ことばを死友にしたいものだ──『いつかたこぶねになる日』読書感想文
「すごくよかったです!」ときっぱり一言で済ませたいところですが。
これだけだと、後から思い出せないので笑
……何がよかったか、振り返ってみます。
なっとくの喩え
著者はフランス在住の俳人、小津夜景さんという方。私は知らなかった。
この方の文章、すごい。
例えば、海。
海なんて、そこにあるものだけど(この感性のなさがいけない)。でも、小津さんの手にかかればこう。
私は小さい頃から海がとても怖いのだが、海の得体のしれなさ、全部飲み込んでしまうようなそら恐しい感覚を、よく表してくれている文章だ。
こういう文章が、この本には終始登場する。いいよねー!
ごはんはおいしく
ごはんを美味しそうに描く人が、私はとっても好き。
これが杜甫の漢詩と一緒に描かれる描写だなんて、最高。
以前に読んだ『朝鮮の詩ごころ』という本に出てきた、一編の時調(シジョ)を思い出した。
とってもおいしそうだ。
くつろいだ時間に、お腹が満たされたら、それ以上のことはないじゃない?ね?
まとまりの美しさ、それぞれの美しさ
「とりのすくものす」の章では、シニョンを編むのが上手な友人、鳥の巣の写真集、とある博物学者の幼い頃のエピソード、鳥の巣の造形。そして蜘蛛の巣を題材にした漢詩につなげ、その詩の味わいをも十分に伝える。冒頭からラストを繋ぐシニョンは、著者の朝に対する淡い思慕で閉じられる。
目眩く展開される小エピソード。すごいよね、それでいて全部がきちんとおさまるんだから。
一つひとつのエピソードはとりとめないようでいて無駄がなく、よくぞここに集めたなと圧倒される。著者の見識の広さと漢詩に対する造詣の深さが伺える。
博物学者の子どもの頃のエピソードは、たった10行たらずの文章なのだけど、そこに描かれる情景と感情がこれまた驚くほどに美しい。
詩はそこにあり、ずっとある
この本を出版することになったはこび(だよね?)が書いてある「春夜の一服」。そこに、小津さんの漢詩、詩に対する思いが書いてある。
無になる、までは私にはまだ行きつかないかもしれない。でも、この本は読者を世界から解放し、かつ、世界を愛おしく思わせてくれるエッセイであるなと思う。
そして「おわりに」で紹介される句。
人間は基本的に孤独で、他者の存在や心はどうすることもできない。一つだけ確かに自分の手の中にあるものがあるとすれば、それは自分の心だ。
その心に向き合い、整え、表すことのできる詩は、それを巧みに扱えるものからすれば、たしかにまことの死友だろう。
解説に、これまたぴったりの喩え
巻末の解説者の名前を見たら、『水中の哲学者たち』の永井玲衣さんだった。
永井さんの言葉選び、ぴったり。
そっか、この距離感だ。
この距離感が私には心地良かったのかな。
* * *
文庫版の新品を買ったのですが、装丁がさりげなくていいですね。
これを携えて、ローカル電車の旅に出たいなと思いました(ニースとは言いませんけどw)。
カバー写真|UnsplashのTim Mossholderが撮影した写真
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