チェスガルテン創世記【12】
第三章――子供たち【Ⅲ】――
トルヴァの怒鳴り声に前方を歩いていたダインが驚いてふり返り、ボズゥは顔をしかめた。
トルヴァはなんでもないから行くようにダインに伝え、ボズゥの肩をおさえる。息がかかるほど近くで、ダインには聞こえないように囁いた。
「その話はもうするな。変な気起こすなよ、頼むから」
「……わかったよぉ」
舌打ち混じりの不満たらたらな返事だったが、トルヴァは黙ることにした。ボズゥが素直に従う相手はフェンリルと老人であり、今だってトルヴァにしきられるのが気に入らないはずだ。
トルヴァだって面白くはなかったが、堪えることにした。今は優先すべきことがある。
(……少しばかし長く、フェンリルやじいさんとつるんでたからって。偉そうに指図しやがってよぉ、腰巾着がぁ)
事実、ボズゥはむしゃくしゃしていた。
近頃ぐんと背が伸び力もめきめきとつけ始めたトルヴァは、目障りな存在になりつつあった。
(力試しをすることの何が変な気だよぉ、地の民共なんて腑抜けばかりだろってのぉ。あーあ……昔はなぁ、おもしろそうだと思ったんだよなぁ……これじゃあついて来たかいがねぇよぉ)
かつて、地の民の隊商で、奴隷として連れ回されていたボズゥとヘルガを解放してくれたのは他でもない、彼らの長と呼ぶべき老人だった。
恩人だし頭が上がらない。しかしそれよりも、地の民を怯むことなく涼しい顔でいなしてしまったフェンリルに、ボズゥは驚嘆した。
天の民が地の民に歯向かうこと自体ありえないのに、ほかでもない自分を助け出すために、そう年の違わない少年がたった一人で地の民の大人に立ち向かってくれている。嬉しかった。
解放された後は、老人に連れて行ってくれとせがんだ。家族はもういなかったし、見知らぬ者だらけの集落で暮らしていきたいとは思わなかった。
同じ他人ならば、彼らについていった方がずっと良い。今よりずっと、憂さの晴れるような日々が過ごせるだろうと期待していた。
だがいざ一緒に生活してみれば、落胆することのほうが多かった。
どこにも寄る辺なく群れを作らず放浪するのは、集落にいるよりもずっと危険と隣り合わせであり、一歩間違えればあっと言う間に死に繋がるということだった。
飢えることも凍えることも多くて、想像していたよりも遥かに大変だったのだ。
そしてボズゥが加わるきっかけになったフェンリルという少年は、意外にも慎重な性格であり老人の言いつけも素直に守る、いわゆる良い子の範疇を抜けてはいなかった。
これにはひどくがっかりした。
地の民の隊商を襲う時でさえ、老人の取り決めたこととはいえ乱闘にならないように配慮している。
老人がいない時ぐらい、好きに暴れてすべて奪い取ってしまえば良いのに。
(本当はフェンリルだって、暴れたくてたまらないはずなんだぁ。おれは知ってる、おれだけは……)
フェンリルがいつも注意深く隠している冷ややかな気配に、ボズゥは気がついていた。彼が地の民を前にする時、単純な恐怖よりも勝る何かがある。
もっと粗野に、乱暴に、鋭くふるまってほしかった。かつてボズゥを助けてくれた時のように。ボズゥもそのようにしたかった。
だが老人がそれを許さない。
(いやぁ、じいさんもだが何よりチビどもかぁ……あいつらを気遣っているからフェンリルも好きに出来やしねぇんだぁ)
幼く生意気盛りのダインとロッタ、盲人で弓も剣も使えないルクー。
いざという時を考えると、身軽に動けない存在だ。まず狙われるのは彼らからだろう。
(邪魔だよなぁあいつらぁ。おれのことを馬鹿にしやがるし……馬鹿にするといやぁヘルガもだなぁ。気ばっか強くて可愛げねぇ。何かと小言を言いやがる。女のくせして俺より背ぇ高いしよぉ)
初めて会った頃からそうだったと、ボズゥは思い出した。しつけと称して地の民達に血が出るほど折檻されても、ヘルガはあのきつい目つきで相手を睨むことを忘れなかった。
痛みで涙を流すことはあってもボズゥのようにいつまでも、めそめそ惨めに泣き続けはしなかった。そのことが面白くない地の民達は、その分ボズゥを痛めつけたものだ。
彼女がボズゥの半分でも泣いて許しを請えば、あれほど痛い目にも合わなかったに違いない。
そしてその頃からすでに、ボズゥに優しくなかった。
(あのブスいつか絶対に泣かしてやる。……あーあ、つまんねぇなぁ)
皆目障りだ。誰も彼もが、ボズゥの思うとおりには動かない。このくさくさした気持ちが吹き飛ぶような出来事でも起これば良いのに。
前を行くトルヴァ達の足跡を潰すようにしながら、ボズゥは歩いた。
【次の話】
【小説まとめ】
【こちらでもう少し先が読めます】
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【らくがきとか】
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