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スティーヴン・キングに泣かされる!JFK暗殺阻止に挑むタイムトラベル大作にして名作の『11/22/63』

63年のダラスでJFKを救え!

 ときは2011年、主人公は35歳の学校教師。平凡でどこにでもいる地味ーな男、ジェイク、最近アルコール依存症の妻と別れたばかり。料理をするのも面倒で行きつけのダイナーでハンバーガーを食べる日々。
 そんなザ・平凡な生活はその行きつけの店が閉店し、仲のいい店主がほんの僅かな時間で一気に老け込んだことにより吹きとんでしまう。なんとこの行きつけの店の一角がタイムマシンになっており、1958年の世界につながっているのだ。
 そこで店主であり主人公の友人でもある、アルは1958年に戻って数年間滞在し、ある歴史的イベントを阻止しようとしていた。それがJFK暗殺。JFK言わずもがなジョン・F・ケネディ大統領である。
 アルは歴史の中で彼が死ななければもっと世の中良くなってたはずだと、主人公を説得し過去への旅を促す。自身はもう高齢で、おまけに病気で時間が足りなかったのだ。

 ジェイクは実際にJFK暗殺を見て聞いた世代ではないけれど、独り身の身軽さと、アルへの友情からこのとんでもないタイムトラベル任務を引き受ける。しかしこのタイムトラベル、実は不便なことがあり、行ける過去は1958年だけ、一足飛びに1963年には行けないのだ。
 おまけに現地で過ごした分は自分の肉体にきちんと加算されるというか、きちんと時間が流れるので、過去で長く過ごせば過ごすほど戻ってきたときに現代とのギャップが増える。
 つまり主人公のジェイクはJFK暗殺のために2011年から移動して1958年から5年も待機しなければならないのである。それなのに、暗殺をそして戻ってくればまだ現実は2011年。肉体的にも精神的にも5年過ぎた浦島太郎状態で帰還しなければならない。
 そんなリスクも承知で過去へと旅立つ主人公を待ち受けるものは一体_?といった具合だ。

圧倒的ディテール。これぞキングの真骨頂!

 スティーヴン・キングの特徴と言えばそのディテールの量だと思う。とにかく、本題に入るまでが長い。横道にそれるでもなく、真剣に登場人物の内面や建物や小物の描写や説明にこれでもかと筆を割く。
 流れるような文体でもなく、どこかぎこちなく重たくてある種の重厚感がある。この文体というかキングの雰囲気ゆえか、何度となくキングの作品に挫折してきた。
 『ショーシャンクの空に』も『スタンド・バイ・ミー』も『シャイニング』もだ。主人公が毎回いかにもアメリカ人の冴えない男で、作家か教師ってイメージが自分の中に出来上がってしまい、短編集でもないと自分はキングの作品を読めないと思ってきた。(あるいは『死の舞踏』のようなエッセイとか)

 ところがこの『11/22/63』はこのキングのディテールにディテールをゴリゴリ積み重ねて、話の展開がゆっくりなのがピッタリ!読み出しこそ時間がかかるけども、上巻の半分を超える頃にはすっかり夢中になってしまう。
 それはキングが本題のJFK暗殺以上に、1958年から暗殺が起こるまでの過去のアメリカを魅力的に描いてるからだと思う。行ったこともない土地をこんなに魅力的に、そして懐かしいって気持ちにさせられるなんて!と驚いた。
 唸ってしまったのが、最初に主人公がお試しで過去に行って体験するのがルートビアという下り。コーラでもなくドクターペッパーでもなくルートビアという卑近さ。
 誰もが身近にあって当たり前のものの違いを描くことで過去が一気に身近に感じられる手腕に、初めてキングって凄い!と唸ってしまった。
 上巻の第一部までは読むのに手こずるかもしれないけど、ぜひとも読み進めて欲しい名作だ。

JFKに興味がなくても問題なし!むしろロマンス小説として推したい『11/22/63』

 別にアメリカ人でもないし、今から半世紀以上前の事に興味がないからとこの本を読まないのはもったいない!
 JFK暗殺をどう阻止するかというのも気になるプロットだけれども、正直中巻になって登場するある女性との主人公の恋の行く末が気になってそれどころじゃなくなるからだ。
 そう『11/22/63』は驚くほど直球の大ロマンス小説でもあるのだ。主人公が5年という月日をやり過ごす中で、教師としての仕事を得るんだけど、職場で主人公は運命的な出会いを果たす。
 新人学校司書のセイディー。20代という若さでDV気質の夫となんとか離婚を成立させた女性である。離婚や家庭内暴力に対しての偏見も厳しいこの時代に、一人で生きようとしている彼女と未来からやって来た主人公。
 傍目にはいい大人同士なんですよ。しかしまぁこれがびっくりするほど純粋な恋として描かれてて、正直JFK暗殺阻止なんかどうでも良くなるほど気になってしまう。
 主人公が過去に少しずつ根をはやし、地域に受け入れられていき、恋に出会い、落ちていく。この過程が「え、これ本当にキング?」って思うくらい純粋無垢でもう驚きっぱなし。
 「騙されないぞ。どうせ次のページでセイディーがサイコぽかったり、主人公がやばい言動を見せるんだろ」っていう読み手の邪心をことごとくかわして、爽やかな恋を描くキング。負けたって思います、それくらいピュアに恋の魔法がかかってる。

 この恋の魔法プラス、1960年代のアメリカを魅惑的に見せるノスタルジーという設定が相乗効果をもたらしている。とにかく読んでて主人公とセイディーが上手く行ってくれ!と気になってグイグイ読んでしまうのだ。
 傍目にはすごくささやかなのに、ときめいて煌めく世界を描くキングすごい。
 正直ね、この本に登場するロマンチックなデートってものすごく現代日本から見ると地味なのよ。学校行事や地域での集まりに出かけたり、あとは相手の家に遊びに行くだけ。
 だけどその規模の地味さを上手くフォーカスしてるから、それが素敵に見えるわけ。何よりも素敵なのは繰り返し登場する二人のある行動。最初に二人が惹かれ合ったとき、俺たち最高!となったとき、喧嘩して微妙なときと何度も繰り返す。
 そして、それが最後になると一気にストーリーでの重みをますとは。正直、この本で泣かされるなんて思ってなかった。けど、涙ぐんだ。

 奇をてらう小細工ないし、もう読んでて感のいい人なら行き先が分かってしまうであろう展開。それでもやっぱり読んでて感動してしまう。クソっ、キングのくせに!と長年の片思いの相手に八つ当たりするような、いい意味でずーっと裏切られっぱなしの名作でした。
 いやぁ大満足です。これから少しずつキングのこの方面を攻めてみようと思いました。



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