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コーヒー牛乳とチョコレート 第五話

「鍵が閉まっているね」

 神様はご都合主義を許さないらしい。視聴覚準備室には人の気配が無いうえに、施錠されていて中には入れなかった。

「君達、映画研究会に何か用?」

 視聴覚準備室前の僕たちのやり取りが気になったのだろうか。向かいにある地歴教室から、一人の女子生徒が顔を覗かせた。陽炎橋高校はリボンやネクタイの色で学年が分かるようになっている。緑色のリボンは二年生なので先輩のようだ。切れ長の目と赤縁の眼鏡が印象的で、百七十センチ近い長身の持ち主だ。髪形は長い黒髪をポニーテールにしている。外見こそクールな雰囲気だが、声色と笑顔が優しくて親しみやすさを感じる。

「映研の同級生に聞きたいことがあったんですけど、今日は休みですか?」

 風雅が世慣れた様子で先輩に尋ねた。

「お休みというか、学校にも許可を取って、今日は学校外で撮影してると聞いているよ。現地解散らしいから、部室は今日は閉め切り」
「あちゃー。尾越に聞けば謎は全部解決すると思ったんだけどな」
「こうなれば、自力でもう少し調べる他ないね」

 風雅は大袈裟に肩を落としたけど、僕は心のどこかでホッとした部分もあった。当事者に事情を聞くのは早くて確実だけど、謎解きとしては物足りなくなってしまうのも事実。当事者不在ならば、仕方がないので、第三者の立場で情報を集めて推測していく他ない。

「はははははははははは。君達の会話はずいぶんと魅力的なワードに彩られているね!」

 赤縁眼鏡の先輩が突然、興奮気味に僕たちのやり取りに割り込んできた。突然のテンションの振れ幅に若干困惑する。一体なにが彼女の琴線に触れたのだろうか?

「えっと、突然どうしましたか?」
「驚かせてしまってすまない。部活柄、ついつい謎や解決という言葉に反応してしまってね」

 初対面の優し気な笑顔から一転、先輩の表情には別種の笑みが浮かんでいた。良い方向で例えるならそれは、レストランで大好物を前にテンションが上がった子供のような。悪い方向に例えるなら、好奇心に歯止めの利かなくなったマッドサイエンティストのような。とても豪快な笑い方だった。

「部活といいますと?」
「私はミステリー研究会の部長でね。こういう話題には目が無いんだ。二年生のあかがね一夏いちか。仲の良い子にはドーナツと呼ばれているよ。よろしく、一年生たち」

 ネクタイの色で僕たちが一年生であることは見抜ていたようだ。礼儀として自己紹介には自己紹介で返さねば。

「帰宅部の猪口黎人です」
「手品部兼ボードゲーム同好会兼SF研究会兼クイズ研究会兼歴史研究会兼、今日は猪口黎人探偵の助手を務める司風雅です」

 おいおいおい、さっきよりも肩書が増えてるぞ風雅。何だよ「猪口黎人探偵の助手」って。僕は助手を雇った覚えはないぞ。

「なんて頭に入ってこない自己紹介だ。司くん。さてはおもしれえ男だな?」
「そういうドーナツ先輩も大概、面白い人だと思いますよ」

 お互いに散々な評価を下して同時に破顔一笑している。何で初対面でこんなに息ピッタリなんだよこの二人は。風雅には至っては早速、あだ名のドーナツ先輩と呼んでるし。コミュ力お化けかお前は!

「そしてもう一人の猪口くんは探偵ときた。まさかミステリー研究会の私が探偵の存在を知らないとは、まだまだ修行が足りないね」
「いえ、別に趣味で謎解きをしているだけで、公の称号ではないので。お気になさらず」

 風雅が余計な自己紹介を付け加えるから、僕にまで飛び火したじゃないか、まったくもう。まあ、小中学生の頃に探偵を自称していたのは事実だけども。

「それじゃあ、お近づきの印に探偵君に謎を一つ提供しよう。どうして私のあだ名はドーナツでしょうか?」

 有無を言わさず突然問題が始まってしまった。風雅と意気投合するだけあって、この人もなかなか距離感がバグッているような気がする。しかし、謎解きと言われて黙っていられないのもまた事実。ミステリー研究会部長の挑戦、受けて立とうじゃないか。

 出題にあたり先輩は、警察官のような持ち方で生徒手帳を提示してくれた。
 名前は「銅一夏」。例えばドーナツが好物だとか、実家がドーナツに関わる仕事をしているとか、そんな個人的なエピソードが由来なら、初対面の相手に出す問題としては不適切だから、この可能性は除外してもよいだろう。初対面でも回答出来る可能性があり、生徒手帳も提示してきた。シンプルに名前由来を想定するのが妥当だろう。

 ベタなのはやはり、名前の読み替えだろうか。銅はそのまま読めば「ドウ」、夏も「ナツ」と読める。この時点でドーナツと読むことも出来るが、ミステリー研究会の部長が出題するぐらいだし、もっと完成度が高いのでは深読みしてしまう。現時点では使いどころの分からない漢字の一の所在も含めて答えが成立するんじゃないか……まてよ、漢字の一?

 口頭で名前に使われている漢字を伝えても良かっただろうに、銅先輩は今も律儀に生徒手帳で名前を主張し続けている。響きだけでは分かりづらいと判断したからではないか? 銅と夏は確定だと思う。後はどうにか一をドーナツに組み込むだけだ。単なる読み替えとは限らない。もっと柔軟に形を捉えて――。

「分かった」

 閃く時は一瞬だ。これは確かに、名前を視覚情報として捉えなければ辿り着けなかったかもしれない。

「銅一夏はドーナツと読むことが出来る。ドウ、伸ばし棒、ナツ、この組み合わせでドーナツですね?」

 銅、一、夏――ドーナツ。完全回答はこれ以外には考えられない。僕は自身満々に回答を銅先輩にぶつけた。

「大正解! 銅と夏だけだならサンカクだったけど、漢数字の一を伸ばし棒と捉えた発想はお見事。流石は探偵君だね」

 出題者の銅先輩だけでなく、つられて風雅までもが拍手で僕を取り囲んでいる。突然の拍手に何事かと、同じ階で部活をしていた生徒たちが続々と廊下に顔を出し、その視線が一斉に僕に突き刺さる。お騒がせして申し訳ございません!

「正解のご褒美として、映画研究会について私が知っていることは何でも教えてあげよう。ご近所さんだから交流は盛んでね。だいたいのことは知っているよ。さあさあ、ミス研の部室にお上がり」
「突然上がり込んだら、他の部員さんに迷惑じゃないですか?」
「今日は私しか登校してないから平気平気。夏休み前だから今は自由参加なんだけど、暑さのせいか私しかいなくてね。退屈してたんだ」
「そういうことなら遠慮なく」

 懸念が解消されたところで、お招きに預かりミステリー研究会の部室にお邪魔することにした。机の上にはミステリー小説の文庫本が置かれており、僕らがやってくる直前まで銅先輩は読書に耽っていたようだ。一人でも部としての仕事をしっかりとこなしており、私物らしきノートパソコンの画面には、企画書の文字が表示されていた。

「おっと。これは部外秘だった」

 そう言って、銅先輩は慌ててノートパソコンを閉じた。時期的に恐らく文化祭用の企画なのだろう。ここは知らない振りをした方が礼儀だ。

「自由に掛けてくれたまえ」

 銅先輩に勧められ、先輩と対面する形で僕と風雅は椅子に着席した。

「情報を提供する前に、そもそも君達が何を調べているのか聞いてもいいかな?」
「実は某機関からの密命を受けて、未確認生物の捜索任務を帯びていまして」

 説明も本日三回目なので冗談も交えたくなる。もちろんふざけたのは最初だけ、しっかりと重要な部分も説明したので、内容は問題なく銅先輩に伝わった。ミステリー研究会としてはやはり心惹かれるものがあるのだろう。頻繁に頷く銅先輩の表情は終始、好奇心に満ち溢れていた。

「興味深い話だね。君の推理通り、リザードマンは映画研究会の備品だよ。元々は何代か前の先輩が手作りした撮影用のスーツで、今回撮影予定の短編映画にも使えそうだからと一昨日、離れの倉庫で眠っていたものを引っ張り出してきたようだね。向かいの教室でリザードマンが衣装合わせをしている光景が面白くて、印象に残っているよ。うちの部の方が先に切り上げたから、そこから先の展開は不明だね」

「一昨日ということは、僕の幼馴染が目撃したのと同じ日ですね。あの日はリザードマンの封印が解かれた直後だったわけですか」

「だけど、部室棟の物置部屋で目撃されたというのは妙だね。映研の備品は、撮影機材以外は離れの倉庫で管理されている。私の知る限り、映研の部員たちはリザードマンのスーツを含め、大きな備品はきちんと毎回倉庫に戻しているし、どうして一昨日に限って部活棟にリザードマンをしまったんだろう?」

「確かに。それが最大の謎ですね」

 腕を組んで下唇を食む僕。机の上で両手を組んで目を伏せる銅先輩。何も考えていなそうに天井を仰ぐ風雅。三者三葉の仕草で頭を捻る。何も知らない第三者がミステリー研究会の前を通りがかったら、確実に僕と風雅を正規の部員だと勘違いするだろうな。実際、皆で一つの謎について考えるという意味では、ミステリー研究会っぽいことをしているし。

「そういえば、離れの倉庫というのは?」
「校舎の裏手の方よ。一度外に出ないといけないから、行き来はけっこう手間なのよね」
「風雅。部室棟の物置部屋の方が、備品を収納するにはやっぱり楽?」
「それはもちろん。距離が近いのもそうだけど、渡り廊下で繋がってるから、靴を履き替えないで移動出来るのが一番でかいだろうな」

 僕は普段まったく関わりのない場所だったけど、校舎と外を行き来すると考えると、銅さんの言うように手間だ。片づけの手間を惜しんで部室棟の物置部屋を使った? だけど一昨日だけで、それ以降はちゃんと毎回戻しているそうだし、理由としては弱い気がする。

「一昨日だけというのがポイントのはずだ。何か一昨日特有の……」

 あれ? 一番最初に胡桃が何か気になることを言っていなかったか? 確かあの日は雰囲気が抜群だったって……まてよ? もしかしてそういうことなのか?

「銅先輩。リザードマンのスーツって、具体的にはどんな感じでしたか? 状態とか質感とか」
「元々何年も前のものだから、それなりに劣化してたみたい。頭部のディテールに使われていた素材が剥げかけてたり、装飾も損傷していたり」

 銅先輩の証言が最後のピースとなった。僕の頭の中で組み上がった推理は、一連の状況とは矛盾しないはずだ。

「謎が解けたような気がします」

 二人の視線が僕に集中する。最初は一人で全て調査するつもりだったし、思えば胡桃がいない状況で誰かに推理を披露するのは初めてだけど、図らずもミステリー研究会の部室という舞台が緊張を和らげてくれた。自分の推理を口にする場所として、この空間は申し分ない。

「話を整理しておきましょう。リザードマンは映画研究会の備品で、普段は離れの倉庫で管理されているものが、一昨日だけは部室棟の物置部屋に置かれ、定時制の生徒に怪人として目撃されてしまった。ここまではいいですね? 問題はどうして一昨日に限ってそのような状況が生まれたかということですが、あの日は普段とは明確に違う出来事がありました。それは天気です」

「そういえば一昨日は、夕方から急に雨が降り出したんだったな。傘を忘れた奴らが悲鳴を上げてた」

 梅雨明けを迎えたにも関わらず、あの日は前触れもなく急に夕方から雨が降り出した。それは夜遅くまで続き、胡桃もリザードマンを目撃した際の状況について、「夕方から雨が降り続いていたから雰囲気も抜群だった」と証言している。

「探偵くん。もしかしてそういうことなの?」

 銅先輩に首肯を返す。先輩も理由に気付いたようだ。

「おそらく、離れの倉庫からリザードマンを取り出した時点ではまだ天気は良かったけど、校内で状態の確認に試着をしている間に天気が崩れ、雨が強まった。先輩の証言によるとリザードマンは年季が入っていて、ディテールもだいぶ傷んでいたそうですね」
「なるほど。ただでさえ劣化していたスーツが、雨に濡れるのを嫌ったのか」

 風雅も合点がいった様子で手を叩いた。

「その通り。修繕して使うにしても、余計な損傷は少ないに越したことはないからね。だけど、本来の管理場所である離れの倉庫は、一度校舎の外に出ないと辿り着けない。雨に濡らさずに運ぶのは困難だ。そこで、雨の降っていたあの日に限り、校舎と渡り廊下で繋がっている部室棟の物置部屋に保管しておくことにした。もちろん部外者が勝手に物置部屋を使用することは出来ないから、恐らくは物置部屋を使用している部に知り合いがいて、あの日だけ保管をお願いした。流れはだいたいこんな感じかな」

「確か、映研の部長と被服部の部長は同じクラスだったはずだから、彼女にお願いして物置部屋を使わせてもらったのかもしれないね」

 銅先輩が推理を補強してくれた。演劇部とボードゲーム部に心当たりがなかったから、関わりがあるとすれば被服部だと予想していたが、この読みは当たっていたようだ。

「そうして雨を凌ぐために、一晩の宿を借りたリザードマンは、胡桃たち定時制の生徒に目撃された。光が差して意識が向いたらしいですが、部室棟は道路側ですから、あのタイミングで通りがかった車のライトが光源となったのでしょう。後日に姿を消したのは、天気も回復し、また元の管理場所である離れの倉庫を使い始めたから。一連の出来事はこれで全て説明できます」

 後で映画研究会に確認する必要はあるけど、僕の推理は全ての出来事の説明として矛盾しないはずだ。この推理には自信がある。

「素晴らしい! 素晴らしいよ探偵くん! 君のような逸材を見逃していたとは、私は自分が恥ずかしいよ」

 推理が終わった瞬間、銅先輩が大きな拍手を鳴らしたかたと思うと、途端に僕の両手を掴んでガッチリとホールドしてきた。胡桃以外の女性からこんなにしっかりと手を握られたのは初めてかもしれない。ドキドキはするけど、それは決して男としてではない。銅先輩はとにかく圧が強いので、この場合は悪い意味で緊張している。この人の距離感のバグりかた、何だか怖いもの……。

「帰宅部と言っていたね。今からでも我がミステリー研究会に入部する気はないかい? VIP待遇でおもてなしするよ!」
「こ、光栄なお話ですが、お気持ちだけ受け取っておきます。普段は塾通いをしているので」
「ふられてしまったか。気持ちの問題なら無理やり引き込もうと思ったけど、家庭の事情ならばしかたがないね」
「いやいや、気持ちの問題でも尊重してくださいよ、そこは」
「冗談だよ。だけどせっかくこうして出会ったんだから、ご縁は大切にしないとね。部活とか関係なく、もし気が向いたらまたいつでも遊びに来てくれたまえ。いつでも歓迎するよ」
「考えておきます」

 部活に所属するつもりはないけど、ミステリー好きとしてミステリー研究会には興味がある。銅先輩が言うように、たまに遊びに顔を出すぐらいなら気軽で良いかもしれない。

「そろそろ五時か。私はそろそろ帰ろうかな」

 学校に着いたのが三時前。調査で駆けまわっている内に二時間以上が経過していたようだ。銅先輩の戸締りを機に、その場はお開きとなった。

「嵐のような人だったな。ドーナツ先輩」
「そういう風雅も大概、風属性だと思うけど」

 風雅もそれ以上は学校に残る用事は無いそうなので、二人で自販機で飲み物を買って、そのまま帰路につくことにした。移動中も、僕たちに強烈なインパクトを残した銅先輩の話題は尽きない。

「パソコンの画面に企画書が見えたけど、ミステリー研究会も文化祭に何か企画してるのかな?」
「去年はクイズ研と共同開催で、ちょっとしたリアル脱出ゲームをやったって先輩から聞いたけど、今年のクイズ研は生徒会と連携して動いてるし、ミス研は独自に何か企画してるんじゃないか? 去年のノウハウを生かして独自にリアル脱出ゲームでも企画するのか。あるいは謎解きクイズみたいな企画か」

「だとしたら、銅先輩が何を仕掛けてくるのかは少し興味があるな」
「確かに。だったら当日は胡桃ちゃんと校内を見て回ってみたらどうだ?」
「どうして急に胡桃の名前が出るんだよ」
「だってお前、胡桃ちゃんのこと好きだろ? 全日制と定時制共同の貴重なイベントなんだし、デートには最適じゃん」

 思わず、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

「……ぼ、僕が、胡桃を好き?」
「今日だって、態々週末に学校来たのは、胡桃ちゃんのお願いだからだろ?」
「……いや、それは」

 即座に反論出来なかった時点で僕の負けか。風雅は勘が鋭いし、早々に僕の胡桃に対する感情に気付いているではという、漠然とした予感があった。だからあまり風雅を胡桃に近づけないようにしていたのに、まさか僕の方が不意打ちで刺されるとは不覚だ。

「そう怖い顔するなよ。胡桃ちゃんに言うような野暮な真似はしない。俺はただ行く末を見守るだけさ」
「それは別に心配してないけどさ」

 風雅はモラリストだ。誰かを傷つけるような心無い男ではない。僕が怒りを感じているとすればそれは、幼馴染に対する恋心を、友人に察せられてしまった己の未熟さに対してだけだ。

「僕ってそんなに分かりやすいかな?」
「自分で言うのもなんだけど、俺が目敏いんだと思う。胡桃ちゃん本人もたぶん気づいてないだろう」

 風雅はまだ数える程しか胡桃と面識がないはずだけど、その短時間で僕と胡桃の距離感を図ってみせたのだろうか? だとすればとんでもない洞察力だ。確かにそうでなければ、複数の部活を掛け持ちし、その全てと良好な関係を維持するのは難しいのかもしれない。

「幼馴染としてずっと近くにいたから、逆に距離感が難しくて……僕は僕のペースでゆっくりいくよ」
「ペースは人ぞれぞれだし別に文句はないけど、時には言葉や行動に起こすことも必要だと思うぜ。なまじ元々の関係性がある分、伝わりにくいこともある」
「悟ってるな。本当に僕と同い年?」
「どうだろうな? とにかく、関係に何か変化を加えるなら、文化祭ってのは一つのきっかけになるんじゃないか」

 僕の意見を尊重しながらも、程よくアドバイスをくれる風雅は良き友人だと思う。距離感がバグッているけど、それだって懐に一気に飛び込める相手だと瞬時に判断しているからこそだ。彼はやはり人を見る目に長けている。

「前向きに検討しておく」
「おう。生暖かく見守っているぜ」
「そこは暖かくしておいてくれよ。真夏だけど」
「それじゃあ冷ややかな目線にしておくか?」
「それは意味がまったく変わってくるから止めてくれ」

 談笑を交わしながら、僕らは学校前に到着したバスに乗り込んだ。

 ※※※

「――以上が、胡桃が目撃した怪人の正体と、その状況が生まれるに至った経緯だ。今日、映画研究会所属の同級生にも確認を取ったから間違いない」

 週明けの月曜日。僕は学校終わりにお馴染みの公園で胡桃と待ち合わせて、事の経緯を詳細に説明した。探偵である僕の調査結果に納得し、隣に座る胡桃も満足気に頷いてくれている。

「そっか、それが怪奇蜥蜴人間の正体だったんだ」

 その呼び方、覚えていたんだ。何だか気まずいな……。

「映画研究会があるのも知らなかったし、その発想はなかったな。定時制は定通総体の時期を除けば、普段は部活もないから」

 定通総体というのは確か、定時制通信制総合体育大会の通称だったかな。県内の定時制や通信制の運動部が競い合う県大会。学校にもよるらしいけど、うちの定時制はその時期にだけ運動部が稼働するそうなので、普段はあまり部活とは縁がないらしい。部活関連の何かという発想が出てこなかったのは、通っている時間帯によって生じたギャップだったようだ。

「驚かせたお詫びってわけじゃないけど、優先的に案内するから文化祭の上映会を見にきてって、映研の同級生が言っていたよ」
「文化祭、十月だっけ。今回の一件で何だか怪奇蜥蜴人間にも愛着が湧いたし、お言葉に甘えて見に行こうかな」
「その時は、僕と一緒に文化祭を見て回ろう」
「えっ?」

 時には行動に起こさないと思いは伝わらない。そうだよね、風雅。たぶん今がその時なんだ。

「全日制と定時制が同時に参加する貴重な機会だし、胡桃と一緒に見て回れたら楽しいかなと思って」

 隣に視線を向けると、胡桃は驚愕するように目を見開いていた。えっ? この反応どっち? もしかして滅茶苦茶拒否されてる?

「うん。私も黎人と一緒に見て回りたい」

 胡桃が満面の笑顔で頷いた。一瞬驚いただけで、誘いそのものはとても喜んでくれた。普段から可愛いけど、今の胡桃はいつにも増して可愛い。勇気を出して誘えて良かったと本当に良かった。背中を押してくれたありがとう風雅。

 我ながら不器用なのは自覚していたから、小さい頃から謎解きにかこつけないと、なかなか胡桃を遊びに誘い出すことが出来なかった。だけど今回は余計な理由をつけずに、ただ好きな子と一緒に文化祭を見て回りたいという思いだけで誘うことが出来た。僕も少しは前に進めているだろうか?

「そういえば、あの怪人の正式名称も聞いていたよ……どうやら僕は胡桃に謝罪しなければいけないようだ」
「謝罪?」
「あの怪人の呼称はシンプルに蜥蜴人間だったらしい。さんざんリザードマンと呼んでおいてお恥ずかしい」
「だから言ったでしょう。あれは怪奇蜥蜴人間だって」

 胡桃はどことなく嬉しそうに僕の肩に触れた。推理とはまた方向が異なるけど、正答は胡桃の方だった。

 劣化して傷んだ見た目をむしろ利用し、傷だらけの不気味な蜥蜴男をあえて荒い画質で撮影し、レトロな印象の短編映画として鋭意撮影中とのことだ。文化祭では突如地中から現れた蜥蜴人間と、陽炎橋高校の生徒達との一夏の攻防を描いた特撮短編映画「怪人蜥蜴人間陽炎橋高校に現る」として上映予定だ。


 怪人蜥蜴人間陽炎橋高校に現る 了

 第六話

 第一話


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