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2度目の就職の話 【薬局編 ⑩】

「今週金曜日の夜、空いてる?」
いつになく笑顔の桐島さんに声を掛けられました。
「院長先生のお気に入りのステーキのお店があるらしくて、よかったら薬局の皆さんも一緒にって」
食事会か…私は前職の苦い記憶が甦りました。
けれど、今回は給料日直後だから大丈夫かな。
私は会費について桐島さんに訊ねると、
「心配しなくていいのよ。院長先生だもの。ごちそうしてもらえるに決まってるじゃない」との回答でした。

薬剤師である桐島さんや蒔田さんだけではなく、私も平等に誘って下さったことが意外で嬉しく思いました。
院長先生は私を個性的な子だとは見ずに自然に接して下さいました。
やがて最終的に配属される部署で自信をなくしていた私に助け舟を出し、力を引き出そうとしてくれる存在となります。

六甲山系が背後に迫る古い家と商店が立ち並ぶ辺りに鉄板焼の暖簾のあるその店がありました。
隠れ家的な小さな店の外観を見て、世間知らずな私は(鉄板焼、お好み焼きかな?)という思いが頭を過ぎりました。
自分の中ではステーキと言えば、白いお皿に乗ったコース料理のステーキのイメージしかなかったのです。

店内の中央に位置する大きな鉄板の周りに横並びに座る私達。
院長先生がおかみさんにいつものでと注文したガーリックの効いたサイコロステーキは、忘れられない最高の思い出の味となりました。
ステーキを焼いた後の鉄板でつくったガーリックライスも絶品でした。

院長先生が気を利かせて下さったおかげで会話も弾み終始和やかなムードで時間が過ぎましたが、帰路に向かう道すがら、桐谷さんが穏やかな口調で私に言いました。
「上村さんにコップを買って返したほうがいいわよ。若い人同士、誠意を持って対応すれば気持ちは通じるはずよ」と。

これまでの人生で人と上手く行かないことが多かった私にはそうは思えなかったのですが、桐島さんの真摯なアドバイスを信じて行動してみることに決めたのでした。

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