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しばしのお別れ-陸羽西線

はじめに

久しぶりに行動制限なしとなったゴールデンウイーク、私は5月4日と5日に山形県の陸羽西線を訪れました。

陸羽西線は、今度の5月14日(土)から、新庄と酒田を結ぶ地域高規格道路「新庄酒田道路」の一部区間である「高屋道路」建設に伴うトンネル工事の影響で2年ほど運休となることが発表されています。地域高規格道路ができれば景観や環境の激変が予想されることもあり、運休前にぜひ訪れ、写真を撮っておきたいと思っていました。

といっても、陸羽西線は撮影地ガイドで取り上げられることも少ないマイナーな路線です。路線延長も短く、果たしてどんな写真が撮れるのか、事前のリサーチでも情報が少なくて心配をしていました。

そういう時は事前に地図(国土地理院の「地理院地図」が役立ちます)を眺めて、ある程度の予習をしたうえで、後は現地でロケハンをしながら撮るしかありません。運転間隔は上下ともにほぼ2時間に1本で、沿線唯一の交換駅である古口駅で交換することが基本となっており、比較的わかりやすいダイヤですので、うろうろしながら撮影地を探すことにしました。

1日目

地震による臨時ダイヤとなっている山形新幹線に乗り、新庄に到着したのは10時半。レンタカーを借りて撮影をスタートします。

最初の駅である升形駅に向かう途中、当たりをつけていた踏切に向かうと、背後には見事な雪山が。山形が誇る出羽三山の最高峰・月山でした。まさか陸羽西線から見えるとは思わずラッキー。タンポポの花が咲くあぜ道で、まずは1本目を撮りました。

新庄-升形(月山を背に)

事前のリサーチで、陸羽西線を代表する風景として取り上げられていたのが古口-高屋間の跨線橋です。最上川に沿う路線ながら、あまり最上川と絡めて撮ることが難しい陸羽西線にとって、ほとんど唯一といっていいお手軽に最上川と絡められるポイント。午後いちばんの列車を撮りました。

古口-高屋(最上川を眺めて)

高屋を過ぎてしばらくすると狩川の辺りで最上川は庄内平野へと出ます。ここは山に囲まれた渓谷に集まった風が平野に向かって一気に吹き寄せる日本三大局地風のひとつ「清川だし」で有名な場所。かつて農作物の生育に大きな影響を与えたこの風を利用して地域おこしに活かそうと、この場所には「立川ウインドファーム」と呼ばれる風車群があります。狩川駅周辺ではこの風車が間近に望めます。これと絡めないわけにはいきません。

清川-狩川(立川ウインドファーム)

事前のリサーチで、青い鉄橋を渡る陸羽西線の写真がいくつかヒットしました。それが高屋-清川間にある立谷沢川橋りょうです。立谷沢川が最上川に合流する手前に架かる鉄橋で、河原は広大な広場になっています。ここで余目行の列車を撮影。背後の新緑の山がきれいでした。

高屋-清川(立谷沢川橋りょう)

この立谷沢川橋りょう、気に入りまして、いろいろな画角から狙いたくなります。夕方の列車も同じく立谷沢川橋りょうで撮ることにしました。今度は橋の反対側から。八重桜が咲き、キャンプを楽しむ家族連れも絡めての一枚です。

高屋-清川(立谷沢川橋りょう)

立谷沢川橋りょうの近くにある清川地区は、幕末の志士・清河八郎の生誕地です。歴史を感じさせる街並みの中にある清川駅。いい雰囲気でした。夕方の新庄行は、逆光に輝く若葉を配して撮影しました。

清川駅(夕日の中を)

10時半過ぎから撮り始めたのでそろそろ夕暮れ。この日の宿泊地は酒田市です。ホテルに投宿する前に、日本の夕陽百選に選ばれている酒田市の日和山公園で夕陽ウォッチング。シンボルとなっている六角灯台と夕陽を絡めて日没後のブルーモーメントの時間まで佇みました。

日和山公園(酒田市)

2日目

翌朝、今度は西の余目駅から、またもウロウロとロケハンしながら、だんだんと新庄へと戻る行程を辿ります。

まずは余目駅の一つ隣の南野駅周辺。この辺りからは鳥海山がきれいに見えます。水が入り始めた田んぼのほとりで撮影しました。昨日はガスっぽくて見えにくかった鳥海山も、今日は実にきれいに見えています。

南野-余目(鳥海山をバックに)

次にやってきたのは清川駅周辺。御諸皇子神社(ごしょのおうじじんじゃ)という源義経ゆかりの神社の鳥居と山門が線路沿いにあるとのことでやってきたのですが、気に入ったのは振り返った先の若葉でした。当初の目論見の反対側に絶景が待っているというのもよくある話です。なお、背後に見える鉄塔が建つ山は山形百名山の土湯山。これもいいアクセントになりました。

高屋-清川(新緑と土湯山)

陸羽西線には愛称があり、「奥の細道最上川ライン」といいます。その名のとおり、車窓からはちらほらと最上川の滔々たる流れを眺めることができるのですが、列車と最上川を絡めて撮るとなると、上記で紹介した古口-高屋間を除いてはほとんどありません。そこで、地図を見て当たりをつけ、ロケハンをして見つけたのが道の駅とざわの近くの丘。陸羽西線が最上川を唯一渡る第一最上川橋りょうを遠望することができました。

津谷-古口(第一最上川橋りょう)

一度、古口を通り過ぎるところまで東進したのですが、今回の旅でどうしてもお昼を食べたい場所が余目にあり、一度西に転進します。その前に、国道沿いの「もしもしピット」と呼ばれる広々とした駐車帯から列車を撮影しました。背後には「立川ウインドファーム」の風車群も見えています。

狩川-南野(立川ウインドファームをバックに)

お昼の新庄行は再び清川へ。朝方撮影した御諸皇子神社のすぐ近くにあるポイントで、こちらも後追いではありますが、花桃と新緑、そしてお気に入りの土湯山をバックに撮影しました。花桃の濃いピンクは実によく映えます。

高屋-清川(花桃を絡めて)

ここでお昼ごはん。どうしても立ち寄りたかった場所がありました。余目駅前にある駅前食堂「一幸食堂」さんです。以前、乗り鉄で羽越本線から陸羽西線に乗り換えた際、乗り換え時間が短くて、かき込む様に食べたラーメンの味が忘れられず、今度はゆっくりと味わって食べたいと思っていたのでした。頼んだのは以前と同じ、塩チャーシューメン。歯ごたえのあるチャーシューとあっさり塩味のスープ、そして中太のちぢれ麺。実に美味かった。ホントに美味かった。来れてよかった。

一幸食堂で塩チャーシューメンを食す!

お腹もくちくなったところでそろそろ帰り支度。夕方の新庄発の新幹線で帰らねばなりません。14時少し前、余目行の列車は、朝方に訪れた南野駅周辺で、再び鳥海山を絡めて撮ることに。ホント、この山は画になります。

狩川-南野(鳥海山バック)

最後に立ち寄った撮影ポイントは古口駅。ここで交換する上下列車を撮ることにします。古口駅には事業用車両を留置するスペースがあります。その側線と、錆びた車止めが目に入り、それとやってくる列車を絡めて撮ることにしました。そういえば古口駅は右側通行でした。通常、日本の鉄道では左側通行が多い気がしたのですが、珍しい光景でしょうか。

古口駅(側線と車止め)

古口駅で交換する新庄行の列車は快足で知られる快速「最上川」号。途中、狩川と古口にしか停まらない、陸羽西線が誇る優等列車です。まぶしい若葉に包まれるように列車が入線してきました。

古口駅(快速最上川号)

この写真を撮って、15時半過ぎに新庄駅に到着。新庄駅には鉄道模型のジオラマや鉄道部品などを展示する「ゆめりあ鉄道ギャラリー」や、明治36年製と伝わるレンガ造りの機関庫などがあり、それを楽しみつつ、夕方の新幹線つばさ号で帰路に着きました。

むすびに

こうして2日間にわたる陸羽西線の撮影行は終了しました。終わってみれば事前の情報の少なさの割には様々な場所で味わいのある鉄道風景を撮ることができ、月山も鳥海山も撮ることができて、大変満足のいく撮影行となりました。やはりロケハンをしながら絶景を探す旅は楽しいものですね。

さて、陸羽西線はもう1週間もすると2年間の長期運休に入ります。当初はこのまま廃止になってしまうのではないかとも噂されましたが、沿線の狩川駅はつい最近駅舎が改築されており、そのことは、今後も鉄道として維持していくというJR東日本の意思表示だと考えています。

とはいえ、今回の運休の原因は地域高規格道路の建設工事に伴うもの。この新庄酒田道路の整備が進めば、当然、陸羽西線にとっては大きなライバルになりますし、ただでさえ、多いとはいえない沿線の人口を考えれば、その将来は決して明るいものではありません。また、2年間というあまりにも長い運休期間の間で、多くの利用客が離れていってしまうのではないかということも懸念されます。

それでも今回、こうして沿線を旅することができて、この陸羽西線、世間的には地味ながらも、実に味わいのある、素晴らしい路線だと、改めて実感しました。2年後、無事に運転を再開した暁には、また機会を得て、沿線を訪れてみたいと思っています。今度は稲刈りの時期がいいかな?

というわけで、「またお会いしましょう」の意味も込めて、「しばしのお別れ」と申し上げ、陸羽西線の撮影行を終えたいと思います。

(掲載写真はすべて筆者撮影)

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