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【小説】女子工生①《入学式の朝》

 入学式の朝

 その朝、徹(てつ)は軽快に自転車のペダルを踏んでいた。
青い空に 小さく白い雲が浮かび 季節柄 あちらこちらに桜の花が咲いている。
青と白と薄紅のコントラストが 流れる絵画の様に美しかった。
まだ少し冷たい風を切って 朝の混雑が始まっている街の中を進んで行く。
中学生の時とは違い 黒い革靴を履き、ノーヘルで登校するのも なんだか少し大人になったみたいで気分が良かった。
徒歩でも通えない距離ではなかったが、朝 早く起きるのが少し苦手な徹(てつ)は通学時間は短い方が有難い。
徒歩で20分以上かかるのが 自転車なら半分以下で済む。
只、さすがに今朝はいつもより随分と早く身支度を整えて 台所に降りて行った。
母が

「あら、早いわね。卒業までこの調子だと 母さん楽なんだけど。」

などと 超テンプレなセリフを言っていた。
朝食を食べ、予定より早い時間に家を出た。
今日は入学式なので

「車で一緒に行く?」

と、母に聞かれたが、中学時代徒歩通学だったので 早く自転車通学してみたくて断わった。

「お昼は?」

「自分で何とかするからいらない。」

そう言って家を出て今に至る。
途中、それぞれの高校へ向かう同じ中学校だった友人にも数人あって、お互いニヤッと笑い 短い挨拶を交わした。
交差点の信号を渡り、400メートル程真っ直ぐ続く緩い上り坂を進んで行くと 正門が見えてくる。
門の脇に咲き誇る桜が 新入生を迎え入れている。
ここが今日から通う高校だ。
春休みにあったオリエンテーションで教えられた駐輪場に自転車を止め、鍵を掛ける。
失くさない様にバッグのファスナー付きポケットに仕舞い、昇降口へ向かった。

 徹が今日から通う学校は 地元の公立工業高校だ。
偏差値はあまり高くない。
市内にある公立高校の中では 下から1番か2番かと言ったところだ。
徹は中学時代あまり 勉強が好きではなかった。
小学生の頃は そこそこ出来ていたのだが 中学生になったら 中の中。ほぼ真ん中にいた。
テスト前など 自分ではかなり頑張ったつもりでも あまり点数に反映されなかった。
たまに良い点を取っても そういう時は、他のヤツも良い点を取っていて 順位は変わらなかったし 下手をすれば下がってしまう事もあった。
母に『塾にいく?』と聞かれた事もあったが、学校の後、更に夜まで勉強する程 熱意もなかった。
(まあ ビリじゃないし、いっか。)
と のほほんと中学時代を過ごした。
進路を決める時期が来たが、学校を選べる程の成績を取っていなかった徹は、さっさと工業高校への進学を決めていた。
母は もう少し頑張って普通科や進学科のある高校へ行って欲しかった様だが 万が一、頑張らなきゃ入れない様な学校へ 頑張って入れたとしても、それは3年間ずーっと頑張らなければ 他の人に ついて行けないって事だ。
そんな高校生活はゴメンだ。
温く 緩い中学3年間を過ごしていた徹にとって (そんな生活は無理。)と考え、頑張らなくても入れそうな 工業高校を選んだのだった。
母は不服そうだったが、父は
「自分で選んだのだから好きにすれば。」
と言ってくれた。
普段から口数の少ない父は 説教するのが面倒臭いのか

「母さんの言うことはちゃんと聞け。」

と よく言うので 警戒していたのだが、珍しく徹の味方をしてくれたので ホッとした。
そして父は続けた。

「工業は進学校より大変な事も多いぞ。何があっても 自分で決めたのなら 人のせいにいないで 最後までしっかりやれよ。」

父が言わんとしている事は よく分からなかったが、自分の意見を父が認めてくれた様で嬉しかった。

 この高校は 機械科、電気科、電子機械科、工業デザイン科がある。
共学なのだが 機械、電気、電子はほぼ男子、デザインはほぼ女子だ。
機械科は設計や溶接、旋盤など実践的な勉強。電気科は電気全般。
デザイン科は車や服のデザインや配色、目立つポスターの描きかたや 効果的な雑誌のレイアウト等を学ぶ。
そして徹の入る電子機械科は 溶接や旋盤も多少は学ぶが、プログラミングやCAD、機械制御など パソコンを中心とした物を学ぶ。
徹は ‘’電子機械‘’ という響きが 何かカッコいいなー。という かなりテキトーな感じで決めた。
おそらく

「電子機械科って何やるの?」

と聞かれても説明できない。
もちろん (いろいろ頑張ろう!)とは思っている。・・・何を?

受験の時も思ったが、女子が少ない。
本当に少ない。
でも、ちょっと (ラッキー)と思ったのが 合格し、春休み中に行われた オリエンテーションの日だった。
案内された教室に 合格者が揃い、席に着いた。
今日集った40名が 3年間一緒に過ごす電子機械科の面々だ。
その中に 3人の女子がいた。
クラス全員男だけで過ごすより、たった3人でも 女の子がいるだけで、嬉しいものである。
その中の1人が 徹にとってとても大事な人になるとは 今は、思いもよらなかった。

                 ②に続く




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