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生きとし生けるものが幸せでありますように~はじめてのバードウォッチング~

自宅のベランダにはヒヨドリがやって来る。ある時はカップルで。またある時は親子で。羽を休められるよう、餌台をつくり、砂糖水をあげている。シジュウカラ、ムクドリ、キジバト。スズメがプランターで砂浴びをしていたこともある。カラスには、物干竿にかけてあった針金ハンガーを全部持っていかれた。まさか巣の材料を提供することになるとは……。野鳥は見ていて飽きない。

しかし、本格的なバードウォッチングはしたことがない。ある日、「多摩川でバードウォッチング」という案内を見つけた。主催するのは(一財)世田谷トラストまちづくり。野鳥ボランティアのガイドつきで、二子玉川駅近くの兵庫島公園で開催される。願ってもないチャンス、と申し込んだ。

2月の下旬は天気が安定しなかった。春の陽気が続いたかと思えば、冬に逆戻りする。連日ジェットコースターのように気温が上下した。しかも、橋の架け替え工事のため、集合場所までうんと迂回する必要があった。しかし参加者たちの日頃の行いが良かったのだろう、この日だけは見事に晴れた。

午前9時半。受付を済ませると、「4班です」と告げられた。この日は8つの班に分けられている。親子連れのほか、ケーブルテレビも取材に来ていた。ミニ図鑑や記録表など、配布物を受け取り、首から双眼鏡をかけ、準備完了。

4班は全員大人だった。参加者が7人で、ガイドは、男性が岡本さん、女性が十川さん。ボランティア歴は、それぞれ16年と10年。2人とも、定年後、野鳥の知識がまったくないところから始めたそうだ。今では、鳥の名前がスラスラ出てくるのはもちろん、どんな質問にも答えてくれる。

十川さんは素敵な婦人だった。彼女は「シベリアから2,000㎞、荷物も持たずに渡って来る鳥たちのエネルギー」に魅せられている。「彼らはガラガラと荷物を引っ張ってきたりしないのよね」。言葉の端々に野鳥愛が感じられた。

水辺のそばまで来ると、岡本さんが望遠鏡を設置した。「あそこにオオバンがいます」。初めて聞く名だ。順々にレンズを覗く。黒い鳥が見えた。誰かが「図鑑の10ページに載っています」と教えてくれた。「クイナ科。39㎝」とある。39㎝と言われてもピンとこないが、「ものさし鳥」と比較すればイメージしやすい。スズメ(14.5㎝)より大きいのか、あるいはキジバト(33㎝)くらいか。ハシブトガラス(56.5㎝)より小さいのか。望遠鏡の中のオオバンは大きく見えたが、実際にはハシブトガラスより小さい。知らない鳥を見つけた時、まず、ものさし鳥を基準に大きさを絞り込み、種類を特定していくのだそうだ。

記録表を取り出す。リストにはあらかじめ25種類の鳥の名前が印字されているが、オオバンはない。26行目の空欄に「オオバン」と書き込んだ。新しい鳥の名前や、その見分け方を教えてもらい、嬉しかった。

野鳥ボランティアの使命は4つあるという。ともに学び・楽しむ。調査・報告する。ガイドする。そして保全する。二子玉川の小学校では、野鳥観察が全学年のカリキュラムに加えられている。ボランティアは、観察会のガイドのほか、教室で授業をするときには教壇に立つそうだ。

兵庫島の頂上付近にやって来た。「あそこにある大木、見えますか」。岡本さんは、堤防近くにある樹林帯を指さした。ひときわ高い木がある。「あれはポプラなんですけど、この工事で切り倒されるところだったんです」。そして、伐採を未然に防いだエピソードを話してくれた。前述の工事開始に先立ち、野鳥ボランティアは住民説明会に呼ばれた。国土交通省の説明が終わり、質問をした。

「あそこにポプラの大木があるんですけれど、あれも切り倒すんですか」
「もちろんです」

岡本さんたちは、伐採計画を見直すよう提言した。あの木には毎年数多くの野鳥が飛来する。ある日の観察会では、ポプラの木だけで、15種類もの鳥が確認された。伐採は自然破壊だとして、計画を変えさせたと言う。国を動かすほどの発言力、行動力に感心した。

最後に「鳥合わせ」をした。見つけた鳥の種類を参加者同士で確認する。コガモ、カワウ、ダイサギ、コサギ、……全部で13種類。この日は、トビやチョウゲンボウといった猛禽類にも会えた。

別れ際、一人一人に感想を求められる。皆一様に感動を口にした。ある参加者の言葉が忘れられない。「オレの82年間は何だったんだ!?って思うほど感心しました」。

2,000㎞を飛んできた鳥にも感動するが、それを記録し、守り、伝える人々にも感動した。外に出ると、野鳥だけでなく、生き生きと活動する人々にも出会える。子ども食堂に続き、また一つ社会貢献につながる活動に出会えた。人間は、渡り鳥のように空を飛べないし、荷物をゼロにすることもできない。だが、彼らが住みよい環境を守ることならできる。「アタシの82年間は何だったの!?」と後悔することのないよう、過ごしていきたい。

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