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11 凍える 星空 テント泊 (シャンドール峠)

 パキスタン北西部、ギルギットの宿で、さてチトラールまでどうやって行こうかと考えた。カラコルム・ハイウエイを通るバスは沢山あるけれど、シャンドール峠を越えるルートで行きたい。シャンドール、美しい響きである。どんなところなんだろう。
 が、不定期のローカルバス(或いはワゴン)は、村から村へ出ているだけで、いつ出発できてチトラールまで何日かかるかわからない。そのうえ崖に削られた未舗装の道が続くので、大荷物を積んでよろよろ進む乗り物は頻繁に渓谷に転落するらしい。

 そんなんだから、同宿の日本人青年SE君に「ドライバー付きの四駆を借りてシェアしませんか」と持ちかけられたとき、する、と即答した。
 宿のオーナー(日本人女性)が知人を紹介してくれた。ベテランドライバーのヤクブさんと、今回特別に、見習いのアディール君。5日程度でチトラールに到着してもらうことにして、宿代、食費も入れて9000Rs.(パキスタン・ルピー)。
 数字の記録はあまりしていないのだけど、当時の日記に珍しく残してあった。ギルギットでの両替レートが、100 $USで4700Rs.だったから、シェアすればほぼ100ドルでチトラールへ南下できるわけだな(そんな簡単な行程ではなかったけど)。

 朝、ヤクブさんがぴかぴかに磨き上げたジープで宿を出た。
 道は思ったより酷かった。町を出て山道に入ると、ごつごつ、がたがた、くねくね。片側、絶壁。
 比較的まっすぐな道は若いアディール君が運転し、難しいところに差しかかるとヤクブさんに交代した。常にひどく揺れて、ジープのどこかにつかまっていないと天井で頭を打った。

 夕方、パンダールという村に着いた。絵本のような美しい村だ。ひと晩寝るだけではもったいなくて2泊した。
 そして3日目の朝ふたたび出発し、午後遅くShandur Pass、シャンドール峠に到着した。


 峠と呼ばれているけれど山に囲まれただだっ広い平原で、湖もある。標高3700メートルぐらいなのに、それでもまだ周りが高い山って、カラコルム山脈おそるべし。
 年に一度ここで開催されるポロ大会が近いとのことで、ジープが何台も集まっており、人も馬も、荷物を運んできたろばも沢山いて賑やかだ。
 宿の建物はなく、いくつかあるテントからヤクブさんが選んだ SKY HOTEL (テント)に荷を解いた。中は意外と広く、布団を4組敷いても余裕の雑魚寝である。なんとなく、湿った穀物のような匂いがするけど。

 太陽は山の向こうにすぐ沈んでしまい、暗くなったら急に寒くなった。7月半ばとは言え富士山より高いのだから、そりゃあ寒かろう。Tシャツと、唯一の長袖トレーナー、ぺらぺらのウィンドブレーカーで夜寒を凌ぐしかない。
 まあ、ひと晩だけだし。

 夕食は外で食べるのかと思ったら、テントに運ばれてきた。4人分のじゃがいもカレーとキャベツのサブジと、チャパティ。どこで作ったのか尋ねると、裏のキッチンだと言う。


 見に行くと、石のかまくら、みたいなのがあって、中を覗くと確かに調理場のようだった。
 テントに戻って車座になり、地面(の上に布)に置かれた夕食をとる。どれも出来立てで温かく、全然期待していなかったけどすばらしく美味しかった。

 しかし。
 キャンプじゃないから火がない。寒い。
 男3人は、ヤクブさんが持参したフンザ・パーニー(手作りマルベリー酒)のペプシ割などをちびちびやって楽しそうである。わたしは飲めないので熱いチャイを淹れてもらったけど、でも寒い。

 3人が寝てしまっても眠れなかった。冷たい布団にくるまっていると余計に冷えそうで、毛布を巻いてテントの外に出たら、星がものすごいことになっていた。
 なんというか、星ばっかりで、空の暗いところが見えない。星がじゃらじゃら鳴ってるような、耳鳴りのような夜空。ときどき、つーい、つーいと流れ星。
 そして、ひっきりなしにろば達が鳴き叫ぶ。きょえええええええ きょえええええええ きょえええ・・・・

 ろばの声、哀しすぎる。
 星、多すぎる。
 シャンドールの夜、寒すぎる。

 流れ星、もういいから、早く朝になりますように。
 テントに戻ってもろくに眠れないまま、朝までろばの声と星の鳴る音を聴いていたようないなかったような。

 明るくなると昨夜のシェフが、熱いチャイと炙ったチャパティの朝食を持ってきてくれた。彼はシーズン中、ずっと石のかまくらで寝泊まりして料理を続けるとのことだった。

 問題が起こらなければ今日中にチトラールにつけるはず、というヤクブさんの言葉を信じて、朝食後、またジープに乗り込んだ。さよならシャンドール峠。
 わたしはここに何を期待して来たんだろう。なんかもうわからんけど、ありがとうシャンドール・パス。ありがとう、星空。がんばれ、ろば達。

シャンドールのシェフ


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