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(短編小説)色

男がまだ暗い朝に墨汁で濡れたティッシュを噛もうとしている。ボトルからブチュブチュと青い透明な皿を汚すように液体を出して、ティッシュを浸したらもうどうしようもないくらい真っ黒に濡れてしまう。そのまま垂れないように口の中に入れるとなにもしなくても墨汁が喉の方に流れ落ちてくるので、飲み込むためにそっと口を閉じる動きをする。たちまちティッシュの繊維が圧縮され、すこしの刺激で大量の汁が噴出する。鉄のような味。今度はしっかり噛むとテュッシュの繊維が噛みきれないまま口の裏に張り付く。
歯に

    • くらやみで

      生きるのはたくさんの顔を忘れることで 襖を汚す黒胡麻色の手がたが教えてくれた ほとんど言葉じゃない言葉で のっぺらぼうの友だちがダンスで教えてくれた うしろで小指で内緒で 忘れてしまった約束で 夜のやみで ようこちゃんはありえないほど興奮して猫を 「なんで?」 「いいよ」 「ちがうよ」 「ありがとう」 「やくそく」 「どこ」 なにかがニャーとないた 暗がりで 死ぬのはひとりきりになることで 蝶のような手がぼくを ひらいて待っていた

      • 心震える1冊「そだつのをやめる」

         それなりに本は読んでいるはずなのに「好きな本はなんですか?」と聞かれたら毎回困る。生来の移り気のため好きなものがころころ変わるせいだろう。でも助かったことに、与えられたお題は「心震える一冊」だ。これなら思い当たる節がある。著者の主義主張が肌に合わなくとも心は好き勝手に震えたり、跳ねたりするもので、それは半ば物理現象に近い。じっさい体がぶるっと震えたこともある。『そだつのをやめる』という詩集を初めて読んだときも体は震動し、口は「おー」と言う声をあげた。  俺が初めて買った詩集

        • 発掘された日記

          6月3日 メモ 『バルトの「アンドレ・ジッドとその日記に関する覚書」を読む』 「ジッドの日記は将来の批評家たちに、ジッドの自然科学への興味を長々と検討させることになるだろう。「(...)私は職業を間違えた。私がなりたかったのは、なるべきだったのは博物学者である」(『日記」,1305頁,1938年)。この好みがジッドに形の世界に長く注意深いまなざしを投げさせた。詩人はすべて、もう少し自分を押し進めれば、博物学者に近づくに違いない。」    ○ 小谷元彦(ビョークっぽいエキ

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        (短編小説)色

          沈黙の一歩手前で

          沈黙の一歩手前で 「鳥横の悲劇」 青い服を着て白い服をきない。赤い服をきないで黄色い服をきない。結果的に残ったものが肌の上にある。 永井さんは白木さんではない。じじつとして。 壁が四方にあるが部屋ではない。土がなく、空が見えない。人が二十以上はいる。もっといる。四角く区画された切れ込みが床を断裂させ、人が裂け目の間に入っているのがこわい。こわい。 場所には音楽が存在する。新しいページをめくろうとするたびにクレヨンでぐちゃぐちゃにされるように喋ろうとして口をひらこうとするた

          沈黙の一歩手前で

          日記 医師に体調不良を伝えることができない

          2日目に体調について書いてあります。 6月1日 六月二日現在。一日過ぎてしまったが、昨日のぶんを書く。 横浜に行きウィトゲンシュタインセレクションが二百五十円だったから買う。しかもクーポン使って百円引きだった。『偽金つくり』を五十ページほど読み進めた。かなり面白い。ヌーヴォーロマンの風が吹く。父親には「ドグマ」という名詞が当てがわれるが、息子シャルルがより強い言い方で家出息子を責めるのを倦怠をもって制止するという役割ももらっている。 友人とサイゼで遊んだ。 6月2日 今日

          日記 医師に体調不良を伝えることができない

          日記とか手紙がいいって信じてるわけじゃない。ただ信じなくてもものを書いていい

          日記とか手紙がいいって信じてるわけじゃない。ただ信じなくてもものを書いていい

          5月日記

          5月24日 最近は一キロのダンベルを持ち上げては下ろしてというのをたまにしている。まだ五日か六日目くらいだけど、元の筋肉量があまりにもなかったせいで腕がすこし太くなった気がする。まさか自分が筋トレをする日がくるなんて、昔の友達の池田さんに伝えたらなんと言うだろう。たぶん特に驚いたりはしてくれず「いいことだ!」と言うか、「めっちゃほっそかった日の白濱はもう見れなくなるのか」と言ったあとにはでもやっぱり「いいことだ!」みたいなことを言うと思う。なんか筋トレをしただけなのになにかで

          5月日記

          テーゲベックのきれいな香り を読んだ

          『テーゲベックのきれいな香り』を読んだ。詩人が書いた小説。詩人が書いた小説という甘い誘惑にまんまと引き寄せられた読者とは自分のことだ。とはいえ、「詩人が書いた小説」という触れ込みにまったく疑念を持っていなかったかというと、むしろ疑念じたいがこの小説を手にとった理由の大部分を占めていたようにも思う。 山崎修平が小説執筆に至った理由は「詩を外から捉えたかったから」らしいが、『テーゲベックのきれいな香り』を読んで受けたのはむしろ「小説という表現形式が内部から点検されている」という印

          テーゲベックのきれいな香り を読んだ

          しにかけてる。うおー

          しにかけてる。うおー

          ここでは実験し放題

          ここでは実験し放題

          お金のこと考えたくない

          お金のこと考えたくない

          思考の流れのスケッチ

          音楽を聴くと体からなにかが抜けて気持ちいいけど、抜きすぎるといよいよ文字が書けなくなる。ドゥルーズがカフカに対して「歌わないことで体中で歌っている」(うろ覚え)みたいなことを言っていて、溜めておくことも大事だと思った。溜めすぎると今度は抜くのが難しくなって、抜くために訓練が必要になるから、塩梅が難しい。 実作であれ鑑賞であれ、空っぽになってもいいと思えるような大きな作品に向き合うのがいいとされている。されているけど、最近は空っぽにならなくてもいいという思想も一般に認められやす

          思考の流れのスケッチ

          noteいっぱい更新したらいいねの数が減ってきた。もう俺はネットでは読まれない人間になった。踏ん切りがつくぜ。読んでくれたりいいねしてくれてる人はいつもありがとう。

          noteいっぱい更新したらいいねの数が減ってきた。もう俺はネットでは読まれない人間になった。踏ん切りがつくぜ。読んでくれたりいいねしてくれてる人はいつもありがとう。

          (詩)ゴールデンウィーク殺人事件

          私はいなかった。 自分の手で自分の口に轡をはめると丘のような背中を持つ動物に変身してしまうように。季節が蜘蛛の巣にひっかかってそれ以上少しも動かなくなるように。何回かページに手をかけ、開く前に閉じて、もう二度と開かなくなるように。 と言いたかった男が代わりに 「ゴールデンウィークに限らず連休は人を殺したくなる」 と言ったが聞き役は耳が悪かったので言葉は宙に浮いた。犠牲者の犬はそれを食べた。男は太ももを芋虫の行進のように左右に激しく動かした。 長い沈黙のあと男は甘い椅子か

          (詩)ゴールデンウィーク殺人事件

          (雑談)ねるまえのひとりごと

          ねむい。 いま表示されているディスプレイの文字にさわってみてほしい。文字の要素のうちさわることができる部分を名指す言葉はあるのだろうか。シニフィアンは感覚のことだから違うし「文字の形」というのも同じく感覚のことだ。私たちは実際に文字に触れることができ、指で触れたらその部分の文字は隠れる。しかしそれだけだ。実際に触れてみてもディスプレイの文字は私たちになにももたらさない。さわりながらにして接触は回避されている。言いたかっただけだ。 今電気を消してねようとしている。 印刷さ

          (雑談)ねるまえのひとりごと