23│05│韓国旅行記1日目

某日
 前日も仕事があり、準備もまだ完璧に終わっていなかったので結局ベッドに入ったのは2時頃。その2時間後にはもう目を覚まし支度を済ませ、最寄り駅の始発電車に乗り込まなければいけない。睡眠不足待ったなし。が、ここ最近の自分のメンタルはジェットコースターのようで、3時や4時まで寝れないということもザラにあるので寝不足なのは今に始まったことではない。睡眠時間がどれだけ短くも絶対に遅刻をしたことがないのは数少ない自分の長所な気もするが。海外に行くのは3年前のロンドン振り。

韓国に行くのはおそらく28年振り。「韓国行くの初めて?」と聞かれ初めてと言うと嘘になるので28年ぶりと律義に答えていたが、ほぼ記憶なし。今回の韓国旅行は元々は付き合っていた彼女と行く予定で計画を立てていたのが、旅程の前月にフラれたために急遽一人で行くことになるという大マイナスからのスタート。こんなフィクションみたいなことが自分の身に起こるなんて思わなかったし絶対に人生に起こらなくていい。3泊4日の行程を全部ひとりで回る想定なんてもちろんしていなかったので、出発までの2週間ソウルのことを調べまくり、NAVERマップには行きたい店や場所をどんどん登録していき、その数は最終80カ所にもなった(結局この内行けたのは20あるかないかだったが)。

 成田空港の国際線ターミナルでチェックインを行う。航空券は元々彼女の分と2枚取っており(この場合"元"彼女が正確だけど"Girlfriend"ではなく"She"という意味での彼女と書いているので彼女じゃないだろとか言わないでくれ)、キャンセルしてもお金が戻ってこないためそのままにしていたのだが、自動チェックイン機の画面に自分の名前と彼女の名前が表示された上に、搭乗券を発券しない彼女の名前部分がグレーアウトされておりメンタルに80,000のダメージを受ける。おまけにサポートで付いてくれたエアーのスタッフの人に「お一人ですか?」と自動チェックイン機とのコンボ攻撃を食らい心に159,000のダメージを負う。気づいて欲しい、言葉の持つ暴力性に。機内に乗り込み自分の隣の絶対に人の座ってくることのない空席という現実にトドメを刺され、おれの中の杏子が「もうやめて!とっくにライフはゼロよ!」と絶叫しながら、飛行機は日本を静かに離れていく。
 成田空港からソウルまでは約2時間のフライト。おれの最寄駅から成田空港までかかる時間とほぼ変わらない。機内ではエーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読む。内容の解像度が上がった部分と共感しがたい部分の境界が4,5年前に読んだ時よりもクリアになった感覚があるけど、これは絶対に今読む本ではない。

 韓国・仁川空港には予定を少し遅れて到着。しかしここからが長い。まずコンコースからターミナル1への移動に始まり次に入国審査だが、平日にも関わらず入国審査の外国人旅行者レーンには長蛇の列ができており、全ての審査が完了し、荷物をピックアップし解放されるまで飛行機の着陸から1時間以上はゆうにかかった。
 そして到着ゲートを抜けホテルへ向かうために駅の改札を目指すも、ここはもう韓国。全てハングルで書かれており(それはそう)その光景にビビる。韓国語は一応少しは勉強していたが、全部ハングルの情報量を前にするとおれの脳みその処理はハングルをただ読むことにさえも全く追いついてくれない。単語わからん!こわい!
 ネットの情報を鵜呑みにしていたのでまずはT-moneyカードをコンビニで購入しないと。ただコンビニを遠巻きから見るもそれらしきものがわからず、かと言って店に入っていく心の準備がこっちはまだできていない。億劫さが勝ち、特に勝算もないのにいきなり駅の改札の方を目指してみる。すると改札のすぐ横にT-moneyカード専用自販機があった。自販機には観光客向けに補助のスタッフの人も付いてくれており自販機にて問題なくT-moneyカードを購入。サポートしてもらったので、入国後ファースト韓国語として「カンサハムニダ」とお礼を言うと『左の方の改札にそのカード当ててください』とめちゃくちゃ綺麗な日本語で返され、生まれてきた上に調子こいてすみませんという気持ちになる。

 仁川空港駅からソウル市内までは普通電車で約1時間。ホテルは東大門のあたりだったので、弘大入口駅を経由して向かう。
 市内に向かう電車の中、今回の旅行のために作ったプレイリストを流す。移動と音楽の相性の良さの不思議。電車の窓を流れる景色と、RMの"seoul"やHYUKOHの曲はめちゃくちゃマッチして、この旅で韓国のことをもっと知りたいという気持ちがふつふつと湧いてくる。

泊まったホテル「U5」。シャワールームの水はけがまあまあ悪かった以外は概ねよかった。

 チェックイン時間前だったため一旦フロントにスーツケースを預け、昼食へ。この時点で時刻は14:30頃。成田空港を出発してから6時間が経過していた。
 目指すソルロンタン屋はホテルから頑張れば歩ける距離だったため、東大門の街を散歩がてら向かう。気温は歩けば少し汗ばんでくる程度。この5月の時期だったからか、もしくは自分の思い込みかはわからないが、午後の太陽の光を浴びる東大門の街は、フィルターを通したようで、フィルムカメラで撮った写真のような色合いに映った。2010年代的なものと1980年代、90年代的なものが猥雑に絡み合っていて、そのギャップが東京よりも更に大きい。誰かがソウルを"哀愁のある街"と言っていたが、このフィルターのかかった新旧の混在する景色が、韓国カルチャーの持つ淡い色合いや独特のレトロ感のようなものに繋がっているような気がしなくもない。

この写真はばりばりフィルター使ってます

 韓国は一人でご飯屋に行くと断られることもあると聞いていたのでビビりながらソルロンタン屋に入ると、先客は2組のみのようでホッとした。1名であることを伝えるために人差し指を上げると、「一人なん見たらわかるわ早よ入って適当に座れや」という意志を1秒で伝えてくる身振りと手ぶりで店内に誘導され洗礼を受ける。韓国の飲食店はこういう対応が珍しくはないと聞いてはいたけど、疲労と緊張で肉体と精神が弱っているところにそれされると泣きますよ???席に着くとメニューと水を持ってきてくれたけど、多分メニューも勝手に取ってよかったっぽい。わかるかい!注文も席まで取りにきてはくれず、今年4番目ぐらいに声張ってソルロンタンを頼む。

記念すべき韓国1食目「ヌティナム」のソルロンタン。味は牛骨オンリーの薄めに作ってありそのまま食べても美味しいがキムチやテーブルの上の塩・胡椒で好みに味を作ってく。ここからカフェ以外では毎食キムチが出てくる。ここのキムチはかなり美味しかった。

 家を出てからここまで約11時間。ようやくホッと一息付け肩の荷が下りたような気持ちになる。やはり慣れない海外は無意識に気を張っていて結構疲れてしまうらしい。席に座りボーッとしながら風を浴びていると、でもなんとかここまでは辿り着いたなーという謎の達成感がでてきた。しかし会計時クレカが何度やっても読み込まれずめちゃくちゃ焦る。4度目のトライでなんとか成功。マジで不要なとこでヒヤヒヤさせないでくれ。

この窓から入ってきた風が本当に気持ちよかった

 ホテルへの帰り道、DDPデザインプラザに寄り、展示スペースで行われている「デイヴィッド・ホックニー&ブリティッシュポップアート」へ。チケットを買い入場口でスタッフの人に見せると韓国語で何か言われるがもちろん分からず。「日本人なんだ」と韓国語で言うと「日本語わかんないんだよね」と英語で説明を受ける。どうやら写真撮影はOKだけどフラッシュは禁止、あと再入場できないよと説明していたらしい。韓国来る前は結構日本語通じるよなんて話をよく聞いたけど、やっぱ第二外国語としては英語の方がポピュラーな気はする。

DDPデザインプラザ。結局この施設がなんのための施設かはわからなかった。
「デイヴィッド・ホックニー&ブリティッシュポップアート」。
デイヴィッド・ホックニーはBTSのRMも好きらしい。RMのことがなぜかすごい好きなので、彼の影響でデイヴィッド・ホックニーとユン・ヒョングンは好きになった。

 この展示ではデイヴィッド・ホックニーを中心に1960年代のイギリスのポップアーティスト数名の作品をセクションごとに展示し、当時のイギリスの社会背景を辿っていく。自分の理念や社会への主張をポップアートという万人が楽しめるフォーマットに落としこんで表現するというのは現代でも変わらずアートやクリエイティブの持つ役割の一つだけど、1960年代は反権力や社会通念に対するプロテストとして、パーソナルなテーマよりも"公"に対してのアンチテーゼとしての作品が多い印象だった。

デイヴィッド・ホックニー「The Hypnotist(催眠術師)」
映えの要素も強い
デイヴィッド・ホックニーのシグニチャーの一つでもあるプールのインスタレーション。
社会や時代の文脈とは切り離され、ただ"水"という自然の性質を駆使して線や光に多様な表情を与えようとするこの作品が一番好きだった。映え空間として写真撮ってる人も多い。
Papagoの翻訳画面

 展示内の各作品のキャプションは韓国語と英語で書かれていたので、Papagoを使って韓国語を日本語に翻訳して読む。Papagoは画像を一瞬で翻訳してくれ(精度は不明)、韓国の美術館ではめちゃくちゃ重宝した。

 ちなみにデイヴィッド・ホックニーの展示会は2023年7月15日から東京都現代美術館でもスタートする予定。日本で大規模個展をするのは28年ぶりらしい。行かなきゃね。
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/hockney/index.html

 その後は一度ホテルに戻りチェックインをして休息をとる。海外でホテルの部屋にたどり着いた時の安堵感は異常。その砂漠の中のオアシスのような安らぎ空間の居心地の良さにずっとホテルの部屋にいたい気持ちになるも、老体にムチ打ち某所へ。去年失恋した時はバンジージャンプを飛び、そして今回の失恋ではソウルで某所に行くという謎ムーブ。やったことないことをすると自分がどういう人間かよりわかるというか、自分の輪郭が浮かび上がってくるのがおもしろい。某所に関してはもっかい行きたいかと言われたらだいぶ微妙だけど。

コンセント6個付きのクイーンベッドは最高。

 ホテルの近くに戻ってきた時には23時30分頃になっていたものの夕飯を食べていなかったのでまだ空いてる店を探す。東大門のあたりは平日夜はナイトマーケットが開き朝までやっている店もあるらしいのでもう一度デザインプラザの周辺へ。店員の女性が「ニホンゴメニューアルヨ」とメニュー片手に日本語でピンポイントで話しかけてきた定食屋に思考停止で入る。ローカルのお店に入るのにビビっているおれのような日本人観光客にその戦法は効果は抜群だ。ただしここでも会計時にクレカが使えず、結局現金で払う羽目になる。こういうとこで精神削ってくるの勘弁してもらってもいいですか?

甫園食堂。お店の入り口の前で店員さんが道行く人に声掛けしていくスタイルで、お店は23時過ぎても結構ずっと満席。
スンドゥブチゲ(多分)。
期待してなかったというとめちゃくちゃ失礼だが、がっつり海鮮の出汁が出ていて
日本で食べてきたどのスンドゥブチゲよりもおいしかった。
夜の東大門エリアはビニール袋を持った人が沢山いた。
おそらくあの中に購入した洋服やらなんやらが入っているっぽい。

 ホテルに戻ってきたのは24時30分。まだまだソウルの街に慣れていないので、何をするのも一つ一つ立ち止まって「これ合ってんの?」と確認したり「これどうすんの?」とわからなかったり、精神が緊張に晒されてるのを感じる。でもこの「わけわかんね」状態に対してスリルのような興奮を感じてテンションが上がるのも事実。どんだけ意味がわかんなくても自分でどうにかしない限りどうにもならない状況は、かなり自分を試されてる。
 あと韓国は何語で話しかけるかがスーパー自意識過剰人間のおれには難しい。「日本語通じるやろ前提で日本語で話しかけるのはおこがましいのでは?」という考えと「日本人が英語で話しかけるのはイキっているのでは?しかもそれに日本語で返答されたら赤っ恥すぎないか?」という考えと「韓国語で話しかけて普通に韓国語で返答されたら普通にわからない」という考えが同時に頭の中に存在する。どれか一つ決めてスパッと話しかければいいんだけど、毎回3択クイズに答えてる気分。今のところ正答率は27%ぐらい。これもし彼女と来てたらどうなってたんだろうなー、もしかしたら空気悪くなったりしてたかも。まあこの想像をすることには何の意味もなくて、そして意味のないことを考えることをやめられない自分はすごく情けない。
 普段ならここから思考がぐるぐる回って眠れないモードに入っていくはずだが、疲れからか気が付けば眠りについていた。

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