな動きに切り替えた。

確かに図子ちゃんの言ったとおりヤングサンダーマンは怒っていた。

画面の向こう側からちゃんと伝わってきた。

そして、まだ怒りに燃えた目のままのヤングサンダーマンが口を開いた↓

「チョウウィクモ、いいか。私のお前に対する怒りはすでに骨髄まで徹している。そして、わたしの心の中には今、雄渾のZ旗が掲げられている。いいか!運命は常に定まっているのだ。いかなる有為転変もお前に味方しないだろう。覚悟はいいな、チョウウィクモ!」

でたー!得意の長ゼリフ。

でもやっぱりかっこいい。

ちゃんと聞いてたか、チョウウィクモ。

ニタニタ笑っている場合じゃないぞ、こんちくしょー。

チョウウィクモはフッフッフとバカにした笑いをしたあと、

ヤングサンダーマンに向かってこう言った↓

「ヤングサンダーマンよ、よくもまあ、青臭いことばかりが口をついてでてくるもんだ。まるで三百代言の詭弁家のようだ。大義名分だけでこのオレが倒せると思うなよ。そもそもこのオレの肉体は人間どもの心に潜む悪がよりあつまって出来たものなのだ。お前はその実、人間どもの悪逆無道にはいっさい目を瞑っている。いいか、人間を救うということはその悪ごと救うということなんだぞ!そういう意味でオレを倒すことと人間を救うことは同義的ではないのだ。つまり、お前の正義は根本的に矛盾をはらんでいるということになる。まあ、たしかにオレは悪だがな。それは間違いないが、フッフッフッハッハッハ」

まるで夜をぐちゃぐちゃにしちゃうようなチョウウィクモの笑い声がカモネギ城の外まで響き渡った。

会場のちびっこたちはその恐ろしい笑い声に震え上がった。

「くっそー、ごちゃごちゃとごたくをならべやがって」

もるもと君が地団駄をふんだ。

「いやー、でも、さすがに泣く子も黙るプリテンダマス団を率いているだけあって、セリフがヤングサンダーマン以上に長いなりねー。敵も然る者なりよ、なりなり」

田楽君はぐっとあごを引いてそう言った。

「ヤンちゃーん!負けてるかもー、ヤレー!イケー!」

図子ちゃんはゲームのリモコンを持っているような手つきで親指を連打している。たぶんパンチボタンを連打してるんだと思う。

ぼくはというと、はっきりいってどっちのセリフの意味もよく分からなかった。

けど……

ヤングサンダーマンを応援することにもちろん変わりないよ。



当たり前でしょ?



当たり前ってプラスな言葉?マイナスな言葉?



ヤングサンダーマンはそこで一度目を瞑った。

そして「我が心、石に非ず転ずべからず。正義は我にあり」

と、つぶやいてから力強く目を見開くと、「ターッ」っと掛け声をだしてチョウウィクモめがけてジャンプして飛び込んでいった。

もるもと君がその時「正義が勝つか、正義が死ぬかだ」って言ったのをぼくは聞き逃さなかった。

そしてもるもと君はまだ股間を握ったままでいた。



そこでCMになった。



ぼくらはそこで深く呼吸した。

ずっと息をしてなかったかもしれない。

自分が今、パブリックビューイング会場にいるってことをすっかり忘れちゃってた。

買い物客の人が何人かぼくらと巨大モニターの間を通り抜けて言った。

イベントの司会の女の人が「さーこのあとどうなってしまうのしょーか」とマイクで言ってる。

ヤングサンダーマンもCMの間はしっかりと休憩をとっていることだろう。

でもCM前にジャンプしておわってたから、空中での休憩ということになるんだと思う。

それってちょっとキツイかも……。

「なんだか、のど渇かねえか?」

もるもと君がみんなの顔を見てそう言った。

ぼくら3人はうんうんとうなずいた。

のどがカラカラだった。

そうだ!確か家をでるときに……、やっぱりあった。

ぼくは家をでてくるときに100円玉を4枚くすねてきたことを思い出し、ポケットの中でその感触を確かめた。

「みんなきいてくれる?ぼくね、今、400円もってるんだ。それでみんなでジュースをのもうよ」

「さんせーい」と、図子ちゃんがすぐに手を上げた。

「我々はすでに補給路を断たれていたかと思っていたなりよ。ありがたや、ありがたや」

田楽くんも手をあげた。

でも、もるもとくんはすぐには手をあげなかった。

なにか問題でもあるのかな?

「ムム、まさか、お前の施しをうけることになるとは……。たしかにおれはいま無一文だ。だがそれは裸一貫であることがおれであるってことみたいなことだからだ。わかったか、玉あり。わかったならとりあえず、おれにもジュースをくれ」

ようするに飲みたいみたいだ。

図子ちゃんがもるもと君の背中を軽くひっぱたいた。

「じゃあ、ぼくダッシュで買ってくるね」

そういって買いにいこうとしたぼくをなぜか田楽君が止めた。

重なっている両方のメガネを鼻の頭のところまで下げると田楽君は急に少し小さな声になった。

「実はオラちん、つい先日珍妙なウワサを耳にしたなりよ」

「なんだよ、ウワサって?」もるもと君がちょっとめんどくさそうに言った。たぶんこの中で一番のどが渇いてるんだと思う。

「実はこの近くに宝の自販機があるっていうウワサなりよ」

「た、宝の自販機!!!」

ぼくはびっくりしてお金を床に落としちゃった。

お金ってけっこう弾むんだな。へー。

「あっそれ、あたしも聞いたことある。電気がチカチカしてて故障してるみたいな自販機のことでしょ」

「故障してるのに宝の自販機なの?」

ぼくはそう思ったからそう聞いてみた。

「おい、田楽、まさか、エロ自販機ってオチじゃねえだろうな」

「いやいや、実はその自販機……」

と言って田楽君は宝の自販機についての話を始めたんだ……


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「実はその宝の自販機には裏技があるらしいなりよ。その裏技をつかうと100円玉1枚で何本も何本もジュースが飲めるらしいんでござるまする」と田楽君。

「えーいいじゃんいいじゃん。のみほうだいじゃん。うぃ~」

図子ちゃんは腕いっぱいを使っておいしそうに口を拭う。

「で、田楽大先生よ、当然その裏技のやり方を知ってていってるんだろうな?」

もるもと君はさあ言えよという感じで両手でカモンカモンをした。

「それが……その……」

「なんだよー、知らねえのかよー。それじゃあ宝の自販機があったってなんにもならねえじゃねえかよ」

図子ちゃんが「まあ、まあ、いいじゃない。ねえ田楽君その裏技ってコナミコマンドみたいなもの?」と間に入る。

「そうなりよ。そんな感じのものなりよ。オラちんが知っているのは、まず最初に100円玉を投入してそのあとに、おしるこのボタンにプルトップをブッさした上でモノスゴイスピードでそのボタンを連打しつつ、おつりレバーを光の速さで上下させながらあともうひとつなにかのボタンを押すってことなんだけど……」

「あとひとつが問題なんだね」

ぼくはちょぴっとだけ考えてやめた。だって、考えても分からないから裏わざなんだもん。

「田楽、それだと、ただおしるこがでてくるだけじゃねえのか?大丈夫かよ?おしるこでたら末代までの恥だぜ」

もるもと君は家系図的な手の動きでそう言った。
お腹がちょっとだけへこんで見えた。

「とにかくCMがおわっちゃうわ。急いだほうがいいんじゃない?」

図子ちゃんがそういってなぜかぼくに自分の着ていたピンクのヤングサンダーマンハッピを着せてくれた。

ぼくは正直あまり着たくなかったんだけどな……。かっこわるいからだよ。

「うん、わかった。まかせてね」

ぼくはとにかくそう言ってダッシュでジュースを買いに向かった。

とにかくぼくは建物から出ると駅とは反対の方向に走った。

だって宝の自販機が駅のすぐそばにあるとは思えなかったから。

それにしてもここらへんに自販機っていったいいくつあるんだろう……?

数えたことないけど多分いっぱいあるはず。

なんの手掛かりもなくてどうやってみつけよう……。まかせといてなんて言わなきゃよかったよ。

そんなことを考えながらぼくが信号待ちをしていたとき、一台の車がぼくの横に止まった。

大きなダックスフンドみたいに胴長の車だった。   守られる側の人が乗る感じの車。

ぼくが珍しそうに見ていると、その車の一番後ろのドアガラスが自動で下りて中からサングラスをかけ赤い蝶ネクタイをした男の子が顔を出した。

ぼくのことをじっと見ている。なんだろう……?

ぼくが顔をそらそうとしたとき突然その男の子が話しかけてきた。

「ねえ、もしかして君、ヤングサンダーマンのファンの子?」

それは女の子みたいな声だった。

急だったからぼくはすぐには返事をしなかった。

「ねえ、ちょっと、ヤングサンダーマンのファンの子じゃないの?」

その男の子はもう一度、やっぱり女の子みたいな声でぼくに言った。

「えっ、……うん。そうだけど……、どうしてそんなこと知ってるの?」

ぼくはほんのすこしあとずさりをした。……警戒レベル1。

「だって、君はヤングサンダーマンハッピを着てるじゃないか。そんな目立つものを着ていたら誰でもわかるよ」

「あっ、そっか。これ着てたんだ。ぼくわすれてたよ」

宝の自販機のことでぼくは頭がいっぱいになってたから。

「ところで君、なにか困っていることがあるみたいだね」

男の子が体を少し乗り出してそういった。

「えっ!?どうして? そんなこともわかるわけ」

……警戒レベル3

「だって信号待ちしてるのに青になってもそのままぼーっとしてたからさ。それに爪をガリガリかんでたし」

ぼくはたしかに爪をかむくせがある……。ばっちいからやめなさいって言われてるんだけどね。

「うん……。実は、ちょっと探し物をしてるんだ」

ぼくは素直にそうこたえた。

すると男の子はサングラスの上の眉毛をしかめた。

「さがしもの?ちょっと信じられないよ。君は本当にヤングサンダーマンのファンなの?今日がどういう日か知ってるよね?チョウウィクモとの最終決戦の日だよ。そんな日にうろうろさがしものだなんて……」

急に機嫌が悪くなったみたいだ。ちょっとややこしいかも。

……警戒レベル3.5

「うん……。それはわかってるんだけど……。なんでこうなっちゃったかを話すとすごく長くなっちゃうんだけど……」

「ふうん。そっか。僕は長い話はキライだからそれについてはいいや。なんといっても僕は忙しい身だから。とはいっても体はひとつで事足りるんだけどね。そうそう、ヤングサンダーマンの長いセリフについても僕は抗議の電話をいれてるんだけどね……で、何を探してるの?」

「……笑わないで聞いて欲しいんだけど……」

何だよそれって言われそうな気がする。

「笑わないさ、共にヤングサンダーマンを応援する同志だろ。僕は同志の言うことを笑ったりはしない」

「やくそくする?」

「ああ。契るさ」

「……あのね、ぼくがさがしてるのは、宝の自販機なんだ……」

「・・・・・・」

男の子は何も言わずに黙っちゃった。

ほらね、やっぱりこうなるんだから。言わなきゃよかった。

大きなサングラスをしてるから何を考えてるのかよくわからないけど……、呆れてるんだろう。きっとそうだ。

しばらくして、男の子はまるで潜水艦の浸水を防ぎ終えたみたいにゆっくりと顔をあげると、意外な反応をした。

「今、僕の記憶の中をすべてあらってみたんだけど、そういうものを耳にしたことはないみたいだ。ただ、記憶はウソをつくからね……、そのウソにみんなだまされちゃうんだけど……。ちょっと待っててくれるかな。御神本〜、御神本〜」

男の子は運転席の方に向かってそう呼びかけた。

「はい、ぼっちゃん。なんでございましょう」
すぐに大人の男の人の声が返ってきた。

「御神本、つかぬ事を聞くが、君は宝の自販機について何か有力な情報をもっているかい?」

「いいえ、ぼっちゃん。残念ながら……」

「そうか……、では御神本。ありとあらゆるコネクションをつかって3分以内に宝の自販機のありかをつきとめてくれ」

男の子はそう言いおわるとポッケットから金属製の大きな懐中時計を取り出してちらっとだけ時間をかくにんした。

「ですが、ぼっちゃん。ぼっちゃんには分刻みの過密なスケジュールが待っておりますゆえ、あまりそのようなことをなさっている余裕はないのですよ。どうか聞き分けてくださいぼっちゃん。これから出席なさる国際児童権利大会も、ぼっちゃんは超特別主賓扱いなわけですから……。決して遅れるわけには……」

「なあ、御神本。君はつまりこう言いたいわけなのか?ぼくに困っている友人を見捨てろとそう言いたいのか」

「いや、ぼっちゃんけっしてそういうわけでは……」

「じゃあ、いったいなんなんだ?言ってみてくれ」

「とにかくですね……その……ぼっちゃんにはもうちょっと大人な判断をしていただきたいわけでして……」

「ふん、御神本の口からそんな言葉が出てくるとは世も末だな。他でもない御神本の口から……。友人が困っているんだ。少なくともこの場合において大人な大人がどう判断するかは僕の問題ではない」

「……わかりました。ぼっちゃん。そこまでおっしゃるのならば……。会議のほうは遅刻する旨伝えておきましょう。それからスピーチライターにはぼっちゃんのスピーチの内容を2割カットさせておきます。それでよろしいですか?ぼっちゃん」

「いつもすまない。御神本。君みたいな大人と大人のことについて出来れば話し合いたくはなかった」

男の子は座席の背もたれに体を落ち着けて大きく息を吐いた。

二人のやり取りを車の外から聞いていたぼくは、なんだかものすごく申し訳ない気持ちになった。

宝の自販機なんてただのウワサであってまだあるかないかもわからないのに。

それに男の子には何か予定があるみたいだし……。

男の子がぼくの方に顔を向けた。さっきよりも少し年上に見える。

「とにかく君も乗りなよ。車の中でヤングサンダーマンも観れるし。宝の自販機のことなら心配に及ばない。元諜報員の御神本が必ずみつけだしてくれるから」

男の子はそう言ってドアをこちら側に開けた。

ぼくはもう「うん」と頷くしかなかった。


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車の中はすごく広くて、なんだかヒンヤリしてた。

男の子が奥にずれてつくってくれたぼくのためのスペースは十分すぎるほど広かった。

目の前には大きなテレビがあってヤングサンダーマンのチャンネルになってた。まだCM中みたいだ。

運転席には御神本って呼ばれていた男の人の後頭部だけが見えた。

男の子はぼくにコップにはいったオレンジジュースをくれた。

果汁100%より上に見えた。

ぼくは「ありがとう」って言ってそれをもらった。

しばらくして御神本さんがこちらを振り返った。

「ぼっちゃん。宝の自販機の場所が分かりました。急行いたします」

「ありがとう、そうしてくれ」

男の子はそう言ってから指を鳴らした。

車が発進したことにぼくはしばらく気づかなかった。すごく静かだったから。

ぼくが置いたオレンジジュースもほとんど揺れてなかったし。

「ヤングサンダーマン勝てるかな……」

ふいに男の子がそうつぶやいた。

それは、かすかなくらいに、ふいだった。窓の外を見ていた。

「大丈夫だと思うよ。だって、正義は勝つはずだから」

ぼくは男の子の方を見ていった。

「そうだよね……」って言って男の子も僕の方を見た。

そして「僕ね、いつかこの世に巣くっている巨悪と闘うんだ」って言った。

「君も闘うの?」

ぼくはおどろいた。だって男の子は闘うようには見えなかったから。

「うん、そのときは君も一緒に闘ってくれる?」

「うん、ぼくも一緒に闘うよ」

ぼくだって巨悪と闘いたいもん。ターッ、ターッってね。

「ほんとに?きびしい闘いなんだよ。死んだほうがましみたいな闘いなんだよ。それくらい手ごわいんだよ、巨悪は。それでも?」

男の子はオレンジジュースを苦そうに一口飲んだ。

「……うん、でも倒さなきゃなんでしょ。だったら、闘うよ」

「ありがとう。君にで会えたのもヤングサンダーマンのおかげだね。感謝しなくちゃ」

男の子はそう言ってはじめて笑顔になった。

宝の自販機の場所にはすぐについた。調べて分かるもんなんだな。

「残念だけど、僕はここまでなんだ……。ごめんよ。さっきのやくそく……忘れないでくれよ」

男の子はサングラスを取った。その目はワスレナグサ。

「うん、わすれないよ」

「魂ごとわすれない?」

「うん、魂ごとわすれない」

忘れちゃいけないことって最初の最初に決まるんだ。きっと。

ぼくは御神本さんにお礼を言って、それから男の子にさいごに「ありがとう」を言ってから車を降りた。

地面に足が付いていたのにそんな気がしなかった。

魂ごと忘れないってそういうことなんだ。きっと。

ぼくが降りると男の子はドアガラスを閉めて指を鳴らした。

そしたら、車は風のように消えちゃった。

寂しさって風から生まれるの?

ぼくは約束を忘れないよ

そうつぶやいたんだ。





                      終

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