アルツハイマー病の新薬、レカネマブは希望をもたらすか
1月6日、エーザイからプレスリリースがなされました。
近年、エーザイからは、アルツハイマー型認知症の新薬がつぎつぎと発表されています。
そのひとつが、アメリカのFDA(食品医薬品局)で承認されたというニュースです。
アルツハイマー病ってどんな病気?今回の薬はどんなものなの?
今回はこちらを解説していきます。
アルツハイマー病ってどんな病気?
アルツハイマー病は、正式名称はをアルツハイマー型認知症といいます。
そもそも認知症とは、なんらかの原因により、社会生活がひとりでは困難なレベルにまで認知機能(=記憶することや、時間・場所・人物の認識をすること、言葉をはなすなどの能力のこと)が障害された状態のことをさします。
認知症の原因疾患はいろいろなものがありますが、そのなかの65~70%をしめるのがアルツハイマー型認知症です。
一般的に、症状のすすみかたはゆっくりで、年単位で徐々に悪くなっていきます。
最初は、新しいことをおぼえられなかったり、同じことを聞き返すような、軽い記憶障害からはじまります。
徐々に、年月日がわからなくなり、買い物など日常生活ができなくなります。
進んでくると、迷子になったり、家族の顔がわからなくなったり、入浴・着衣・トイレなどが困難になり、言葉を話すことや、歩くこともむずかしくなります。
最終的には寝たきりになってしまいます。
原因は認知機能をつかさどる大脳の萎縮で、これにはアミロイドβというたんぱく質が関連しているのではないか?として研究がすすんでいますが、はっきりとした病気の原因はまだわかっていません。
現在、日本では4種類のくすりが承認されています。
コリンエステラーゼ阻害薬のドネペジル(商品名:アリセプト®)・ガランタミン(商品名:レミニール®)・リバスチグミン(商品名:イクセロン®・リバスタッチ®)と、NMDA受容体拮抗薬のメマンチン(メマリー®)です。
しかし、いずれも症状のすすむスピードを遅くする効果しかありません。
前述のとおり、アルツハイマー病の患者さんの脳のなかには、アミロイドβというたんぱく質がふえていることがわかっています。
アミロイドβを減らしたり、取り除いたりすることで、アルツハイマー病を治療しようとする取り組みが、多くの新薬のコンセプトとなっています。
アルツハイマー病へ、挑戦の歴史
2003年以降、アルツハイマー病の治療薬をFDAが新たに承認することはありませんでした。
15年以上も、新しいくすりは生まれていなかったのです。
治療薬開発の困難さには、いくつかの理由があります。
① 脳に有害なアミロイドと、無害なアミロイドを識別する薬を開発することが困難
② 持続的にアミロイドを排除しつづける薬を開発することが困難
③ 脳には血液脳関門という脳を保護するバリアが存在するため、そのバリアを超えて脳へ浸透する薬をつくることが困難
④ アルツハイマー病の患者さんの脳の中には、アミロイドだけでなく様々な物質が多様に変化しており、同じ疾患の患者さんを集めても、個人個人でばらつきが大きいこと
これまでも、さまざまなくすりが登場しましたが、有効性が見出せず消えています。
たとえば、BACEiというアミロイドβをつくりだす酵素が発見され、この酵素のはたらきを弱める薬が開発されました。
こちらは第3相試験(※1)において、70%以上の脳のアミロイドβを除去する効果があったものの、アルツハイマー病の症状そのものを改善できませんでした。
(※1 第3相試験:アルツハイマー病の患者さんを集めた大規模試験。1000人規模の患者さんに投薬して結果を解析しています。)
また、ソラネズマブというアミロイドβを除去する抗体製剤(※2)も、アミロイドβを脳内から除去できたものの、症状をそのものをよくすることはできませんでした。
(※2 抗体製剤:病気の原因となる特定の異物にはたらきかけ、その異物を生体内からとりのぞくタンパク質のことを抗体とよびます。われわれが感染症などをおこしたとき、からだが抗体をつくりだすことによってウイルスや細菌などが排除されます。この抗体を人工的につくり、薬にしたものが抗体製剤です。)
バピネズマブという抗体製剤も、アミロイドを広く取り除く作用があるといわれていましたが、結果的にはアミロイドβを除去する効果も、アルツハイマー病の症状を改善する効果もみられませんでした。
そんな中、2021年にFDAが条件付きで承認したのが、やはりエーザイとバイオジェンというアメリカの大手製薬会社が開発した、アデュカヌマブというくすりです。
およそ18年ぶりの承認とのことで、当時もニュースになりました。
18年ぶりの新薬、アデュカヌマブ
2021年6月、約18年ぶりにアルツハイマー病の新薬として、アデュカヌマブという薬がFDA(米食品医薬品局)に条件付き承認を受けました。
このアデュカヌマブは、日本の製薬会社エーザイとアメリカの製薬会社バイオジェンが共同開発した抗体製剤で、アルツハイマー病患者さんの脳内に増えるアミロイドβにはたらきかけ、その量をへらす作用をもちます。
アデュカヌマブがFDAに承認された経緯を語るには、EMERGE試験とENGAGE試験という2つの第3相試験を知る必要があります。
EMERGE試験とENGAGE試験とは、いずれもおよそ1600人の軽症アルツハイマー病患者さんを対象にアデュカヌマブとプラセボ(偽薬)を投与し、症状の変化を解析した試験です。
いずれの試験においても、アデュカヌマブがアルツハイマー病の症状進行をおさえなかったとして、2019年3月に開発の中止がいったん発表されていました。
ところが2019年10月、EMERGE試験で得られたデータの追加検討により、アデュカヌマブが認知機能低下の抑制に有効であったとのプレスリリースがなされました。
一方で、ENGAGE試験で得られたデータの追加検討では、有効性が認められませんでした。
この2つの試験の結果と安全性のデータをもって、2020年7月にはFDAにアデュカヌマブの承認申請が行われます。
2つの同じデザインの試験で違う結果が出たことに、FDAでも承認するか否かの意見は割れたようでした。
結果的に、2021年6月にAccelerated Approval Pathwayという手続きで承認されます。
これは、重篤で生命を脅かす可能性のある疾患に対し、従来の薬と比べて有効性が不確かな段階ではあるものの、利点が大きいことが期待される薬剤に対して行われる承認です。
FDA は承認後、2030年までに改めてアデュカヌマブの臨床的効果を評価し直すことを開発者に求めており、結果次第で承認を取り消すとしています。
有効性が不確かであることに加え、脳浮腫・脳出血などの重大な有害事象の報告があることや、年間5万6000ドルかかるといわれる高額な薬価が問題点とされています。
承認から1年経った現在、米国では高齢者向けの保険適応からも除外されていますし、EUでは承認見送りとなっています。
米国の病院でも処方されることは少なく、見通しは厳しいと言わざるを得ません。
今回FDAに承認された、レカネマブとは
そんな中、先日FDAが緊急承認したのは、同じくエーザイとバイオジェンが共同開発したレカネマブという薬です。
アミロイドβに対する抗体製剤という点では、アデュカヌマブと大枠のコンセプトは同じです。(正しく言うと、ターゲットとなるアミロイドの構造が異なるのですが、詳細は省きます)
レカネマブの有効性は、CLARITY-AD試験として、11月29日にアメリカの学会で発表されました。
この試験は、軽症アルツハイマー病患者さんを約1800人集め、2群にわけてそれぞれレカネマブかプラセボ(偽薬)を18か月間投与し、症状の変化や脳内のアミロイドβ量を比較した第3相試験です。
この結果、レカネマブ群はプラセボ群と比べ、CDR-SBという認知機能を評価するスコアを27%改善しました。
また、その他の認知機能評価スコアも改善させ、脳内のアミロイドβ量も減少させました。
これまでの薬はどれも、認知機能低下をおさえる効果が証明できなかったことから、この結果は鮮烈でした。
FDAはこの発表をもって、緊急承認するに至ったというわけです。
ただし、まだまだ問題点は山積で、日本でも承認にいたるには多くの壁があります。
① 18か月という、短期間投与でのデータであり、長期的な効果や有害事象が不明であること
② 今回のCLARITY-AD試験にふくまれる患者さんは、あくまで軽症の、かつPET検査で脳内のアミロイドβが証明された方であること。(すべてのアルツハイマー病患者さんに薬が有効なわけではない)
③ 脳内のアミロイドβの評価にPETを使ったり、有害事象のチェックのためにMRIや腰椎穿刺を定期的に行わなければならないこと。(よほど医療インフラが整っていないと管理が難しい)
④ 薬価は年間2万6,500ドルと高額であること
⑤ CLARITY-AD試験においても、14%の患者さんで微小な脳出血や、脳浮腫の副作用がおこったこと
⑥ 死亡例の報告があったこと。とくに抗凝固剤との併用でリスクがあるとされている
⑦ CLARITY-AD試験の結果にあるCDR-SBの改善は、患者さんが改善を自覚できるほどの効果ではなかったこと
1月末にEUで承認されるかが注目されていますが、見通しは必ずしも明るくはありません。
しかしながら、アルツハイマー病の患者さんは、元来脳の中のアミロイドβが増えることはわかっていましたが、アミロイドβが病気がすすむ原因であるのか、それとも病気がすすんだ結果発生したものなのかは、長らく結論が出ていませんでした。
前者であれば治療のターゲットとすることで薬となり得ますが、後者であればターゲットにしてもあまり意味がありません。
今回の結果は、この論争にひとつの結論をもたらすものであると言えます。
参考文献:
1. van Dyck CH, Swanson CJ, Aisen P, et al. Lecanemab in Early Alzheimer's Disease. N Engl J Med. 2023;388(1):9-21.
2. The Lancet. Lecanemab for Alzheimer's disease: tempering hype and hope. Lancet. 2022;400(10367):1899.
3. Walsh S, Merrick R, Richard E, Nurock S, Brayne C. Lecanemab for Alzheimer's disease. BMJ. 2022;379:o3010. Published 2022 Dec 19.
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