レイナアブソルータ(第5章)



王の暗殺、その後



計画全貌


 今回の伯爵の計画は、此方が国として独立した為、自分もと思って、なら此方の国を乗っ取るのが手軽にという、安易な計画だった。
 そんなことがないように、お互い身内を人質のように嫁がしているのに。それは大したことがないと、姉様は身内を撃った伯爵夫人となってしまったし、夫を縁者が撃った妻となって、立場も危うくなってしまった。それはこちらに嫁して来た義母(はは)も同じ事。
 私は契りの儀の後直ぐに、軋む身体を引きずる様にと、義母の部屋に向かっている。国内の反逆材料のひとつを潰す為に。
 今、わたしが王位に就く際の懸念材料として、父の大臣、重臣達が、隣の伯爵家と手を結び、幼い義弟を王に担ぎ、私を国外に嫁に出すというのがある。今回は先に手回しし、私がこの国の王とならないと、育てた大事なものが無駄となってしまう。
 急ぎ、義母との面会を求めた。
 義母は父の妃だ。だから地位は彼方が上。その地位に固辞される厄介だ。一介の伯爵令嬢が、一国の妃なのだから。なので、私は、臣下の礼に基づき、下手に出る。
 アヴドゥルとの契りの儀の後、直ぐに、面会願いを持っていってもらった。直ぐには来ないと思っていたら、なんと直ぐに会いたいとのことだ。彼方は彼方で、色々な思惑もあるということだ。

妃(義母)との謁見


 義母は、父の妃だ。だから此方が臣下としての礼をとる。
 すると
「クラウディア様にその様な礼を取られるのは、ちょっと怖いですね」
 と笑い、ちょっとした母娘のお茶会ですよって感じに、丸テーブルにお茶の準備ができていた。順位に関係しない丸くテーブル。この辺も抜け目なく立ち回る義母様は、アヴドゥルに殺された兄とは違う感じ。それだけに、ちょっと怖い。
 そうやって円満に、これからの同意を取る話をする。
 私の王位継承に否を問わない。そして、アヴドゥルと私の子は立場が微妙なので、義弟にこの国の次期を任せると決め、自室に戻った。
 流石に身体が辛い、
 だが、承認の会議の内容が知りたく、エマニエルを部屋に入れる。
「クラウディア様のお立場の問題より、これからこの地をどう導くか? と大臣達に問ったところ、なんの案もなく単に、あの伯爵の思惑に乗っただけで、それもこの間、クラウディア様に言い負かされたとか、女が国を導くなど傾国しかねないとかの感情論ばかりで頭が痛くなりました。そこに、アヴドゥル様が、クラウディア様の王位継承を認めないなら、この国を我が力で奪っても良いと、その上でクラウディア様にこの地を渡し統治させる方が容易いなと言われて、それならと、渋々了承してきました」
「色々とありがとう、エマニエル。義母様の同意は私がとりました。次は、司祭による王位承認です。それから父様の葬儀をして、隣国諸国にはひと月後にお披露目という計画でいいかしら」
「ハイ、少し性急ですが、妥当ですね。早めに王位継承してしまった方が、煩い国々からの口は張った申し出も却下できますし、婚儀の儀は済んだ事にすれば、アヴドゥル様の事もあり、余計な婿がやってくるのも阻止できます。それと、申し訳ないのですが、大臣から一人宰相を決めて下さい。若い娘の下で動くのを厭うのが目に見えてますから」
「はあ〜。なんで無能な奴を宰相とかにしないといけないの! 分かっているわ。分かるけど!」
「クラウディア様、お静かになさって下さい。後からいくらでも愚痴ならお聞きしますから」
「なら、お爺さまの代から国務大臣のサンチョスを」
「よろしいのですか、彼者で」
「賄賂貰ったら速攻首にできるからね。私が大人しかったのは、父様やゴンサレス兄様がいたから。私が王になったんだから、好きにさせてもらいます」
「まあ仕方ありませんね。知らなかったのは相手の所為ですからね。まあ、なら私は、クラウディア様の治世恙き様にお側で精進させてもらいます。王の特務関係は今まで通りでよろしいですか?」
「ええ、私的なモノとして、大臣達には見つからない様にして下さい」
「御意」
 そう言い黒い笑顔でエマニエルは下がって行った。
 すると、クロエが側に来て、
「姫様、お身体は辛くありませんか?」
 と訊ね、寝台に休むように言われた。ああと思い、寝台で横になろうとしても、考えることが多く、思考に頭を持っていかれている為に、寝ることもできない。だから、上体を起こしたまま、つらつらと考えごとをしていた。多分興奮していたのだろう。いろいろなことが立て続けに起きて。だから、人払いをして、少し考えをまとめることにした。

私の望みと野望


 国を拡げる為に武力で押し入っても、その後、どうするのかが『ない』と思う。そんなお爺様の言葉を、腹心の大臣から聞いことがある。
 それは、そうだと、この地に新しい産業を起こした私も納得できる。
 イスラームをこの地から追いやり、キリスト教国による統治といっても、キリスト教の司祭達は、視野狭窄で、固定観念にとらわれ、細かくうるさい。
 王は神の息子とか言い、何事も男子優先という
 しかし、政治の重要な時には、駒として道具として、今回のように女が出ていく。こんな、何時、味方が敵になるかわからない時に、ただ女というだけで、敵地に送って良いのかと疑問もでる。
 で、今回は次姉だ。嫁いだ先の家長を、自分の実家が屠ってしまった。お互いの安寧のために嫁いだのに、状況が変わってしまった。
 和平の象徴として担ぎ上げられるが、その人生は、男ほど安寧ではない。なのに女は男にかしずく者としている。そう意見を言うことか憚れるのだ。
 なら私は、男に傅かずにすむ選択を取りたい。自分の人生を自分で決めたい。それには、より良い選択をする王として、新しい技術と知恵を伝授するしかないのだと。漠然と思っていた。
 あの時、誤魔化してしまった、アヴドゥルの言葉が蘇る。
「其方は王になることを望まないのか」
 あの時はそんなことは、全然頭にもなかった。
 しかし、結果として、私は王位に就くことになってしまった。
 今だに、私は王など面倒なものに成りたくはなかった。他に、この国を私以上に思って、民の幸せが己の幸せという人がいれば、さっさとと渡して、私は自分の荘園で、面白いモノ、楽しいモノを探して生きるわ。それよりも、話に聞く諸外国にも行くのもいい。そんな自分の奥底にある欲望とも希望ともつかないものに気がつき、心から納得できたのか、一連の疲れもあり、私は気がつけば翌朝だった。

文化の違い

 この地はローマから遠い。ピレーネの向こうはアフリカと揶揄されるがローマ帝国の後の時代を作ったのはペルシャである。そのペルシャの薫陶を受け文化を持つのが、アヴドゥルの国なんだよね。だってウチから近いトレドの街でさえ、当代一の学者が揃っていると。まあそれは、アヴドゥルのお爺さまが書籍が好きで、世界から書籍を集めさせたということが理由だ。そしてその集まった書籍をアラビア語からラテン語へとの翻訳作業も並行してやっていると。
 今ここでは本は写本するしかない。誰からかの持ち物を借りて書き写すのだ。勿論貴重な本をタダでなど貸してくれない。まあ有体に言えば、金を出して借りて、写すんだ。その期間は、その金品による。写す、紙もインクも必要だし、書き写す者の賃金も派生するだろう。それだけ書籍は貴重品。それでもギリシアのローマの知識が手に入るんだ。一度は読んでみたいと思っていた、ソクラテスの対話集があるとか聞く。
 それ以外にも、あちらには、話にしかでてこない、ローマやその先のペルシャやシナの国の文化や技術があると。現に、私がアヴドゥルから貰った物は、我が国では見たことの無いものが多かった。
 こちらでは、話でしかでてこない紙は、最初の時に貰った。オレンジやザクロのフルーツ、米、とうもろこし等の農産物、真っ赤なハイビスカスに香しいブーゲンビリアの花々。白い綿羊。緬羊はこちらにもあるが色が茶色なんだ。
 アヴドゥルに貰った、羊の毛は白い。それもびっくりしたけど、肉を取るならば、オスを早めに屠ると、その方が肉が柔らかく美味しいと。
 私が美味しいと食べた肉はそうなんだと。その時、
「雌は子供を産むから、雄は種しかない、だから、オスは屠られるんだ」
 アヴドゥルはそんなことを辛辣に言い笑っていた。その笑いに少し違和感を感じたが、その時はよく分からなかった。
 その数年後、彼の侍従ハシーブである、アルマンスールがまだイブン・アビー・アーミルと呼ばれていた時、彼の者が此方に使者としてきたことがある。
 それで、実は、アヴドゥルは名ばかりの王なんだと知った。それでも、その者に勝つ為に、いろんな事を一生懸命にこなして、できる様になろうとしているといると分かる。
 その事実を知った時、私は
「そんなことないよ。アヴドゥルはすごいよ。頑張っているよ」
 と、アヴドゥルの頭を撫でやりたかった。
 はにかむ、彼の表情まで想像できた。

 だからこそ、今回の『この』後先考えない彼の行動にはとても驚いたのだった。
 これから、国の実権を握っているアルマンソールはどう動くか? それによって、我が国の立ち位置も変わる。
 私達は、出会っていけなかったのか? そんな疑問も起きるが、いや、今この状況を見ればそれは運命なんだと。そう考えると、兄様が亡くなったことも、私が王位を継ぐ為の布石なのだとなって思ってしまい、少しその運命を呪いたくなった。
 そんな事はない。兄様がいなければ私はこうやって、今、この国の舵取りを上手くできなっただろう。でも、私とアヴドゥルが出会わなかったら、兄様はアルマンソールに屠られず。今、この国の国王として、立っているだろう。
 いやこの国をアルマンソールが狙っていたのだ、私とアヴドゥルの出会いもあの策士の思惑だろう。運命だからと諦めるのはまだ早い。私とアヴドゥルで、あの男、アルマンソールに一矢報いたい。

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