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(詩)ゴールデンウィーク殺人事件

私はいなかった。

自分の手で自分の口に轡をはめると丘のような背中を持つ動物に変身してしまうように。季節が蜘蛛の巣にひっかかってそれ以上少しも動かなくなるように。何回かページに手をかけ、開く前に閉じて、もう二度と開かなくなるように。

と言いたかった男が代わりに
「ゴールデンウィークに限らず連休は人を殺したくなる」
と言ったが聞き役は耳が悪かったので言葉は宙に浮いた。犠牲者の犬はそれを食べた。男は太ももを芋虫の行進のように左右に激しく動かした。

長い沈黙のあと男は甘い椅子から立ち上がって事件を見つけた。
「丸くかたどられた四角い泉に死体が写っているではないか」
犠牲者の犬が吠えた。
どこかの階段で激しく動いている男がなにか言った。

「犬と、山羊と、鳥と、馬と、猫とがそれを説明しようとしているのに、めいめいがみんなそれを外国人の声だと言っている。猫は鳥の声だと思い、『自分が鳥語を知っていたならいくつか言葉を聞きとれたかもしれない』などと言っている。馬は猫の声だと言っているが、『猫語がわからないので、この証人は通訳をとおして調べられた』と書いてある。山羊はパンダの声だと考えているが、『パンダ語はわからない』のだ。鳥は山羊の声であることは『確かだ』と思っているが、『彼は山羊語を少しも知らないので』、ぜんぜん『音の抑揚で判断する』のだ。犬は熊の声と信じているが、『熊と話したことはない』のだ。そのうえ、もう一人の猫は、前の猫と違って、その声を犬の声だと思いこんでいるが、その言語を知らないので、鳥と同様に『音の抑揚で確信』しているのだ。さて、こういう証言の得られる声というのは、ほんとうに実に奇妙なただならぬものだったにちがいない⑴」

階段に黒い影が踊り、そのまま下に落ちて犬の形の死体となった。まだ暖かい肉の塊からぬるりと肋骨を一本抜き取り立ち去った者がいたが、誰も顔を見ることはできなかった。

声が影からして、アニメのような詩が聞こえた。それが犯人の声だったはずだ。確かにそれを聞いたはずだった。それなのに犯人がわからないのはなぜだ。


⑴ モルグ街の殺人事件
THE MURDERS IN THE RUE MORGUE
エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe
佐々木直次郎訳を一部改変

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