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マーケティングのその前に──『戦略ごっこ』読書感想文(1)

かなりボリュームがあり、かつ学びのある内容だったので、部ごとに記事を3回に分けて紹介します。今回は第1部の「WHO以前の問題」。

マーケティングをかじっていると方法論ばかりで頭でっかちになりがちだなという問題意識がありました。根本的にその理論をどう当てはめてどう施行していけば良いのかという部分は付け焼き刃知識のほぼマーケ素人の悲しさでスマートに判断できないことも多く……。
本書はまさに「セオリーといわれるマーケティング理論は、状況によっては有効でない場合もある」そして「それぞれのマーケティング理論はどのように状況に応じて使い分けを判断するべきか」という思考のための道筋を見せてくれた気がします。

本書のテーマ「誰に何をどのように」の前に、その「前提は正しいのか」を考えるべき。



「離反率を減らす」は本当に有効なのか

「新規顧客獲得は顧客維持に比べて5倍のコストがかかる」という格言から、顧客の離反防止は利益向上に有効な施策であるという論調があるが、それは正しくないと著者はいう。
どのブランドであってもシェアに比例して顧客数が失われるため、「離反とは他の要因と独立してマーケターが任意にコントロールできる変数ではない」。
これは短絡的に「離反率の改善をやめろ」というわけではなく、闇雲に離反率改善と称した施策を行うよりは「このブランドで現実的に離反を防止できるのか」の観点で考え、費用対効果を見てから施策として取り組むべきという話。

浸透率orロイヤルティ?

これもまた「どちらが良い」という問題ではなく、自社が置かれた環境や成長段階に適した戦略を設計することが大切。
一般的な傾向からいえば、小さなブランドは顧客基盤の拡大によるボリューム成長が重要であり、大きなブランドになるほど既存顧客のロイヤルティやマージン成長が相対的に重要になる。
そもそもロイヤルティとは何か。そして、どの層に対しロイヤルティを付与するべきなのか。「上位20%の優良顧客が80%の売上を占める」というパレード法則があるが、実際その20%にあたるヘビーユーザー層は短期的に入れ替わっておりライトユーザーが相当数含まれるという。特定のユーザーの購入頻度や利用額はデータとして切り取る時期によって確率的に上振れすることが多くあるからだ。つまりデータでロイヤリティ顧客と見なされるユーザーの行動心理は、その「ブランドが好きだから」ではなく「よく知らないし特に興味もないから同じブランドで済ませる」という理解の方がより正しいという示唆が得られる。

何かアイディアや仮説を思いついたら、一度立ち止まり、因果の向きが逆ではないのか、他に原因が流のではないかと疑ってみる癖をつけましょう。筆者の経験では、聞こえがよく納得度の高いストーリーほど、“創作ポエム”である可能性大です。

ロイヤリティはどう育てるか

レパートリー市場でもサブスクリプション市場でも、リーチの広さとメンタルアベイラビリティ(思いつきやすさ)、フィジカルアベイラビリティ(買い求めやすさ)の形成が最も重要で、過度なリテンションはあまり意味がありません。

それぞれの市場で考えるべきは「重点の置き方をどうするか」。
長期的なブランド構築:短期的な購買喚起の割合は、ユーザーが頻繁にブランドスイッチを繰り返すレパートリー市場では60:40、サブスクリプション市場では74:26。また、サブスクリプション市場のマーケティング施策においてよくある誤解として、新規獲得<ロイヤルティ形成となりがちなことが挙げられる。しかし、著者はサブスクリプション市場はそもそもベースのLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)が高いので、それをさらに伸ばすより、広くリーチして新規獲得したほうが成長への寄与は大きいと述べている。

マーケターの思い込み

「マーケティングにおける態度の問題」という名のついた、態度が行動を決めるという一方向のベクトルでしか物事を考えない、確証バイアス的な問題がある。

この考え方に批判的なマーケティングサイエンスの分野では、消費者行動を捉えるために確率論的な考え方を取り入れることがある。この確率論が指し示す本来の意味は、「ブランド選択は確率的に起こる事象である→マーケティングが介在する余地がない」ということではなく「変えられることと変えられないこととの境界線をクリアにし、予算の使い方や期待できる成果が明確になる」ということ。

重要なのは「こうなるんじゃないかな」「そうだったらいいな」という分析者の希望的観測ではなく、「実際はどうなのか」というファクトです。

著者は、マーケティングにおける態度の問題について「自分の知識や経験の範囲内に解決方法が存在しない問題は、最初から問題として認めたくないという防衛機制の一種なのではないか」と持論を述べる。

感想

一部での主張を振り返って端的にまとめると……「マーケターの主観はどうでもいい」そういう風に捉えられる論調だと感じた。

どれだけ曇りなき眼で、事実を見られるか。

曇りなき目といえばこの人

「良くも悪くもマーケターの感覚は一般消費者とずれがち」という文章が本書内にあるが、本当にそう思う。
日用品を検討する時間は限られるから「ブランドが好きだから選ぶ」ではなく「別に不満がないから選ぶ」。旅行はその時々の予算があるから“良い体験”がすなわち“毎回したい体験”にはならない。
その文脈を、普通の人の感覚でしっかり捉えて適時適切なアプローチができるか。そして、営業や開発と連携して普通の人が次回にリピートするタイミングで候補として想起する体験に繋げられるか。

また、「マーケティングにおける態度の問題」についても、データと行動に(統合的に見れば本来そんな相関がなかったとしても)因果関係を見出すこと自体がマーケターの仕事になっている側面があるなと感じている。
世の中の動きというのはそんなに単純な物ではないのはずなのに、著者の指摘する「防衛機制の一種」によって導き出された結論をもとに、予算の誤った配分や間違った打ち手として実施される忍びなさという部分が、著者が物申したい部分なのではないか。

──とはいえ、「何もわかりませんでした」「打ち手が見つかりません」では意味がないので、定量・定性双方のデータから現状には何が効くかをきちんと見極めて、創作ポエムでない仮説を立てて、各所と連携して取り組んでいかなければならない。それが正しいマーケティング態度というものなのだと思う。

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