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【小説】女子工生㉔最終話《新学期》

電子機械科の教室で

 新学期、相変わらずガヤガヤと 賑やかな春がやってきた。
正門前の桜が、今年も美しく咲き誇っている。
生徒達の話し声が聞こえる廊下を進み、突き当たりの教室の戸の前で、1度立ち止まる。
フッと小さく息を吐き、“ガラッ”と戸を開けた。
一瞬、教室が静かになった。

「みんな、お疲れ様。今からホームルームをして、今日は終了な。取り敢えず・・・」

生徒達を見渡した。
緊張気味の生徒達が、静かに座っている。
まあ、静かなのも今日くらいか。

「改めて、入学おめでとう。担任の久住です。んー、まあ初めましてなので・・端から 自己紹介かな。」

生徒達から

「えー。」

とか

「うえー」

とか、声が上がった。
後ろの方から

「まず 先生からやってよー。」

などと言う者もいる。
徹(てつ)は、苦笑した。

「いや、まず君達だろう。全員が終わったら 質問して。答えるから。」

出席番号順に 名前や出身中学、ひと言挨拶が入って着席する。
男子36名、女子4名、計40名だ。
全員の自己紹介が終わると、早速質問が飛んできた。

「先生、何歳?」

「26歳です。」

「独身?」

徹は、左手薬指にしている指輪を見せた。

「結婚してます。まだ新婚です。」

「奧さんとは どこで知り合ったんですか?
大学?」

「ここ。」

「え?」

「ここの、この教室で知り合いました。私、
ここの電子卒業だから。クラスメイトだったんだよ奧さんとは。」

「えーっここから大学行けるの?先生になるんじゃ教育学部じゃん。」

「大学に行きたい人は、ちゃんと頑張れば 行けます。国立大には、工業高校生推薦枠があって、推薦入試も受けられるし、A.O入学もある。私大は、もう少し入りやすい。短大や専門学校へ入る人も、毎年いるよ。」

「頭良くないとダメでしょーどうせ。」

「私は中学の時、中の下くらいの成績だったよ。でも ここで勉強しているうちに、大学に行きたいなって思って、工業大学に入ったんだ。大学に行きながら、工業の先生になりたいなって思って、資格を取ったんだ。」

生徒達は 意外そうな顔をして徹を見ている。

「ここの先生達、特に専門教科の先生達の
経歴、後で聞いてごらん。面白いよー。1度
社会に出て、お勤めしてからの先生もいるから。」

「で、久住先生の奧さんも、電子科(ここ)出身なの?」

「そう。奧さんは ここ卒業した後すぐ就職して、今は、飛行機作ってるよ。」

「女の人なのに凄い・・・」

「このクラスにも 女子4人いるね。授業が
始まると分かると思うけど、男も女もないよ。女子は、力がいる作業は 大変かも知れないけど、俺…んっ私、ここにいる間、どの教科も奧さんに勝てたこと無かったもの。」

「先生ー、一人称、俺でいいっすよ!」

どっと生徒達が笑った。

「いやいや、これはケジメだから。」

「先生、尻に敷かれてます?」

「そうなのかなって、そう言う話じゃなくて、
皆もやる気次第で 何にでもなれるんだぞ。」

「えー、そーかなあ。でも工業だし、俺
勉強、苦手だし。」

「私も当時の友人と 今も時々会うけど、部活のバスケを頑張って、実業団に入った奴もいるし、大学行って、医療機器の開発してる奴もいる。自衛隊に入って、陸自で車両とかの整備してる奴もいる。」

「先生ー。俺、あんまり勉強出来ねえから、
ここ選んだんだけど。」

「大丈夫。私もそうだったよ。」

「えー?本当かなあ。」

「本当 本当。私の中学の担任に会った時、信じられないって言われましたよ。でもせっかく工業高校へ来たのだから、いろいろと楽しみなさい。」

「頑張りなさい、じゃなくて?」

「そう。楽しくなければ頑張れないだろ?やる時はやる。勉強する時は勉強する。遊ぶ時は遊ぶ。楽しむ時は楽しむ。メリハリ付けて、スイッチのオンと、オフを上手く切り換えれば、楽しい高校生活になるよ。きっと。」

「先生は そうしたの?」

「うん。私はそれを奧さんに教わった。」

「へー。どういう人? 高校時代の奧さんって。」

「んー、ジョシコウセイかな。」

「それ、普通じゃん。」

「いや、女子工生な。今でも女子工生だよ。
ああ、今は、工業女子とか言うんだっけ。会社で部下と一緒に飛行機作ってる。」

「俺達にも作れる様になる?」

「君達が楽しみながら 努力をする事を覚えればね。」

「どうやるの?」

「まあ、それは追い追い教えるよ。でもまず
ひとつ、一番始めに教えるのは・・・」

生徒達が 食い入る様に見る。

「本当の友人を作りなさい。」

「本当の友人?」

「うん。遊んだり楽しんだりするだけの人じゃなく、一緒に成長できる友人。自分が間違った事をしそうな時、意見してくれる友人。反対に自分も意見できる相手。そういう友人は 一緒に大人になって行けるし、大人になっても 良い友人でいられるよ。」

「先生が さっき言ってた人達がそうなの?」

「うん。奥さん含めて6、7人か。年1回は会って近況報告するし、悩んだ時なんか、今でも相談したりするよ。」

「へー。」

「さあ、今日はこの辺にしておこうかな。
明日提出の書類とか 忘れずにな。明日は、
午前中は ホームルームで学級長とか、係りとか、委員とか決めるから。午後は部活動紹介な。プリントに目を通してきて。今日はこれで解散。親御さんと来てない人は、気を付けて帰れよ。」

生徒達は、ガタガタと動き出す。

「なー、帰り、メシ食ってかねェ。」

「行く行く。腹減ったー。」

子供達のそんな声を 背中で聞きながら、あの日、高校生活が始まった、そして今は、自分の妻となった真白(ましろ)と初めて話した あの春が、鮮やかに胸の中に甦ってきた。

 教師になって4年。
今までは副担などをやっていた。
初めての担任だ。
あの頃の自分達を見ている様で、嬉しく 気恥ずかしい。
 10年前、初めてここへ来た時から、確かに自分の人生が始まった。
たった3年間だったが、大いなる青春がここにあった。
それを今の子供達にも教えてあげたい。
一筋縄では行かない事は分かっている。
それでも 自分の持っている物 全てを子供達に渡してあげたいと思う。

 教室を出て職員室に向かいながら、あの頃の自分達を思いだし、忍び笑った。

     ━━━━ 終 ━━━━

最後まで お読み頂き、ありがとうございました。
明日、女子工生 のこぼれ話をお届けします。
よろしければ、覗いて見て下さい。
                光川 てる

大人になった清文のお話もあります。⬇️


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