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「情報」とはなんだ|ニューロンが生成・伝達する「それ」

本記事では、ニューロンが生み出し伝える「情報」について、『そもそも「情報」とはなんなのか』というレベルからの説明を試みます。尚、筆者は神経生物学および情報理論等の初学徒ですので、本記事は高度に専門的な内容を扱うものではございません。

0.前回のおさらい

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前回の記事では、多くの分量をかけて『脳を構成するニューロンがどのようにして「情報」を生み出し伝達するのか』ということについて説明しました。

ニューロンは急激な膜電位の上昇と下降である活動電位(スパイク)という「情報」を生み出し、それをニューロン同士の化学的な接続であるシナプスを通じて伝達することで会話を行なっているのでした。

つまりは、活動電位という「情報」が、脳内のコミュニケーションに用いられる言語に当たるわけです。

しかし、『では、そもそも「情報」とはなんなのか?』という問いに対する答えは未だはっきりしていません。本記事ではこのテーマについてできるだけわかりやすく説明を試みることとします。

1.情報の定義を試みる

まず前提として、「情報」とは非常に曖昧な概念です。「情報」を専門に研究する学者の間でも、「情報」の定義は未だに一致しません。「情報」とは何かという問いを十人の専門家に尋ねたら、十通りの解答があるのです。

しかし、話を先に進めるために、少しでもこの「情報」という概念を掴もうとしてみます。

まず、『あなたが「何か」について、それまでに知らなかったことを知ったり、学んだりした時、あなたはその「何か」についての新しい「情報」を得た』ということができます。

そして、『あなたが「何か」についての「情報」を得る』ということは、同時に『あなたの中でその「何か」についての「不確実性」が減少する』ということになります。

つまりは、「情報」とは、「何か」についての知識のようなものであり、その「何か」についての「不確実性」を減少させるものなのです。

たとえば、あなたの目の前に「何か」が入れられた箱があるとします。あなたはその箱の中に何が入っているのかは知りません。この時、あなたは「何か」についての「情報」を一切持っていません。あなたにとって「箱の中に何があるのか」という問いに対する答えは非常に「不確実」です。

ここで、その箱に「何か」を入れた人物から、「箱の中にあるのはある果物だ」という「情報」を聞いたとします。それが真実なのであれば、あなたはその「情報」を聞く前よりも、「箱の中に何があるのか」という問いに対する答えについての「不確実性」が減少します。

「情報」を聞く前は、箱の中にある何かは「腕時計」でも「ペッドボトル」でも「ネズミの死骸」でもあり得たのが、新しく得た情報によって、箱の中身がそれらである可能性は排除され、おそらく「りんご」や「ぶどう」や「パイナップル」などだろうといった推測が可能となるからです。

「情報」によって「箱の中身」の「不確実性」は減少しています。

しかし、以上のような説明ではまだまだ「情報」とはなんなのかよくわかりません。非常に曖昧で抽象的です。このnoteではニューロンが作りだす「情報」がどのようにして「現実」を構成するのかということを学習していくわけですので、もっと厳密に「情報」を定義する必要があります。

ということでここでは、Alien InsectことAndrew Gallimore博士の情報の定義を参照し、それについて噛み砕いていくことにします。

"Information is generated when a system selects between a finite number of distinct states."

:「情報とは、あるシステムが様々な異なった状態の中から有限個の状態を選択するときに生じるものを指す」

システムとは、どんなものでも構いません。「様々な状態があり得るもの」といった程度にあえてぼかした認識がちょうどいいです。

その意味では、たとえば1枚のコインもシステムとして捉えることができます。1枚のコインを宙に投げてテーブルに着地させ、表か裏のどちらが上面になるかを見るという事象を考えます。

すると、自明ですが、このコインはシステムとして、二通りの可能状態を備えています。つまり、表でも裏でもどちらでもあり得るということです。

コインを宙に投げた時点においては、このコインは表を上面にして着地するか、裏を上面にして着地するかどちらかわかりません。

しかし、実際にコインが着地してしまえば、表が出るのか裏が出るのかは完全に決定されます。と、同時にコインが宙を待っているときに存在した、「表が出るのか裏が出るのかわからない」という「不確実性」は世界から失われます。これがコインのシステムです。

このように、「情報」と「不確実性」は表裏の関係で密接に結びついているということも「情報」を理解するために重要なポイントです。「情報」が生じるとき、必然的に「不確実性」は減少するのです。

情報とは、あるシステムが様々な異なった状態の中から有限個の状態を選択するときに生じるものでした。

コインが宙を舞っている時点では、このシステムは「表」と「裏」という異なった状態のどちらでも有り得ました。しかし、コインが「表」を上面にして着地したとしましょう。すると、このシステムの状態は「表」に定まり、「裏」である可能性は除外されます。

今や、「コインが表と裏のどちらを上面にして着地するのかわからない」というシステムに備わった「不確実性」は、「コインが表を上面にして着地した」という「情報」によって世界の内から消えて無くなったのです。

2.情報の最小単位「ビット」

この章では、「情報」をより一般化することを試みます。

やはり「情報」といえば情報技術(IT:Information Technology)が思い浮かぶのではないでしょうか。コンピュータやスマートフォンは「情報」を処理・伝達する機械です。文章だけでなく、画像や動画も「情報」です。機械が情報を扱っています。それはどのようにして可能になっているのでしょうか。

コンピュータなどのマシンが扱う情報はその根本では全て0と1の二進数で構成されているということは、ほとんどの人が知っていると思います。

なぜ0と1なのかというと、これが情報の最小単位(ビット)だからです。以下、このことについて詳しく説明していきます。

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難しく考える必要はありません。0と1というのは、一つのシステムに2通りの状態しか有り得ないということだけが重要なのです。

1ビットとは情報の最小単位であり、2通りのあり方が可能なシステムが、特定の時点において、そのどちらなのかが決定された時に生じる情報量のことです。

ですから、「宙に放ったコインが表を上面にして着地した」というコイン-システムについての情報は1ビットです。

01010001100・・・という二進数の連なりがある時、この一つ一つの0と1のそれぞれがビットなのです。

(0か1かが有り得たが、0であり1ではないという情報)(0か1かが有り得たが1であり0ではないという情報)(0か1かが有り得たが、0であり1ではないという情報)10001100・・・

コンピュータは情報の最小単位であるビットを膨大に繋げて、複雑な情報を扱っているのです。

また、0か1のどちらでもあり得るシステムの状態が、0であるという情報は同時に、それは1ではないという情報も含んでいます。

つまり、これを一般化すると、あるシステムの状態が1つに定まる時、そのシステムはその状態以外の状態ではないという情報も同時に生まれるのです。

ですから、これは非常に重要なことですが、情報の量というのは、あるシステムの状態が決定された時に、排除された可能状態の量によって決まるのです。

コインの状態が表に決まれば、裏である可能性は排除されます。

サイコロの出目が3に決まれば、1、2、4、5、6である可能性は排除されます。

この時、コインが表であるという情報と、サイコロの出目が3であるという情報、どちらの情報量が多いでしょうか。

サイコロの出目が3であるという情報の方が量が多いです。なぜなら、除外された可能状態(=不確実性)が多いからです。コインの場合は裏という1つの状態可能性が除外されただけですが、サイコロは1、2、4、5、6という5つの状態可能性が除外されています。

システムが不確実であればあるほど、その状態が定まった時に生じる情報量も多いです。重要なポイントです。

3.「ビット」を視覚的に理解する

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ビットについての理解を深めるために、この章では8×8=64のマス目を用意し、システムがそのうち一つのマスを選択するとき、何ビットの情報が生じるのかということを視覚的に見ていきます。

結論から言うと、64マスのどれもがありうるシステムが1マスに決定される時に生じる情報は6ビットです。なぜそうなるのでしょうか。順番に見ていきます。

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マスを半分に分けて、「青いマスは半分より左もしくは上にあるか?」という質問への回答がYesの場合1、Noの場合0とし、回答を二進数で並べるシステムにしてしまうのです。

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今回はYesですので、1です。そして、除外された可能状態である右半分は黒く塗りつぶしてしまいます。

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もう一度、残ったマス目を半分に分けて同じ質問をします。

「青いマスは半分より左もしくは上にあるか?」

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答えはYes。つまり1です。下半分は除外します。

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「青いマスは半分より左もしくは上にあるか?」

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今回はNoです。0です。

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同じことを繰り返していきます。

「青いマスは半分より左もしくは上にあるか?」

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Noが続きます。0。上半分を除外します。

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半分に分けて質問をします。

「青いマスは半分より左もしくは上にあるか?」

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Yes。1。右半分を除外。

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最後の質問です。

「青いマスは半分より左もしくは上にあるか?」

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Yes。1です。このように6回のYes/No質問を繰り返すことで、64マスのうち特定のマスがどこにあるのかという情報を表すことができます。

質問の答えを1と0に対応させたものを並べると、110011となります。このコードが、青いマスの位置を表しているわけですね。

つまり、64通りの可能状態がありうるシステムが1通りの状態を選択する時に生じる情報は、6ビットにエンコードすることができるのです。

これで、とりあえず白黒のドット絵くらいなら、0と1だけで表現できるのもなんとなく理解できますね。

4.システムの情報量を増やすには

ここまでで、情報とは「あるシステムが複数の異なった状態の中から有限個の状態を選択し、同時に選択した状態以外の状態である可能性を排除する時に生じるものである」ということ、および情報量とは、選択によって除外される状態の量によって決定される」ということが理解できたかと思います。

ここで、改めて情報量についての理解を促進するために一つ問題を出します。

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「1」という数字は何ビットの情報でしょうか?

下にスクロールする前に、少し考えてみてください。

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・

少しずるいですが、答えは「何ビットでもありうる」です。

ですから、1ビットと答えた人も、2ビット以上と答えた人も、0ビットと答えた人も全て正解になります。

ここまでになんども述べましたが、ある情報をコード化(ビット化)した時に、それがどれだけの量になるのかは、状態が定まる時に他の可能状態がどれだけ除外されたかによって決まるのです。

ですから、あるシステムが「1」であるという情報は、そのシステムが「1」以外にどのような状態があり得たのかがわからない限り、その量は定まらないのです。

システムが「0」か「1」のどちらかがありうる中で「1」が選択されたのであれば、「1」という状態であるという情報の量は1ビットになります。

システムが「0」、「1」、「2」、「3」、「4」、、、と3通り以上の状態がありうる中で「1」が選択されたのであれば、「1」という状態であるという情報の量は2ビット以上になります。

システムがそもそも「1」である以外に可能性がないのであれば、「1」という状態である事実に情報は含まれません(=0ビット)。

システムの状態だけをみて、そのシステムが生み出す情報量を判断することはできません。なんども言いますが、ある状態が選択される事で、他のどれだけの可能状態が除外されたのかによって情報量は決まるのです。

おさらいが済んだところで、ここからは、情報の概念をいずれ脳の情報処理と結びつけて考えるために必要になるテーマについて軽く説明していきます。この章では、単純なシステムを組み合わせる事で複雑なシステムが出来上がる例について説明します。

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一つの四角は青か黄の2通りがありうる(=1ビットの情報を生み出す)システムです。図は、1ビットの情報を生み出すシステムを二つまとめて一つのシステムとすることで、4通りの状態がありうる新たなシステムを作り出しています。

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この図も同じです。1ビットの情報を生み出す(ふた通りの状態がありうる中で一つの状態を選択する)システムを三つまとめて新たなシステムを作ると、8通りの状態がありうるより複雑なシステムを作り出すことができます。

そこまで深く考える必要はありません。このように、シンプルなシステムも、組み合わせることでより複雑なシステムを作ることができるのです。

5.システムの情報量を減らすには

前章では、単純なシステムを組み合わせて、より多くの情報量をもつ複雑なシステムが作り出せることを紹介しました。では、逆にシステムが生じる情報量を制限するための方法は何でしょうか。

システムの情報量を増やしたり減らしたりする事に何の目的があるのかと疑問に思うかもしれませんが、今はまだ深く理解しなくても大丈夫です。いずれ、脳(ニューロン)が生み出す情報について考える時に非常に重要になってくる考え方なので、先に軽く紹介しているだけです。

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これは1ビットの情報を生み出すシステムを二つまとめて一つにしているシステムです。通常であれば、このシステムは4通りの状態がありえます。

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このシステムが生み出す情報量を制限するための一つの方法は、2つある小さなシステムの一方の状態が他方の状態を決定するように紐づけてしまう事です。

つまり、この例では片方のシステムが青であるとき、もう片方のシステムも青であるように、二つのシステムを先に関連づけてしまうのです。

こうすれば、元々は4通りの状態(青・青、青・黄、黄・青、黄・黄)があり得たのが、2通りの状態(青・青、黄・黄)しかあり得なくなります。

この考え方は、後の記事において脳の情報生成メカニズムを詳しく見ていく際に非常に重要になってくるものです。今は「ふーんそうなんだー」くらいで大丈夫です。

6.改めて、活動電位は情報である

さて、ここまで「情報」についてやってきましたが、改めて下の画像を見るとどうでしょうか?これは、ニューロンの膜電位の時間変化(活動電位)を左から右に向かって並べた、一般にスパイクトレインと呼ばれる図です。

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今や、ニューロンの活動電位をビットで理解することができるようになりました。

一定時間のうちにニューロンがスパイクすれば1、スパイクせず大人しくしていれば0とおく事で、ニューロンが生み出している情報を1と0で解釈することができるのです。

ニューロンの活動電位は、紛れもなく「情報」なのです。0と1で表すことのできる「情報」なのです。今話しているのは、目の前のコンピュータの仕組みについてではありません。これを読んでいるあなたの脳内で起こっている現象についてなのです。

目に映る景色も、頭の中の妄想も、喜びも、痛みも、寂しさも、全てニューロンが生み出す「情報」なのです。そしてそれはニューロンのスパイクで、1と0で表現することもできるのです。

ニューロンが生み出す「情報」があなたの「現実」を構成します。

「現実」って何なんでしょうね? 

はい、今回もお疲れ様でした。次回またお会いしましょう。


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