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コーヒー牛乳とチョコレート 第八話

 十月の謎 コーヒー牛乳とチョコレート


 季節は移ろい十月中旬。早いもので僕が陽炎橋高校に入学してから半年が経った。
 今日は陽炎橋高校の文化祭、「陽炎祭かげろうさい」の当日だ。一般のお客様も多数来場される都合上、学校という場所が一年で最も活気に溢れる日になることは間違いない。

 ちなみに、陽炎祭という名称だけを見たら、地域に古くから伝わる伝統行事のようだが、意外にも市内に類似の名称の祭事は存在せず、本校だけのオリジナリティであるそうだ。

 晴天にも恵まれ人出は上々。僕が在籍する一年C組も例外なく、仕事に追われていた。

「ありがとうございました。また遊びに来てね」

 ボーリングで高得点を出した小学生の女の子に、同級生の岩垣いわがき麻耶まやさんが景品の駄菓子をプレゼントしている。女の子は満面の笑みでそれを受け取り、一緒に遊びにきた友達と分け合っていた。楽しんでもらえたようで何よりだ。

「猪口くん。再設置お願い」
「お任せあれ」

 だいぶ作業にも慣れて来たので、岩垣さんから指示される前にはすでにボーリングのピンの再設置を始めていた。

 僕たち一年C組は、二階の空き教室を丸々利用し、ちょっとした遊びが楽しめる遊技場を開催している。遊戯は輪投げ、ボーリング、ダーツの全三種類。輪投げはホームセンターで買ってきた材料で、工作が得意なクラスメイトを中心に手作りし、ボーリングは小さいお子さんでも楽しめるように、ゴム製のボールとプラスチック製の軽いピンを、スポーツ用品店の子供用コーナーで揃えた。無地のピンに個性を出すため、ピンはカラフルにペイントしていろどりを与えてある。ダーツは先が尖っていないマグネット式の安全な物で、これは岩垣さんの私物だ。

 基本的には誰でも自由に遊べる空間として解放しているけど、ゲーム性を持たせるために、それぞれの遊戯に目標得点を設定し、クリアした人には景品として駄菓子をプレゼントしている。

 僕は一日目の午前中の担当として、岩垣さんら数名のクラスメイトと一緒にこの遊技場の運営を行っていた。当日は部活関連の催しに参加している生徒も多く、東さんは午後から演劇部の公演が行われるので、第一体育館で最後のリハーサル中。映画研究会の尾越くんは上映会を行うために視聴覚室に詰めており、複数の部活を掛け持ちしている風雅に至っては、忙しくなく校内を駈け廻り、今どこで何をしているのか見当もつかない。

 人手不足という程でもないけど、前述の理由でクラスメイトもフルメンバーではないので、帰宅部の僕にクラス展示の担当が回ってくるのは必然だった。もちろん自分の役目はしっかりと果たすつもりだ。

「少しお客さんが落ち着いて来たね」
「ここまで盛況だとは思わなかったよ。あっという間に時間が過ぎた」

 開場から二時間ほどが経過した午前十一時。開場以来、来客の絶えなかった遊技場の客入りが少しずつ落ち着いてきたので、椅子に腰かけ、岩垣さんとゆっくり話す余裕が出来た。
 岩垣さんはショートボブの黒髪と白いカチューシャが印象的な女子生徒だ。リーダシップがあって、文化祭の企画段階からクラスを引っ張ってくれた。これまではあまり話したことがなかったけど、文化祭の準備期間を通して交流が深まり、今は大切な仕事仲間として一緒に遊技場を運営している。

「確か十一時からモノマネ大会だから、そっちに人が集まっているみたいだね」
「そういえば、さっきから中庭が賑やかね」

 中庭でモノマネ大会が始まったタイミングなので、今は一階にお客さんが集まっているようだ。十一時を過ぎて早めの昼食を採る人も増えてきたので、今の時間帯は一階の模擬店や屋外の屋台が盛況なのだろう。胡桃も今は中庭で、定時制の伝統だという、焼き鳥の販売を行っているはずだ。普段から比古さん食堂で接客をこなしている胡桃のことだからテキパキと仕事をこなし、看板娘としてさぞ売り上げに貢献しているに違いない。

「中学生の頃にも何度か遊びに来たけど、うちの文化祭ってけっこう手広くやってるよね。今年もホラーハウスは手が込んでるって評判だし、B組のメイド&バトラーカフェも本格的だし」

 僕と岩垣さんは文化祭中のフロアマップが記載された冊子を眺めていた。在校生には前日に配布され、来場者向けには入口に入って直ぐの受付に、同じ物が置かれている。

 陽炎祭では一階から三階、体育館や部室棟など、校内のほとんどの施設を活用している。各種クラス展示はもちろん、各種部活動の催し物も充実しているので、回れる場所は非常に多い。二日間の開催期間では全てを回り尽すことは、よっぽど効率良く動かないと難しいだろう。

「猪口くんは午後からは?」
「定時制の幼馴染と一緒に色々と見て回る予定。尾越くんにも映研の上映に招待されてるし」
「映研の作品って確か、蜥蜴人間みたいのが登場するやつだっけ?」
「そう。タイトルは『怪人蜥蜴人間陽炎橋高校に現る』」
「よくタイトルまで覚えてるね」
「蜥蜴人間とはちょっと因縁があってね」

 夏休み前に胡桃が目撃したリザードマン……じゃなかった、蜥蜴人間が登場する「怪人蜥蜴人間陽炎橋高校に現る」の上映会。真相を確かめるために映研所属の尾越くんに事情を聞いた際、是非とも胡桃と二人で見にきてほしいとお誘いを受けた。胡桃もあのスーツがどういった映像作品になったか興味津々らしいので、陽炎祭をどう回るかはノープランだけど、映画を絶対に見に行くことだけは決まっていた。

「そういう岩垣さんは午後からは?」
「所属先の漫画研究会に顔出す予定。私の担当は明日なんだけど、初日の盛り上がりがどんなものか気になるじゃない。忙しそうなら手伝ってこようかな」
「漫研は何をやっているの?」
「この日のために各部員が仕上げたイラストの展示と、オリジナルの短編漫画をコピーしてじた同人誌を希望者に配布予定。完全に手作りだから数はごく少数だけどね。もしよかったら後で見に来てよ」
「うん。映画の帰りに寄らせてもらうよ」

 フロアマップによると、映研が上映会を行う視聴覚室と、漫画研究会が活動する空き教室は同じ三階にあるようだ。岩垣さんがどんな漫画を描いたのか興味があるし、後で顔を出してみることにしよう。

「いらっしゃいませ」

 そうして岩垣さんとしばらく午後の予定についてやり取りをしていると、久しぶりに来客の気配があった。

「やあやあ、名探偵君はいるかな?」

 午前中からなかなかのハイテンションで来店したのは、一般のお客様ではなく、同じ学校の生徒。二年生を示すリボンをつけた、顔見知りのあの先輩だった。

「銅先輩。うちは健全な遊技場でデスゲームは取り扱っていませんよ?」
「はははっ、君の私に対する認識がよく分かるよ。確かにその二つなら私は後者を選ぶだろうね」

 夏休み前の蜥蜴男騒動で知り合ったミステリー研究会部長の二年生、銅一夏先輩。僕を探偵などと呼ぶ上級生は彼女ぐらいしかしない。あれからも時々学校で顔を合わせるようになり、楽しくミステリー談義を交わすこともあれば、時にはあのテンションでウザ絡みを披露することもしばしば。僕の中ではなかなか扱いの難しい先輩(失礼)だ。それでも、普段帰宅部であまり他の学年との交流がない僕にとっては、一番親しい先輩であることは間違いない。

「それで、うちのクラスに何の用ですか?」
「君個人にだよ。君は帰宅部だから、クラスの催し物に参加しているかと思ってね」

 何やら企んでいそうな不敵な笑みを浮かべると、銅先輩は掛けていたショルダーバッグから、赤いシールで封がされた封筒を一枚取り出し、僕へと差し出した。

「これは……果たし状ですか?」
「私は武道家かい? まあ、内容は遠からずだけどね」

 もちろん冗談だ。先程のデスゲーム発言といい、銅先輩はノリが良いので毎回話題に乗っかってくれる。

「改めて、この封筒は?」
「私からの挑戦状さ。せっかくの陽炎祭だから、我がミステリー研究会も何か催しをと思ってね」
「挑戦状ね。陸の孤島と化した洋館にでも集められるんですか?」
「予算が許すのならやってみたいが、内容はあくまで学生の催しの範疇だよ」
「催し? ミステリー研究会は確か今年は、歴史研究会と共同で、歴史ミステリーに関する展示を行っているはずでは?」

 歴史研究会兼任の風雅と、ミステリー研究会の銅先輩との間で化学反応が生まれ、二つの部は夏休みから連携し、古今東西の様々な歴史ミステリー(本能寺の変の異説、歴史上の偉人の生存説の検証等々)を壁新聞にまとめている。陽炎祭では、ミステリー研究会の部室である地歴教室で展示が行われているはずだ。展示という形で内容が完結しているので、仰々しい挑戦状など送られる謂れはないはずだけども。

「それは表向きの活動さ。私は陽炎祭に向けて、密かに生徒向けの別の企画を用意していてね。さしずめ裏の文化祭といったところかな。是非とも君にも参加願いたい」
「僕は健全な一般生徒ですから、裏なんて怪しい活動に関わるわけには」
「失礼。裏というのは言葉のあやだ。先生にも許可を取った、校則の範囲内のお遊びだから安心してくれたまえ」

 もちろん冗談だけど、律儀に返答してくれた。しっかり教師にも根回ししている辺り、ノリが独特なだけで基本的に常識人なんだよね、銅先輩は。

「我がミステリー研究会の裏企画、その名も『謎解きスタンプラリー』だ」
「スタンプラリーというと、スタンプを集めてくるあの?」
「その通り。そこにミステリー要素を加えて、謎を解かなければどこでスタンプを押してもらえるのか分からない仕様となっている。その封筒の中にはスタンプカードと最初の謎が入っているから、後で開けてみてくれたまえ」
「なかなか面白そうな企画ですが、裏企画というのはどういうことですか?」

「本当はミステリー研究会の正規の催しとして行うつもりだったんだけど、一般のお客様を含む大勢が参加したら、スタンプラリー先のクラスや部に迷惑がかかるかもしれないからね。だから裏企画として小規模に、私が見込んだ一部の生徒にのみ参加を要請することにした。言うなればこれは、私から校内の知識自慢やミステリー好きに対する挑戦状だ。私が見込んだ生徒には当日こうして、直々に挑戦状を配って回っているところさ」

「なるほど。一部の生徒だけが参加出来る秘密のスタンプラリー。故に裏企画というわけですか」
「各々予定もあるだろうから、参加はもちろん任意だが、陽炎祭を見て回るついで程度に楽しんでもらえたら嬉しく思うよ。もちろん友人を誘って共闘するのも可だ。商品は名誉と達成感だけだがね」

 任意と言いながらも、不敵な笑みを浮かべる銅先輩の目は挑戦的だ。たぶん僕も今、似たような表情をしているのだろう。

「銅先輩からの挑戦状とは興味深い。クラスの仕事が終わったら、ぜひとも挑戦させていただきますよ」

 ミステリー研究会部長の銅先輩がどんな謎を考えるのか、ずっと興味があった。これは先輩と出会って以来初めて訪れた直接対決の機会だ。どうせ胡桃と一緒に校内を見て回る予定だったし、断る理由は何もない。胡桃と一緒にミステリアスな午後を楽しめそうだ。

「君なら挑戦を受けてくれると信じていたよ。スタンプラリーの期間は文化祭と同じ二日間。スタンプの担当者には私が個人的に根回しをしておいたから、場所が正解ならどの時間帯でもスタンプが押せるようになっている。君の他にも校内の数名の有識者が参加予定だから、是非とも一番乗りを目指してくれたまえ」

「腕が成りますね。僕は相棒と一緒に挑ませて頂きますよ」
「噂の幼馴染ちゃんだね。この機会に彼女と会えるのが楽しみだよ」
「すみません!」

 お互いの笑みが交差した瞬間、突然僕と先輩の間に岩垣さんが割って入った。

「銅先輩でしたっけ? 後ろがつかえているので避けていただいても? 猪口くんも今は仕事中でしょ」
「ごめんごめん。ついつい盛り上がっちゃって」
「おっとこれは失礼。すっかりお邪魔しちゃったね」

 僕と先輩が話し込んでいる間に、遊技場の利用者の波が再び訪れようとしていた。勝手に盛り上がっていた僕と銅先輩は申し訳なさで小さくなる。

「私は別の候補者に挑戦状を叩きつけてくるよ。また会おう、探偵くん」

 そう言って、銅先輩は颯爽と去っていった。それにしても、挑戦状を送るのではなく叩きつけるのか……。

「さっきの先輩、ずいぶんと賑やかな人だったね。ミステリー研究会の人?」
「うん、部長の銅先輩。嵐のような人だろ?」

 遊技場を訪れた二組のお客様の接客が終わり、再び時間が出来たところで岩垣さんが興味深げに尋ねて来た。先輩と初めて会った時の僕がそうであったように、初見のインパクトは凄まじいだろう。

「その嵐のような人が猪口くんを探偵と呼んでいたけど、そうなの?」
「そうありたいとは願っているけどね。おっと、新しいお客様だ」

 先輩からの挑戦に胸が躍っている。今すぐ挑戦状の中身を確認したいけど、まだクラスの仕事中だ。今は遊技場の運営に専念することにしよう。

 
 
 第九話

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