レイナアブソルータ(第4章)


アヴドゥルが齎したもの

文通〜貢ぎモノは必須だ



 そんな退屈で死にそうな謹慎の日々を過ごしていたら、部屋に父様の執務官が、やって来た。
「イスラームの国からの使者がお越しで、姫様に謁見をと申し出ています。早急に謁見の間にお越し下さい」
 正式な使者なので、ちゃんとしたドレスに着替え、急いで謁見の間に向かう。
 謁見の間には、この間アヴドゥルを嗜めた侍従がいた。
「我が君からの書状をお持ちいたしました。クラウディア王女」
 そんな事を言い、ちゃんと此方の作法通りの礼をして渡された。侍女が受け取り、政務官と一緒に見分して渡された。政務官は、父様に内容を告げている。私はその書状を読む。アラビア語で書いてある下にラテン語で、『其方の好きな肉を届ける。玻璃の件はもう少し待て』とあった。肉? と疑問になり、顔を上げると先程の政務官が、
「姫様宛に、羊が雄雌100頭づつ届いております」
 なんのこともない様に告げてきた。そしてその使者である侍従が、
「できましたら、今、お返事をいただけたらと。その為王女様に面識のある某が使者となりました。王女様からの手紙をいただけたら、主の無聊も慰められるかと」
 うわー、そんなに早くアラビア語をラテン語に翻訳などできるない! と心の中で慌てていたら、そうだ、トレドの学者からアラビア語を教わる為に、向こうも、新しい事をやりたいとその進言の為、城に滞在してもらっていたんだ。だから直ぐに呼んでもらう。
 謁見の間の控え室で、その学者に翻訳の手を借りて、羊のお礼を書き、この間刺繍していたハンカチをお礼代わりにつけ、使者に持たせた。
 そこで、父様は、私に直轄地の一部を下賜してくれた。
「其方が隣国から連れてきた者も、頂いた物もそこで一括管理すれば良かろう」
 という事らしい。まあ,下賜してくれた直轄地は、私が勝手にタイルの工房を作った場所に近かったので、父様には全部バレていたんだよね。

父王の教え


 父様から下賜された直轄地の一部。そこを私の荘園として、新しい植物を植えたり、この間貰った,羊を放牧したりしている。流石に、城都には羊を200頭飼うスペースがなかったしね。
 イスラームの国は珍しい物や便利な物が多く、興味を持つと仲良しのアヴドゥルが、直ぐに贈ってくれるようになった。
 そうなんだ、アヴドゥルからの貢ぎ物は、羊、アーモンドの木、柘榴、ブーゲンビリア、柘榴、紙など多岐に渡る。そういえばラクダまでいた。
 その中で、私が一番、興味があったのは、カイコだった。
 虫が、あの光沢のある布になると聞いたときは信じられなかった。そしてとても不思議だった。アヴドゥルから贈られた蚕は桑の葉しか食べない。だから、桑の木も一緒に贈ってきた。トレドの学者が面白いと、他の葉っぱを食べないか、今調べている。
 繭はお湯に入れるだけで、糸が真綿が取れる。その糸を紡いで織ればあの煌めく絹布になる。
 アヴドゥルの国にはこの細い糸を織れる機織り機があるのか? そしてこの様な細かい仕事をするものがいるというのか。綿花との違いに、羨望が漏れる。
 国を豊かにというのは、弱い隣国を征服していけば簡単だが、それから広くなった領地を、どう豊かにするかが問題なのだと気がついた。
 そんな文化の違いを目の当たりにして、今まで以上にこの地に、あのイスラームの文化を取り入れたいと思うようになった。
 そう思った私は居城を城から荘園へ移すことに決めたんだ。


アヴドゥルへのお返し


 アヴドゥルはそれからも、頻繁に手紙や贈り物を贈ってくる様になった。
 アーモンドや柘榴、またある時はコットンの苗木。こちらにはない種子や樹木。そして、紙という羊皮紙でない珍しいモノまで。手紙を書きやすいからと。それ用のインクも一緒にくれた。
 手紙に欲しいモノを書けば、すぐに持ってきてくれる。
 とても貴重なものもあるし、お礼にも返信にも困ってしまった。
 それを父様に相談したんだ。最初は勿論、兄様にしたのに、兄様って、男ってそんなもの、貰っておけの一言だったからね。だから、一国の王として、どう対応すればいいのかとお訊ねしたの。王としてアヴドゥルの国への対応になるかな? ってね。
 そしたら、父様は、面白い案を出してくれた。いただいたものがどうなったか、お知らせすればよ良いと。情報も価値があるもの。この戦時化なら、なお一層だ。
 そう教えてくれた。そして、ダメ出しの一言。
「何を教えて何を隠すか、それが一番難しい。王として、為政者として、どう出せばいいのか、考えてみろ」
 と笑っている。ああ、これも一つの課題になってしまった。こういう課題を一つひとつクリアしていくんだ。王族としてね。そして、今、それはとても貴重なアドバイスだったと思っている。
 その時、私は、アヴドゥルに手紙を出すのに、
『この間いただいた、アーモンドの木は薄いピンク色の花が咲きました』
 とか、
『緬羊達は倍になりましたとか書く様にした。子羊は小さくってとても可愛いですね』
 などと当たり障りのない事を書く様にしていた。
 ただ、問題が起きた時があった。あの赤いオレンジに実が成らなかったんだ。だから、
『オレンジの花が咲いたのに、実がなりませんでした』
 と事実を書いた。すると、アヴドゥルは、
『オレンジの実は、植えて数年経たないと実がならない』
 と、教えてくれたり、
『アーモンドの花は其方の様だ』
 と訳の分からない事を書いてきたりした。
 そんなある日、アヴドゥルから手紙がきた。
「玻璃の職人を見つけた」
 と。

別れ


 そんな関係が、季節を一巡りした頃だった。
 ある日、玻璃の職人で其方に行っても良いという者が見つかったと連絡が来た。なので、私の荘園の方に来てもらおうと連絡した。
 荘園で、ただ待つのも何なので、学者達と、この間アヴドゥルからもらったアーモンド木の様子を見ていた。もう少し実を沢山ならしたいから、肥料は何がいいか、どんな場所に植えればいいかと、学者と試行錯誤をしていたんだ、そんな時、
「其方は、本当に畑で働いているんだなあ」
 声の方に振り向くと、そこに馬に跨ったアヴドゥルがいた。
「えっ! アヴドゥル様、どうしてここに?」
「玻璃の職人を連れて来た。其奴は馬に乗れたので手取り早いからなあ。それに、オレも其方に一目会いたかった」
 ひらりと馬から降りたアヴドゥルは、背が少し高くなっていて、私の目の下くらいになっていた。
 少し言葉もおとなしくなっているのかと思ったら、相変わらずな、
「其方を見習って、屋敷を内緒で出て来た」
 なんて減らず口を叩く。
「タイルの窯は何処にある、この者に見せたい」
「ここから馬で小一時間くらい先です」
「なら今からでもいけるなあ。案内せい」
 私はアヴドゥルの横柄な態度に、ちょっとムッとなったけど、それより玻璃の職人の方が気になる。なので
「馬を取って来ます。お待ちください」
「この馬を使え。イスラームの駿馬だ。いい毛並みだろう」
 白毛の此方の馬より、少しほっそりとした馬を見せられた。
 そして、私の手を取り、そこに口を落としながら、
「其方に合うと思ってなあ。アレキサンドリアから送らせた」
 そんな大人びた仕草があまりにも似合わないので、
「ぶっ、何、何処でそんな事、覚えたの? 似合わない」
 と笑ってしまったら、アヴドゥルは顔を真っ赤にして、
「女というものは、男からこの様な事を言われると嬉しいのではないか?」
「何処で聞いたか知らないけど、私は自分が分かっているから、そんな事を言われても何か裏があるかと思うわよ。可笑しい、クククッ」
「やはり其方は面白い。でこの馬は要らんのか?」
「イヤ、それは別。欲しいわ。此方では見た事ない種類の馬じゃない。速いんです?」
「ああ、走りは軽い、だがいかにせんその為、線が細く、華奢なんだなあ。それで、足を怪我しやすい」
「ふふふ、わかりました。ありがたく頂戴します」
 私は鞍と馬銜を付け、乗ってみる。
「ちょっと慣らさせてもらいますね」
 少し走らせると、速い! 軽い!
「うわー、凄い」
 嬉しくなり、少し乗っていると、隣にアヴドゥルが来て、
「其方は馬までも誑し込むのが上手いのか。その仔は気位が高くて中々いう事をきかんのに」
 意地悪そうに笑う。
「慣れたのなら、さあ行こう」
 タイル工房へ向かい、馬を走らせ始める。
 そこは、此方の食器を作る工房が何軒かあるんだ。その中に、タイルの工房を窯を作った。
 同じ焼き物なら切磋琢磨をするかなという思惑からなんだけど、これも面白い様に、影響しあっている。
「クラウディア様、お待ち下さい。勝手にお出かけは」
 と幼馴染達が後ろの方で喚いているが、トレドの学者もちゃんとついて来ているので、無視して馬を走らせてしまう。この辺は全て私の荘園だしね。
 この馬は本当に足が軽い。気持ちよく、工房のある村まで小一時間、馬を走らせる。ちょっと小高い丘にあるその窯の村に着く。
 私たちは窯の見学だ。説明はタイル職人。アヴドゥルの為にアラビア語でだ。久しぶりにアラビア語を話せた職人は、アヴドゥル達を見て興奮しているのか、丁寧に説明している。アヴドゥルも嬉々として質問している。
「其方、何故イスラーム国から此方へ来ようと思ったのだ」
「はい、此方の姫様の情熱に負けました。もうしつこいとしか言えませでしたよ」
 その職人が思い出した様にちょっと目が虚になる。
「アンダルシアの模様よりもカスティーリャの方が洗練されてるとか、他には、これを作れる職人がいない場所なら其方は一番の腕利きになるとか言われまして。不思議とその気になるんですよ、姫さんの言葉は。それならって、そのつもりで家族で来てみれば、オレのライバルというか、負けられない奴がいるではないですか、オレが一番だと思ったのに何故って思いますし、コレは負けられないと、思っていたのですが、気がついたら二人であーでもない、こーでもないと色々試して、今やっと商品になるモノができて、奴と二人ホッとしているところです。それに彼奴がいなければこんなに早く商品ができなかったと、向こうも同じ事言ってます」
「はははぁ! 其方もこの姫に騙されて連れてこられた口か」
 そんなひどい事をアヴドゥルは言う。私は不貞腐れて、
「私は騙してはおりません。現に此方にはこのタイルを焼く職人はおりませんから、此方に来ればその者が一番の職人でしょう」
「ふふふ、で同じくらいの腕のモノを二人連れて来たと」
「家族できてもいいと言ったのですから、奥さんもご主人と二人きりだと、淋しいと思ったまでです。言葉の問題もありますから。それに競い合った方が腕前は上がりますから」
「はははぁ、うまいなあ、其方の口は」
 大きな声でアヴドゥルが笑う。
「悪辣だな、其方は。やはり噂は真実という事だ」
 更にゲラゲラと笑う。そんなアヴドゥルを見ていると、悪口を言われているのに、何故が気分が悪くならなかった。
「すまん、笑い過ぎた。これなら安心だな、玻璃の職人もこの地で、仕事をするのも」
 職人に向かい、
「其方(ソチ)の家族は、ちゃんと馬車で向かっておるから安心しろ。困った事はこの姫さんがどうにかしてくれよう」
「ご配慮痛み入ります」
 私はタイル職人に、
「彼らの家に案内を頼みます」
 タイル職人が頷き、玻璃職人を連れて、下がってゆく。
 その姿を見ていた、アヴドゥルが
「これで其方との約束も全て、果たした」
 そう言う彼の言葉が少し淋しそうなので、彼の顔を見ると、泣きそうな顔だった。
「もう其方に手紙を書く事はないかと思う。オレの周りが少しキナ臭くなってきた。まあ、分かっていた事、暫くしたらコルドバに戻る、其方も息災で」
 突然の別れの言葉に、何を返せばいいのか分からなくなり、
「そうですか、なら思い出として、アヴドゥル様が私に下さったモノがどうなっているのか、お見せいたしましょう。その目で見ていって下さい」
 馬に跨り、走らせて丘の上に登る。ここの荘園全体が望める場所だ。隣に来たアヴドゥルに、
「彼方は赤いオレンジの木が植えてあり、アヴドゥルさまのアドバイスのお陰で、来年には収穫できます。その向こうの荒れた台地は最初に頂いた羊を飼っております。その数も頂いた時の倍以上になっております。であそこはアーモンドが、こっちは…」
 隣で、口は笑っているけど、目とかは泣きそうな不思議な顔のアヴドゥルを、見ない様に説明してゆく。そんな彼は、年相応な反応で、うん、うんと頷いている。
 私は知っていたんだ、トレドで噂も聞いたから。
 アヴドゥルは、王になると。それでトレドで勉強していたんだと。父王の容態が悪くなり、派閥闘争に巻き込まれない様に敵対勢力に暗殺されないようにと。アヴドゥルの母君と父王の大カーディが、彼をトレドに送った。そして、その二人が彼を王位に就けようと画策していると。なら決まったんだ。ならもう会う事はできないんだ。突然の別れに、私は彼に何も言えなかった。
 だが、彼が贈ってくれたモノがこの地でどうなっているか、見せたかった。ちゃんと形に、実に、なっているよと。帰る途中で彼にもらった赤いオレンジの実を一緒に頬張り、沢山の羊を見てもらった。彼は
「ありがとう、この地を繁栄させるのは国ではなく、思いだと思えた」
 そう言い、彼は自分の国に帰っていた。
 そう、これから私たちは、好むと好まざると関係なく、敵対関係になるのだから。



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