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向日葵の約束〜猫と僕の日々 最終話|#短篇小説

#創作大賞2024


Chapter13.

向日葵の約束



「モン・・・」


モンに触れると、棒みたいに固まっていた。毛は生命力を失くして、身体に張り付いていた。当然だが、まったく、顔が動かなかった。


僕の中で何かがふっつりと切れて、思考が途絶えてしまった。膝をついていたが力が抜けてしまい、腰を下ろして座り込んだ。


「嘘だろ・・・」


両手で頭を抱えた。隣りで、由依が低い声でしゃくり上げていたが、


「武井くん、ごめんなさい・・・

お世話しきれなくて、こんなことになってしまって・・・」


由依は責任を感じてくれているようだった。―――君のせいじゃない、そう言いたかったけれど、僕は何も言葉を返せなかった。





モンの亡骸なきがらは、僕と由依で埋葬することにした。花を敷き詰めた丈夫な紙袋に入れて移動した。


タクシーに乗って高台に上がった。


「此処・・・前に、来たことがあるね」由依が気遣わしげに言った。


「うん・・・」


まだ、口数が少ない僕の様子を見て、由依もそれ以上言葉を出さず、坂道から見える街並みを黙って眺めていた。



タクシーが停まったところは、展望台の公園だった。斜面には、野生の向日葵ひまわりが咲いている一群ひとむれがあった。





―――僕は、思い出していた。


モンが人間の姿で過ごしているとき、僕は部屋で、パソコンを立ち上げていた。ホーム画面に、恐らく北海道の向日葵畑の光景が映っていた。


「ねぇヒロキ、この花何て言うの?」


「・・・向日葵だな。夏の花だよ」


ふうん、とモンはうなづいた。


「そう・・・綺麗ね。

あのね、公園をお散歩してたら、この花が咲いているの。

何だか、ニンゲンみたいだなと思って」


「ニンゲン・・・?」


僕は横に立っているモンの顔を見上げた。


「ニンゲンが立っているのに、似てない?・・・ずっと、太陽のほう、向いてるよ。

―――私、向日葵になりたいの」


モンはそう言って、僕の背中にしがみつき、匂いを嗅ぐように深呼吸した。


―――よせよ、キーボードに当たるだろ。仕事にならない・・・


半分文句を言いつつ、モンの白い腕を引いて、ふたりで長いキスをした・・・





・・・僕と由依は、騒々しく鳴く蝉の声を聴き、汗をかきながら、黙ってモンを埋める穴を掘った。


大き過ぎるほどの穴になったが、しゃがんでその真ん中にそっとモンの亡骸を置いて、立ち上がった。


由依はまた、泣いていた。
僕は涙さえ、流れなくなっていた。


穴をスコップでかけた土でふさぎ、僕と由依は手を合わせて、モンの冥福を祈った。







話は・・・それから数年先に進む。


僕はモンを亡くして2年ほど立ち直れなかったが、そんな僕をずっと支えてくれた由依と、結婚することになった。


僕と由依の間には娘が産まれ、前と同じマンションで、有難いことに笑顔の絶えない生活を送った。


たまに、ぽっかりと穴が空いた気分になることもあった。でも主には、家族が出来て独りじゃないのは、こんなに満たされるものなんだな、と感謝する日々だった。





あるとき、僕は3歳になった娘を連れて、マンション裏の公園で遊ばせていた。娘は、「ひまり」と言った。


ベンチに座って見守る僕に、ひまりは滑り台の上から手を振ったり、ブランコを漕いで見て欲しい素振りをしたりしていた。


似た背格好の少女が近くで遊んでいて、仲良くなった様子だった。


砂場で山を作って、トンネルを掘っていたかと思うと、何かを見付けてふたりで大切そうに、僕のところへ見せに来た。


「―――パパ。これ見て、『まっくろくろすけ』みたい」


手のひらで包んだものを見ると、白い毛玉のような物体だった。




「これは、『ケセランパサラン』っていう種だよ。幸運のしるしだ」


ひまりの後ろに立っていた少女が、僕の隣りのベンチに声をかけた。


「ママ!ひまりちゃんのパパが、『幸運のしるし』だって」


ひまりを見ていて全く意識していなかったが、隣りのベンチには、サングラスを掛けたロングヘアの女性が座っていた。


(まさか・・・?!)


僕の心がぎゅっと掴まれた。


「・・・モン・・・?」


女性は、ルージュをひいた唇で微笑み、ゆっくりサングラスを外した。


鳶色の瞳だった。


僕は、絶句していた。


「『ひまりちゃん』って、素敵な名前ですね。

私の娘は『愛美AMI』・・・
フランス語で、『友達』なんです。


これからも、お付き合い下さいね」




【 fin 】




▶Theme Song

回春/女王蜂 feat.満島ひかり





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