医師不足につけ込む紹介ビジネス
前回<「求める医師像」を共有してますか>では、医師の早期離職の一側面として「採用リテラシーの低さ」を述べましたが、問題は、医療介護業界の「人手不足」につけ込む「悪質な人材紹介会社」にあることは論を待ちません。今回は医師紹介会社のビジネス、特に収益源である「紹介手数料」の仕組みと、大手でも「質の低いエージェント」が生じる原因を考えます。
紹介手数料のしくみ~求人側に募る「不平・不満」
医師紹介会社の収益源は、医師求人施設から徴収する「紹介手数料」です。人材紹介には一般紹介・登録型とサーチ型(ヘッドハンティング)がありますが、多くは初期費用なしの一般紹介・登録型です。これは採用が決まった時点で費用が発生する「完全成功報酬型」になります。一方、サーチ型(ヘッドハンティング)では、契約時に着手金が発生し成約時に成功報酬が請求されます。
求職医師には直接関係がありませんが、「紹介手数料」は採用が決定した医師の「理論年収」に手数料率をかけて算出されます。「理論年収」とは、月給12か月分+賞与+諸手当の合計です。手数料率は「職業安定法」で定められており「上限手数料」と「届出制手数料」があります。「上限手数料」は、六か月の賃金の10.5%以下の手数料の徴収ができ、670円以下の「求人受付手数料」を求職者から徴収できます。一方、「届出制手数料」は料率50%を上限に手数料率を自分たちで決められます。ほとんどの紹介会社は「届出制手数料」を選んでいます。
手数料率は看護師や介護職員では30~35%、医師は20%が通例です。病院が理論年収1500万円で先生を採用したら、手数料率20%の場合は300万円が就任月の末日に一括請求されます。さらに就任から半年を過ぎたら、医師都合で辞めても、これを返戻しない契約が一般的です。
先生が紹介会社を利用しても費用は一切かかりません。医師(求職者)から手数料を徴収することは、同法で禁止されているからです(芸能家・モデルなど一部例外あり)。悪しざまに言えば、医師紹介会社は「求職医師」を商材に、病院から徴収した「手数料の最大化」を追求する営利企業です。そもそも「非営利が建前」の医療者で、医師紹介会社という営利企業に「違和感」を持たない人は、まずいないでしょう。
この違和感以上に、求人側の病院、介護施設には、高額な紹介手数料への不満が募っています。曰く「医師採用後の早期離職などへの対応は不十分」であり「メールと電話だけで国産車以上の請求は高すぎる」「仕事が杜撰」「すぐ辞める医師を紹介するなら手数料を返せ」という声があります。これは「病院の人材紹介手数料」に関するアンケート結果で確認できます。
医師に半年以内で早期離職され、また採用しないといけないという悪循環が、紹介手数料も含め「採用コストの増大」を招き、病院経営に大きな打撃を与えています。
一部のエージェントとはいえ、入職した医師に早期退職や転職を促したり、医師の適性より自社の収益優先で動く姿が見え隠れしています。いずれは医療業界を超えて、社会の批判の嵐にさらされるでしょう。これを見越してか、業界大手を中心に一般社団法人で「職業紹介優良事業者認定制度」ができました。
ところが、認定事業者リストには個人的に「?」と思う企業名が並んでいます。厚労省の威を借りて業界批判をかわす意図を「薄っすら」感じます。事業者単位ではなく、個人の資格制度にすれば良いと思うのは私の「僻み」でしょうか。また申請条件には「直近2年間で通期10人以上の常勤実績」があり、まともな紹介をしていても、中小企業や個人事業主は申請できない仕組みです。
さて、批判の声は病院だけではありません。求職医師からも「希望を無視されたように感じた」という声をよく聞きます。医師紹介の現状を知っていただければ「質の低いエージェント」が、こうした不満の根底にある問題だと判ります。
「質の低いエージェント」発生は、人材育成の問題?
人材紹介業は参入障壁が低く、職業紹介責任者講習を1日受講すれば未経験者でも責任者として認可されます。事業所で1人受講していれば良いので、入社したその日からエージェントを名乗れます。エージェントたちの前職はさまざまで、1~2年でこの業界から離れたり、同業他社に移ったりと落ち着きがありません。このため各社とも人材育成に力が入っていません。
人材紹介業は大手であっても、基本は個人プレーです。気質的には個人事業主の人が多く、後輩を熱心に教育しない傾向があります。ドクター担当のCA、法人担当のRA、オペレーション・スタッフで社内分業していたり、一人で一気通貫など会社のスタイルは異なりますが、人を育てるのには時間がかかるので、各社とも「エージェントの質」がまちまちです。もしかしたら「小言の多い事務長」に外で鍛えられている人が多いのかもしれません。
一人前に育ったとしても、所属する紹介会社は「個人の成約件数」と「四半期の売上成績」で評価する「純然たる営業会社」です。成績上位者にはボーナスやインセンティブが与えられます。でも、成績下位の20%は昇給なしか、減給が待っています。どこまでやるかは会社によって差はあれど、エージェント達には「売上達成」のプレッシャーが常に掛けられています。高年俸求人を優先し、短期間に成約を積み上げたいという「誘惑」に駆られないエージェントは多分いないでしょう。
紹介手数料の仕組みと相関する「質の低いエージェント」
紹介手数料は3つの要素で増減します。「医師の年俸」「医師の紹介数」そして「紹介手数料率」です。このうち「紹介手数料率」を増やそうと、「今後の紹介料率は30%です」と言ったところで、病院には相手にされません。しかし、残る2つの「医師の年俸」と「医師の紹介数」はエージェント側で動かしやすい変数です。
「ノルマ達成」の誘惑に負けたエージェントは、「高年俸」であれば、医師のニーズを無視して不適切な施設でも押し込もうとします。また、短いスパンで入職を決めていけば「紹介数=回転数」をアップできます。自社の四半期決算が近いと「早く決めないと大変なことになります」と必要以上に「煽り」ます。
こうやって2つの変数を動かすことで売上を達成する「質の低い、残念なエージェント」が発生します。そこに医師や病院の希望などが入り込む余地はありません。そうして売上達成をした彼らを「表彰台」に乗せない会社を聞いたことがありません。こうして「良心」が痛む社員は、黙ってこの業界から去っていきます。
「質の低いエージェント」の発生は、紹介業界の構造的な問題なのです。
次回<タイプ別・残念で使えないエージェント>では、その実態を説明します。