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「神様のひとさじ」最終話


アダムは、うたた寝をしていた。

目が覚めると、目の前には、すっかり冷めた紅茶が二人分、用意されていた。

「あれ?」
誰と、飲もうとしていたのだろうか。

向かい側の椅子を見据えた。
思い出せない。椅子の向こうには、ふかふかのベッドがある。誰か、大切な人が眠っていた気がする。
「イブ?」
自分の片割れの女性、イブは何処だろうか。

アダムは席を立った。胸がざわつく。彼女は何処だ?
突き動かされるように、外に出た。

「イブ⁉」
見当たらない。
朝を迎えた楽園では、藁人間達が作業を開始している。

「イブ!どこに居るの⁉」
楽園中を走り回って、彼女の痕跡を探した。
何処にも居ない。
イブが居ない。

心臓が絞られたように痛んだ。
そうだ、お腹がすいて実を食べに行ったのかも知れない。
そう思い、赤い実の成る木へ走った。

「イブ?」
木の根元には、何処か見覚えのあるサンダルが、片方だけ落ちていた。そして、木に実はなかった。
「イブ⁉」
サンダルを拾い上げて、必死で彼女の名前を呼んで、アダムはもう一度楽園を駆け回った。

居ない。
彼女は何処へ行ったんだ?

ふと、思い出した。

「僕のイブを、唆した奴がいる……確か、ヘビとかいう人間だ」

この地に、ポツポツと生まれた、偽物の人間。
この辺りにも住んでいたはずだ。

「イブを取り戻さないと……」
アダムは、サンダルを握りしめた。
 



「ゆらゆらして、気持ち悪い」
「それは、船酔いだ」
海岸沿いの洞窟には、小型の船が隠されていた。
アダムが修繕をしていたようで、船は問題なく動いた。

「これは、いつ、何処につくの?」
ラブは、操舵するヘビの近くにしゃがみ込んで、長い脚にしがみ付いていた。
「残された海図に描かれているのは、違うコロニーの場所だろう。そこへ向かっている。恐らく明日には到着する」
「えー、もっと早くが良い。もう、フラフラだよ」
立ち上がったラブは、まだ見ぬ陸地を探した。
「立つな、落ちるぞ」
ヘビが、腕を伸ばしてラブを抱き寄せた。
「えへへ、ヘビに抱っこされると、気持ち悪いの少しましだよ」
「気のせいだ」

「それしても、お腹空いたね。お口、寂しいよ」
「すまない。急いでいるとはいえ、無策だった」
「しかたないよ、私達、殺人鬼に追われてたんでしょ?」
「そこまでは言っていない」
「ごはん、無いけど。ラブのお口は、ヘビがチューすれば寂しくないよ」
ラブは、口を突き出した。

「……断る」
「どうして?ヘビ私の事好きなんでしょ?」
「好きだ」
ヘビは、真っ直ぐ海を見ながら答えた。
ラブは、その答えに気を良くして、満足げに笑いながら、ヘビの胸に頭を擦りつけた。

「じゃあ、私達、繁殖はいつするの?」
「出会って三年はない」
「何で⁉」
「まずは、手を繋いだり、抱きしめたり、簡単な身体接触のみだ。二年目になれば、口付けなどに進行する」
「ラブ、最後まで行く覚悟あるんだけど」
不満そうなラブが、ヘビを見上げた。

「俺には、俺達が繁殖に成功した際に、その家族を守る基盤を作る義務がある」
「なんか、ラブ……ヘビの義務嫌い」
「……可及的速やかに、整えることを努力する。俺が、そうしたいからだ」
ヘビの手が、ぎこちなく、ラブの髪を撫でた。

「ラブも、そうしたいから、一緒に頑張るね!」
「ああ」
「ヘビ、大好き」
大きな波が、船を揺らし、見つめ合う二人の唇が触れあった。

「ねぇ、今、二年目になった?」
「体感的にな」
「よし、じゃあ、陸に着く頃には、三年目だね」
「いや、三日目だ」
「戻ってるよ」
「本当に、行ったり来たりだ。お前とは」

微笑むヘビに、ラブは首をかしげ、まぁ良いかと、ヘビの心臓の鼓動に耳を澄ませた。

(良かった、私の男さんには心臓が入っていた)
 
船の甲板には、コロコロと赤い実が転がった。

END




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