祖母という壺の回 ~30歳になるまでに解きたい呪い~


祖母という壺


 新しい家は4LDKだったと思う。
 前の家は2階建てで3LDKに祖母付き。
 
 あの意地悪な祖母が引っ越し先に来ないことが嬉しくてたまらなかったが、結局父がいるのでどっちを優良物件かは選べないが祖母がいないことは良であった。

 

 祖母がいる2階に上がって滞在できるのは長男だけだったが、いつだったか私は何か頼まれ事があったのか呼ばれたかで2階に上がったことがある。

 長くて狭くてツルツルした階段は滑りやすくて危なかったこともあり、私は気を付けるようによく言われていた。
 まぁ、気をつけなさいとか言われてても起こるよね失敗って。 むしろ言われたことはだいたいやってしまう、これがフラグというやつなのだろう。


 2階から降りるとき、5段下りたあたりで真っ逆さまに転げ落ちた。物凄い音が響いてキッチンにいた母は飛び出して来て、2階にいた祖母も少しして出てきた。
 そして、当の私は玄関に転げ落ちていた。

 階段は玄関横にあってその20段近くを転げ落ちた勢いで、玄関にコロンっと。

 母はあの時、私の心配もしたけど玄関に飾ってある壺が割れていないかを何度も心配した。
 それは壺が割れていたら出血だとか破片がどうとかの心配ではなく、壺は傷ひとつなく生存しているかの心配をした。
 そして、祖母は私を見て「ほら、落ちた」と言い放ち、「壺は割れてないでしょうね?」と続けた。

 このときの祖母が私を見下ろす顔は、血の繋がる祖母の顔ではなかったし近所のお婆さんとかでもなくて、本当に他人の目をした老人そのもの。

 母と祖母は何か言い合いを始めるなか私は玄関でコロンと転がったままだったので自力で這い上がった。
 階段を下りるとき手に持っていた玩具が誰よりも心配される壺の後ろに隠れてしまって、私はそれに手を伸ばしたかったが出来なかった。

 夕飯前にトイレに行くふりをして玩具を救出したが、その時一瞬だけ壺を割ってやろうかと思った。
 誰よりも心配される壺が羨ましかったのか、この壺の生存確認で祖母と母が言い合いになったからか、玩具を冷たい玄関に一人寂しくさせたせいか、それとも全部か。


 壺に罪はないけどこいつを割りでもしない限りスッキリしない、でも玩具を持ちながら階段を下りた自分が悪い。

 そうわかっているのに、壺が憎かった。

 睨んでも動かないし、持ち上げてみようとしても重すぎて動かない。
 でもこいつに報復をしたかった。
 どうにか何か自分にできることはないのか。
 

 そこでひらめいた。

 持ち上げることはできないけど、ずらすことならできる!
 玄関には4つも壺があったと思う。
 とりあえず私は玩具を隠した壺に対して復讐を計画した。

 毎日少しずつ触ってやろう、壺を回して見える絵柄を変えてやろう!と。
 どう考えても馬鹿らしい復讐だけど、壺の絵柄を少しずつずらしている時は気分が良かったし壊れることを危惧している祖母の目を盗んで触りまくることはとてつもなく、爽快だった。

 誰にもバレないように玄関に行けば壺を触り、玄関で靴を履くとき誰もいなければ壺を回す。

 これが日課になったし、復讐をいつのまにか忘れて毎日コソコソと触ってやるのが楽しくなっていた。


 大事にしているなら壊してやる!とか思ったわけじゃないけど、ちょっと悲しい顔を見たかった。
 やっつけることが出来ない祖母という老人を壺に重ねていた。

 同じように嫌われる次男の分までも勝手にやり返したくなっていたし、いつだって祖母に守られる長男への恨みも少しあったのかもしれない。

 だいたい祖母は家にいるだけでご飯の仕度だってしないし洗濯物だって掃除だって基本母任せ。

 まさに壺だった。
 そこにあるだけで重々しく威圧感を与えるところも動きやしないところも。

 だから余計に幼い私は壺に恨みをもった、のかもしれない。


 この復讐は誰にもバレることなく引っ越すまで遂行できたし、新しい家に復讐相手が来ることはなかった。
 そして祖母という壺もついて来なかった。

 それが本当に嬉しかった。

 なのに、祖母は定期的に母の不在の時間を狙ってやって来て嫌味ばかりを置き土産にする。
 学校から帰ってきて祖母が訪問していると本当にうんざりしたし、祖母も帰ってきた私を睨んでいた。


 そして、この壺ババアはとんでもないことをしでかすのだった。





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