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『ディアハンター』を観て、今を生きようと思った10代

 一体、どれだけの人が今の自分を消し去り、新しい人生を歩みたいと思っているのだろうか。この一文は、数年前に書いた原稿の一行目。その時は長編を執筆中で、朝3時に起床し原稿を書く。母をデイケアに送り出すための支度と、すでに成人はしているが、子どものままの息子の食事の用意。仕事を持っていたので、勤務地へ向かうための身支度をすませ、最寄りの駅に向かう。毎日が戦争のような生活だった。
 本当の戦争を体験した母に言わせれば、ごくありふれた日常を送れている幸せに感謝して生きなさい、となる。
 結婚生活や子育て、仕事と家庭の両立で疲弊している時は、この日常に感謝するなどという余裕は持てない。今、家庭も落ち着いて、両親も他界し、仕事もセミリタイアした状態で、ゆっくりと自分の人生、夢見る10代の頃から顧みて、生きていてよかったなと、あらためて思う。

 戦争を題材にした作品は数知れず観てきた中で、『ディアハンター』は強烈な印象をいまだに私の中に残している。
 同時期に制作された『地獄の黙示録』とよく比較される。フランシス・フォード・コッポラが作ったベトナム戦争映画。それよりも1年早く日本で公開された『ディアハンター』の方が、ずっと心に、それはまるで深い傷のように残っている。
 どちらも戦争が人間に与えた狂気を描いているが、その描き方に大いなる違いがある。真正面から向かうコッポラに対し、ベトナム戦争を題材にしていながらほとんど戦闘シーンがなく、若者の友情という側面から描いているマイケル・チミノ。

79年公開当時のパンフレット
80年公開当時のパンフレット

 アメリカはペンシルベニア州の鉄鋼の町「クレアトン」に住む工場労働者でロシア系移民の若者たち。
 マイケル、ニック、スティーヴン、スタン、アクセル、ジョン、リンダたち。この若者たちを演じた役者陣は、本当に凄いメンバーだ。ロバート・デ・ニーロを筆頭に、クリストファー・ウォーケン(ニック)、ジョン・サヴェージ(スティーヴン)、ジョン・カザール(スタン)、ジョージ・ズンザ(ジョン)。当時まだ新人女優だったメリル・ストリープ(リンダ)と、名優ぞろい。

ウォーケン、デ・ニーロ、ズンザ、サヴェージ、カザール

 若者らは、工場労働者として過酷な仕事の合間をぬって、ディアハンター(鹿狩り)に興じる日々を送っている。
 映画冒頭のスティーヴンとアンジェラの結婚式とマイケル、ニック、スティーヴンの壮行会から、日常の生活のシーンが1時間近く続くので、これはベトナム戦争映画だよね(?)と、少し首を傾げたくなるかもしれないが、全編3時間にも及ぶ超大作なので、これぐらいの尺を取っても問題ないのだろう。いや、むしろ、この長きに渡る彼らの日常を描くことで、後半にくるベトナムでの惨たらしい情景が生きてくるのだ。

このシーンを見直すと、のちの『恋に落ちて』を彷彿させる

 結婚式と壮行会が終わったあと、マイケルとニックが会話するシーン。ここで交わされる言葉が、この作品を象徴していると思う。

一発で仕留めることにこだわるマイケル
木の生え方が好きだと言うニック

「ひとつだけ言わせてくれ。もし山の中で死ぬのなら、俺はいっこうにかわまわいってことがわかったんだ。わかるか?」
 とマイケルが言う。
「何を? 一発で仕留めることをか?」
 ニックが確認する。
「一発で仕留めることに、俺はもう、そんなにこだわっちゃいないんだ」
「こだわるべきだ。鹿は一発で仕留めるべきなんだ。一発で仕留めるってことがすべてさ」
One shot is what it's all about. A deer has to be taken with one shot.
    マイケルは向きになる。
 もう、この時点で二人の先を暗示しているようだ。
 ニックが言う。
「山に生えている木の生え方が好きなんだ。一本一本の違った生え方がだ」
 こんな考え方ができるニックだったから、ベトナムに行って、戦争で苦しむ仲間や現地の人を目の当たりし、自らも戦争で苦しんだ人間としてベトナムに残る選択をしたのかもしれない。
 作中に流れる曲も、胸中を上手く代弁しているようで素晴らしい。
 「クレアトン」にいる間に流れる、フランキー・ヴァリーの
『Can’t take My Eyes off you』が、悲しく響く。

 朝方までしこたま酒を飲んでハイになっている若者たち。底知れぬ恐怖に打ち勝つための手段として、陽気に酔っぱらっている。
 みんなワイワイと騒いでる中、ジョンが店内のピアノを弾き出した。はじめは、みんなの騒ぐ声でかき消され何の曲を弾いているのかわからなかった。それは、ショパンのノクターンだ。ジョン以外の4人にはクラシックの曲はさっぱりわからないけれど、ジョンの弾くノクターンの優しい音色にみんな引き込まれていく。
 そして、「クレアトン」の穏やかで平和だった日常に終わりを告げた。

 後半は、ベトナムの密林やベトコンとの壮絶な戦いが描かれる。
有名なロシアンルーレットのシーンには、目を覆いたくなる場面も多々あるが、ロシア移民のアメリカ人である彼らが、ゲーム感覚で行われるロシアンルーレットを強制されるという何とも皮肉で悲しい。まさに戦争という狂気が作り出した死のゲームだ。

強制される死のゲーム
別人と化してしまった親友ニック

 マイケル、ニック、スティーヴン。
ベトナムに駆り出された3人の若者。
一人は、足を失って戻ってきた。一人は、死人になって戻ってきた。
最後の一人は、心に深い傷を負って、日常の生活に戻ってきた。

 死人なって戻ってきた若者の葬儀のあと、若者たちはジョンの店に集まる。深い悲しみが店内に広がっている。
 その悲しみを打ち破るように、リンダが「アメリカに神の加護、我が愛する国」と静かに歌い出す。それに続くようにマイケルも歌い出す。
 そして、一人、また、一人と続いていった。

    脇に立ち
    導いて行く
    天からの光で
    夜の闇を
    山脈から
    大平原まで
    白い泡の立つ
    海岸まで
    アメリカに神の加護
    我が愛する故郷

  たった一発の弾丸で、人生を左右されてしまう戦争という理不尽な世界。
忠誠を誓った国は、彼らに何を要求し、何を与えたのか。
 あれから45年、世界は変わっていたのだろうか。

※追記 
 とても大切なテーマ曲を忘れていました。




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