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意識の高いひとになる ~断食体験記~

ずいぶん昔にこんな話を聞いた。ひどく疲れた美食家が、料理上手の友人のところへ行き、おいしいもので癒してほしいと頼む。すると友人はこういった。「今のあなたに必要なのは食事ではなく断食です」。助言に従って断食したその人は、友人にたいそう感謝したという。一体どんな体験をしたのだろう。ずっと記憶に残っていて、いつか断食をしてみたいと思っていた。

伊豆にある断食道場が気になっていた。しかし予約は3か月待ちである。このことを友人に話すと「あたしは道場なんか行かんと家でやってるでぇ」と定期的にファスティングをしていることを明かしてくれた。ジュースクレンズといって、自宅でできる断食らしい。さっそく専門店のリンクを送ってもらった。

今回は初めてなので1日だけ試すことにした。この場合、前日が準備食、翌日は回復食となる。固形物を口にしないのは1日だけだが、前後3日がかりというわけだ。前日からカフェイン、アルコールの摂取を止められる。水を多めに飲む。肉や魚は控え、野菜スープやみそ汁、粥など、消化の良い和食が推奨される。アレコレ注文をつけられ、食生活を見直すきっかけになった。

このファスティングでは、コールドプレス製法で作られたジュース500mlを2時間おきに飲む。原料はオーガニックの野菜や果物。一日分のジュースに8キロ使用するというから、自宅で作るにはハードルが高い。低速回転するスロージューサーで素材をすり潰し搾汁するのがコールドプレスである。素材が持つ水分のみ、かつ非加熱なので、栄養素や酵素をそのまま摂取できる。消化器官にかかる負担が少なく、断食中の代謝を促す効果があるらしい。

当日は頭痛で目が覚めた。コーヒーを断って2日目、その禁断症状なのだろう、辛い。午前10時。空腹のまま有楽町にある店舗までジュースを取りに行き、店頭で最初の1本を口にする。人参とリンゴがメインのオレンジ色のジュース。甘さが五臓六腑に染み渡った。帰宅後、頭痛に加え強い眠気におそわれ、すぐ床に臥した。断食中にみられる諸症状を好転反応というらしいが、耐えるしかない。

目が覚めると午後1時。すっかり寝込んでいた。2本目は小松菜メインの青汁。だがまずかった。「こんなまずい青汁飲んだことない」と愚痴りつつ、我慢して飲み干した。なのにすぐに嘔吐する。悔しい。悲しい。頭痛い。もうダメだと観念し、再び床へ。

次に目が覚めると、午後の4時になっていた。よく寝たせいか、頭痛もおさまっている。3本目はビーツとリンゴを搾った赤紫色のジュース。毒々しい色の割には甘くて飲みやすい。一口ずつ噛むように飲んだ。頭痛がなければ起きていられる。ジュースをたらふく飲んでいるので空腹感はない。部屋で静かに過ごした。あらためて説明書に目を通すと、濃ければ水で薄めて、と書いてある。無利して詰め込む必要はなかったのだ。

4本目はマンゴー色でおいしそう。だが口に含んで顔をしかめた。白菜とターメリックの搾り汁では旨いはずがない。水で薄め、ちびちびやった。5本目。「グレープフルーツとリンゴの甘みをブレンドしさっぱりと飲みやすい」と書かれてあるが、これも嘘。大根と白菜に負けている。カラフルでおいしそうに見えたジュースはどれもクセが強かった。そしてジュースを飲む以外何もしていないのに、なぜか心身ともに疲弊した一日であった。

翌朝はスッキリ目覚めた。カフェインを断ったことにより、眠りが深くなったのは思わぬ副産物である。お楽しみの回復食は玄米の重湯と具のない野菜スープ。断食明けの食事ということで、感動的なものになるのかと期待していた。だが流動食のせいか、感動も何もない。ただ、身体がスッキリとリセットされた感じや、内側からパワーが漲る爽快感は、これまで味わったことがない。それに、空腹の清々しさを覚えたせいか、口さみしいという感覚もなくなっていた。

断食明けに友人と再会した。「どやった?おいしかったやろ?反応出た?」と聞かれ、正直に感想を伝えた。「うっそごめんな。あそこのが一番おいしいんやけどな。せやけど初めてやったら辛かったやろ」と、ねぎらいの言葉をかけてくれた。彼女は体重を一気に落としたい時に、1週間ほど断食するらしい。そう言えば、ジムのトレーナーは現役のK-1ファイターなのだが、彼も試合前の減量で断食をしたことがあると言っていた。「自分、体重も落ちたんっすけど、肌がめっちゃきれいになりました」。美容も気にする今どき男子のコメントだ。調べてみると有名人も結構やっている。意識の高い人たちは、みんないろいろ努力しているのだな、としばし感慨にふけった。

人生100年時代。替えのきかない身体のメンテナンスとして、ときどき試してみるのもよさそうだ。それに慣れるとおいしく感じられるかもしれない。なにより意識の高い人になるのは容易じゃない、とよく分かった。


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