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知識としての「お仕事小説」

以前より少し勢いが落ちた気もしますが、「お仕事小説」は小説のひとつジャンルとして確立したと思います。
「お仕事小説」の楽しみのひとつは、自分が知らない業界や職場の内情がわかる点にあります。検察官や経理の仕事など、コミックも含めると、ありとあらゆる職業・職種が取り上げられていると思います。

僕は今まで「お仕事小説」を書いてきませんでした。
夏のピルグリム」では、漫才師と屋台ラーメンの店主が登場しますが、仕事を披露するシーンは一部だけで、職業を紹介したり、その仕事のノウハウを伝えたりはしません。
彼らを登場させたのは、夢を追いかける人や一生懸命働く人の姿を描くためで、お仕事が一種の舞台装置の役割をしています。

「お仕事小説」を書いてこなかったのは、小説で知識を披露するつもりがないからだと思います。小説を執筆する際に、ある程度の調べ物はします。漫才師を描くのであれば実際のライブを観たり、芸人さんが書いた小説を読んだりしますし、屋台ラーメンを書くには、関係する条例や1日の仕事を本で調べます。
だけど、それは知識を吸収することで正しい描写をし、小説にリアリティを持たせるために行うのであり、読者に新しい知識を披露する意図はありません。

「お仕事小説」や仕事のノウハウを伝える小説を否定しているわけではありません。学習小説とまでいかなくても、小説からなにかしらの知識を得たい人は多く、だから「お仕事小説」が人気なのでしょう。
今考えている次回作は、「お仕事小説」っぽいものを考えています。数あるネタのひとつなので、このまま書き進めるかわかりませんが、まだあまり取り上げられていない(多分)お仕事を見つけたので、その職業を採用すると新鮮味が出そうな気がしています。
今までのように仕事を舞台装置として扱うのではなく、もう少し踏み込んで読んだ人が「ああ、こういう仕事があるんだ」と思えるような話を書きたい気持ちが強まっています。
それは、僕自身が現実の世界にもう少し深くコミットしようと思っているからかもしれません。
今まで、どちらかというとリアリティよりはファンタジー要素を含んでいて、剣も魔法も出てこない世界を描くときでも、現実をそのまま徹底的に描写する手法を避けてきたように思います。

夏のピルグリム」は現実が舞台で、ファンタジー要素はないのですが、どこか現実と遊離しているというか、寓話的な雰囲気を纏っています。
リアルな世界で物語を動かす、そんな時期に来ている気がします。

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