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コーヒー牛乳とチョコレート 第六話

 八月の謎 サマータイムアベニュー


 私は決して探偵などではない。探偵と呼ばれるべき存在は、そう在りたいと願い、そう在ろうとしている猪口黎人を置いて他にいないからである。私は確かに黎人と一緒に謎を追いかけてるけど、それは相棒という立場で支えているだけであり、少なくとも私は自分のことを探偵だとは思っていない。

 だけど、私の自己評価と周りの人間からの評価は必ずしも一致しているわけではないようだ。五月からの三カ月間で、大小様々な日常の謎と出会い、周囲の助けを得ながら解決の糸口を見つけてきた。その結果私は周囲から、謎を解き明かそうと奔走する人間であるという印象を持たれてしまっているらしい。

 実際それは間違っていないのだけど、私の主な活動は情報収集であり、推理は基本的には黎人の領分。そういう意味でもやはり私は探偵ではない。

 だけど同時に、私は自分の問題点もよく理解している。人に頼りにされたら、私は決してその思いを無碍には出来ないのだ。だから、探偵でもないのに探偵の真似事をしてしまう。

 ※※※

「最高! ずっとここのパフェ食べたかったんだよね」
「す、すごい量。これは確かに二人以上必要だね」

 夏休み真っ只中の八月中旬。今日は食堂が定休日だったので、たまたま休みが同じだった風花と午後から駅前の繁華街へと遊びに来ていた。今は人気のカフェで大きなパフェを二人でシェア中だ。

 お互いに夏休みもお仕事でなかなか予定が合わなかったけど、ようやくタイミングが出来て夏休みをシェアすることが出来た。シェアとはいえ、映えに映える豪華なパフェは少々お値段が張ったけど、普段からお仕事をしている私たちは、自由に使えるお金が一般的な学生よりも多い。もちろんたまにはだけど、こういう贅沢も悪くはない。

「夏だねー。人出的な意味で」
「うん。覚悟はしてたけど、毎日お昼時は大変」

 夏休みとあって繁華街は、私服姿の学生を中心に大きな賑わいを見せていた。風花の務めているファミレスや、楠見くんの務める書店もこの繁華街の中にある。せっかく今日は風花と二人だし、後で楠見くんの務める書店に顔を出してみるのも良いかもしれない。

「そういえば胡桃って謎解きが得意だったよね?」
「別に得意というわけじゃないよ。ただ巻き込まれているだけ」
「それでも人よりは詳しいでしょう? ちょっと最近、職場で気になることがあってさ」

 黎人の影響で確かに人よりは詳しいのかもしれないけど、それとこれとは話が別だ。例えばお菓子の流行とか名店の知識が豊富だからといって、必ずしもお菓子作りが得意とは限らないもの。

「まあ、話ぐらいは聞くけど。答えを出せる保証はないからね」
「ありがとう胡桃。はい、あーん」

 友達からお願いされてしまっては、塩対応とはいかない。口一杯に広がる生クリームと同じぐらい私は甘々なようだ。話だけでも聞いてあげれば、風花もある程度は満足してくれるだろう。

「それで、話というのは?」
「最近、ちょっと気になるお客様がうちのファミレスに来るようになって」
「ちょっと気になる? 何か問題を起こす人なの?」

 もしそうなら、それは私よりも職場の上司に相談すべき問題だけども。

「ううん。物静かだし、全然迷惑なお客様ではないんだけど、すごく存在感がある人なんだよね。年齢はたぶん二十代後半ぐらい。髪は短髪で目力があって、背が高くてシュっとした印象。大きな丸眼鏡をかけて、開襟のシャツにサスペンダーを合わせたりしてて、ファッションはレトロな雰囲気なんだけど、それを見事に着こなす上級者って感じ。名前は知らないから、この場ではとりあえず眼鏡さんと呼んでおくね」

 眼鏡さん(仮)は、確かに風花からザっと印象を聞いただけでも存在感のある人物らしい。会ったことがないのに相手なのに、話だけである程度容姿が想像出来るのがその証拠だろう。

「その眼鏡さんが、夏休みが始まったぐらいから、よくうちのファミレスを利用してくださるようになって。それまでは見かけたことはなかったから、元々の常連さんではなさそう。頻度としては週に三、四回。時間帯はバラバラだけど、朝、昼、夕の食事時じゃなくて、決まってその中間の、比較的お店が空いている時間に一人でいらっしゃるかな。空いている時間だからお好きな席に座っていただくんだけど、決まって眼鏡さんは大通りに面した窓際の席に、外側を向いて座るんだ」

「外側を向いて?」
「やっぱりそこが気になるよね。あくまでも私の体感だけど、一人だと窓には背を向けるお客様の方が多いと思うんだよね」

 複数人で利用しているならばともかく、一人で利用するなら私も窓を背にすると思う。その方が店員さんが料理を持ってきてくれるタイミングも分かりやすい。

 例えば何か観光名所のような場所が近くにあって窓から見えるならともかく、ファミレスが面しているのは人通りの多い大通り。道行く人とたまたま目が合ってしまったら、気まずくなってしまう。そういう心理的理由からも、私はやはり窓に背を向けると思う。

 もちろん考え方は人それぞれだから、私がそうだからといって眼鏡さんの行動を否定することは出来ないけど。

「念のためもう一回確認するけど。毎回必ず窓際?」
「うん。一回たまたま、窓際の席が一席しか空いていないタイミングもあったんだけど、そんな時でもその開いている席を利用してた。他の席はガラガラで、余裕があったにも関わらずだよ」

 そこまで一貫しているのなら、眼鏡さんは窓際の席に何らかの拘りを持っていると見て間違いなさそうだ。

「他に何か気になったことは?」
「窓の外を眺めながら、よくノートを取ってたみたい。流石に内容までは分からないけど」

 パソコンや教本と一緒にノートを開いているならともかく、外を眺めながらのノートというのは確かに特殊だ。状況だけを見ればそれは……。

「もしかして、何か監視している?」
「やっぱり胡桃もそう思う? 私も何だかそんな気がするんだよね」

 存在感があるからといって、どうして風花が眼鏡さんが気になるのかようやく合点がいった。同じ立場なら私も確かに眼鏡さんのことが気になっているに違いない。

「もしかして眼鏡さんの正体って、探偵だったりとかする? 何かの調査中的な」

 風花はどことなくテンション高く、そんな可能性を口にした。風花自身が真相を知りたいのは本心だろうけど、同時に誰かと話題を共有して、自分の推理を披露したいという感情も見え隠れしている。ひょっとして私と黎人が謎を追いかけてる様子を知って、風花も触発されてしまったのだろうか?

「ファミレスの窓からはミラージュと、あとは何が見えるっけ」

 探偵というのは流石に飛躍しすぎだとは思うけど、ファミレスの窓から見える何かを調査している可能性は確かに考えられる。その時間に大通りを通る誰かを見張っていた? いいや、それだと調査としてあまりにもお粗末だ。理由は一先ず置いておくとして、例えば向いの建物の人の出入りを監視しているとかだったら、あり得るかもしれない。

「窓から見える範囲だと、他はミラージュと隣接する携帯ショップぐらいかな」
「うーん。どちらもあまりしっくりこないな」

 向いの建物やその中を観察していた可能性は低そうだ。様々なテナントが入った向いの商業ビルのミラージュは私もたまに利用するけど、外から中の様子は伺えないし、出入り口は複数個所あって固定化されていない。携帯ショップに関しても、監視する場所としてはあまりイメージが湧かない。

「探偵の仕事として、ミラージュの誰かを監視しているとか?」
「だったらミラージュの中で監視するんじゃない? 人の多い商業施設の中なら尾行してもバレにくそうだし、ファミレスからじゃ中の様子がまったく分からないもの」
「それじゃあ、携帯ショップの方とか? あそこならガラス張りだし、外からでも、ある程度は中の様子が分かるよ」
「眼鏡さんは週に何度もファミレスを利用しているんでしょう? その頻度で携帯ショップを利用する人はまずいないよ」
「携帯ショップの店員さんの方が対象かも」
「空いている時間帯を選んでいるとはいえ、眼鏡さんが来るタイミング自体は午前だったり午後だったりバラバラなんでしょう? 店員さんは勤務時間が決まっているんだし、眼鏡さんの方の時間がばらけるのは不自然じゃない?」
「それじゃあ逆転の発想で、ファミレスの方を探っているとか?」

 探偵説に自信を持っていたのだろうか? 意外にも風花はまだ折れなかった。友達を論破するのは気が引けるけど、私の中では眼鏡さん探偵説はすでに無しだ。

「だったら窓の外を見る必要はないし、眼鏡さんを探偵とするのは根本的に矛盾が生じるよ」
「矛盾って?」

「眼鏡さんは服装に特徴があって存在感がある。それって目立たずに何かを監視する行為とは矛盾している。仮に眼鏡さんが探偵だとしたら、風花に疑問を持たれて、こうして私達に議論されている時点で仕事としてお粗末だよ」

 眼鏡さんは好きなファッションに身を包み、有りのままの姿で毎回窓際の席に座っている。つまりそれは彼にとって日常の一部であり、決して後ろめたい行為ではないということだ。本格的に何かを監視するなら、その都度監視場所を変えるなど徹底して然るべきだろう。本職の調査業のこととか何も知らないけど。

「絶対に探偵だと思ったんだけど、確かにそこまで言われると違いそうだね」

 流石の風花も探偵説を諦めたようだ。一瞬くやしそうに口を尖らせたけど、パフェを一口頬張ると途端に表情がとろけた。うん、そこまで芯のある意見ではなかったみたいだ。

「パフェ食べたら大通りの方に行ってみよう。実際の場所を見れば分かることもあるかも」
「そうだね。もっと買い物もしたいし」

 この話はひとまず置いておいて、今は目の前のパフェに集中しよう。この後は件のミラージュでも買い物をする予定だ。謎解きはあくまでもついで。私達の本命は夏休みを満喫することなんだから。

「凄い人通りだね」
「ねー。普段の静けさを考えると、一体どこからこんなに人が? って感じ」

 都心部の人出には遠く及ばないものの、陽炎橋市の駅近くの大通りもこの時期、学生を中心にかなりの賑わいを見せていた。陽炎橋市は近隣では最も大きい都市なので、夏休み期間中は近隣地域から遊びに来ている層も多い。

「眼鏡さんはいないみたいね。午前中に来たのか、今日は来ない日なのか」

 大通りを挟んで風花の勤めるファミレスが見えるけど、窓際の席は学生らしき数人のグループが利用していて、噂の眼鏡さんらしき姿は見えなかった。

「胡桃。現場に来て何か分かった?」
「うーん。とにかく人が多いなぐらいしか」

 我ながら何て月並みな感想だろう。商業ビルのミラージュに用があるから来てみたけど、そもそも見慣れた場所ではあるので、夏休みで普段よりも人が多いことを除けば、特別印象は覆らない。

「あらあら、太陽もビックリなぐらいお熱いですな」

 ミラージュの影で涼んでいると、通りを歩く一組のカップルを見て風花が目を細めた。カップルは私達より少し年上に見えるので、大学生ぐらいだろうか? ブランドのロゴが入った赤いティーシャツをペアルックで着て、仲睦まじく手を繋いでいる。人様の恋愛模様をとやかく言うつもりはないけど、自分には出来そうにないなという意味では、太陽もビックリなぐらい熱々というのは風花に同意だ。

「胡桃は猪口くんとああいうことしたりしないの?」
「ちょっ! 最近あまりそういう話してこないと思ったら、急にぶっこんでくるね、あんたは」

 思わず往来で吹き出しそうになってしまった。まったく、風花は油断しているとこれだよ。

「流石にあのレベルは求めてないけど、実際二人の仲は最近どうなのよ?」
「……まあ、夏休みに入ってから普段よりは会ってるけども。あと、十月の文化祭を二人で見て回る約束はした」

 お互いに仕事と塾の関係で日中は相変わらず、あまり会えていないけど、黎人が食堂に夕飯を食べに来たり、ご近所の幼馴染という関係値で閉店後も少し滞在したりと、私が夜に学校に行かない分、夏休み前よりは顔を合わせる機会は増えている。とはいえ、それで特別何かが変わったということもない。私達にとって特別があるとすればそれは、文化祭に向けた約束の方だ。

「いいじゃんいいじゃん! どっちから誘ったの?」

 うん。この手の話題に目がない風花も完全に前のめりだ。

「黎人から。夏休みに入る少し前に」
「きゃあー! だったらもっと早く教えてよ。そしたら馴れ初めを根掘り葉掘り聞き出したのに」
「そうなりそうだからタイミングを選んだの。あと馴れ初め違うわい!」

 余計な一言に思わずツッコミを入れてしまったけど、私の危機管理能力は間違っていなかった。夏休み前のテンションの風花に教えるのはリスキー(あしらうのが疲れる)だけど、屋外で謎の調査中の今ならそこまで追及はされないし、何かに気付いた振りをして気を逸らせる……まあ、帰りに質問攻めに遭うリスクは非常に懸念されるわけだけど、友達に延々と秘密にし続けるわけにはいかないし、そこは腹を括っておこう。

「そういうわけだから、文化祭は黎人と一緒に回らせてもらうね。最初の年だし、本当は風花や楠見くんとも一緒に回りたかったけど」
「何言っているの。そういう時は自分優先で全然オーケーだよ。どうせ私達は模擬店で一緒なんだし、自由時間は存分に猪口くんと楽しんできなよ。一日と言わず、二日でも三日でも一週間でも」
「ありがとう風花。文化祭は二日間だけどね」

 こういう時に素直に送り出してくれるあたり、風花は良き理解者だ。文化祭が一週間もあったらそれは最早、地域のお祭りかそれ以上の規模だけども。ずいぶんと誇張が目立つけど、それはそのまま応援の気持ちの大きさだと、前向きに捉えておくことにしよう。

「私の話はもういいから。謎解きに戻ろう」
「そうだった。今は謎解き中だった」

 風花はわざとらしくポンと手を叩いたけど、風花のことだから本気で忘れていたかもしれない。いずれにせよ、話の流れが軌道修正されて幸いだ。どうかこのままさっきの話題は記憶の片隅に押し込めて、今日は思い出さないようにお願い申し上げます。

「くどいようだけど、本当に人通りが多いよね。普段以上に色々な人が行き来してる」
「確かに、普段よりもヴァリエーション豊かな感じはするよね」

 夏休みに入って普段よりも人通りが多いということは、相応に多くの人が移動しているということでもある。先程の熱々カップルを筆頭に、個性的なファッションに身を包んだ男性や、訳アリなのか微妙な距離感で隣り合う男女など、様々な人間関係が見えてくるようだ。

「そういえば風花、眼鏡さんは夏休みに入る少し前ぐらいからファミレスを利用し始めたって言ったっけ?」
「うん。七月の下旬に入ってすぐかな」

 大通りの人通りも夏休みを機に増え始めた。時期の一致は果たして偶然なのだろうか?

「謎解きも気になるけど、暑いし一回ビルに入ろうよ」
「そうだね。今日も猛暑だ」

 真夏に屋外で人通りを眺めているだけというのは集中力も続かない。あくまでも謎解きはついでだし、元々の目的地でもあるミラージュで涼を求めることにした。


 第七話 

 第一話


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