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古謡から読み解く家造りの情景#3 八重山_前編|Studies

民謡の宝庫 八重山

前回は沖縄本島での家造りに関わる歌謡を紹介しましたが、今回は同じく『南島歌謡大成』(八重山篇)から、八重山地域での建築儀礼の際に謡われる古謡に焦点を当てたいと思います。

沖縄県のなかでも八重山は民謡の宝庫といわれており、数々の有名な八重山民謡があります。その原型となるのが神に捧げる神歌であり、神の言葉を模した「カンフチ(神口)」、神への願いを言葉にした「ニガイフチ(願い口)」、旋律化が進んだ「ユングトゥ(誦み言)」が歌謡として採録されています。これらは本来はオン(御嶽)のような拝所でツカサ(司)など神人によって唱えられる言葉です。

さらに、より叙事的で明確なメロディを持った「アヨー」「ジラバ」「ユンタ」が発展していきます。唱えることから謡うことへ進化し、労働歌のような性格も持っています。これらがさらに「節歌」や男女の恋心を謡った「トゥバラーマ」「スンカニ」へと発展すると考えられています。

家造りじらば(黒島)

宮里ぬ 真中に    宮里村の真中に
山ぎらい あんとす  家を造ってあるという
ウリヤミヨナサ〈囃子〉
親村ぬ 内なか    親村のうちに
四縁玉 石杖ばし   菊目石を礎にして
八角がに 柱ばし   八角の金を柱にして
四角がに 桁ばし   四角の金を桁にして
平がに 貫ばし    平の金を貫木にして
丸がにば 樽木ばし  丸い金を垂木にして
絹羽ば 羽ばし    絹羽を羽根(茅)にして
絹糸ば 締縄ばし   絹糸を締め縄にして
むとぶ家の 中なか  元母屋の中に
太陽ぬ形 あんとす  太陽の形があるよ
にりぶ家の 内なか  根母屋のうちに
月ぬ形 あんとす   月の形があるよ
ウヤキユハナウリヤガ ゝ
ユウワナウリ ゝ
ナウリ ゝ

『黒島民謡集』より

八重山人の詩的センス

沖縄本島のやんばる地域の歌謡では、例えば「柱を見ると奥武の山のシジの木」と家屋の各部材の樹種や伐採場所を特定していましたが、八重山地域ではもっと抽象的な表現になっています。

他の歌謡をみても、柱を桁を鉄で造るなどと謡われていますが、実際に鉄を用いたのではなく、あくまで丈夫な家であることを願った比喩です。絹羽(カンムリワシの幼鳥の羽根のことか)を茅葺きにするというのも、なんとも優雅で遊び心のある表現だといえるでしょう。

カンムリワシのはく製

建願い〈新築祝い〉(竹富島)

白銀屋 黄金家 築い合し 造り合し
 白銀の家 黄金の家を建てて 造って
為立始みおーたる 紫微鑾駕ぬ 神ぬ前
 仕立て始めなさった紫微鑾駕の神の前
御立てぃ 棟ゆ 祟らりおーる お立て
 棟木として戴かれなさる
元木柱 大柱 中柱ぬ 神ぬ前
 元木柱 大柱 中柱の神の前
今日ぬ 吉日 美時に 建てぃ始めすば
 今日の吉い日 美しい時に 建て始めますから
建てぃ美さ 結び美さ あらし給うりてぃり
 建て美しく 結び美しくあらせてくださり
黒炭ぬ様し 根韮にん如 本韮にん如
 黒炭のように 根韮のように 本韮のように
島とぅとぅみ 国とぅとぅみ
 島と共に 国と共に
動ぎん たいぎん 有らし給うらん事に
 動きも揺らぎもあらせなさらないで
白銀屋 黄金屋ぬ 家内や
 白銀の家 黄金の家の家内は
いーくとぅ有らし給うりうーとうとぅ
 
よいことをあらせてください ああ尊

『竹富島誌』より

この唄はニガイフチ形式なので、唱えるような謡うような微妙な旋律にのせられていたと思われます。前のジラバに比べると、神への直接的な語りかけの文章であることがわかります。

「元木柱」「大柱」「中柱」と三つの柱の名称があげられ、柱に神が宿るという観念がここでもうかがえます。「紫微鑾駕」は中国起源の呪語なので、土着の神観念と外来の神観念が融合しているとみることもできそうです。

「動きも揺らぎもなきように」というくだりは意味深です。ひょっとすると、明和の大津波をもたらした1771年の八重山地震以後のものかもしれません。

根韮をニンニクととらえるなら、たくさんの鱗片が固く結びついている様子が、風や地震の揺れにもびくともしない頑丈な家を連想させたと想像できます。あるいは子沢山の縁起のよさがそこに込められているとも思えます。

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