レイナアブソルータ(第6章)


戴冠式前夜


「おめでとうございます。クラウディナ様。お目覚めでいらっしゃいますか?」
 とクロエの声がする。
 天蓋の帳が開けられる。寝台にはアヴドゥルもいた。
 昨日、いや日付が変わってすぐだった、部屋に、当たり前のように、私の寝台に入ってきたのだ。
 私は明日の戴冠式を前に緊張感から眠れず、まんじりとしていた。その時だ、荒々しく部屋に入り、私の褥に何の憂いもなく入ってきた。昨日の不寝番の騎士も侍女は止めることもしなかった。
「明日は其方の戴冠式か、ああ、もう今日だな」
 私の了承もなしに唇を合わせてきた。
 彼の手が私に触れたとき、ふと、自分の中で、何かを待っていたことに気が付いた。
 私は、彼を待ちわびていた。そう、ここにきてくれる事を。不安な私を抱きしめてくれる事を、望んでいた?  
 自分の中に何かが生まれている。そう昔、一緒にご飯を食べた時の、馬で早駆けした時のワクワクした気持ちに似た何か…。
 彼が、私に触ると、きゅんとした。
 それに気がついた、アヴドゥルがふっと口角を上げる。
 ああ、その笑顔、昔みたい。
「オレが来るの嫌じゃない?」
「もしかしたら、こんな関係を私も望んでいたかもしれないと思っていたの」
「嫌じゃ無いんだ、よかった。契りの儀から其方を繋ぎ止めとく事しか考えなかったし、あの時は、オレも焦って無体を働いてしまったから、嫌われたかもって思っていたんだ。よかった」
 そして、私たちの影が重なる。
 齎された快楽に今までにない馴染む感覚。それが一体感を呼ぶ。もうなんだか分からない感覚。それとともに齎された快楽がら身も心も寛がせたのだろう、自然と眠りが訪れたようだった。少し、明日の戴冠式に、緊張していたんだ。

戴冠式へ



 今、クロエの声がかかるまで、深く眠っていた。目が覚めると彼も珍しく隣にいた。
 帳を開けたクロエは何事もないように「お支度を」と言い、湯浴みへ連れて行かれる。手早く湯浴みを済ませ戴冠式の衣装を身につける。
 そんな豪華な物があるわけでないが、初代であるお祖父さまから伝わってる短剣とお祖母のネックレスをつけて、一応ローブをつける。このローブはアヴドゥルからもらった羊毛で新しくつくった商品なんだ。諸国に売ろうと思って。それを私が一番に使うとなるとは、本当に不思議。
「ねえ、このローブみて、あの白い羊の毛で作ったのよ。淡い色が映えるでしょう」
少し淡い赤、そうアーモンドの花の色で作ったんだ。
「ああ綺麗だ、よく其方に似合ってる。アーモンドは其方みたいだから」
 そう言い、微笑みながら側にきて私と一緒にローブを眺めている。
 そして、口付けをしてきた。ちょっと恥ずかしい。
「一緒にでる?」
「王位略奪を疑われるからやめとく」
 二人でふふふと笑う。
 ローブ持ちの少女達、私の腹心の幼馴染2人。さあ広間へ移動だ。
 その様子を誰に憚ることなく、彼は静かに眺めてる。
 そして、私の指に指輪をはめた。
「新しい王の玉璽にすればいい」
 純金の家紋付きの指輪をくれた。
 さあ、この国の王としてなるんだ。取るに足りない小国かもしれないが、私にとっては欠けがいのない宝石のような物。そして分身だ。ずっと慈しんで育ててきたんだ。
 そう、この分身のため私は色々な産業を起こしてきた。波止場街、護衛船団の整備。不作の時を作らないよう、小麦以外の農産物も年貢として納められるようにした。葡萄、オレンジ、オリーブの作付けの奨励。これらの作物を年貢として納めることも可能にした。
 小高い丘には、風車を置き、簡単に小麦粉をオリーブオイルを作れる様にした。
 政については父様から、亡き兄様から学んできた。納税について、政策について。
「民の声を聴くことは大切だけど、流されてはいけないよ。クラウディア」
「なぜですか? 民の声を聴いて国政にあげれば喜ばれると思います」
「民はいい意味でも悪い意味でも、楽をしたがるからね」
 そんな話を兄様と一緒に聞き、それを元に、あちらこちらの土地を見て回るのは楽しかった。
 そして、去年は荒れていた土地が今年は緑になり豊かになってるのだ。どうすればそうできるのか、それを楽しそうに教えてくれる父様。隣で、笑っていた兄様。
 大きくなり一人でも大丈夫だと、徴税に赴くようになったし、街の視察にも赴いたり、郷士たちの館を訪ねたこともある。
 そうして、今は民は私のことを『フラウ・ブラン・デ・カスティーリャ』と呼ぶ。この地に齎らした数々の白い花をつける、オレンジ、オリーブ、ブドウの様だと。
 それを喜んでくださった父様、兄様。その二人も、もういないんだと、ふと思ってしまった。
 いいえ、今度は私が、そう、首を大きく振り、そう今日、この日、私は、この国の王になり父様の後を継ぐのだと、兄様が継げなかった無念を晴らすのだと、思いを新たにする。
 そして、私の夫、アヴドゥルに手を振り、行ってきますと言葉をかける。
「ああ、其方なら良い王になる。後ろは守ってやるから、ちゃんと前を向いて歩け」
 そんな言葉をかけてくれた。そう、私がこの国の王になることは多分宿命だった。そう、思うことにした。
 大きく大聖堂の扉が開かれた、司祭からの御璽玉印を受け取り、聖典に署名をする。クラウディア・デ・カスティーリャと。
 大聖堂の鐘が鳴り響き、バルコニーから身を出せば、皆が、口々に
「フラウ・ブラン・デ・カスティーリャ万歳!」
 と祝ってくれてる。何処からともなく白い花びらが舞う。
 そうこの日私は、この国の国王と、女王となったのだ。

前編

後編

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