見出し画像

「エデバデポッキー」自己紹介

自己紹介

宮崎県出身で高校卒業後に神戸の服飾大学に進学し、卒業後は東京の広告代理店で勤務。30歳のタイミングで地元宮崎県にUターンし、マンゴーの生産販売に携わるようになり、現在勤めている株式会社MAGRIに入社し現在35歳です。

きっかけ

私がブログを始めようと思ったきっかけがいくつかあるのですが、今はうまく言葉にできません。共感力と発信力を高めたいという、自己愛によるところはハッキリしていますが、、、。。。少しでも読んでもらった皆さんに楽しんで頂ける内容にしたいと思っています。

投稿内容

趣味であるレコードや本、食をメインに発信していこうと考えています。
会社の仲間で生産している農作物の紹介もさせてもらいます。マイノリティな内容が多くなってしまうかもしれませんが、自分のペースで投稿していきます。

坂本龍一 「千のナイフ」

1978年 坂本龍一 「千のナイフ」

先日お亡くなりになってしまった坂本龍一さんの1stソロアルバムをレビューしようと思います。
当時23歳の若さで制作した幻の作品で、私は20歳くらいの時に初めて聴いた時の衝撃を今でも忘れません。いろんな国とジャンルの音がミックスされていて解釈するのに時間がかかった記憶があります。初めて`グルーブ感`のない無機質で自閉的な音楽に触れたのがこの作品でした。

1stアルバムのリリースと同年、YMOを結成し世界ツアーを成功させ一躍スターになっていくわけですが、坂本龍一個人としては1983年「戦場のメリークリスマス」への出演と自信初の映画音楽監修をし世界的な評価を得ます。同年YMOは解散していますが、1993年に再結成。

AHO AHO MAN

私が更に坂本龍一さんを好きになったダウンタウンとのコント動画です。
「世界の坂本」がこんなこともするんだと衝撃でした。コメディアンに弄られている構図はまさに緊張と緩和って感じです。

20歳のとき、一緒に音楽をしていた先輩たちと大好きなDJ(Rory Phillips)をロンドンから日本に召喚した時にYMO×ポッキーのCMでぶち上りしていたのを見て「世界の坂本」なんだと改めて実感したのを思い出しました。

何かわかんないけど、このレコードに針を落とすときは正座して聴いてしまう。私にとってはスペシャルな1枚ですので一発目の投稿でご紹介しました。

funeral

最近だと、お亡くなりになる直前に作成された「葬儀に流すためのプレイリスト」が話題になっていましたね。

RIP 坂本龍一

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?