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冒険ダイヤル 第14話 こたつ授賞式

「あたし寒くなってきちゃった。亮君、この黄色いのずっと着ててもいい?」
奈々美はあんなに恥ずかしがっていたビニールのベストの中に亀のように両腕を引っ込めていた。
「着て帰ってもいいよ。それ着て毎月うちのお父さんと環境保全活動に参加したらいいよ。僕もやるからさ」と亮は言った。

その姿を何気なく見ていたとき深海は急にひらめいた。
もう一度、野田さんのメモと新しいヒントの数字を確かめる。
そして魁人のそばへ行って耳打ちした。
「魁人、私わかった。最後の問題の答え」
「ほんとか?」

そのとき野田さんが言い出した。
「そうだ!忘れてたけど、深海ちゃんの家に電話しないと。もしかしたら家の人も伝言を聴いてケガの心配しているかもしれないし、解散の時間をとっくに過ぎてるもの」
「あ、もう来た」と大輔が指さした方向を見ると、お母さんが買い物用の電動自転車で息を切らして走ってくるところだった。

「ふかみ、そのサンダルどこでもらったの?なかなか帰ってこないから心配したのよ。もうすぐ暗くなっちゃうからとりあえずみんなうちに来なさい。ひとりずつ家に送ってあげる」
お母さんは早口でまくしたて、ひとりひとりの無事を確かめて携帯電話から保護者たちに連絡した。全員ひとまず深海の家に向かうことになった。
いつの間にか空はオレンジ色に染まりはじめていた。

   *

「発表。優勝者はふかみです。拍手!」
魁人が宣言すると子供たちからぬるい拍手が起こる。
深海の家のリビングで、こたつの中にぎゅうぎゅう詰めになりながらの授賞式だ。
こたつの一辺につき子供ふたりがくっついて入っている。互いの足がぶつかりあっても誰の足かなんてわからない。
みんなくすぐったくてくすくす笑い合う。

「コース順に正解を言うよ。インドネシア・マダガスカル・ウズベキスタン・スウェーデン・中国・グアテマラ」

駿が言うと、みんなから何ともいえない吐息がもれた。
「ウズベキスタンってどこ?聞いたこともないよ」
「言われてみればそんな名前の国あったような」
「ええ〜?野田さんすごい。そんなのどこで覚えるの?」
「【世界ふしぎ発見】で」

「ふかみちゃん、よく知ってたね!」
奈々美にほめられて深海はちょっときまりが悪かった。
深海もウズベキスタンという国があると今初めて知ったのだから。

駿はこたつの上にらくがき帳を広げて、先ほどの国名をこんなふうに書いた。

 第3コース ウズベキスタン
 第6コース グアテマラ
 第1コース インドネシア
 第4コース スウェーデン
 第2コース マダガスカル
 第5コース ちゅうごく

「さっきあげた数字のヒントは、コース番号だよ。3・6・1・4・2・5の順に答えを並べて、こうやって頭文字だけを読むと…」
魁人が頭文字を丸で囲む。
「ウグイスマち…鶯町?」
みんなようやく気が付いた。
 
深海はもじもじと言う。
「ウズベキスタンっていう国の名前は知らなかったの。だけど野田さんが書いたのとみんなが着てる服をぼーっと見てたら、なんとなく〈鶯町〉って言葉が頭に浮かんできて…三問目の文字に〈う〉が入ってるから間違いないって」

一同はさっきより大きく拍手した。
「ふかみにしては上出来」
「いい勘してるな」
駿と魁人が褒めてくれたので深海は嬉しくて傷の痛さも忘れてしまった。

そうしているうちに奈々美のお母さんが迎えにきた。
ちょうど深海のお父さんが仕事から帰ってきて、あとの四人もお父さんが車で家に送り届けることにした。
全員が車に乗ることはできないので魁人と駿は待つことになった。
 
みんなを見送るとき、魁人は手を振りながら大声で叫んだ。
「家に帰ったら地図の白いところにアイロンをかけてみて!」
外はもう真っ暗で冷え込んでいた。残った三人はそそくさと戻ってこたつにもぐりこんだ。

「あなたたち、一緒に晩ご飯食べていったらどう?家には連絡しておいてあげる」とお母さんに言われて魁人は嬉しそうだった。
「クリームシチューの匂いがする」
「魁人は食い物の匂いに敏感だよな」
「ねえ、さっきのはどういう意味だったの?」
深海は地図の白く空いたところを触りながら尋ねた。
「アイロン借りてきなよ」と魁人。
 
言われるままにアイロン台を引っ張り出して、深海は地図の余白に高温に熱したアイロンをあてた。
しばらくして、薄い茶色をしたこんな文字が浮かび上がった。

  171 おぼえていて 

「駿とふたりで昨日地図が完成してから書いたんだ。あぶり出しっていうんだよ」
「これでみんな絶対に忘れないだろ?」
「どうやって書いてるの?」
深海は地図を蛍光灯に透かしたりこすったりしてみた。時代劇で見た隠密がこんなものを使っていた気がする。

魁人は得意げに話した。
「みかんの汁を絞って、割り箸の先をひたして書くんだよ。乾くと透明になるけど、熱するとみかん汁の成分が焦げて茶色くなるんだ」
駿は黙っていたけれど満足そうに微笑んでいる。ふたりがうきうきとこれを書いているところが目に浮かぶようだった。

「お前がみかんをくれたから思いついたんだ。ありがとな。楽しかった」
魁人はこたつ布団に頬をこすりつけながら「は〜あ、ほんっとに楽しかった」とくり返した。

お父さんがみんなを送り届けて帰るまで待つつもりだったのに三人のお腹が盛大に鳴りだしたのでお母さんは先に夕食を出してくれた。
三人ともクリームシチューをおかわりした。
「ふかみ、ケガしたとこ大丈夫?」
「あんな怖い階段に平気で登らせたくせに今ごろ何言ってるの?」
「おれのいないとこで狸を見たなんて、お前たちだけずるい」
「じゃあ次は三人で行こう」
「こいつ、最初に行ったときは鳥居が気味悪いから入りたくないってめちゃくちゃ嫌がってたんだ。それなのに深海には平気なふりしてたんだ?」
「うるさいな」

「ところであの変な図形は何だったの?」
「地図をよく見てみろよ。公衆電話のあるポイントを図形の点とくらべてみな。おんなじ配置だろ?コースの終わり地点にコース番号をふって、図形通りに線で結ぶと、中心点から3・6・1・4・2・5の順番になるんだよ」
「うわあ、気が付かなかった」
「野田さんは右下の離れた点に気が付いたけど、これが出発地点を表してるってことはピンとこなかったみたいだね。このヒントはひねり過ぎた」
「おかしいなあ。地図と見比べたらすぐ解けると思ったんだけどなあ」
 
こうしてしゃべっているうちに、ひどい眠気が襲ってきた。
こたつに頬をくっつけて、ふと横を見ると駿も魁人も半分目を閉じてこっくりこっくり頭を揺らせている。
やがてふたりは眠ってしまったらしく静かになった。深海も段々と意識がぼんやりしてきた。
お母さんが「今日は泊まらせてかまいませんか?この子たちもう寝ちゃってて…」と電話しているのが遠くから聴こえた。

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