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古謡から読み解く家造りの情景#2 沖縄島_後編|Studies

謡われた新築の様子

次はオモイ形式の歌で、原典の『山原の土俗』の記述からは屋根葺きが終わったときに謡われたことが類推できます。

新築の時のオモイ(大宜味)

何々でぃーお年が
 何々年御年が
十尋屋 八尋屋 くぬまびーしが
 十尋屋 八尋屋を企みますが
占者の前いんぢ 日定めて
 占者の前に行って日を定めて
百姓集めて 山に登て
 百姓を集めて山に登って
いんずの木や くんたてゝ
 インズの木をくん立てて
根や倒ち すらん はんち
 根を倒して 梢を離して
うちなれて かたみやい くんたてて
 打ち撫でて 担いで くん立てて
黄金柱 うし立てて
 黄金柱を押し立てて
銀 うちはたち
 銀(柱)をうちはたち
いんね見れば うち山のいんずの木
 棟を見るとウチ山のインズの木
竹見れば うち山の深竹
 竹を見るとウチ山の深竹
かや見れば 里端の祝女がうぇもん
 茅を見ると里端の祝女の親物
葺き満ちて 大変美ら家
 葺き満たして大変きれいな家
何々でぃん人の 戸端口ねー
 何々年の人の戸走り〈戸〉口には
綾が筵敷き拡ぎ
 綾の筵を敷き広げ
島の根神 うんちけー拝がで
 島の根神を御招請拝んで
いらいみそーりゝ
 答えて下さい下さい
ちきじ花 はんぢ花
 ちきじ花 はんぢ花〈酒の意〉
黄金瓶にちき立てゝ
 黄金瓶に突き立てて
しらちやにの雪の御花
 白種の雪の御花を
黄金盆に敷き飾て
 黄金盆に敷き飾って
たるま神酒 いす御飯 玉御飯
 垂れ真神酒 立派な御飯 玉御飯を
盛い立てゝ飾て
 盛り立てて飾って
中桁に にれーないぶー さぎ飾て
 中桁にニレー鳴り呼ぶ〈鼓〉を提げ飾って
五のやじく 七のやじや
 五人のやじく〈神職名〉七人のヤジヤ
神遊び しぢ遊び しみそーれーる
 神遊び シヂ〈神〉遊びをなさったらこそ
木の精ん うしのぐる
 木の精も押し退ける
かねー精ん うしはれる
 金の精も押しはれる
いちぐやん 御助みそーれ
 大切な願も御助け下さい

『山原の土俗』より

この歌からわかることとして、杣山で木材を調達するのに日取りを決めて、集落の男たちが手伝って切り出し、担いで戻っていたことが挙げられます。また、どうやら集落の根神(ニーガミ)が儀礼を仕切って、ヤジクという神人が参加しており、ノロはおそらくノロクモイ地に自生しているであろう茅を提供しているのみで、儀礼に参加していないように推測されます。

桁に太鼓を吊り下げるという点も興味深いと思います。ここでもやはり、鳴り物や神を招くことで建材に宿っている山の精霊に退散いただくことが儀礼の趣旨のように見受けられます。

イジュの木

木材の民俗分類

この歌ではイジュの木や竹、茅が登場しますが、『南島歌謡大成』(沖縄篇上)には次のように国頭地方での同様のウムイが数点収録されていて、それをみると他に椎(スダジイ)、琉球松、もっこく(イーク)、蔓などの材が登場することがわかります。

家ツクリノ祝儀ノトキノオモイ(国頭間切)

<前略>
けたみれば そこ山のんぢよの木
 桁を見ると底山のンヂヨの木
ぱしらみれば おうのやまのしゝの木
 柱を見ると奥武の山のシジの木
ちゝみれば やまぐちのしがまつ
 棰を見ると山口のシガ松
いんねみれば おうのやまのいくのき
 棟を見ると奥武の山のイクの木
かやみれば やまぐりのいんざがや
 茅を見ると山口のインザ茅
くびみれば せいそこやまのしゝやだけ
 壁を見るとセイソコ山のシジヤ竹
しんとりのすいみなわみれば 猿と冠者
 しんとりの締め縄を見るとサルト蔓
ゆかみれば せいそこやまのしゝやだけ
 床を見るとセイソコ山のシジヤ竹
あみなあみれば のんつゅかつら
 編み縄を見るとノンツェ蔓

『諸間切のろくもいのおもり』より
イタジイ(スダジイ)の木

家の神が宿る場所

「新築の時のオモイ」でもうひとつ重要な視点は、「何々でぃん人の戸端口ねー 綾が筵敷き拡ぎ(何々年の人の戸走り口で綾の筵を敷き広げ)」という句に見出せます(「何々」というところには十二支の生まれ年が入ります)。

戸走り口とはいったい何でしょうか?

一般に沖縄の建築儀礼では、屋敷の四隅、中柱、棟木が拝まれますが、このトゥハシリ(戸走り)もかつては同じく祈願の対象とされていました。これが何を意味するかはいくつもの伝承があって断定はできませんが、トゥハシリ=戸柱と解釈して、柱に家の神が宿るという観念があることを、赤嶺政信琉球大学名誉教授は指摘しています。

そうすると、家の神が宿る柱に木の精・山の精がいては都合が悪いから、あの手この手で出て行ってもらうというのが、沖縄の建築儀礼が意味するところなのかもしれません。

赤嶺教授はまた、かつて人々の住宅が穴屋だった頃は中柱信仰が明確だったが、家屋形態が多様化するにつれ、どの柱が中柱かわかりにくくなり、それはトゥハシリ信仰にも影響を与えたと推測しています。穴屋というのは、キャンプテントでいうティピー型(ワンポールテント)と同じで、中央を一本の柱で支える形式の小型の家(小屋)のことです。

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