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セオドア・グレイシック(著)、源河亨・木下頌子(訳)『音楽の哲学入門』その2【基礎教養部】

前回、『音楽の哲学入門』についての上記のnote記事を書いた。そのnote記事では、「音楽を正しく鑑賞するにはそれなりの背景知識が必要である」という話をしたが、今回はこのことについてもう少し深掘りし、正しい鑑賞の具体例を挙げたいと思う。

前提知識のない状態での鑑賞も大事?

「音楽の正しい鑑賞には背景知識が必要」という主張に対する反論として、前提知識が全くない状態での鑑賞も大事ではないかという意見が出てくるだろう。たしかに、この意見はもっともな意見であり、前回のnote記事でも前提知識のない鑑賞も多少は大事にしてもいいのではないかと述べた。一度知識を身につけるとそれによるバイアスがかかった鑑賞になるからである。しかし、「正しい」鑑賞のためには前提知識は必要になる。なぜなら、「正しい」とされる音楽の基準はその音楽のスタイル、時代、形式などによって変わるからである。

例えば、岡田暁生『音楽の聴き方-聴く型と趣味を語る言葉』の中に、「正しい」とされる音楽がスタイルによって変わるという面白い例があげられている。それは、ジャズ・ピアニストのセロニアス・モンクの自作自演の演奏と同じ曲をジョアンナ・マクレガーというクラシック・ピアニストが演奏したものを聴き比べるというものである。後者のクラシック・ピアニストの演奏は、粒が揃っており、リズム感もシャープだが杓子定規ではなくお洒落な演奏である。それに対し、前者のジャズ・ピアニストの演奏は、たどたどしく、指が何回ももつれ、突拍子もないところで急停止・急発進を繰り返した演奏である。にもかかわらず、全ての音が強烈な生命感を持って聴く者の耳に焼き付ける。そして、この2つの演奏をクラシックのピアノの先生たちに聴かせたら、全員がクラシック・ピアニストの演奏の方が良いと言い、ジャズ・ピアニストの演奏に対する反応が悪かったという。

クラシックの価値基準でいうとクラシック・ピアニストの演奏の方が良いと言えるが、ジャズの価値基準で言うとジャズ・ピアニストの演奏の方が良いと言え、このように、クラシックとジャズとで価値基準が全く違う。そのため、ジャズ・ピアニストが演奏するジャズの曲をクラシックの価値基準で誤って聴いたクラシックのピアノの先生たちはよくない演奏だと思ったのである。

このように、曲のスタイルについての知識がなければ誤った鑑賞になってしまう。歴史や形式などについても同じことが言える。例えば、現代音楽は、バロック音楽→古典派音楽→ロマン派音楽→近代音楽→現代音楽の流れを知った上で現代音楽として聴くと価値があるものになるが、古典派音楽として誤って鑑賞すると、意味不明な音楽になってしまう。

具体的な鑑賞方法:ソナタ

次に、具体的にクラシック音楽のソナタを例として、クラシック音楽における具体的な鑑賞方法を紹介しよう。

まず、ソナタとは、ハイドン、モーツァルト、ベートーベンなどの古典派の時代(18世紀中頃から19世紀初め)に形式化された音楽で、ソナタ形式で書かれた楽章を含む複数の楽章(普通は3か4楽章)から成っている。その「ソナタ形式」というのは、簡単にいうと、A→B→A'の3部形式になっている(初めに序奏がついたり最後にコーダがついたりすることもあるが、大まかには3部形式と捉えてよい)。

初めのAの部分は「提示部」と呼ばれ、その名の通り、曲の主題(テーマ)が提示される。普通は主題が2つあって(第1主題、第2主題)、それが順番に提示される。要は、「この曲の登場人物はこういう人ですよ」という感じで曲のテーマが紹介されるのが提示部である。

真ん中のBの部分は「展開部」と呼ばれ、提示部で出てきた主題が転調したり変形してでてきたりして主題が「展開」される部分である。この部分がソナタの一番盛り上がる部分であり、サビみたいなものと捉えていいだろう。

最後のA’の部分は「再現部」と呼ばれ、提示部が繰り返される。提示部と違う調になっていたり提示部から若干変化していたり一部省略されていたりすることが多い。

J-POPにはAメロ、Bメロ、Cメロ、サビなどといった構成要素から成っているが(我々がJ-POPを聴くときに、無意識にその構成要素を把握しながら聴いているはずである)、J-POPでいう、「Aメロ(提示部第1主題)→Bメロ(提示部第2主題)→サビ(展開部)→Aメロ(再現部第1主題)→Bメロ(再現部第2主題)」みたいなものだと考えるとわかりやすいかもしれない(ちなみに研究室の先輩がJ-POPはソナタ形式と似ていると言う話をされていたが、たしかにそうだと思う)。

ソナタ形式の曲を聴く時は、まず初めにでてきた2つのテーマをインプットして、その後展開部でその主題の「展開」を味わって、最後に再現部では主題がまた戻ってきたなと思って聴く。クラシックは聴いてもよくわからないと思われがちであるが、実はその構造は非常にシンプルなもので、曲の構造を意識しながら聴くだけで、曲を聴きながら迷子にならずに最後まで楽しんで聴けるであろう。ちなみに、交響曲や協奏曲などもソナタ形式で書かれている場合がほとんどなので、ソナタ形式を知っているだけでかなり多くの作品を網羅できる。

説明だけでは何のことかわかりにくいと思うので、例としてショパンのソナタ3番を聴いてみよう。この作品はショパンの晩年の頃に書かれた傑作である。興味があればこの作品に関する記事がたくさん出てくるのでネットで調べてみて欲しい。ショパンのソナタ3番はアルゲリッチの演奏がおすすめである。

ソナタ3番は4楽章から成り、第1楽章がソナタ形式で書かれている。第2楽章はスケルツォで軽快な楽章、第3楽章はゆったりとした楽章、第4楽章は技術的にも難しくフィナーレに相応しい力強い楽章となっている。4楽章全体で1つの曲となっているのでぜひ4楽章通しで聴いてみよう。

第1楽章のソナタ形式のどれが動画のどの部分に対応しているかを以下に再生時間で示すので、それを参考にしながら聴いてみて欲しい。

0:00 提示部第1主題
1:31 提示部第2主題
(3:17 移行部)
4:05 展開部
5:57 再現部第1主題(提示部第1主題の初めの部分が省略されている)
6:28 再現部第2主題
8:07 コーダ


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