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【掌編小説】AI婚活

 「なんかピンと来ないのよね…」
 私、小野真紀は溜息を吐くと、『今日のおすすめパーソン』が表示されているアプリを閉じた。

 20XX年、世界の多くの国では少子高齢化が進んだ。結婚しない人が増え、結婚しても子供を持たない夫婦が増えたからだ。
 自分の自由な時間を大事にしたい、という考え方が世間の主流を占めるようになったのが大きな理由だ。特に高いキャリアを持ち高収入を得ている人からは、「結婚する必要性がわからない」という声も聞かれるようになった。
 それに危機感を感じた政府は、結婚や出産、子育てに関する様々なサービスについて多額の補助金を当てるなど、多くの政策を打ち出したが、中でも特に話題になったのが、同じ状況にある他国と連携して世界規模でAIを利用し、結婚から出産を推し進める政府主導の婚活、AI婚活だった。
 我が国においては、政府からのお知らせが表示されるアプリが開発され、パソコンやタブレット、スマートフォンなどからアプリを取得し登録することで、情報を受け取れるようになった。
 AIが判断に用いるのは、既に登録が義務化されているマイナンバーカードの写真、生年月日、所在地、納税記録から算出された所得金額、そして18歳以上のマイナンバーカード更新時に提出が義務づけられている、50項目に及ぶ質問の回答によるデータだ。
 質問は多岐に渡り、血液型、兄弟姉妹の有無、会話可能な言語、興味のある事柄、生活習慣や価値観などの自身に関する情報と、将来異性との結婚の意思があるかどうかを問うものになっている。アプリの登録者は、自身のホーム画面から質問の回答を変更することもでき、それはまたAIの判断に反映される。
 将来異性との結婚の意思がある、という登録者には、毎日設定した時間に、AIが膨大なデータから相性がいいと判断した『今日のおすすめパーソン』の情報が送られて来る。
 もちろん全ての個人情報を開示すると問題になるので、姓名ではなく名だけ、生年月日ではなく生年だけ、所在地も都道府県等まで、となっている。設定において情報を取得する範囲も選択でき、同国在住、同地方在住、同都道府県在住、と狭めて行くことができる。
 薦められた相手との交流を望む場合は、アプリ内でやり取りが可能だった。
 やや強引にも感じられる政策ではあったが、同意できない人は、将来異性との結婚の意思があるという回答をせず、アプリの取得や登録をしないという方法を取ることも可能なため、少子高齢化対策が必要だと考える人々の間に少しずつ受け入れられて行った。
 特に、真剣に結婚を考えている人には歓迎された。
 役所に結婚の届けを出せばAIのデータからは削除されるため、不倫目的で紛れ込むような既婚者の存在を心配をする必要がなかった。
 また、国によって管理されている環境では、手軽に刹那的な欲求を満たす行為には及びにくく思う者が多いため、無駄な空振りや時間の浪費による婚活疲れも減った。
 そして、世界規模での婚活なため、普段は出会う機会のないような意外な相手と知り合える面白さもあった。
 しかし、AI婚活は良いことばかりではなかった。
 国家保証の安心感はあるが、逆に、嘘とまでは言わなくても、こういうイメージで自分を見せたい、という演出的遊びの部分はなく、窮屈に感じることもあったのだ。
 また、情報取得の範囲を絞らなければ、非常に遠い場所に住む相手の情報でもどんどん配信され、逆に情報取得の範囲を絞れば、本当に相性がいいのか疑わしく思うような相手の情報が配信されることもある。所在地を限定すれば相性度が低くなるのも仕方ないとは言え、結局身近には望むような相手はいない、と思い知らされたりするのだ。
 そして何よりの弊害として、政府が強力に推し進めたためとは言え、毎日情報が送られて来る状況は、婚活に対して受け身的になり、自分からぐいぐい求めて行くような意欲的な姿勢を削いでしまったことだった。
 もちろんこのAI婚活で、語学が堪能な人に限らず、思いがけない出会いを得て、めでたく結婚まで漕ぎつけた人もそれなりにいる。
 けれど私は、何だかかえって結婚の意義がわからなくなって、毎日『今日のおすすめパーソン』のチェックはするものの、AIが薦める相手に対して心が動かない日々を送っていたのだった。

 そんなある日、私は朝7時に配信設定している『今日のおすすめパーソン』のチェックをしながら、今日も彼じゃなのか…と思っている自分に気づいた。
 情報取得の範囲の設定を同都道府県在住にしているのも、近くに住む相手と出会いたいという気持ちだけではなく、同県に住んでいる彼が、いつか『今日のおすすめパーソン』として表示されることへの無意識的な期待があったからだ。
 彼というのは、同じ職場で働く同僚の井原良彦のことだ。お互いに困った時は助け合う良き仲間であり、異性として特別に意識したことはない…はずだった。
 けれど私は自分の気持ちに気づいてしまった。とは言えこの気持ちも、恋と呼ぶに相応しいものかどうかよくわからない、というのが正直なところだ。友情や仲間意識にちょっと毛が生えただけのものかもしれない。
 それでも、受け身に待っているだけな状況に飽きたのも確かだった。
 私は良彦へ、昼休みのランチに誘うメールを送った。良彦からは、すぐに折り返しの返事があった。
 「いいね。この間駅前に、小野さんの好きそうな雰囲気のイタリアンの店ができたのを見つけたんだ。一緒にランチデートしよう」
 私はランチに誘っただけでデートに誘ったわけじゃないんだけど…、と思いながらも、良彦からのデートという言葉が何だか嬉しかった。

 案外、出会いのきっかけは身近にあるのかもしれない。
 そして、遠回りながらも私の背中を押してくれたのはAI婚活だったのかもしれない。
 そんなことを思いながら仕事に向かう私の足取りは、何だか久々に軽いものに感じたのだった。



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