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拙作「Monument」の書かれ方 #2

 自分史を記し、読み返してみると存外にたくさんのエピソードの断片が得られました。

「亡き友を偲びバラ園に植樹する」

 この物語の骨子に、これらを上手に肉付けしていくため、前段階としてアイデア出しの作業が始まります。


 道具には仕事で使い慣れたものを用いました。

 方眼のリーガルパッドと万年筆です。

 万年筆というと、ペリカンとかモンブランみたいな恰好いいものを思い浮かべられる方も多いと思いますが、わたしのは国産のノック式。
 アルミ製でとにかく軽く、ボールペンのように気軽に使え、アイデア出しにはもっぱらこれをリーガルパッドに滑らせるのが常でした。
 また一度書くと、安易に消しゴムやdelete、back spaceキーで完全に消去することはできず、二重線を引くことになります。
 こうしておけば、その時はボツになったアイデアも、あとになって読み返したときに意外な用途で復活、といったことも一度や二度ではありませんでした。

 リーガルパッドというのはA4より一回り小さいレポートパッドのようなものです。
 濃い黄の地色のお陰で、コピー用紙などに紛れてもすぐに見つけることができ、重要な事柄をメモしておくのに適します。
 罫線もあったかと思いますが、アイデアを出すときには簡単な図表やポンチ絵も多様しますので、方眼が便利でした。

 ……もっとも、今となっては、この用紙に書き散らしたアイデアの山が、資料整理の悩みの種となっているのですが。


 この用紙一枚に、ひとつのシーンを記していきます。
 5W1H――いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのようにしたのか――で。

 こうしてジグソーパズルのピースが繋がっていくみたいに、断片に過ぎなかったエピソードが、いくつもの小さな塊にまとまっていきました。

 同時に、主要な登場人物も明らかになってきます。
 
 主要登場人物には、シーン表とは別に、履歴書というか経歴書というか、そんなものを書き出していきました。
 今、読み返してみると使えなかった部分も多く、毬野には八つ離れた非行少年(?)の異母兄がいることになっています。
 眞琴は自身の名前を姉の美鈴と比べて「男の子のようだ」として気に入っていません。
 香澄は嗅覚が鋭く、匂いに敏感……というか病院以外の未知の香りに興味津々。
 啓太郎は次第に粗野な言動が目につくことになっていました。


 こうして物語を優先でアイデアを膨らませ、まとめていった弊害で、一時は主要登場人物が6人にまで膨れ上がります。
 物語も現代パートで1年半、小学校時代の回想パートで丸2年に及んでしまいました。

 ここで一度、シーン表をカレンダーに当てはめて、時系列に整理し直します。

 結果として、シーン数の多い、密度の高いシーズンと、閑散とした時期とがあることが判明しました。

 毬野は北海道と故郷の間をボランティアのためだけに三度も往復することになり、香澄の死後も三人はその関係性の修復に叶わぬ努力を継続し、回想パートは1年半近くにわたって続きます。

 ――これでは、あまりにも冗長。

 ここで大ナタを振るって、物語の全体像を整え、現代パートは日曜の夕方から金曜日の朝までの六日弱+半年離してエピローグに、回想パートは実質四月から九月の五カ月に切り詰めました。
 結果として予定していなかった「幕間」が加わり、主要登場人物は二人減って、その一人が騎馬戦で毬野らと馬を組んだ山岸です。


 そして最後に、書き連ねたシーン表を基にして、一連の映像を思い浮かべてみます。一本の映画を観るみたいに。

 当初はカメラアングルや風景、光や色といった視覚情報と、声、音などの音声情報が主でした。
 が、それを繰り返していくうちに、だんだんと香りや味覚、皮膚感覚などの五感すべてに、そして登場人物それぞれの想いへと発展していきました。

 この最後の作業は、主に入浴中、行っていました。
 長風呂に文句を言われた風呂上り、湯冷めするのも構わずに、思い付きを書き加えてシーン表を膨らませ、前後を入れ替え、回想パートを差し込んでいきます。

 物語の流れに、不自然な部分がなくなるまで。

 実を結ぶかどうかも定かではなかった物語に、次第に光明が射してくるのが実感できる。
 そんな充実の日々でした。

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