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#小説 コンプライアンスの番人・・・社外取締役監査等委員の正義・・・5

{第2部 2020年度}


〔主な登場人物:第1部に加えて〕
 日帝工業株式会社 新体制の取締役会
  代表取締役社長 :斎藤正明(サイトウ マサアキ)
  取締役     :山名繁男(ヤマナ シゲオ)
  非業務執行取締役:湊 優一(ミナト ユウイチ)
  非常勤社外取締役:今宮寿人(イマミヤ カズト)
  非常勤社外取締役:真鍋貴司(マナベ タカシ)
  常勤社外取締役 :東野要郎(監査等委員)
  非常勤社外取締役:両角正義(監査等委員)
  非常勤社外取締役:佐藤純雄(監査等委員)
  非常勤社外取締役:茅野 洋(監査等委員) (カヤノ ヒロシ)

《第五章:調査する 2》 

【取締役会 2020年7月1日】


 新体制の取締役メンバーは全員出席していた。午後2時、茅野も時間変更のお陰で出席できた。斎藤が議長宣言を行い、スタートした。
「本日の議案は二つあります。第1議案は、執行役員選任の件、第2議案は、新たな組織体制の件です。それでは最初に、執行役員の選任について審議をお願いします」斎藤の作成した『執行役員選任案』が配布された。
(日帝工業株式会社の執行役員とは、いわゆる社内役員扱いのポジションである。取締役と同様に任期は1年であり、株主総会後に取締役会で見直しされる)

〔2020年度執行役員 選任案〕
 1・常務執行役員:谷村幸雄(再任) 日帝工業深圳会社 董事長
 2・常務執行役員:杉山 豊(再任) 日帝工業タイ会社 社長
 3・執行役員  :内藤俊一(再任) 日帝工業タイ分社アマタ社 社長
 4・執行役員  :露崎和彦(再任) 日帝工業インドネシア会社 社長
 5・執行役員  :富岡雅之(再任) OEM製品営業本部 部長
 6・執行役員  :青木友彦(再任) 品質管理部 部長
 7・執行役員  :番場 剛(再任) 宮城工場 工場長
 8・常務執行役員:新井 泰(新任) 総務部 部長
 9・執行役員  :椎名史和 (新任) 経理財務部 部長

 東野らの予測通りであった。新井泰と椎名の名前が連ねられていた。新執行役員らは、両名以外は、何の人事情報もない。しかも再任であるため、異議はない。東野は、昨年度の執行役員一覧と比較すると3名が、再任されず退任させられている。
「よろしいでしょうか」
「斎藤社長、新しい社外からの取締役の皆さんは昨年との違いが判らないと思いますので、私から質問させていただきます。昨年と比較して、3名の方が退任となっています。その理由を説明ください」」
「日帝工業深圳会社副董事長の上宮さんですが、昨年、第三者調査委員会の調査に際し、不正について網羅的に調査を行ったところ深圳会社で、部下による金型の盗難が発覚しました。その責任を取ってもらっています」確かに、1月ころに深圳会社での顧客から預かっていた、金型の紛失に関する稟議書が、回付されたのを東野は思い出した。
「深圳会社の董事長である谷村氏は、常務執行役員として再任候補に上がっています。谷村氏は、責任を取らなくてよろしいのでしょうか」両角が確認した。
「深圳会社は自社製品の責任者が、谷村氏、OEM製品の責任者が上宮氏です。管理不行き届きで盗難があったのは、OEM製品に関する金型です」
「斎藤社長の説明を聞くと、上宮氏への懲戒に聞こえますが」東野が聞いた。
「責任を取ってもらい執行役員から外れることが懲戒であれば、懲戒と受け止めていただいて結構です。これは山本前社長からの引継ぎ事項です」
「懲戒となれば就業規則の『懲戒』の条項にあるように、リスク管理委員会で決議しなければなりません」
「だから、今、取締役会で審議してもらいます」
「私が、説明を求めなかったら、説明はなかったと思いますが」斎藤は、東野の反論を無視して、
「みなさん、『懲戒』でよろしいでしょうか」斎藤の進行はかなり強引であった。
「斎藤社長、上宮氏の管理責任の内容が、我々はわかりません」真鍋が、答えた。
「わかりました。上宮氏の件は『深圳会社におけるOEM事業に係わる盗難事故の件』という稟議書がありますので、みなさんに配布します。その内容を確認していただき、紙面決議させていただきます」
「ちょっとよろしいですか。上宮氏は、もし執行役員から外れたら今の職務はどうなるのでしょうか」茅野が質問した。
「雇用契約が、嘱託契約ですので職務は変わりません」斎藤は、早々に次の2名の説明に移った。
「企画管理部長であった竹腰氏は、今回のベトナム不祥事の当事者ですので、執行役員、企画職部長から離職してもらいました。雲井元総務部長は、昨年、十二月の取締役会で指揮命令系統違反、業務命令違反で、総務部長を解職されております。当時は、職務の解職のみで執行役員の待遇は、除外としておりましたが、今回の執行役員の改選時期に待遇も見直しました」
「昨年執行役員だった3名の待遇見直しを行いながら、新井氏と椎名氏の執行役員任用は反対です」東野は、真っ向から反対意見を述べた。
「新井氏と椎名氏は、第三者調査委員会の報告書に基づいた、再発防止策の中心となって推進していただいています。施策の継続性を考えると経営に事欠くことのできない人物です」
「第三者調査委員会を設置しなければならない法令違反という不祥事に関与し、隠蔽工作の主導的中心人物です」
「彼らは取締役会で、自主的な関係者処分案で、処分を受け、先日、株主総会でも処分を受けた形で取締役を否認されました。執行役員から再スタートしていただきます」
「斎藤社長は、株主が、社外では、役員として資格なしと否認した人物を社内役員のレベルに任用しようとしている。しかも、法務管掌でありながら、顧問弁護士のアドバイスに準じたと責任転嫁する人物を同ポジションで。企業会計原則にも反して、監査等委員にも報告せず、稟議書も偽造してコンサルティング会社と契約をさせた人物を同じように同経理財務部長として継続させようとしています。当社の恥の上塗りで、なおさら信頼の失墜に繋がります」両角も反論した。
「取締役責任追及委員会も調査継続中で、両名は調査対象ですよね」茅野も続いてくれた。
「過去のことは、株主総会で審議されました。何度も言うように再スタートさせるべきです。責任追及委員会の結論は、まだ出ていませんし、結果、責任追及できないもしれません」
「斎藤社長は第三者調査委員会の報告書は、読まれていますか」両角が疑義をぶつけた。
「ハイ、読みました」
「法令違反であっても現職を継続させることは、竹腰氏と雲井氏との扱いが、全然違います。公平ではありません」
「新井氏と椎名氏は、会社の処分案に従っています」
「社内の原因究明が、明確に行われていません」
「東野さんこそ、同委員会の報告書は読まれていますか。第三者調査委員会で、両名は、原因を明確に回答しています。『顧問弁護士のアドバイスに従った』と回答しています」
「もし、それを正として受け止めたとしても役員情報共有会に監査等委員を排除したり、コンサルティング会社との契約も偽造して社内で報告したり、稟議書まで虚偽の内容で作成させたりしたことは顧問弁護士のアドバイスではありませんが」
「今までのことは、水に流して、当社の再構築するための新体制を築きませんか」
「両名の法的処分が未決です」
「それは調査結果後しかわかりません。もう過去の話の蒸し返しは止めてください。私が、代表取締役として新体制案を構築したわけですから、執行サイドの意見を尊重すべきです」
「強引過ぎます。両名の法令違反により、会社に多大なる損害を与えております」東野は反論した。
「審議も充分行いましたので、決議に入ります。配布した執行役員案に賛成の方、挙手願います」東野、両角、茅野は、反対したが、その他は賛成の挙手をして決議された。新組織案も同様の決議で、新井泰は、常務執行役員総務部長、椎名は、執行役員経理財務部長で継続して、人・物・金が、法令違反者の下に集中した。以上で取締役会は閉会した。
新体制になっても、山本体制の踏襲で、社内は何の改革、自浄作用も一切機能せず、崩壊したままと東野は落胆した。取締役会終了後、恒例となった監査等委員によるショート“反省会”が6階の小会議室で、両角と茅野と東野で行われた。
「斎藤社長は、あからさまですね」茅野が驚きと共に口火を切った。
「普通じゃありえませんよ。先日、株主に取締役を否認された候補者が社内役員になるなんて、監査等委員を引き受けたことをちょっと後悔しています」
「茅野さん、申し訳ありません。こんな会社です。株主は、大株主の新井家とトラスト・インベストメント社であり、彼らの意向に沿った経営を行えば取締役任期が延びるわけです。彼らに忖度すれば良いわけです」両角が投げ捨てるような勢いで誤った。
「でも予測通りですね。もう社内に期待はできません。監査等委員の職責をコンプライアンスの徹底と社外の力を借りて、成就させるしかありません。割り切りましょう」自分が一番落胆していたが新監査等委員の茅野も加わったことは、非常に力強い味方を得たことには変わりはない。自分自身が割り切るように言った。
「そうですね。でも執行サイドの役員に、明神専務や、甲斐常務と同様の味方がいないのは、増々、情報収集に苦労しますよ。東野さん」両角の吐露は非常に厳しい状況の吐露であった。
 一週間後に新聞で、人事を発表すると電子版のメディアが日帝工業の新体制に関する疑問の記事を掲載させた。

〔新日本経済メディア版〕
・株主総会で、取締役を否認されても執行役員で復活……社内は、治外法権の大株主の振る舞い(日帝工業株式会社)
〔週刊新月〕
・株主の意向を無視した、経営新体制。旧取締役の経営方針踏襲か。自浄機能は、未だ、回復せず……上場会社:日帝工業株式会社
〔読買新聞〕社説
・株主への回答は、不信募る新体制:総務部長、経理財務部長は、総会で否認された取締役が執行役員として継続

【アンダー・サーフェイス 3】6月29日

 株主総会直後、山本、新井、椎名は、新取締役となった斎藤と山名を社長室に集合させていた。
「斎藤、新体制での初めてのこの後の取締役会では代表取締役選任を決議するから、君が、立候補すること。山名はそれを指示すること」斎藤と山名は、山本が自社製品営業本部の部長のときからの部下で、山本には逆らえない。
「立候補は良いですが、否認されませんか」
「斎藤さんと山名さん以外は、社外取締役です。反対はありません。監査等委員以外の社外取締役は賛成します」新井が付け加えた。
「それで、君が代表取締役社長に選任されたら、君が議長となって取締役会を運営できる。それで、新体制については後日、取締役会を招集することをお願いすること。みんな、君も含めて、社内の執行取締役が2名のみの選任になるとは思ってもいなかったから、了解するはず。東野も新体制案までは準備していないと思うし、例え準備していたとしても執行サイドの取締役案が、優先されるようにしておく」山本は、有無を言わさず了承させた。
「本日の取締役会は、それで乗り切ってください。執行役員人事や新体制の組織は、こちらで準備しておきます」新井が安心させるように説明した。

【取締役責任追及 2】


 7月16日、取締役責任追及委員会の長谷川弁護士から連絡があった。
「東野さん、株主総会お疲れさまでした。大活躍でしたね。メディアにも随分、取り上げられていました。おかげ様で状況がよくわかりました。少しは落ち着きましたか」
「ハイ、大丈夫です。何でしょう」
「調査対象者のヒアリング日程が確定しました。これも株主総会の効果でしょう。ありがとうございました」
「あれは、OBの方々のお陰です。力強いサポートでした」
「七月中に山本氏、新井泰司氏、八月に新井泰氏、椎名史和氏となっています。今後のスケジュールですが、これらのヒアリング結果で、再度ヒアリングをお願いしたい対象者」を絞って、九月中に纏めたいと思っています」
「わかりました。何か調整すべきことや資料関係の要請があれば、連絡お願いします」
「できれば、会社の損害関係の資料の収集等は、着手しておいてください」
「ご丁寧なアドバイス、ありがとうございます。了解いたしました」この時から概算費用は株主総会前に把握していたが、ベトナム会社の賄賂に係わる会社の損害、会社が支出した費用の本格的な調査、関連費用の請求書や支払い時期の特定等の情報収集を開始した。

【取締役会:2020年8月4日】


 前回の取締役会で、監査等委員3名を除く取締役6名が新任のため、取締役会を毎月1回は開催して相互コミュニケーションを深めることとなった。決議事項が無い時は、事業内容の説明を本部や工場単位で行って新取締役に日帝工業を深く理解してもらう機会とした。
 その日は、斎藤から〔取締役責任追及委員会の進捗状況〕の説明を求められていた。東野が第三者調査委員会の調報告会後から、取締役責任追及委員会の設置と現況までの経緯を報告すると
「佐藤さんは、取締役責任追及委員会の設置に賛成されたのですか」
「いえ、反対しました。委員会のメンバーにも会ったことが無かったので」
「佐藤さんは、会っていないのですか」
「佐藤さん、直接電話されて確認されましたよね。話されて何か問題ありましたか」東野が確認した。
「斎藤社長からの質問は『設置に賛成したか』という質問でしたので『反対した』と答えたまでです」
「私は『会ったことが無い』という回答に対して『委員会の長谷川弁護士に個別に直接連絡されて、何か問題がありましたか』という質問ですが」
「連絡はしましたが、問題があるか否かはわかりません」
「じゃあ、何のために個別に直接連絡したのでしょうか」佐藤からは返事がなかった。
「東野さん、誰の紹介でしょうか」
「私の知り合いの弁護士の紹介です」
「知り合いの弁護士の方は、どのような関係ですか」斎藤がしつこく聞いた。
「明神専務の紹介でした」
「明神専務の紹介の弁護士で、中立・公正性が、保たれるでしょうか」
「紹介ルートは、問題ありませんよ。長谷川弁護士らもスミス・羽柴・小野寺法律事務所の看板背負って、引き受けております」茅野がフォローした。
「私が言いたいのは、もう創業家に一切、関係のない責任追及委員会の方が、より透明性があるという提案です」
「提案というのは何ですか」東野が確認するように聞いた。
「創業家に一切関係のない『取締役責任追及委員会』の再構築です」
「再構築というと、今の委員会を止めて新たに設置するということですか」
「そうです」
「斎藤社長『そうです』と簡単に言いますが、今の委員会のどこが問題なんですか。費用も掛かっていますよ」
「両角さん、説明したでしょう。『より透明性のある委員会にして、中立・公正性を高める』ということです」
「第三者調査委員会は創業家の新井泰の紹介ルートでした。これもやり直しますか」
「第三者調査委員会は既に終了しています。やり直すべきでありません。いつも言っているじゃないですか。『過去はもういい』と。これからのことを皆さんで決めていこうということです」
「現取締役責任追及委員会は、監査等委員会の決議事項です。それを否定することになります」
「監査等委員のみなさんに納得していただけられるよう今、議論しているんですよ」
「先ほども進捗状況も含めて説明しましたが今月中に調査は終了して、纏めに入ります。その段階で『紹介ルートの問題』でやり直すというのは理解できません」
「そうなると『偏った監査等委員会の決議』で決議事態が否定されますよ。法的責任追及の偏った調査結果は公正さに欠けます。調査対象にしても明神元名誉会長は入っていません。偏っていると考えます」まるで脅しのように斎藤は言った。
「調査対象は、第三者調査委員会の調査結果から対象をスコープとしております。同委員会の調査では『名誉会長の経営介入の証憑は認められない』『名誉会長の〔経営介入〕があったとしても法令違反に起因するものではない』と報告されています。公正さを確認するのであれば、追及委員会の報告書の内容を確認してからにしてください。監査等委員会としては、現状の取締役責任追及委員会を推し進めます」東野は、斎藤の疑義は無理難題の押し付けで、山本らの調査の先延ばしの戦略の踏襲とも捉えていた。
「わかりました。それでは審議も行いましたから決議しましょう。私から『創業家の関連を一切排除した取締役責任追及委員会の設置』を提議します」
「ちょっと待ってください。取締役会として別の責任追及委員会を発足させるということですか」茅野が発言した。
「結果的にそうなります」斎藤の返事に茅野もあきれ顔であった。
「新たな『取締役責任追及委員会』設置に賛成の方、挙手願います」山名、湊、真鍋、今宮そして佐藤が、挙手し賛成し、東野らは反対した。
「賛成多数で新たな『取締役責任追及委員会』の設置を決議します。やはり委員は弁護士の方が良いと思いますから、真鍋さん、委員の選任方法のアイデアをご提案ください」
「わかりました」真鍋が引き受けた。
「それから、みなさんに相談があります。山本前社長を顧問とするお願いです。理由は、私は、社長となって1か月経過しましたが、引継ぎができていなく業務に支障が発生しております」
「どんな支障ですか」湊が聞いた。
「特に顧客関係です。どういう状況か全くわからない。社長業は大変なんです」
「斎藤さんは立候補されてなりました。顧客関係は自社製品関係は、斎藤社長と山名取締役の守備範囲ですし、OEM事業本部の顧客には、ほとんど訪問されていなかったですよ。特にこの半年は保身対策で、どこにも行っていないと思います」東野が確認するように言った。
「特に顧客関係といいましたが、他にも色々あるんです。執行側には」
「斎藤社長の業務執行に支障が出るのは大問題です」湊がサポート発言した。
「という訳で、週に3回、出社していただき私のサポートをお願いする顧問契約を締結したいと提案します」
「期間は、どれくらいですか」今宮が聞いた。
「とりあえず3か月、その後、必要であれば、自動更新ということでいかがでしょうか」
「とりあえず三か月で区切った方が良いと思います。自動延長事項は省いて。その後も必要で有益であれば、また延長するかを審議する方が良いと考えます。いつからですか」
「今日、みなさんの承認いただければ、明日からでも。本人の都合も確認してですが」
「報酬はどれくらいですか」両角が確認した。
「月70万円位考えています」
「週3回で70万円ですか。高給です」
「顧客対応ですから、大変重要です」
「辞任した前社長を顧問にすることなど聞いたことがありません」東野は反対した。
「これも審議します。山本氏の顧問契約に賛成の方、挙手願います」東野、両角以外、賛成した。その後、次回の取締役会の日程を決めて閉会した。
 取締役会後、茅野が、東野と両角を引き留めたので6階の小会議室に三人は入った。
「取締役会のいわゆる第二取締役責任追及委委員会の設置は、非常に危険です」
「危険とは、どのような危険ですか」両角が聞いた。
「二つ考えられます。もし、現行の追及委員会と調査結論が違った場合です。どうしますか。二つ目は費用の問題です。もし取締役会が推し進めたら、二重の費用が発生します。これは、法的責任ありとなったとしても対象取締役らに賠償請求できません。また、株主も許容しないと思います」茅野が強く主張した。
「だから反対しましたが、決議されました」
「決議されたことは、どうしようもありませんが、我々で、今の問題を決議に賛成した取締役に書面で、通告しておいた方がより株主訴訟等を免れると考えます」
「わかりました。茅野さんが、おっしゃりたいのは決議に対する『不服申し立て』をしておくということですか」
「ニュアンスが難しいです。『不服申し立て』ではなく第2追及委員会設置に対する『注意勧告』でしょうか」
「わかりました。『不服』か『勧告』どちらが良いかわかりませんがやりましょう」両角も賛成した。
「それでは、わたしが文案作成しますので茅野さん、両角さん校正お願いします」
「了解しました。後、山本の顧問契約の件、あれは税金対策ですよ」
「税金対策とは、何ですか」賛成した茅野が聞いた。
「本年度の住民税は、昨年度の収入に基づいて決まっています。山本は7月以降は収入が無くなりますので、期待していた収入が無いわけですから、支出の負担が多くなる。その埋め合わせではと思います」
「それが事実なら、やりたい放題ですね」
「斎藤社長がすぐ『中立・公正性』を振りかざしますが、自分たちのやっていることを何でも『正』とできる強引さは、もう『中立・公正性』を語るに落ちます」

取締役各位                   2020年8月11日
斎藤殿・山名殿・湊取締役殿・今宮殿・真鍋殿・佐藤殿

                       社外取締役監査等委員
                        東野・両角・茅野
        新たな取締役責任追及委員会設置の件
 貴殿らは、監査等委員でない元取締役(山本・新井泰司・明神努・甲斐・新井泰・椎名……敬称略)に対する取締役責任追及委員会を現行の監査等委員会が設置した、同委員会が調査を継続しているにも関わらず、新たに責任追及委員会を設置することを取締役会で決議して計画しておりますが、同責任追及委員会に関する費用を当社が負担することは、貴殿らの善管注意義務違反に該当の可能性がありますことを通知いたします。
【事由】
 現取締役だけでなく、当社の取締役であった者に対しては、その訴えに対する会社の代表者は、監査等委員会が選定する監査等委員である。(会社法399条の7第1項2号)
退任取締役も現任取締役と同様に馴れ合いの訴訟の可能性があるためである。監査等委員でない取締役が、退任取締役の損害賠償を判断することを会社法上では、求められていない。求められていない業務のための支出は、不必要な支出である。それを踏まえても支出した場合は、同決議に賛成した取締役は、その支出に対する善管注意義務違反に基づく損害賠償請求の対象となる可能性があるため
 東野は作成した通知文を両角、茅野に添削・校正してもらい、宛名の取締役各位にメールで通知した。山本の顧問契約には何もできなかった。

【株主提訴請求:2020年9月18日】
 監査等委員宛に個人株主から「株主提訴請求」が届いた。差出人は、株主総会で、活躍したOBの高梨 誠氏である。

          提訴請求書         2020年9月18日
日帝工業株式会社
監査等委員 東野要郎殿
  同   両角正義殿
  同   佐藤純雄殿
  同   茅野 洋殿
                     東京都西東京市泉町213
                          高梨 誠
 私は、日帝工業株式会社の株式を六か月以上、継続して保有する株主として同社監査等委員である貴殿らに対して、以下の通り、請求します。
一.請求の趣旨
 山本金一氏、新井泰氏、椎名史和氏は、日日帝工業株式会社に対して、連帯して三億円及びこれに対する遅くとも2020年3月27日から支払い済みまで、年5分の割合による金員を支払うことを請求する。
二.請求を特定するのに必要な事実
〔ベトナム社会過ぎ共和国公務員への贈賄行為及び贈賄行為に関する行為〕
1〕2017年6月、当時代表取締役社長であった山本金一氏は、貴社のベトナム会社での税関監査に際し、追徴税軽減のため税関監査官に対する賄賂の支払いを事前に相談を受けた。本来であれば、法令違反行為に対して、ガバナンスを徹底させて禁ずるべきであったが、山本金一氏は賄賂金額の上限等を示唆し、承認して、法令違反を教唆した。
2〕2019年8月、貴社のベトナム会社での税務監査に際し、追徴課税軽減のため賄賂を支払った行為に関して当時、代表取締役社長であった山本金一氏、常務取締役であった新井泰氏、取締役であった椎名史和氏は、本来であれば、報告を受けた時点で、直ちに法令遵守を徹底させる是正措置および、当社に対する経済的損失等を含めた悪影響を最小化させる措置を講じるべきであったにも関わらず、リスク管理規程に反して、情報開示及び会計処理において、隠蔽工作という取締役としてあるまじき行為を主導的に行った。椎名氏は、当時経理財務部長であり、会計業務、決算業務等の最高責任者でありながら、内部統制システムを無効化させ、監査等員及び会計監査法人に対して、会計上重要リスクの報告も行わず、虚偽の第2四半期の決算を上げた。また、当時総務部管掌であり、法務・IR担当であった新井氏と共に顧問弁護士へ相談した際にも、山本氏が、ベトナム会社に作成させた「裏の税務監査報告書」も提示しないまま、一般的な話で、顧問弁護士に指示を仰いだ。また、顧問弁護士からの助言を曲解させ、コンサルティング会社を介在させて賄賂支払いの偽りの証憑(領収証)取得のため、新たな損失を発生させうる契約を締結させるなど、主導的に隠蔽行為を行った。社内でも当該コンサルティング会社との契約内容稟議決裁書においても虚偽の内容として回付させ承認を得た。山本氏は、椎名氏と新井泰の一連の取締役として合理性を欠く危機対応、正当性を欠く会計処理等行為を共に打ち合わせ、合意・承認しながら主導して、推し進めた。これらの行為により生じた損失は、第三者調査委員会の調査費用、会計監査法人の不正に関する追加調査費用、過年度に渡る決算修正費用、不正に関する弁護士費用等を合わせると三億を下回らない。
〔山本氏、新井泰氏、椎名氏の法令違反への関与については、第三者調査委員会の報告書『公表版』の記載に基づくものである。また、損失金額については、6月29日株主総会における東野監査等委員の報告に基づく〕
三.責任追及の訴え提起の請求
 以上のような、日帝工業株式会社の取締役であった山本金一氏、新井泰氏、椎名史和氏らの行為は、会社法330条及び民法644条規定の善管注意義務ならびに会社法355条規定の忠実義務に違反する行為である。そのため山本氏、新井泰氏、椎名氏は、日帝工業株式会社に対して、会社法423条1項による損害賠償責任を負うものである。(同法430条)
 従って、日帝工業株式会社の株主である高梨誠は、会社法847条1項に基づき、山本氏、新井泰氏、椎名氏3名に対して「一.請求の趣旨」で記載した、損害金三億円及びこれに対する遅延損害金について、その責任を追及する訴えの提起を請求します。
 万が一、本提訴請求書が貴社に到着してから60日以内に貴社が山本氏、新井泰氏、椎名氏3名に対して責任追及の訴え提訴しない場合は、遅滞なく➀行った調査の内容➁山本氏、新井泰氏、椎名氏3名の取締役としての責任または、義務についての判断およびその判断に達した過程➂山本氏、新井泰氏、椎名氏3名に責任又は義務があると判断したにも関わらず、責任追及の訴えを提訴しない場合は、その理由を書面にして、私、高梨誠に通知することを請求します(会社法847条4項)。                  以上
【参考法令】
〔会社法330条〕株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関す
         る規定に従う
〔民法644条〕受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもっ
         て、委任事務を処理する義務を負う
〔会社法355条〕取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守
         し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければなら
         ない
〔会社法423条第1項〕取締役、会計参与、監査役、執行役または会計監
         査人は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、こ
         れによって生じた損害を賠償する責任を負う
〔会社法430条〕役員等が株式会社または第三者に生じた損害を賠償する
         責任を負う場合において、他の役員等も当該損害を賠償
         する責任をおうときは、これらを連帯債務者とする
〔会社法847条第1項〕6箇月前から株式を有する株主は、株式会社に対
         し、書面その他の法務省令で定める方法により、役員等
         の責任を追及する訴えの提起を請求することができる
〔会社法847条第4項〕株式会社は、第1項の規定による請求の日から6
         0日以内に責任追及等の訴えを提起しない場合におい
         て、当該請求をした株主又は同項の発起人、設立時取締
         役、設立時監査役、役員等若しくは清算人から請求を受
         けたときは、当該請求をした者に対し、遅滞なく、責任
         追及等の訴えを提起しない理由を書面その他の法務省令
         で定める方法により通知しなければならない

 東野は、高梨氏から受領した提訴請求書を取締役会メンバーに配布通知すると共に、取締役責任追及委員会の委員長である長谷川弁護士にも知らせた。その後、茅野から電話があった。
「東野さん、高梨さんからの『提訴請求』の回付ありがとうございます。これで我々の『新たな取締役責任追及委員会の設置に関する注意喚起』と共に株主への60日の縛りもありますので、斎藤社長らは新たな設置は、踏み留まると思いますよ」
「そう素直な斎藤社長ではありませんが」
「いや、真鍋氏とかが無理はしないでしょう。後は、スミス・羽柴・小野寺法律事務所の先生方が、中立・公正な責任ありという報告書を提出していただければ斎藤社長に叩きつけることができます」
「茅野さん、専門家としてお聞きします。茅野さんが、調査委員であれば、山本ら取締役らの善管注意義務違反による任務懈怠罪で、損害賠償請求できる可能性は、どれくらいありますか」
「99%可能です。大丈夫です。1%は、何が起こるかわかりませんから言い訳の%です」
「力強いアドバイス、ありがとうございます」
「安心して、報告書を待っていてください」
茅野の思惑通り、斎藤らは、これ以上、第2取締役責任追及委員会の設置等の言及はなかった。その後、長谷川弁護士から東野に、山本・新井泰・椎名・新井泰司に追加の面接を要請され、彼らに通知した。山本らの対応が懸念されたが九月末までには、追加面接を終わらせることができた。

【取締役責任追及 3】


2020年10月1日、長谷川弁護士から連絡があった。
「東野さん、お待たせしました。取締役責任追及の調査結果が纏まりましたので、この後メールで送付いたします。内容確認ください。我々の方針としては、第三者調査委員会の調査報告会のような報告会は開催しません。あくまでも日帝工業株式会社の監査等委員会からの調査委託契約なので。もし、監査等委員会から内容についての質疑がありましたら、それはお受けします」
「長谷川先生、大変お疲れ様でした。予定通りで助かります。報告会無しの件、それで結構です。第一、取締役会に『取締役責任追及委員会の設置の開示』を要請しましたが否認されました。監査等委員でない取締役らへは我々が、報告いや通告します。内容確認させていただきます」
「東野さんが事務局で種々、資料等にしてもスムーズに提出していただいたので、大変助かりました。ありがとうございました。我々も完成版報告書の前にもう一度、見直します」
「こちらこそ、先生方の調査環境の整備に力不充分なところもありお手数お掛けしました。松本先生、白川先生にもよろしくお伝えください。報告書の結果によっては今後の相談もあるやかもしれませんので、改めて御礼に伺います」
「お待ちしております。それではこの後、送付いたします。しばらくお待ちください」
直ぐメールで、報告書は届いた。東野は、そのメールと報告書を転送で、両角、佐藤、茅野へ、監査等委員会の招集通知と共に送付した。東野は貪るように熟読した。

        【取締役責任追及委員会調査報告書】
……報告書は、委員会の体制や調査目的、手段及び第三者調査委員会の報告書の概要と当該報告書を基に事実認定に関する検討状況・結果の記載を前述して……
 委員会は、調査報告書では、2017年の税関監査官への賄賂事案と2019年の税務監査官への賄賂の事案とに分けて言及している。また、取締役の法令違反の有無については以下の法令に基づいて判断している。
1〔法令遵守義務違反〕
1〕会社法355条:取締役は、善管注意義務の一環として法令遵守義務を負う
2〕不正競争防止法18条1項
何人も、外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その外国公務員等に、その職務に関する行為をさせ若しくはさせないこと、又はその地位を利用して他の外国公務員等にその職務に関
する行為をさせ若しくはさせないように斡旋をさせることを目的として、金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。
2〔監視・監督義務〕
1〕会社法(399条の13第1項第2号)
取締役会は、取締役の職務の執行を監督する義務を負う。業務執行の取締役の職務には、指揮下にある社員の指揮監督も含まれる。つまり取締役会は、会社の業務全般の指揮監督の義務を負う。このことから取締役会の構成員である各取締役も業務執行全般の監視・監督の義務を負う。
2〕会社法357条(取締役の報告義務)
・取締役は、株式会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実があることを発見したときは、直ちに、当該事実を監査等委員会に報告しなければならない
3〔内部統制システム構築・運用義務〕
1〕会社法399条の13第1項1号ハ
監査等委員会設置会社の取締役会には、次に掲げる職務を行う
・取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
2〕会社法施行規則110条の4:業務の訂正を確保するための体制
次に掲げる体制その他の当該株式会社の監査等委員会への報告に関する体制
イ・当該株式会社の取締役(監査等委員である取締役を除く。)及び会計参与並びに使用人が当該株式会社の監査等委員会に報告をするための体制
ロ・当該株式会社の子会社の取締役、会計参与、監査役、執行役、業務を執行する社員、その他これらの者に相当する者及び使用人又はこれらの者から報告を受けた者が当該株式会社の監査等委員会に報告をするための体制統制システムの整備が義務付けられており、取締役には、子会社管理体制を含む内部統制システムの構築・運用義務がある。
これらの法令を踏まえ、各取締役の責任について以下のとおり、法令違反の認識の有無を述べている。
第1:2017年税関監査官への賄賂事案
【山本前社長】
1〔法令遵守義務違反〕
・山本前社長は、税関監査官への現金の交付を阻止し、事実関係の確認や調査を行うなど適切な対応をすべき義務を怠り、税関監査官への現金の交付を自ら、賄賂限度額の交渉等を示唆して、支払いを事前承認していることから、〔法令遵守義務違反〕が認められる。
2〔監視・監督義務違反〕
山本前社長は取締役として、社員の不正行為の監視・監督すべき義務を果たすことなく、むしろ、一緒になって法令違反を犯しており〔監視・監督義務違反〕が認められる。
3〔内部統制システム構築・運用義務違反〕
・日帝工業株式会社は、上場会社であり、法令に基づいて会計監査法人からの会社法及び金融商品取引法に準じた決算に係わる監査を受査して開示しており、内部統制システムの運用状況も報告書を作成している。つまり、一定の内部統制システムは、構築されており、運用もなされていると判断できるから、山本前社長の〔内部統制システム構築・運用義務違反〕は認められない。
【その他の取締役】(2017年6月時点の取締役であった、新井前会長、明神前専務、甲斐前常務を言う)
・山本前社長以外の取締役は、山本前社長のように事前に賄賂の支払いの相談を受けた事実もなく、その後の報告についても認識できる証憑は、存在しなかった。よって〔法令遵守義務違反〕、〔監視・監督義務違反〕および
〔内部統制システム構築・運用義務違反〕は認められない。
第2:2019年税務監査官への賄賂事案
【山本前社長】
〔1〕税務監査官への賄賂支払いへの関与
山本前社長は、2019年8月31日ベトナム会社における税務監査官に対する賄賂の支払いについては、事前の相談も受けておらず、また、同年9月2日に企画管理部竹腰前部長、椎名前取締役から賄賂の支払いの事実を報告されるまで認知していなかったし、支払いの承認等にも関与していなかった。よって
1〔法令遵守義務違反〕
2〔監視・監督義務違反〕については、認められない。
3〔内部統制システム構築・運用義務違反〕
 山本前社長は、2016年から、代表取締役に就任しており、2017年の税関監査官への賄賂支払いについては不正に深く関与している。本来であれば、不正発生後の内部統制システムの運用上の問題を明確にして、二度と同様の不正の発生を予防すべく再発防止策等を構築する立場にあったが、そのような是正措置等を講ずることもせず、所謂、放置した状態であった。そのような状況で当該念に同様の不正の機会が発生した。社員は山本前社長に事前承認を得ることができなかったが、2017年の賄賂支払い時に事前承認した事実について法令違反行為を隠蔽したため、当該税務官からの賄賂要求についても山本社長は、同様の判断で事後承認してもらえるという判断で、不正行為を犯した。山本前社長は、2017年の事案を踏まえ、同様の不正行為を防止させる内部統制システムを構築すべきであった。よって〔内部統制システム構築・運用義務違反〕が認められる。
〔2〕税務監査官への賄賂支払い認識後の対応について
  山本前社長は、9月2日に竹腰前企画管理部長と椎名前取締役から、ベトナム会社の税務監査の追徴課税軽減のため税務監査官へ賄賂30億ドン(約1500万円)を現金で渡したことの報告を受け、法令違反行為を認知した。また、9月17日には、(裏)監査報告書を受領し、10月7日には、田村社長を一時帰国させ直接、状況の報告を受けた。にも拘らず、10月9日の役員情報共有会では調査や事実確認、今後の対応については、行わず、出席取締役全員で黙認することで了解を得た。この時も監査等委員には、報告をしない方針を椎名前取締役と決めており、10月22日には、新井前常務取締役と椎名前取締役と共にコンサルティング会社を介在させた不正会計処理を推し進めている。このような行為は恣意的な隠蔽工作であり、監査等委員および会計監査人を騙す行為であり、当社の企業価値の毀損を最小限に留める行為を怠ったものであり、取締役としての善管注意義務違反が認められる。
【新井前会長】
〔1〕税務監査官への賄賂支払いへの関与
  新井前会長は、10月9日の役員情報共有会まで、当該賄賂の支払いの不正行為を認識していたとまでは認定できない。よって
1〔法令遵守義務違反〕
2〔監視・監督義務違反〕
3〔内部統制システム構築・運用義務違反〕
については認められない。
〔2〕税務監査官への賄賂支払い認識後の対応について
  新井前会長は、10月9日の役員情報共有会にて当該法令違反を認識しながら、むしろ黙認の同意を促すような発言をしており、監査等委員にも報告しなかった。また、コンサルティング会社を介在させて不正会計処理を行うための経営会議稟議書を飄々と承認をしていたことは、取締役としての善管注意義務違反と言わざるを得ない。
【明神前専務】
〔1〕税務監査官への賄賂支払いへの関与
  明神前専務は、10月9日の役員情報共有会まで、当該賄賂の支払いの不正行為を認識していたとまでは認定できない。よって
1〔法令遵守義務違反〕
2〔監視・監督義務違反〕
3〔内部統制システム構築・運用義務違反〕
については、認められない。
〔2〕税務監査官への賄賂支払い認識後の対応について
  明神前専務は、10月9日の役員情報共有会にて当該法令違反を認識しながら、黙認し、監査等委員にも報告しなかった。また、コンサルティング会社を介在させて不正会計処理を行うための経営会議稟議書を精査することなく承認をしていたことは、取締役としての善管注意義務違反と言わざるを得ない。
【甲斐前常務】……【明神前専務】の内容と同様であった。
【新井泰前常務】
〔1〕税務監査官への賄賂支払いへの関与
 新井前常務は、10月7日の田村前社長の一時帰国報告会まで、当該賄賂の支払いの不正行為を認識していたとまでは認定できない。よって
1〔法令遵守義務違反〕
2〔監視・監督義務違反〕
3〔内部統制システム構築・運用義務違反〕
については、認められない。
〔2〕税務監査官への賄賂支払い認識後の対応について
  新井前常務は、10月7日、田村社長の帰国報告時に税務官に賄賂を払って、追徴課税の軽減措置を受けた経緯の説明を受けて認識している。10月9日の役員情報共有会においても賄賂の支払いについて、法務担当にも関わらず、具体的な対応策を提案も協議もすることもなく黙認すること同意している。また、10月17日に顧問弁護士を訪問し、裏税務監査報告書等の資料を提出することなく相談し、口頭で回答を受け、それを基にしたという、コンサルティング会社を介在させた隠避工作を押し進めた。コンサルティング会社との契約も主導してベトナム会社へ示唆しており、社内の経営会議稟議書の報告内容が虚偽の内容と知りながら稟議書を承認している。もちろん11月20日まで監査等委員への報告も一切行っていない。新井泰氏は、委員会のインタビュー時に、コンサルティング会社との契約は顧問弁護士の助言に基づいて行ったことを釈明していたが、新井泰氏の立場で、コンサルティング会社を介在させる行為が何ら適法化させる行為でないことを認識可能であった。このように新井前常務は、不正行為に対して適切に対応するどころか、虚偽の不正会計処理という追随の違法行為に及んでおり、当社の企業価値の毀損を最小限に留めるための適切な対応すべき取締役としての義務を果たしているとは、到底言えるものではなく、善管注意義務違反が認められる。
【椎名前取締役】
  椎名前取締役は、竹腰前部長から、税務監査官から賄賂の要求があることは、聞いていたがその後、9月2日に同前部長から報告を受けるまで賄賂支払いの事実を認識していなかった。よって
1〔法令遵守義務違反〕
2〔監視・監督義務違反〕
3〔内部統制システム構築・運用義務違反〕
については、認められない。
〔2〕税務監査官への賄賂支払い認識後の対応について
  椎名前取締役は、9月2日に竹腰前部長からベトナム会社での税務監査官に対する賄賂を支払った報告を受けており、7日の田村前社長の一時帰国報告会にも出席して、法令違反については既にこの時点で認識をしていた。椎名前取締役は、10月9日の役員情報共有会の前に、山本前社長との事前打ち合わせの際に、東野監査等委員を当該会に招集しないことを決めた。その時「監査等委員の立場で、この情報を知ると会計監査法人にも報告しなければならない立場である」と言う内容の発言を行っている。このことは、椎名前取締役自身、当該案件が違法行為であり、正しい対応を行うと、会社として大変なことになるという意思の現れた発言と読み取れる。その後、新井前常務と共に顧問弁護士を訪問し、弁護士には何の資料も提供せず、一般論的に相談し、顧問弁護士の回答から今後の隠蔽工作に都合の良い発言部分を切り取って社内報告を行い、コンサルティング会社を介在した隠蔽工作等不正会計処理を主導して関係者に指示した。椎名前取締役は、当委員会のインタビューの際に、コンサルティング会社を介在させた合法化は、顧問弁護士の助言を基にしたと述べているが、それまでの違法行為の認識や対応等、また、コンサルティング会社を介在させる会計処理が不正であることを経理財務部門を統括する立場で、認知できないとは信じ難く。以上から、椎名前取締役は、ベトナム会社における追徴課税の軽減等を目的とした、税務監査官への賄賂支払いの認識があったにも関わらず、意図的に監査等委員や会計監査法人への情報伝達を隠蔽し、取締役として違法行為の情報を共有して、事実確認調査等を行い、当社の企業価値の毀損を最小限にする対応の義務を怠った。ゆえに善管注意義務違反が認められる。
第3:取締役の義務違反により生じた損害の検討
1・損害に対する考え方
〔会社法423条1項〕取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
役員等は会社に対して、任務を怠ったときに生じた損害を負う責任(任務懈怠責任)を負っている。取締役は株主から出資してもらったお金を原資に会社の運営を行っており、株主から経営を任されているので、任務を怠って損害が発生したならその責任を取るべきと定められている。
2・当該事案についての取締役の義務違反による損害
1〕2017年の事案における取締役の法令義務違反と損害の因果関係
【山本前社長】
(1)山本前社長が事前承認した、税関監査官との会食時に渡した現金1000USドル(約11万円相当)
(2) 山本前社長が事前承認した、追徴課税軽減目的で税関監査官に渡した現金20億ベトナムドン(約1000万円相当)。但し、委員会は、この20億ドンが、税関監査官に
実際に交付されたかは認定できていない。しかしながら、ベトナム会社銀行口座からの引き出し、および税関監査の調査報告書から追徴課税が軽減されていることを状況証拠として、山本前社長の示唆により会社に損失が発生したと判断できる。
(3)第三者調査委員会の調査費用の一部
(4)当委員会の調査費用の一部
以上が、2017年事案に関する山本前社長の法令遵守義務違反から生じた損害と考えられ、法令遵守義務違反との間で、相当因果関係が認められる。
2〕2019年の事案における内部統制システム構築・運用義務違反に関する損害
【山本前社長】
 山本前社長は、2017年の事案と同様の不正行為発生の防止のため、内部統制システムの是正と再構築の必要性の義務を負っていたにも関わらず、その義務を怠っていた。このように内部統制システムの再構築の義務違反が認められるため、同義務違反と相当因果関係のある損害を賠償する責任を負う。
(1) 追徴課税軽減目的で税務監査官に渡した現金30億ベトナムドン(約1500万円相当)
(2)第三者調査委員会の調査費用の一部
(3)当委員会の調査費用の一部
2〕2019年の事案における賄賂支払い認識後の対応における善管注意義務違反と相当因果関係のある損害
【山本前社長、新井前会長、明神前専務、甲斐前常務、新井泰前常務、椎名前取締役】
  調査対象6名の前取締役は、いずれも追徴課税軽減のために税務監査官への賄賂の支払いを認識したにも関わらず、速やかに監査等委員および会計監査法人と情報共有し、充分な事実確認を行った上で、当社の企業価値の毀損を最小限に留めるための対応を取るべき義務を怠り、善管注意義務違反が認められ、同義務違反と相当因果関係のある損害を賠償する義務を負う。なお、コンサルティング会社を介在させた合法化という隠蔽行為に主体的、主導的に関与した山本前社長、新井泰前常務、椎名前取締役の義務違反は、単に、彼らの提案したコンサルティング会社との契約に賛成した新井前会長、明神前専務、甲斐前常務の賠償責任より、より重いと判断できるため賠償割合認定の面から、新井前会長、明神前専務、甲斐前常務については、義務違反と相当因果関係のある損害は、山本前社長、新井泰前常務、椎名前取締役に比較して、限定される可能性がある。これらのことから、
(1)第三者調査委員会の調査費用の一部
(2)当委員会の調査費用の一部
以上が、2019年事案に関する対象6名の前取締役の法令遵守義務違反から生じた損害と考えられ、法令遵守義務違反との間で、相当因果関係が認められる。(但し、割合限定の可能性については、前述のとおり) 
                                以上

 求めていた損害賠償請求の可能性が認められていた。東野が追及したかった取締役への法的責任の可能性を認めてくれた。後は、損害賠償対象を漏らすことなく拾い上げ、損害賠償金額を確定させることが、次の大きな課題であった。

【監査等委員会:2020年10月6日】午後5時


 四人で顔を合わせて直ぐ、茅野が
「東野さん、大きなハードル突破ですね。予測した内容でしたが、委員の方々は、明確に因果関係も述べていただいています」
「でも、これからですね。法的措置となると準備が大変です。また、東野さんに負担がかかりますがよろしくお願いします」
「いえいえ、茅野さん、これから法的な手続きが多くないますので、種々、相談させてください。何か緊急や手に余ることがあれば、両角さんにもご支援いただければなりませんので、よろしくお願いします」佐藤は黙っていた。
「それでは、監査等員会を開催いたします。本日の決議事項は3件、既にお渡しの資料をご覧ください」

【資料:監査等委員会付議事項】
〔付議事項1〕対象取締役6名への損害賠償請求の決議
 取締役責任追及委員会からの調査報告書に基づき、調査対象6名の取締役に対して、2017年、2019年の法令違反行為による日帝工業株式会社に生じた損害の賠償請求を行う。 
1〕対象取締役6名:山本金一氏、新井泰司氏、明神努氏、甲斐俊氏、新井
          泰氏、椎名史和氏
2〕損害賠償請求対象:当該調査委員会が認めた
(1)税関監査官、税務監査官への賄賂
(2)第三者調査委員会の調査費用
(3)取締役責任追及委員会の調査費用
(4)その他、善管注意義務違反が認定されたことに関連する損害
具体的な項目は、選定監査等委員に一任する。3〕損害賠償請求額:調査中、 
後報(調査報告書の概要)
〔1〕事実関係
・第三者調査委員会の事実関係の認定と相違はない。
・第三者調査委員会の責任認定と相違はない。
対象取締役6名全員に善管注意義務違反及び任務懈怠責任ありで損害賠償請求を認めている。但し、山本金一氏、椎名史和氏、新井泰氏の責任は新井泰司氏、明神努氏、甲斐俊氏より重いとしている。以上の結果から当該調査報告書は、中立・公正な判断と認定できる。
〔2〕2017年税関監査官への賄賂事案
・山本金一氏:法令義務違反
〔3〕2019年税務監査官への賄賂事案
・山本金一氏:内部統制システム構築義務及違反及び善管注意義務違反
・新井泰司氏:善管注意義務違反
・明神 努氏:善管注意義務違反
・甲斐 俊氏:善管注意義務違反
・新井 泰氏:善管注意義務違反
・椎名史和氏:善管注意義務違反
*注:山本氏・新井泰氏・椎名氏の善管注意義務違反程度の責任は他より重い
〔4〕義務違反と相当因果関係のある損害
(1) 2017年税関監査官への賄賂事案
➀山本前社長の事前承認:賄賂US1000ドル(約11万円相当)
➁山本前社長の事前承認:賄賂20億ドン(約1000万円相当)
(2) 2019年税務監査官への賄賂事案
➀山本前社長の内部統制システム構築義務違反:賄賂30億ドン(約1500万円相当)
➁対象取締役6名:第三者調査委員会、取締役責任追及委員会の費用
(3)その他:対象取締役6名の善管注意義務違反に起因する損害は、全て対象とする
〔付議事項2〕取締役責任追及委員会の調査報告書及び監査等委員会の対象取締役6名への損害賠償請求の決議の適時開示を業務執行取締役へ要求する。
・要求事由:
➀会社情報の適時開示制度「上場会社の決定事項40:その他上場会社の運営、業務若しくは財産または株券等に関する重要事項」に該当する。
➁第三者調査委員会の報告書開示との均衡を図る
➂監査等委員会の「損害賠償請求を行う」と言う決議は会社機関決定事項である。
〔付議事項3〕損害賠償請求の訴訟に関する事項
(1)対象取締役6名に対して連帯責任で損害賠償請求を行い、期限までに損害賠償請求額の支払いに応じない場合は、直ちに訴訟提起とする。
(2)訴訟代理人の選任
・第一候補として、スミス・羽柴・小野寺法律事務所を選任する
〔付議事項4〕新井泰氏、椎名史和氏の執行役員解職及び各々部長職の解任させる人事異動決議の請求
・事由:損害賠償請求及び訴訟提起への阻害とならないため、次の4項目を原因として両名の執行役員解職、各々部長職の解職請求を付議する。
➀損害賠償請求及び訴訟対象が社内にいると、会社の損害賠償請求及び訴訟戦略等の情報漏洩となる。
➁損害賠償請求及び訴訟対象が社内にいると、証拠隠滅および社内の証人威迫の恐れがある。
➂損害賠償請求及び訴訟対象が社内にいると自体、癒着、馴れ合いの損害賠償請求及び訴訟提起と株主やステークホルダーから疑義を持たれる(個人株主からの提訴請求書も受領している)
➃損害賠償請求及び訴訟対象へ給与等を支払うこと自体、癒着、馴れ合いの損害賠償請求及び訴訟提起と株主やステークホルダーから疑義を持たれる。

以上、付議事項4項目が審議された。取締役責任追及委員会の調査報告書も事前に内容を確認させていたので、全て、全委員一致で、決議された。佐藤が付議事項に賛成したのは久しぶりのことであった。

 監査等委員会後、東野は、決議事項を監査等委員でない取締役メンバーへ「取締役責任追及委員会 調査報告書」と共に送付した。加えて、スミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川弁護士に連絡を取り、改めて、調査報告書の御礼と報告書に基づき、訴訟提起の決議を行ったこと及びスミス・羽柴・小野寺法律事務所に「訴訟代理人」を依頼した。
長谷川氏は、事務所内で受託するか否かの正式な決議を行うが、引き受けに前向きの返事をしてくれた。但し、長谷川からは訴訟時期の要望と「東野さんの訴訟に関する仕事が大変になりますよ」との忠告があった。東野は元から覚悟はしていた。訴訟の時期については、年内に訴訟提起したい旨を伝えた。
 三日後の9日に取締役会から、監査等委員会へ「取締役責任追及委員会の調査報告書への質問事項」という題名の質問が届いた。

監査等委員会御中
                      監査等委員でない取締役 
    「取締役責任追及委員会の調査報告書への質問事項」
 監査等委員を除く取締役メンバーは、取締役責任追及委員会の調査報告書を受領し、内容を確認しましたが、以下の事項に疑義を持ち質問いたします。疑義内容が明確にならない限り、監査等委員会からの要求には応じかねますので、質問事項へお明確な説明等を要請します。
1・2017年の賄賂事案 
 山本前社長の「賄賂という認識は、無かった」と言う主張に関して、「賄賂」という認識をしていた事実の証明
2・2019年の賄賂事案(賄賂の支払い事実の確認)
 この事案の善管注意義務違反の前提は、税関監査官への賄賂支払いが前提であるが、賄賂の授受の確認は調査範囲ではなかったという認識で良いか
3・2019年の賄賂事案(不備の是正)
 コンサルティング契約については、リーガルアドバイザーである林・吉田杉本法律事務所から違法性の助言を受け、自主的にコンサルティング契約を破棄して、かつ第三者調査委員会を設置したことについて何の評価もしていない。誤った方針の是正措置を施した際にも善管注意義務違反と認定できるのか。
4・2019年の賄賂事案(損害との因果関係➀)
一旦、コンサルティング契約を締結したことによる発生した損害は何なのか。また、当該損害との因果関係はどのようなことか
5・2019年の賄賂事案(損害との因果関係➁)
 監査等委員へ速やかな報告をしなかったことも指摘されているが、報告をしていたら、何が変わっていたのか。また、監査等委員に報告しなかったことにより、生じた損害とは、何か。またその損害殿の因果関係について説明を求める。 
                               以上

 「やはり、監査等委員以外の取締役らは山本らの擁護を行っている」というのが、質問状の内容を確認した東野の印象であった。
訴訟提起させないようの妨害または、時間稼ぎとも認識した。東野は茅野へ連絡を取った。
「茅野さん、お忙しいところ済みません」
「とんでもありません。執行取締役らからの『調査報告書に関する質問状』の件でしょう」
「そうです。訴訟提訴の妨害でしょうか」
「東野さん、その通りです。いくら説明しても納得しないで継続質問してくるでしょう。訴訟に係わる適時開示は、やらないつもりです。時間稼ぎです。東野さん、方針変更です。直ちに訴訟しましょう。そのために、監査等委員会を招集してください」
「わかりました。とりあえず『質問状への回答案』作成して、その内容についての審議と共に訴訟提起の決議をしたいと考えます」
「それで良いと思います。よろしくお願いします」東野は、茅野との電話の後に監査等委員会の開催通知を3名に出した。弁護士業につきものの裁判等の日程で忙しい、茅野の都合を確認しての発信であったため両角、佐藤からの了解を得ることができ、十月一三日に開催できることとなった。監査等委員会の資料として、執行取締役からの「調査報告書への質問に対する回答書案」を作成し始めた。

        調査報告書への質問に対する回答書案
1・山本前社長の賄賂を認識した事実
1)山本氏は、税務官リーダーに対して1000ドル(監査のお礼として)を渡すことを事前承認している。
2)山本氏は、税務官リーダーへの追徴金の減額のための調整金に関して1000万円を超えない範囲で交渉、支払うことを事前示唆及び承諾をしている。
3)2019年10月7日、田村社長が一時帰国し、山本氏・新井泰氏・椎名氏へ税務監査官への賄賂支払プロセスを説明した際に、2017年の賄賂の経緯も説明しており、第三者調査委員会の資料にも記載されている。
4)山本氏のいう“調整金”が賄賂でなければ、税務官個人に支払う、追徴金の軽減の“調整金”とは何か。「知らない、わからなかった」では済まされない。
2・賄賂の支払い事実の確認
調査の範囲であった。が、現地日帝ベトナム社の関係者はヒアリングを拒否した。
3・コンサルティング契約の自主的破棄後、第三者調査委員会を立ち上げたことの評価
1)コンサルティング契約は、未だ破棄されていない。
2) 2019年11月20日の取締役会にて当該取締役らの賄賂支払いの認知時期や隠蔽工作および不正決算処理等の事実を報告をしないまま、第三者調査委員会を立ち上げたことは善管注意義務違反である。
4・コンサル契約の締結と損害についての因果関係
コンサルティング契約自体の対応にも弁護士対応費用が発生している。損害金は、調査報告書記載の賄賂・第三者調査委員会費用・責任追及調査委員会費用のみではない。
5・監査等委員への報告しなかったことと損害との因果関係
1)第三者調査委員会設置の不要の可能性
2) 取締役責任追及委員会設置の不要の可能性
3)決算報告延期の回避の可能性(決算延期費用)  
                                以上

【監査等委員会:2020年10月13日】午後3時


「それでは、これから監査等委員会を開催します。本日の決議事項は2つです。最初の議案は、〔執行取締役からの『取締役責任追及委員会調査報告書への質問事項』への対応について〕です。事前に私が作成した『質問事項への回答案』を配布させていただいております。それを叩き台にして、審議したいと思います」
「東野さんが作成した『回答案』ですが、ちょっと丁寧すぎませんか。私は『第三者調査委員会の調査報告書と今回の取締役責任追及委員会の調査報告書を熟読せよ云々』で片づけたいくらい幼稚な質問で、損害賠償請求の妨害や先送りのためとしか考えられない内容と受け止めました」両角も同様な印象をもっており、東野は安心した。
「両角さんの言う通りです。これは妨害行為でしょう。東野さんの回答を提示したとしても、再質問が来ますよ。例えば、5・の監査等委員会に報告して何が変わったという質問に対して『第三者調査委員会設置の可能性』と回答すると、『可能性を証明しろ』と質問してくるでしょう。粗さがしして、永遠に続けるつもりです」
「両角さんと茅野さんのご意見、もっともと考えます。では、どのように対応しましょうか。もっと簡単に回答しますか」
「私も東野さんの案を参考に、最低限の回答案を作成しましたので検討ください」茅野が、三人に茅野回答案を配布した。

茅野回答案
 取締役責任追及委員会の調査報告書についての質問事項への回答について
 執行取締役からの質問事項の内容にある【責任範囲、内容・損害賠償・訴訟戦略・争点等】は、今後の訴訟手続きに影響がありますので詳細の回答はできません。以下、質問事項への現在、出来得る範囲の回答です。ご了承ください。
1・賄賂と認識する事実
 事実を証明できます。詳細は、第三者調査委員会報告書参照ください。
2・授受の事実確認は調査範囲ではないという認識
 意見の相違があります。
3・コンサルティング契約の自主破棄当の評価
 事実誤認があります。
4・コンサルティング契約と損害との関係
 あると考えます。
5・監査等委員への報告と損害との関係
 社外取締役真鍋様は弁護士であり、専門家です。真鍋様へ確認下さい。
                                以上

「このような内容でいかがでしょうか」
「茅野案で、最低限の回答としてよろしいと思います」両角が発言した。
「確かに私の案では、揚げ足取られる可能性があります。この質問状のやり取りを継続せずに終わらせるためにも茅野さんの案で構いません」東野も賛成した。佐藤は沈黙であった。
「それでは決議したいと思います。賛成の方、挙手願います」東野が決議を促すと、佐藤を含め、全員賛成した。
「全員賛成で、茅野案で回答いたします。議案2に移ります。議案2は訴訟提起の件です。前回の監査等委員会では、訴訟については、〔①対象取締役6名に対して損害賠償請求を行う➁期限までに当該賠償請求金額を支払わなかった場合に訴訟提起を行う〕という手順でしたが、①を省き、賠償請求金額が纏まり次第、即、訴訟提起することを付議します」
「なぜ、本人たちの支払いの意思を確認しないのですか」佐藤が久しぶりに口を開いた。
「連帯責任となりますので、一人でも納得いかなければ支払いはできません。また、執行取締役からの質問状にも損害との因果関係の説明の質問事項がありましたが、因果関係の『有無』で揉めると思います。それは、訴訟提起しても裁判での争点となり得ますから二度手間を省き、訴訟提起して、裁判で明確にした方が監査等委員としても株主等ステークホルダーへの職責が明確にできます。加えて、個人株主からの提訴請求回答機関60日を過ぎてしまう恐れがあります。いかがでしょうか」異議は無く、全員賛成で、これから即、訴訟提起への手続きとすることが決議された。と言ってもまだ、訴訟金額の確認作業中で、対象取締役6名への支払い請求手続き前なので、業務内容に何も変更はない。ただ、取締役会からの反対等の意見対応が始まると予測はして、監査等委員会を閉会した。東野は、監査等委員会後、質問事項への回答書と訴訟手続きの変更についての監査等委員会での決議内容を、監査等委員でない取締役らに通知した。すると翌日、取締役開催通知が届いた。

【取締役会:2020年10月20日】


 斎藤社長の開会宣言から始まった。
「本日の議案は、前取締役6名に対する監査等委員会から通知に関する事項です。まず取締役責任追及委員会の調査報告書についてですが、監査等委員の方々は『取締役責任追及委員会の調査報告書についての質問事項』について真摯に回答いただけませんでした。
まず、その理由をお聞かせください」
「監査等委員会は、当該調査委員会の調査報告書内容から、前取締役6名の善管注意義務違反により損害賠償ができると判断しております。それはよろしいですか」東野が斎藤の問いに問い返した。
「理解できていないから、質問事項を提出しました」斎藤は主導権を取り返すべく強く主張してきた。
「みなさんの質問事項を拝見すると、前取締役に代わって弁護側となったような質問と認識しましたが、そういう認識でよろしいでしょうか」
「弁護側という訳ではありません。訴訟するのであれば、私は代表取締役ですから訴訟に至る状況や内容を充分に納得した上で、法的措置を取りたいと考えています」
「納得しなければ、訴訟提訴に反対するということですか」両角が訝しげに聞いた。
「……」斎藤は、明らかに言葉に詰まっていた。
「質問事項に真摯に答えても『納得できない』を継続されては、拉致があきません」
「大丈夫です。両角さん、取締役会が馴れ合いにならないように、会社法では取締役の訴訟代表は、監査等委員となっています」
「取締役会としては、中立・公正に判断したいだけです」
「取締役責任追及委員会の調査報告書にみなさんが、懸念された『中立・公正性』に欠ける報告内容がありましたか」両角が重ねて聞いた。
「それを質問事項で確認しています」山名が斎藤に促されたように、久しぶりに口を開いた。
「山名さん、質問事項の回答如何で、中立・公正性を判断するということですか。意味がわかりません。報告内容自体を聞いているのですが」
「まだ、わかりません」斎藤が回答した。
「まだ、わからない?では、いつわかるのですか」
「質問事項の説明が『詳細に行われれば』ということです」
「質問事項に中立・公正性の確認に係わる質問事項ってどれですか」
「コンサルティング会社の契約を中途で解約したにも関わらず、評価されていないという質問事項です」山名が答えた。
「山名さん、あなた達の『中立・公正性の疑義』を散々、我々に色々なことで主張したのは、所謂『社長派』に厳しく、『反社長派』に緩い。または『新井家』に厳しく『明神家』に緩いという『中立・公正性の疑義』だったでしょう」東野が言い張った。
「その『中立・公正性の疑義』は、追及委員会の報告書にありましたかと聞いています」
「山名さん、あなたの言う『コンサルティング契約の履行の中途ストップを評価していない』が中立・公正の疑義がある』というのであれば、会社の損害が発生していても前取締役らを擁護するということになりますよ。適時開示等して、株主に知ってもらって良いですね」東野に続いて両角の追及に、山名はどちらにも回答ができなかった。
「社内で報告書の審議をする必要はないと思います。専門家の第三者に委託した調査であり、訴訟代理人も受託していただいてもらっています」茅野も続けて説明した。
「我々は、損害賠償するにしても会社を代表する立場として、内容を納得する義務があります」斎藤は食い下がった。
「斎藤社長、あなたは会社のために理解しようとしていますか。それとも山本前社長のために時間稼ぎをやっているのでしょうか」両角が問うた。
「会社のために決まっているじゃないですか。何を言っているんですか」
「それであれば、第三者調査委員会の報告書と取締役責任追及委員会の報告書をもう一度、熟読ください。そして『コンサルティング契約の履行を中途でストップしたことの評価をしていない』等前取締役側に有利になるような行動は慎んでください」
「また、何を言っているのですか。私は、中立・公正に判断したいだけです」東野、両角、茅野は顔を見合わせて、どうしようもないというようなあきらめの表情で頷きあった。
「当委員会の調査で『前取締役らに善管注意義務違反が認められ、損害賠償請求ができる』という報告を受けているのに『調査員会の報告内容と前取締役の行為との間で、中立・公正の判断をする』という斎藤社長の態度は、会社の利益を無視した、山本前社長や創業家への忖度以外なにものでもありません。本来であれば、取締役会で訴訟提起の場合に、会社や株主のために1円でも多く損害を発生させた前取締役らから回収するための戦略をたてるのが、委託された取締役の職責でしょう」
「……訴訟提起本当に出来ますか」
「斎藤社長、まだ、間違った質問をしています。器ではないですね」両角が軽蔑するように言った。
「器ではないとは、どういうことですか。両角さん、失言が多すぎます」
「それは失礼しました。人の失言はわかるのに自分の失言続きは、わからないわけですね。『訴訟して勝つためには、何が必要ですか』や『損害発生額、100%回収するためには、どうすべきですか』という質問をすべきなんです。会社の代表取締役としては。それができない斎藤さんは『代表取締役の器ではない』といっているんです」
「執行サイドに何を要求しているのですか」山名が監査等委員の攻撃の矛先を斎藤から変えようと割り込んできた。
「既に要求しているように、新井常務執行役員の総務部長職と椎名執行役員の経理財務部長の職の解職を要請しています」
「新井氏と椎名氏がいなければ、執行はできません」斎藤は、溺れたままで発言した。
「だから会社の利益や株主のことではなく、山本、新井、椎名ファーストになっている。
器ではないわけです。原告と被告とに分かれる立場が同じ職場で働いていることに『馴れ合い訴訟』等と株主から判断されます」
「彼らは関係者の処分を受け、心を入れ替えて現職責を果たしています」山名が回答した。
「新井泰氏と椎名氏は、罪を認めているのですか。山名取締役」東野は、山名の失言を見逃さなかった。
「それだったら、訴訟後の裁判もスムーズに行きますね。茅野さん」
「そうですね。連帯責任ですから、山本氏や新井泰司氏も落としやすくなります」山名は返事ができなくなった。
「山名さん、何を『しまった』というような顔つきをするのでしょう。これも会社の利益や株主ファーストではない態度と見られますよ」
「総務部長、経理財務部長の更迭を即やれるくらいの業務執行をやってください。もし、人脈が無ければ、私が日輪製作所グループから選任してきましょうか」東野が両角を後押しした。
「まだ、損害賠償請求が認められるかどうかわかりませんから、解職と言う処分はできません」
「会社が訴訟を起こすと決議しているにも関わらず、被告の二人を社内で重責のある部門長を継続させるということですか」
「両名とも真摯に業務を務めています。例え訴訟されたとしても会社のために業務を継続していただけます」
「解職要求理由に記載したとおり、このまま同職で継続させることは、前取締役に対する訴訟戦略情報の漏洩や、訴訟関連社員への威迫行為、情報証拠の隠蔽・隠滅等のリスクがあります」
「情報は漏洩しません。威迫行為はさせません。情報証拠等の隠蔽・隠滅はさせません。これでよろしいですか」
「斎藤社長が宣言しても意味がありません」
「じゃあ、どうすれば良いのですか。宣誓書でも取りますか」
「斎藤社長、いい加減、自分で『失礼なことを言うな』という割には、改めて『器でない』発言を続けますね。よく考えて発言して下さい」両角が怒りを露わにして言った。
「自分なりの対処方法を提案していて、どこが不充分ですか」
「斎藤社長は感情で仕事しています。自分の考えを言い放って『これでどうだ。だめならどうしたら良いか、提案しろ』という態度です。継ぎはぎ経営者ですよ」東野もあきらめ顔で言い放った。
「具体的に言ってください。何を言っているのかさっぱりわからない。山名取締役、監査等委員の発言の意味が解りますか」斎藤は不安に思ったのか、山名に振った。
「解りません。監査等委員の方々こそ、社長が『何かあったら、責任を取る』と言っているのですから問題ないでしょう」両角は、東野ともう一度、顔を見合わせ「どうしようもない」と独り言した。
「斎藤社長、山名取締役、監査等委員が要請しているのは『内部統制システムの再構築』です」今宮が助け舟を出した。
「さすが、公認会計士の今宮さんです。斎藤社長のアナログ的な対応では、金融商品取引法で上場会社に求められている内部統制システムは、不備のままです」
「どうすれば、不備でなくなるのですか」
「斎藤社長、貴方は、日帝工業株式会社の経営者として、内部統制システムの構築・運用の最終責任者です。自分で解らないことを恥じてください。山名取締役、取締役会は、経営者の内部統制システムの構築、運用等を監視しなければなりません」
「両角さん、予期しない部分もありながらの取締役就任です。詳細は、OJTで学んでいただくことはしょうがないでしょう」今宮が二艘目の支援船を出港させた。
「その通りですが、先ほど東野さんが、指摘した『これでどうだ。だめならどうしたら良いか、提案しろ』という態度は改めるべきでしょう。知らないわけですから。そもそも取締役は『知らないでは済まされない』という責任を負っていますが……」
「斎藤社長は、我々の提出した監査等委員会の決議内容や要請内容をよく読んでいない。というか内容を理解していない。第三者調査委員会の報告書や、責任追及委員会の報告書も同じです。もっと悪いのは、読んでも理解できない場合ですが……」東野も続けた。
「バカにしているのか。失礼極まりない」
「理解されていて、今の決断や行動しているのであれば最悪ですよ。上場会社の代表取締役として」両角が追い込んでいた。
「新体制になった時に『過去のことは、水に流して一枚岩になろう』と皆さんにお願いしたはずです。東野さんと両角さんは未だ、過去を引きずっており、一枚岩になれない原因を作っています」
「今の言動をそのまま、株主の提訴請求の回答として開示できますか。法的処分があると何度も説明していますよね。取締役の不正があった時の内部統制システムに基づいた原因追及や是正措置、監査等委員の機能・職責を斎藤社長は、理解されていません。話にならない」
「わかりました。『理解されていない』と言われましたので本日の取締役会では、付議するものはありません。これで閉会にします」
「ちょっと待ってください。新井泰と椎名史和、両氏の現部門長の解職の付議を要請していましたよね。監査等委員会から。議案については議長の裁量だけで、付議の有無は決められません。他のみなさんも代表取締役の業務執行状況を監視・監督する職責があります。このまま閉会しますか」東野が斎藤の開き直りにストップをかけた。
「斎藤社長、監査等委員からの要請の議案、付議してください」弁護士の真鍋がやっと意見した。
「わかりました。現状組織運営への影響も充分に考慮して決議ください。それでは、監査等委員会からの要請で訴訟提起に関与した新井泰氏の総務部長職、椎名史和氏の経理財務部長職の解職人事について反対の方、挙手ください」斎藤、山名、今宮、真鍋、そして佐藤が挙手をした。
「佐藤さん、監査等委員会では、両名の解職要請に賛成されましたよね」
「時期の問題があると思います」
「それでは、議案は、否認されました。これで取締役会を閉会します」斎藤は、要約、閉会できたという感じでため息を一つ付いた。
両角、茅野は自然に、東野の後を追い、六階の小会議室に入った。
「両角さん、茅野さん、お疲れ様でした」東野は、二人の奮闘を称えた。
「どうしようもない社長ですね」茅野が疲れ切っていたが、口を開いた。
「忖度者で経営者ではないですね。本当に代表取締役の器ではないことを証明してくれました」両角も疲れ切って言った。
「コンプライアンスや内部統制システムなんか、どうでもよいような発言ばかりでした」
「やはり、新井泰と椎名の解職はできなかったですね」
「ただ、茅野さん、あの二人が、各々の重責の部門長に居座っていると内部統制システムが是正できません。これからも継続的に再要請したいと思います」
「社内での是正は難しいですから、訴訟提起して、外部から是正させるしかないですね」
「ハイ、損害賠償対象の確認と連帯責任での責任割合についてスミス・羽柴・小野寺法律事務所にご指導賜り詰めて行きます」
「よろしくお願いします。何かありましたら連絡ください」
「茅野さんには、手続きの専門家ですので、色々お聞きしたいと思います」

【取締役責任追求 4】


 東野は、10月13日の監査等委員会後、方前取締役らへの損害賠償請求の手続きを省き、即、訴訟提起に入る方針に変更したことの決議内容をスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川弁護士へ連絡していた。長谷川は、損害賠償請求内容を纏めている最中で、それが、前取締役6名個々の請求を省き、裁判所への訴訟書類での損害賠償請求先の変更というだけであり、さほど驚きや、クレームはなかった。その時、長谷川から確認されたのは、
「東野さん、どれくらいで訴訟請求額は纏められますか」
「関連取引先への請求金額と債務状況確認等含めて10月中に行います。但し、関連取引先の回答状況によりますが」
「それで充分です。その間、連帯責任の負担割合の方針を考察しておきます。その後、割合方針による請求資料の配分案は、どれくらいで、できそうですか」
「これも、11月いっぱいに纏めます」
「東野さん、年内の訴訟をお考えですか」
「ハイ、12月最終出勤日が、29日になので、それまでに訴訟の開示をさせたいと考えておりますが、先生方のご予定と当該訴訟内容から可能でしょうか」
「東野さんの頑張り次第です。我々も東野さんの意を汲んで日程調整します。壁にぶつかった時はいつでも連絡下さい。一つ一つ結論を出して、年内訴訟目指しましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」長谷川は、スミス・羽柴・小野寺事務所内で、日帝工業の訴訟代理人チームが組織されたことを加えて東野に伝えた。
【日帝工業訴訟代理人チーム】
1・CODEネーム:RISING SUN
2・メンバー:長谷川・松本・白川(責任追及委員会の委員継続)、朝長翔、秋田将司
今までのパートナー3名に加えて朝長、秋田という2名のアソシエイトが増員されていた。東野にとってCODEネームは、気恥ずかしがかったが力強い仲間として喜んだ。
東野は、総勘定元帳や支払実績等の会計資料から損害関連支払先を抽出して、損害賠償リストを作成した。
【損害賠償対象リスト】(金額:9月末日現在)
1・2017年税関監査官:1000ドル(105000円相当)
2・2017年税関監査官:20億ドン(1000万円相当)
3・2019年税務監査官:30億ドン(1500万円相当)
3・会計監査法人不正追加監査費
・さくら有限監査法人:3462万円
4・第三者調査委員会関係
1)原田経営法律事務所:3019万円
2)DC新世界監査法人:1億7450万円
3)アドバンス法律事務所:3235万円
5・決算延期対策(過年度修正費含む)】
・アカウンティングテクノロジー:2785万円
6・リーガルアドバイザー費用
・林・吉田杉本法律事務所:1億1620 円
7・取締役責任追及委員会費用
 ・スミス・羽柴・小野寺法律事務所:2550万円
                 以上、 合計:4億6631万5千円
 その後、東野は、損害関連支払先である、さくら有限監査法人、第三者調査委員会3社、アカウンティングテクノロジー社、林・吉田杉本法律事務所の6社に請求内容と債務等の確認及び連帯責任の損害割合の基礎となる分析依頼を含めた請求金額確認書を送付した。

原田経営法律事務所 
 弁護士 原田伸明殿
                    日帝工業株式会社   
                     選定監査等委員 東野要郎  
   日帝工業株式会社への貴法律事務所ご請求内容の確認依頼の件
当社監査等委員会は、当社海外子会社における海外贈賄案件の原田様ら方々の第三者調査委員会調査報告後、2020年4月21日に取締役責任追及委員会を設置し、その調査報告書を2020年10月2日に受領いたしました。当社監査等委員会は、当該調査報告書に基づいて、監査等委員でない前取締役6名には外国公務員贈賄案件に関し、職務遂行に善管注意義務違反があったと判断し、前取締役6名に対して、彼らの善管注意義務違反により会社が被った損害を賠償請求することを決議いたしました。
つきましては、貴法律事務所と当社間の委任契約に基づく日帝工業ベトナム会社(以下「日帝ベトナム会社」といいます。)の各案件等に関する第三者調査委員会調査のご報酬としてご請求いただいた報酬額について、下記の事項の追加情報等をご教示いただけますようご依頼・お願い申し上げます。
                  記
【1.ご教示依頼・お願い内容】
1)添付【原田経営法律事務所ご請求書一覧】及びご請求書(写)以外のご請求がありましたら、ご提示お願いします。
2)ご請求いただきましたご報酬額を
(1)『日帝ベトナム会社における2019年税務監査官への賄賂支払い』に係る事実関係の調査等
(2)『日帝ベトナム会社における2017年税関監査官への賄賂支払い』に係る事実関係の調査等
(3)上記(1)及び(2)以外の案件に係る事実関係の調査等に3区分したご報酬額をご提示いただけますようお願い申し上げます。
3)上記2)に従い区分いただきました、ご報酬額のうち、
(1)『日帝ベトナム会社における2019年税務監査官への賄賂支払い』の区分額につきましては
①2019年9月1日までの期間に係る事実関係の調査等
➁2019年9月2日(椎名前取締役・山本前社長への報告日)~10月六日までの機関に係わる事実関係の調査等
➂2019年10月7日(日帝ベトナム会社前田村社長の山本前社長らへの報告会)~10月8日までの期間に係る事実関係調査等
➃2019年10月9日(監査等委員を除く役員報告会)以降の期間に係る事実関係の調査等
に更に区分したご報酬額をご提示いただけますようお願い申し上げます。
【2.目的】監査等委員でない前取締役6名への個々の賠償請求額の算定のため
【3.提示期限】
 誠に恐れ入りますが、2020年11月6日までにご提示お願いします。 
                               以上
                              
 各関係支払先へ請求内容の分析・仕訳依頼内容は、各々の関係会社への委託業務内容で文章を変えた。控えは、スミス・羽柴・小野寺法律事務所にも送付した。同法律事務所も訴訟提起の目標時期を明確にしたおかげで、連携を密にしてくれており、種々指示や依頼についても丁寧な説明と共に通知してくれて助かっていた。スミス・羽柴・小野寺法律事務所からの依頼で特に時間を要したのは、第三者調査委員会の連帯責任の賠償額配分率の基礎データの作成であった。作成要領はアソシエイトから連絡があった。

 東野様、チームRISING SUNのアソシエイトの朝長です。
第三者調査委員会の按分方法の件、結論としては、第三者調査委員会各社からの回答をベースに仕訳できないものについては、同委員会に貴社から提出された全資料の点数を分母とした上で、各前取締役が賄賂行為を認識した日以降に作成された2019年事案に係わる資料の点数を分子として第三者調査委員会報酬を按分する方法が、現実的に採り得る方法の中では、相対的に裁判所に受け入れられる可能性が高いとように思われます。
分子については、各前取締役の認識時期を踏まえ、次の通り、各資料の作成日に従い分類する必要があるものと存じます。
➀9月1日まで
➁9月2日(椎名前取締役&山本前社長への報告)から10月6日まで
➂10月7日(日帝ベトナム会社田村社長の山本前社長らへの報告会)から
10月8日まで
➃10月9日(監査等委員を除く役員情報共有会)以降
 蛇足ですが、第三者調査委員会の調査では、ベトナム国以外の海外拠点も“網羅性”充足させるため不正に関する調査を行っております。この分については省かざるを得ないことをご承知ください。  
                              朝長 翔

 請求内容確認レターを発送した、関係会社からの回答は、林・吉田杉本法律事務所を除いて順調に回収できた。同法律事務所からは、1週間の期限延長の依頼で返信がきた。同法律事務所の請求書の請求内容には、山本前社長時代から『ベトナム不正案件に関する相談事項の報酬』としか記載がなく、執行取締役であった、新井前常務、椎名前取締役が、支払い承認を行っている。今を持って、両名は、総務部長、経理財務部長を継続しており、支払い最終稟議承認が山本から斎藤社長に代わっただけである。監査等委員として「もっと詳細の内容記載」を要求したが、「執行取締役からは『今までの請求内容で良い』との了承を得ている」という事由で改善されていない。そのこともスミス・羽柴・小野寺法律事務所へ相談しており、RISING SUNチームは「林・吉田杉本法律事務所の仕訳を待ちましょう。彼らも法律の専門家ですから、損害賠償請求の訴訟に係わる請求内容の仕訳には、責任は持つでしょう」という回答を得ていた。
 関係各社の回答内容で、仕訳できるものは推し進め、損害賠償按分案を作成した。

【損害賠償按分案】
〔2017年&2019年の賄賂:2510万5千円〕
1)負担按分:山本金一100%
2)按分要素:内部統制システムの構築・運用の義務を怠ったため
〔さくら有限監査法人:3268万円〕
ベトナム国以外の網羅性のために行った他の海外拠点調査分194万円は対象外とされていた。
1) 負担按分:①山本金一66・7%(2179万7560円)
➁椎名史和33・3%(1088万2440円)
2)按分要素:さくら監査法人からの回答によれば、ベトナム関連の調査内容の区分については「不正追加監査は、➀2017年税関監査官、➁2019年税務監査官への賄賂の不正に関し、経営者の承認、及び賄賂支払いの隠蔽工作に経営者が関与の疑義」から一連の贈賄行為が財務諸表に与える影響の検討を含む監査手続きであったこと及び、さくら有限監査法人に対して「経営者確認書」の署名をしていたのは、山本金一と椎名史和であったことを踏まえた配分〔山本➀➁:2/3椎名➁:1/3〕
〔第三者調査委員会〕
1・原田経営法律事務所:2493万円
原田経営法律事務所からの回答にもベトナム国以外の網羅性のために行った他の海外拠点調査分526万円は対象外となっていた。
【負担按分】
1)2017年関連:206万7千円 負担率100%:山本金一
2)2019年関連:2286万3千円
 ➀32%(731万6160円) 山本・椎名2名連帯責任
 ➁28%(640万1640円) 山本・椎名・金田泰・金田泰司・明神努・ 
 甲斐俊5名連帯責任
 ➂40%(914万5200円) 山本・椎名・新井泰3名連帯責任
2・DS新世界監査法人:1億2752万円 
ベトナム国以外のフォレンジック費用で除外された費用は4698万円あった。
【負担按分】
1)2017年関連:1100万円 負担率100%:山本金一
(2)2019年関連:1億1652万円
 ➀32%(3728万6400円) 山本・椎名2名連帯責任
 ➁28%(3262万5600円) 山本・椎名・金田泰・金田泰司・
  明神努・甲斐俊5名連帯責任
 ➂40%(4660万8000円) 山本・椎名・新井泰3名連帯責任
3・アドバンス法律事務所:2365万4千円 
ベトナム国以外の調査費用で除外された費用は869万6千円あった。
【負担按分】
1)2017年関連:214万5千円負担率100%: 山本金一
2)2019年関連:2150万9千円
 ➀32%(688万2880円) 山本・椎名2名連帯責任
 ➁28%(602万2520円) 山本・椎名・金田泰・金田泰司・明神努・
  甲斐俊5名連帯責任
 ➂40%(860万3600円) 山本・椎名・新井泰3名連帯責任
 〔アカウンティングテクノロジー:2785万円〕
1)負担按分
(1)山本:95%(2645万7500円)
(2)椎名:5%(139万2500円)
2)按分要素:
(1)2017年度不性会計のため修正分
 ➀2017年度四半期決算及び報告書:4件 (山本)
 ➁2018年度四半期決算及び報告書:4件(山本)
 ➂2019年度第1四半期決算及び報告書:1件(山本)
(2)2019年度不正会計のため修正分
 ➃2019年度第2四半期決算及び報告書:1件(山本・椎名)
  山本9.5/10、椎名0.5/10
〔林・吉田杉本法律事務所:9296万円〕
 リーガルアドバイス費用。同法律事務所の区分方法に基づくと、請求の約80%がベトナム賄賂支払いに関する弁護士費用という回答書が返送され、それに基づく仕訳となった。
〔スミス・羽柴・小野寺法律事務所:2420万円〕
 取締役責任追及委員会費用。同法律事務所からの仕訳は、調査報告書に記載された各前取締役に関する部分の割合(報告書全体の行数を分母として、各前取締役に係わる報告内容の行数を分子にした割合)で仕訳けた。共通部分については、各前取締役に係わる比率で仕訳けていた。
1)負担按分
 (1)山本金一:31%(750万2000円)
 (2)椎名史和:16%(387万2000円)
 (3)新井 泰:14%(338万8000円)
 (4)新井泰司:13%(314万6000円)
 (5)明神 努:13%(314万6000円)
 (6)甲斐 俊:13%(314万6000円)

 東野は、各関係会社から回収した請求内容確認書に記載の各仕訳方法を基本とし、また、スミス・羽柴・小野寺法律事務所のアドバイスによる資料からの按分方法を取り入れ、賠償請求額明細案を纏めた。賠償請求金額総額3億7889万9000円となった。
関係会社は、訴訟前提という説明文の影響と裁判の証拠ともなり得ることもあってか、想像よりも協力的で、手間のかかる仕訳を個々の作業内容の分析と共に回答してくれた。全体を纏めて、資料や按分レポートを作成して、スミス・羽柴・小野法律事務所のRISING SUNチームに送付できたのは、11月28日であった。「11月末までの有言期限内に提出できた。質問や確認等の問い合わせはあると思うが訴訟提起のための自分の役割は、一応終えた」と独り言ちした。その日の帰り際、取締役会の開催通知が届いた。

【取締役会:2020年12月3日】


「それでは、取締役会を開催します」取締役全員揃った社長室で、斎藤社長は、開催宣言を行った。
「本日の議題は、第三者調査委員会の報告書の再発防止策で検討すべきこととして要請されている、任意の指名報酬委員会の設置案についてです」
「議長、指名報酬委員会の設置の検討要請には『コーポレートガバナンスコードの補充原則4―10➀社外取締役が、取締役の上場会社が監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする任意の指名委員会・報酬委員会など、独立した諮問委員会を設置することにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきである』に基づいた検討要請です。当社は新体制で、社外取締役が、2/3を占めており、今までの創業家からの取締役もいません。この体制を浸透・強化させていくことに傾注すべきであり、そこから分離させた指名報酬委員会等は、時期尚早と考えます」両角が、プライオリティーを明確にした経営方針で反対意見を述べた。
「両角さん、社外取締役が2/3を占めている当社ですが、任意の指名報酬委員会で次期取締役等の選任案や報酬案を作成して、取締役会に付議することに何か問題ありますか。第三者調査委員会も『社外取締役が半数以上の場合は、検討すべきではない』とまで、否定していません。任意の指名報酬委員会の決議で確定するわけではないので、問題はないでしょう」
「斎藤議長、『任意の指名報酬委員会』の設置の目的は何ですか」東野が質問した。
「委員会の名前のとおり『次期取締役選任候補の選任案』と『取締役の報酬案』の作成です」
「監査等委員である取締役も対象に含まれるのでしょうか」東野が続けた。
「取締役全員が対象となります」
「監査等委員である取締役の選任については、独立性の観点から、対象から外すべきと考えます」
「監査等委員の独立性を重んじて選任案を作成します」
「斎藤社長『独立性を重んじて選任案を作成します』と宣言しましたが、斎藤社長も委員となる言い方ですが」両角が指摘した。
「後で、委員の選任も行います」
「まず、指名・報酬委員会の規程等の検討も必要と考えます」
「それでは、規程案を配布します」斎藤は、既に準備していた規程案を配布した。
「この規程案で、任意の指名・報酬委員会を設置することを付議します」
「本日、今、規程案を渡されて付議することは、強引過ぎます。本日の議題も『再発防止策について』とししか取締役招集通知には、記載していませんでした」
「疑問に思えば、質問すれば良いのではありませんか。両角さん」
「議題については、開催要請者である議長が事前に明確に伝えるべきです」茅野が指摘した。
「この規程案は通常の規程案であり、問題ないと考えます」山名が賛成の意思を表明した。
「他社の規程等との比較や監査等委員の規程との重複部分の見直し等する時間が必要です」
東野も食い下がったが、「他のみなさん、いかがでしょうか」
「任意の委員会ですから、いいと思います。選任案等の決議は、最終的には取締役会で決議するわけですから」湊も賛成意見を述べた。
「それでは、任意の指名・報酬委員会の設置について賛成の方、挙手をお願いします」斎藤、山名、湊、今宮、佐藤、そして真鍋までが挙手した。
「反対の方、挙手願います」東野、両角、茅野が挙手した。
「賛成多数で、指名・報酬委員会の設置は、決議されました。次に同委員会の規程案について賛成の方、挙手願います」同人物たちが賛成の意を表し、反対の意を表明したのも同人物らであった。
「続きまして、指名・報酬委員会の委員として委員長を今宮さん、委員として、監査等委員から茅野さん、そして私、斎藤を委員とする案を付議します。賛成の方挙手願います」
賛成者も反対者も前2つの議案と全く同様であった。
「東野さん、茅野さんの選任に反対ですか。公平に監査等委員からの選任したのですが」
「指名・報酬委員会の設置及び同委員会の規程案に反対していますから」
「わかりました。議題は以上です。ところで訴訟の関係は、どのような状況か説明ください」
「粛々と進めております」東野が回答した。「取締役会の質問項目に明確に回答せず、進めていることはゆゆしきことです。あの内容で、訴訟提起できるのですか。負けたら責任問題になりますよ。取締役会は訴訟提起は、認めていません」
「取締役の訴訟提起に取締役会の承認は必要ございません。もし、訴訟提起して、敗訴した場合に監査等委員会の責任問題になるのであれば、勝訴の場合は取締役会として、責任とるのでしょうか」両角が反論した。
「取締役会としての意思表明です」斎藤は、訳の分からない回答をして、そそくさと取締役会を閉会させた。東野たちは、恒例の六階会議室に集合した。
「茅野さん、なぜ指名・報酬委員会の委員を拒否しなかったのですか」両角が確認した。
「指名・報酬委員会でも監査等委員としての意見の主張をすべきことがあるためです」
「形式的に指名・報酬委員会の決議に関し。『この決議には、監査等委員も審議に参加した』とかに利用されたり、相反する監査等委員会の決議等との狭間で、困らないようにお願いします」東野も茅野に確認するように知らしめた。
「茅野さん、本日というか新体制の取締役会での斎藤の振る舞い、ご理解していますか」
両角が聞いた。
「審議もそこそこに多数決で決めているようですね」
「その通りです。我々ぐらいしか質問はなく、我々が質問して回答に苦慮するとまず、山名が、そして今宮が、斎藤への賛成意見を述べて、最後に湊が審議を迫るという段取りです。審議すれば、多数決で決議できるという確信があり、そういう準備をしています」
「事前に執行サイドで打ち合わせを行っているということですか」茅野が確認した。
「必ず、やっていると思います。初めからそういう体制を新井泰らが整えてきたのでしょう。監査等委員会も似て非になるものですが」
「指名・報酬委員会の決議も同様に進行されると思います。敢えて斎藤社長、自らの選任に常任監査等委員である東野さんではなく茅野さんを指名したことは、何らかの意図があると考えます」両角が加えて説明した。
「気を付けます」
「言い方が悪いですが、利用されないようにお願いします。東野さん、指名・報酬委員会への対応はどうしましょうか」
「指名・報酬委員会は、とりあえず任意ですから、監査等委員会の規程や法令に認められた範囲での対応となると一つですかね」
「東野さん、『先んずれば人を制す』ですか」
「両角さんの意見通りです。次期監査等委員の選任を行いましょう」
「少々、早い気もしますが」
「茅野さん、もう一度言わせてください。『先んずれば人を制す』です」みんな笑った。
「そうですね。やりましょう。手順として、次期任期満了となる両角さん、佐藤さんに継続の意思を確認して、監査等委員会での選任決議をしましょう」
「佐藤さんが継続を意思表示した場合は、どうしますか。理由がないと私は反対できません」茅野が、課題を呈した。
「ごもっともです。私が、反対する理由は『監査等委員会の独立性の妨害行為』です。監査等委員会の議事録にもあるように、法令違反に関与した取締役らの保身戦略弾劾等の審議に対して、決議反対等の擁護する対応の事実があります」
「議案への反対について『監査等委員としての中立性のため』と逃げる可能性があります」
「さすが、弁護士の茅野さん、弁護想定質問をありがとうございます。両角さんのいう佐藤さんの『擁護対応』は、当該議案決議時に、通用するかもしれない事由だったからです。例えば、監査等委員会のベトナム不正に関する調査の調査報告書についても『もっと精査時間が必要だ』と引き延ばし意見を述べましたが、第三者調査委員会の調査報告会の後に、監査等委員会の調査報告書の正当性は証明できました。取締役責任追及委員会の報告書でも同じことが言えます。監査等委員会決議時の反対意見は、その後の第三者等の調査報告書等で覆されています。それに、株主総会の招集通知で、虚偽の『10分間での審議した意見陳述決議』発言があります」
「その『虚偽』は、証明できますか」
「ハイ、議事録では15分になっています」両角が笑いながら言った。
「それだけではありません。議事録には『新井泰、椎名史和の不適切に関する審議は、取締役会で充分に行った』と記載されています」
東野が付け加えて説明した。
「わかりました。でも会社側は、再発防止策として監査等委員の増員を要望して限度枠の四人体制としています。佐藤さんの後任候補はどうしましょう。どなたか候補者をお考えでしょうか」
「常勤監査等委員の選任案を提示します」
「常勤監査等委員?東野さんは、どうされるのでしょうか」
「継続します。次期候補者を常勤監査等委員として増員したいという案です。再発防止策の『取締役の監視・監督の強化』の一環とも言えます」
「常勤監査等委員としての候補者がいるわけですね」
「ハイ、社内からの選任で対応します」
「どなですか」
「雲井元執行役員総務部長です」
「雲井さんって、新井泰の法令違反関与をいち早く関知して直訴したが、業務命令違反及び越権行為として総務部長を解職された方ですか」
「そうです。経歴もメインバンクの一つである四井勧業信託銀行の出身ですし、問題ないと考えます」
「執行側に対する強烈なパンチですね」
「茅野さん、取締役の監視・監督の強化策ですから」
「充分過ぎる強化策です。雲井さんは、了解されているのでしょうか」
「今、閑職に追いやられていますので、了承すると思います」
「解りました。その選任案で行きましょう」
茅野も納得して退社していった。その夜、両角から連絡があった。
「東野さん、相談があります。実は本当の意思を言うと次期監査等委員は、継続したくありません」
「両角さん、私もです」
「えっ。東野さんもですか」
「ハイ、上場会社でありながら、このようなクソの取締役会には、もう出席したくありません」
「そうなんです。正論が通らない。新井泰や山本のマリオネット社長である斎藤が社長では、日帝工業株式会社の未来はありません」
「他の社外取締役らも、社外取締役としての本来の機能や役割を果たしません」
「山本を止めさせる勢いの社員らも今では、意気消沈していますし、やりがいを感じません」
「両角さんの吐露された事実は、いつも考えます。常勤ですが、会社に行くのが嫌でたまりません。毎日、監視されていますし、話しかける社員もおりません」
「えっ、監視されているのですか」
「同フロアの企画管理部の田中課長が、見張っており、私が、会議室とかで話した社員は後から、何を話していたのか、斎藤社長から直接ヒアリングされるそうです」
「そんな状態なんですか。もう辞めましょう」
「辞めたいです。辞めたいですが、まだ道半ばですし、茅野さんみたいに巻き込んだ方もいます。何より、雲井さんが一番、冷遇されています」
「それで、常勤監査等委員の選任を考えたわけですか」
「そのとおりです。そのためにも両角さんのお力が必要です。思いが成就したら、辞めましょう。それまで一緒に闘ってくれませんか」
「思いが成就というのは」
「今の最大の課題は、民事訴訟、これもご存知の通り、12月中には起訴できると考えています。我々が次期監査等委員として継続しない場合は、訴訟を取り止める場合もあるかもしれません。また、1円でも多く損害賠償金の回収ができるのは、両角さんと私しかいません。その目途が付いたら、任期途中でも辞任しませんか。それが思いの成就時期です」
「いいですね。中途でも辞任しましょう。次期株主総会でどうなるかわかりませんが、東野さんの思いがわかりました。了解です。一緒に来る時期までやりましょう。東野さんについて行きます」
「両角さん『ついて行く』なんてもったいないです。一緒にがんばってくれますか。株主総会でどうなるかわかりませんが、ステークホルダー等に有無を言わせない、上場会社の監査等委員としての職責を我々ができる全力を出し切り、与えられた時期までがんばりましょう」
「東野さん『与えられた時期』まで頑張りましょう。よろしくお願いします」
「こちらこそ」東野は、両角に丁寧に礼を告げた。

【監査等委員会:2020年12月16日】午後3時


「それでは、監査等委員会を開催します」東野の開催宣言で始められた。
「本日の議題はご案内のとおり、次期監査等委員の選任についてです」
「議長、なぜ、この時期に選任事案を提示されるのでしょうか。ちょっと早い気もします」
佐藤が質問した。
「佐藤さん、議案は監査等委員会の開催通知時に提示しております。なぜ会議開催時に議案に関する質問となるのでしょうか。事前に質問できませんか」
「申し訳ありません。当日となってしまいました」
「再発防止策で茅野さんを増員でき、四人体制となりました。次期は、三人が任期満了となりますので、少し早く、皆さんの意思を確認したいと考えました。何か問題ありますか」
「特にありません」
「それでは、次期任期満了で選任対象は、両角さん、佐藤さん、そして私です。再任候補としての意思をお聞きします。両角さん、継続していただけますか」
「ハイ、継続できれば希望します」
「承りしました。佐藤さんは、いかがでしょうか」
「私は継続望みません。任期満了で退任させていただきます」
「解りました。私はできれば継続したいと考えています」東野も意思を表明した。
「それでは、最初に両角さんの再任候補として決議します。両角さんは決議に参加しないでください。再任候補として賛成の方、挙手願います」茅野、東野が挙手した。
「佐藤さんは棄権ですか。反対ですか」
「反対します」
「理由をお聞かせください」両角が確認した
「両角さんは、長期就任ですから社外取締役としていかがなものかという理由です」佐藤の理由については、両角は聞き返さなかった。
「それでは、次に東野の再任候補として決議します。再任候補として賛成の方、挙手願います」茅野、両角が挙手した。
「佐藤さんは棄権ですか。反対ですか」
「反対します」
「ハイ、わかりました。両角さんと私、東野は次期社外取締役再任候補として決議されました。続いて、新任の監査等委員候補を推挙し、選任議案とさせていただきます。新規候補者は雲井修郎氏です。経歴等は配布しますのでご覧ください」東野は、雲井の経歴・職歴書を配布した。雲井は、七大学の天智大学卒業後、四井勧業信託銀行に就職、ニューヨーク支店、ロンドン支店と海外駐在経験や監査部門での臨店監査等の経験があった。五年前に、執行役員監査部長として日帝工業株式会社に出向となって、現在に至っていた。
「執行役員であったし、職歴を拝見すると監査等委員に充分な経歴ですね」両角が賛成意見を述べた。
「雲井さんは、昨年、業務命令違反・越権行為で、総務部長を解職されました。その問題を起こした人を次期監査等委員に選任することは、不適切かと考えます」
「そうですね。昨年の12月25日の取締役会で追認解職されました。佐藤さんは、解職に賛成されました」
「業務命令に背いたからです」
「監査等委員会の調査報告書、第三者調査委員会の調査結果が報告された今でも、雲井氏の総務部長の解職に賛成されますか」
「雲井氏は、非公式な執行役員の会合、社長辞めさせるための会に上長から止められたにも関わらず出席しました。解職されるべきでしょう。今でも賛成します」
「その上長、新井元常務ですが、法令違反に関与したことが判明して、雲井氏は、その法令違反を早期に止めさせようとして進言しました。彼は、監査等委員より先に、リスクを関知して、隠蔽工作を止めさせようとしたんです。12月9日に金沢顧問弁護士を訪問した際に金沢弁護士も言っていましたよね。『監査等委員より前に新井泰と椎名の相談内容を確認しにきたのが、雲井氏であり、彼の危機管理センサーは、大したものです』と。
非公式の執行役員の会合に出席したことで、不正行為の詳細の情報や、彼が不正に関係した社員に是正させることを指示したおかげで、監査等委員への情報も集まりました。新井泰と椎名は法令違反に関与し、株主から否認されたにもかかわらず、佐藤さんは執行役員に留まることに賛成しました。我々は、新井泰と椎名、況や、不正の元凶である山本を民事で起訴するべく務めております。山本については、刑事処罰対象として自主申告しました。その山本、新井泰が、雲井氏の解職動議を提議して、佐藤さんは賛成しました。監査等委員という立場にある社外取締役として正しい職責でしょうか」
「佐藤さんが、雲井氏の立場で、今の新井泰や椎名への会社の対応と自分への対応と比較して納得しますか。我々は、執行側から『明神派、反社長派に偏っており、中立・公正でない』と批判され、開示までされております。佐藤さんが、同意する取締役会の執行取締役は、中立・公正ですか。監査等委員の要請した『取締役責任追及委員会設置』の開示、『個人株主の提訴請求があった事実』の開示、『取締役責任追及委員会の調査報告書』の開示、『監査等委員会の前取締役への損害賠償請求訴訟の決議』の開示等を全て拒否しています。株主・投資家等への重要な情報を開示せず、自分たちの保身に切磋琢磨する山本や新井家のサポートばかりしています。佐藤さんは、社外取締役として、その機能を認識した上で執行側の決議にいつも賛成しているんですよね」
「佐藤さんは、新たな『取締役責任追及委員会の設置議案』にも賛成しました」茅野も加えた。
「佐藤さんは、監査等委員会の設置した『取締役責任追及委員会』は、明神要氏の知り合いの弁護士からの紹介だから『中立・公正ではない』という理由で、執行側の提案による新たな『取締役責任追及委員会の設置議案』に賛成しました。スミス・羽柴・小野寺法律事務所の委員の方々の調査報告書は、法的に反社長派や、明神家関係に偏った調査報告書でしたか」
「調査報告書については、偏った報告書かどうかわかりません。何故なら、執行側からの質問事項には、詳細の回答をしていません」
「執行取締役の質問事項については、佐藤さんも一緒に審議しましたよね。私が回答案を作成しました。それも含めて、責任追及委員会の調査報告書は『法的に偏った報告書』と言える内容があったかということです」両角も続けた。
「執行側の質問事項に『中立・公正に反した疑義の質問』はありましたか。私は、無かったと判断します」
「前取締役の不正の疑義について、中立・公正でないと思われる質問はありました」
「佐藤さん、我々がお聞きしているのは、執行側のいつも主張する山本時代の社長派VS反社長派または、創業家争いとなっている明神家VS新井家の対立に関して『中立・公正に欠く報告書』であったかということです」
「わかりません」佐藤がつぶやいた。
「佐藤さんは、責任追及委員会の委員長である長谷川弁護士に電話されましたよね。自分の外資系保険会社のグループ会社で『スミス・羽柴・小野寺法律事務所を顧問契約しているから云々』と」東野が佐藤の諸行を公開した。
「えっ、佐藤さん、今まで何も言わなかったですね。グループ会社の顧問契約を持ち出したのは、何の意図があって長谷川弁護士に電話したのですか」両角も初耳であり、佐藤の意図を疑った。
「お会いしていなかったので、挨拶の程度ですよ」
「普通『自分の外資系のグループ会社で顧問契約があるから、前取締役らを良しなに』と釘でも刺すような行為と受け止めますが」久しぶりの両角の直球発言であった。
「違いますよ」怒ったように答えた。
「それでは『自分の外資系のグループ会社で顧問契約があるから、前取締役らを厳しく法で裁けるように』という意でしょうか」両角の剛速球意見には、佐藤は答えられなかった。
「佐藤さんは、両角さんと私の次期監査等委員としての再任選任議案にも反対されています。この2年、両角さんと私、東野は、上場会社の監査等委員としての職責を果たしていませんか」
「職責を果たしていないとは言っていません」
「それでは、どのような理由で反対されるのでしょうか」
「監査等委員として『中立・公正とは言えない行動』が見受けられたためです」
「具体的にご指摘いただけますか。両角さんや私のどの行動が『中立・公正とは言えない行動』だったのか」
「東野さん、その前にまた出現した、佐藤さんの言う『中立・公正』の定義を明確にしてもらいましょう」
「東野さんと両角さんは『明神家と親交が深い。名誉会長のいいなりとなり、彼ら利益を優先して動いている』という噂があります」
「佐藤さんは“噂”と言いましたが、その“噂”通りと判断して、反対したということでしょうか」佐藤が“噂”で逃げるのを許さなかった。
「その『“噂”通り』と判断した、我々の行動は具体的にどのような行動を指しているのでしょうか」
「元名誉会長の知り合いの弁護士の紹介があったり・・・何か、いつも情報を漏洩している感じがあります」
「具体的な事実は、元名誉会長の弁護士の紹介ルートのことでしょうか」
「情報を漏洩しているということですが、何のためにでしょうか。目的は」
「山本氏が社長のころの社長降ろしのためです」
「両角さんと私が、山本社長降ろしに加わっていたということでしょうか」
「山本前社長に辞任勧告を決議しました」
「佐藤さん、一足飛びをしないでいただきたい。山本前社長と椎名前取締役に辞任勧告決議を行ったのは、2020年3月19日です。そのころ、執行役員らの社長降ろし行動は、どうしていましたか」
「知りませんよ。私は、非常勤ですから」
「非常勤でも人の行動に異議を申し立てるのであれば、事実確認を明確にしないと単なる誹謗・中傷に過ぎないものになります」
「東野さん、ちょっと白板に関連事項を記載しますので、佐藤さんも、しっかり確認してください」といって、両角が、白板に関連事項をリストアップし始めた。

《佐藤氏監査等委員としての行動確認事項》
【2019年】
 1)11月22日:監査等委員打ち合わせ
 ・賄賂不正の事実があれば、早期に適時開示すべきと主張
 2)12月2日:監査等委員打ち合わせ
  取締役会での賄賂の事実の中間報告について時期尚早と発言……理由:
  竹腰部長、ベトナム会社田村社長、明神専務のヒアリングでは、事実確
  認と言えない。
 3)12月5日:監査等委員会 中間報告の内容を承認
 4)12月5日(同日午後):取締役会中間報告内容について「決議はしてい
  ない」と発言
 5)12月25日:取締役会 雲井総務部長の総務部長解職決議に賛成
【2020年】
 6)2月17日:監査等委員会 
  不正調査報告書の内容確認のため東野氏が証憑等も全て準備して説明し
  たが「今日の今日で、何とも言えない。取締役からのヒアリングを行う
  べきだ」と主張して、調査報告会での説明内容の決議に反対した。
 7)2月21日:監査等委員会調査報告会 
  新井前会長の「監査等委員会としてこの調査報告内容に責任がとれるの
  か」という質問に対して「私は、責任取れるほど調査に関わっていませ
  ん」と発言。同質問に関して、二月一七日監査等委員会の調査報告書内
  容についての決議に関して「私は棄権した」とも発言
 8)2月28日:第三者調査委員会報告会後の監査等委員ミーティング
  監査等委員会の調査報告内容とほぼ同じ証憑及び結論に関して「私も、
  監査等委員会の調査報告書は正しかったと認識しました」と監査等委員
  会の調査内容を認める発言
 9)3月19日:監査等委員会
  山本前社長及び椎名前取締役に対する辞任勧告決議に関して「内容は、
  わかりましたが、会社に与える影響が非常に大きい」その理由は
 「➀時期の問題:時期株主総会をまで、あと3か月程度です。それまで待
   つべきです。
  ➁山本社長、椎名取締役は、事業活動中枢 を担っています。通常業務
   に支障が出ます。
  ➂両名の辞任勧告による社内的、社外的特にステークホルダーに対する
   悪影響が予想できていない。
  ➃第三者調査委員会の報告書の内容を取締役会として検証する前に山本
   社長、椎名取締役のみ辞任勧告するのは公平性に欠ける手段である。
  ……以上の事由から辞任勧告は尚早」と発言。議案決議には反対した。
 10)3月27日:取締役会
  (1)司法当局への自主申告の内容を林・吉田杉本法律事務所への一任す
   る議案に賛成
  (2)新井常務の根拠のない関係者処分案である「報酬返上議案」に賛成
 11)4月20日:取締役会 明神元名誉会長の名誉会長職解職議案に賛成
 12)4月21日:監査等委員会 取締役責任追及委員会の設置議案に関し
  て、棄権
 13)5月25日:取締役会
  次期取締役候補として新井泰・椎名史和の選任に賛成した。その時の発
  言内容
 「私は、山本社長のご意見通り、この問題を継続して取り組む体制が必要
  であると考えます。それから考えると、新井常務と椎名取締役は、再発
  防止策の推進実務の中心的存在であり、実務面からいうと取締役候補と
  しないという選択肢はありません。昨年は、取締役としての初めての年
  でした。その若い経験と反省を活かしてもらいたいと考えます」
 14) 5月25日:取締役会後の監査等委員会
  取締役会にて、次期取締役候補として選任された新井泰・椎名史和への
  取締役不適切の意見陳述決議に反対した。
 15)招集通知の監査等委員会の意見陳述に対する取締役会意見として監査
  等委員として佐藤氏の意見が以下のとおり、記載されている。
 〔監査等委員会の取締役候補者に対する意見陳述への取締役会の意見〕
 ・監査等委員会の当該意見の決議に関する運営に公正性に疑義があること
  当社の監査等委員会は3名で運営されており、当該意見は、佐藤監査等
  委員を除く、東野監査等委員、両角監査等委員の意見決議であります。
  佐藤氏からの情報によると、決議は10分強で行われ、重要な審議は、
  充分に行われなかったとのことです。佐藤氏は、反対意見として「不祥
  事後の株主様や投資家等の信頼回復のための経営課題を成就するために
  は、当社のリスク管理の一環で、第三者調査委員会を立ち上げたメンバ
  ーである新井泰氏と椎名史和氏は、経営の継続性を保つため重要な候補
  社であると反論しております。しかしながら、監査等委員会で、充分な
  審議も行わず決議を強行されました。……
「もういいでしょう。これは、私に対する弾劾裁判ですか」佐藤が我慢できず発した。
「佐藤さん、佐藤さんの行動が監査等委員としての職責を果たしているか否かの証明のための事実列挙です。法令違反に関与した、新井泰、椎名の次期取締役候補としての選任議案には、賛成して、監査等委員として、会社法に準じて、取締役の法的責任追及を推し進めている我々と雲井氏の次期監査等委員としての選任議案には、反対した。また、取締役としてのコンプライアンス徹底を上司である新井泰に進言した、雲井氏の総務部長解職決議には賛成した。招集通知には、監査等委員会の新井泰・椎名への選任反対への意見陳述には反対し、執行側の取締役会の意見として『決議に関する運営に公正性に疑義がある』と進言しています。どういうことでしょうか。佐藤さんは、五月二五日の監査等委員会の議事録に承認印を押しております。内容を認めながら、招集通知には『決議に疑義がある』やら『10分しか審議していない』等を宣わっている。25日の取締役会の後の監査等委員会では、最初に、議長の東野さんが『新井泰・椎名の取締役としての適性については、取締役会で充分討議しました』って説明しましたよ」
「議事録にも意見陳述の審議所要時間について開始時間と終了時間から10分ではなく15分の経過が読み取れます。この件は、確実に佐藤さんは、虚偽の事実を開示させた」東野が強く突き付けた。
「佐藤さんが止めたので、やめましたが、この後も株主が取締役として否認した新井泰・椎名を執行役員に選任決議に賛成している。雲井氏は、執行役員にも選任されていない」
「どうしろと言うのでしょうか。私が、次期監査等委員選任議案に賛成することを強要するのでしょうか」
「佐藤さん、勘違いしないでください。最初に次期監査等委員の決議は行いました。今、討議しているのは、佐藤さんの上場会社の監査等委員としての職責の適性について、討議している訳です」
「だからどうしろというのでしょうか」
「今まで、両角さんがリストアップした、佐藤さんの監査等委員として、いや社外取締役監査等委員としての職責を果たしているのかとお聞きしています」
「私は、その時その時に正しいと思ったことを決議等しています」
「個別でもトータルでも結構ですが『法的に正しいと決断した』ということでしょうか」
佐藤は、東野の発した「法的」と言うこと単語に引っ掛かり、返事をしなかった。
「列挙した行動は、事実でよろしいですよね」両角の確認にも返事はなかった。
「返事がないということは、事実ではないとも言っていないことになります。東野さん、後は、我々の方で、佐藤さんの行動が上場会社の社外取締役監査等委員として法的に職責に問題ないか確認しましょう」この後、誰からも意見等も出ず監査等委員会は閉会した。終了後、佐藤は即座に会議室を退室した。
「両角さん、よく事実の列挙が一挙にできましたね」茅野がえらく感心したように褒めた。
「溜まっていました。いつも執行側に忖度して、事実を事実と認めず、彼の社外取締役監査等委員としての職責の正しい判断ではない決議で、取締役会決議は進行されていました。何とか是正したかったのですが」
「是正させましょう。本日、佐藤の監査等委員としての職責を問う事実確認の中で、両角さんが列挙していただいた内容を書面にして佐藤さんに、説明を要請しましょう」東野が感心と感謝の意をもって述べた。茅野が
「佐藤氏はスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川氏に電話したことを東野さんが知っていいたことに対して非常に驚いていました。多分、長谷川氏にも口止めをお願いしていたのでしょう。まず、この件に関して、事実関係を問い質しましょう。東野さん、佐藤氏が長谷川氏に電話した内容は事実ですね」東野は、2020年5月26日に長谷川から東野に連絡があり、5月15日に佐藤が長谷川に電話をして要請した内容を手帳に記載していた通り、両角と茅野に説明した。
「弁護士の長谷川さんが、東野さんに連絡してきたということは佐藤氏の電話内容に相当驚いたのでしょう。普通、弁護士には、裁判に係われば、罵声や脅迫じみた対応する原告等に遭遇します。電話内容から察するに自分のグループ会社の顧問弁護士契約を持ち出したことは、長谷川さんの証言の仕方次第で買収とも脅迫とも問うことができるかもしれません。佐藤氏にこの件について説明を求め、説明内容によっては、両角さんが記述いただいた一連の対応を背景に善管注意義務違反の疑義が問えるかもしれません」
「わかりました。初めに責任追及委員会への電話内容についての説明要請をします。両角さん、それでよろしいでしょうか」
「本当は、全行為について問い質したいのですが、茅野さんのアドバイスに従います」
「両角さん、思いは一緒です。長谷川氏への電話がジャストスタートで、佐藤の対応次第では、次の追及ができます」東野の説明で両角も解した。東野が素案を作成し両角、茅野に送ることを約束して監査等委員会後反省会を解散した。
 2日後の18日にスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川弁護士から連絡があった。東野は、茅野に相談した。
「茅野さん、訴訟代理人から連絡があり、Dデイは、25日で、監査等委員会の訴状最終ドラフトに承認が欲しいということです」
「東野さんの希望予定通りですね」
「そこで、相談なのですが、監査等委員会を招集せねばなりません。二五日の午前中に監査等委員会を開催して訴状のドラフトチェックを行い、承認決議を行い、スミス・羽柴・小野寺法律事務所に連絡して訴状を提出してもらいたいと考えていますが、手続き上、可能でしょうか。また、茅野さんの予定は大丈夫ですか」
「手続きは可能です。午後一番に地方裁判所に持ち込めば、その日の内に受理されます。
私も25日は、午後3時から差支えですから逆に午前中は助かります」
「問題は佐藤氏です。招集通知出すと、なんらかの延期作戦を取ってくると思います。予定は、スミス・羽柴・小野寺法律事務所の訴状最終ドラフトスケジュールを優先したいと考えていますし、次の週の28日が日帝工業の仕事納めの日となっています」
「訴状ドラフトが完成しないと承認できませんから、訴訟代理人の要求する25日の午前中ありきですね。25日午前11時で行きましょう」
「佐藤氏が、都合悪いと言ってきたら」
「しょうがありません。欠席扱いで開催しましょう」
「わかりました。王道で行きます。三営業日前の招集規程に順じて、25日開催の招集を通知します」
「よろしくお願いします」
翌週の21日月曜日、東野は、監査等委員会の開催通知を両角、佐藤、茅野へメールした。

監査等委員会開催の件、次の通り監査等委員会を開催します。万象お繰り合わせの上、出席願います。
1・日時:2020年12月25日(金) 11時~
2・場所:日帝工業株式会社六階小会議室
3・議題:監査等委員を除く前取締役に対する訴訟手続きの件

両角からは、直ぐ出席確認の連絡があった。茅野からも出席通知が届いた。二人の出席通知は、佐藤にも回付されている。過半数の出席が確定したので、東野は開催通知をスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川にも転送した。佐藤から連絡があったのは24日の午前中であった。メールで「明日、25日の午前中は都合が悪いので、午後3時からに変更してください」という連絡が入った。東野は、迷うことなく強く返事を返した。「佐藤さんも周知の通り、両角さん、茅野さんも25日11時で予定いただいておりますので、変更できません」と。佐藤から「28日月曜日、午後1時からではいかがでしょうか」と変更に固執したメールが再度届いた。茅野が対応してくれた。「佐藤さん、28日は差支えです。25日の午後3時からも差支えです」その後、佐藤からはメールも来なかった。その夜、八時頃東野にスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川から電話があり、「訴状の最終版前のドラフトを送付する。最終版は、明日の10時までに送付する予定」と言う旨の連絡があった。東野は送付されてきた「訴状の最終版前のドラフト」を両角と茅野に転送した。東野は、長谷川の明日の最終版も初見より、スムーズに審議できる気遣いに感謝した。


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