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イギリスがやらかしたパレスチナとイスラエルの対立〜バンクシー巡りの旅〜

パレスチナ自治区ベツレヘム妄想旅行計画 2

 ここで簡単にパレスチナ・イスラエル問題を紐解いておこう。歴史的には紀元前1000年現イスラエルのあたりには、古代イスラエル王国(ユダヤ人 国家)が存在していた。交通の要所であったこの地は度々侵攻を受け、滅亡。紀元前100年ほど前には、ローマ帝国がこの地を占領しユダヤ人たちは世界各地に散らばっていった。

 しかし、ユダヤ民族にとってはここは、神から約束された土地であり、ここに再びユダヤ人国家を建国することが悲願だった。それから月日は流れ、第一次世界大戦までこの地はオスマン・トルコ帝国の統治下であり、散ったユダヤ人の代わりに長い時間をかけ、パレスチナ人がこの地に住み続けていた。もちろんユダヤ人も長い年月の中で、この地に多くのユダヤ人が世界各地から戻ってきていた。その頃、この地ではパレスチナ人とユダヤ人は良き隣人として共にこの地に住んでいた。

 それが大きく転換したのはイギリスの第一次世界大戦中の出来事だ。イギリスは敵国トルコに勝利するため、この地に住んでいたパレスチナ人を含むアラブ人(オスマントルコはトルコ人国家であって、アラブ人とは違う)に、対オスマン・トルコ帝国への攻撃を示唆する。そしてその見返りとして、戦後この地にアラブ人国家の設立を約束した。一方で世界各地で金融業で成功していたユダヤ人に対しては、戦費の確保のため協力を求め、その対価として戦後この地にユダヤ人国家の設立を約束した。これが現在のパレスチナ問題の根源だ。個人的な感想を言えば、イギリス無茶です。イギリスは戦後、責任を国連に投げ、決議によってこの地を分割、パレスチナ人国家とユダヤ人国家という2つの国を作ることとなる。

 これには当然、パレスチナ(アラブ連合)、イスラエルともに納得せず衝突が始まる。第一次中東戦争がはじまり、これまでに第四次中東戦争まで行われている。ただし、アメリカ・イギリスの強力な支援を受け、一次から四次まですべてイスラエルが勝利している。

 2002年に降誕教会で立てこもり事件が発生した。この教会はイエス・キリストの生まれた場所に建立されているとしている。イエスは馬小屋で生まれたという話は聞いたことがあるが、ここの祭壇の下にはイエスの生まれた洞窟があるらしい。馬小屋じゃないのかとおもうなかれ、かつてこの洞窟を馬小屋として使用していたようだ。2002年パレスチナ武装勢力がここに立てこもり、イスラエル軍は教会を包囲、一ヶ月もの籠城をしていた。このときこの教会の司祭が仲介交渉をした。この事件をユダヤ人対パレスチナ人と考えるは簡単だが、イスラエルはユダヤ教でパレスチナはイスラーム、立てこもったのは建物はキリスト教と捉えると、この地がいかに三者が築いてきた土地であるのかが垣間見える気がしてならない。

読んでくれた人へ
 今後、定期的にシルクロード横断日記や行きたいけど行けないという悶々とした気持ちで書いた、脳内妄想旅行の計画などをアップする予定です。お暇なときにでも、そちらも読んでやってください。ありがとうございました。スキをしてくれると僕のテンションが上がります。ファローしてくれたらうれション状態です。よろしくお願いします。人生の無駄遣い万歳^_^
HPやってます。いろいろな旅行関連記事を書いているのでよかったら寄ってみてください(^^)


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