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南蛮由来重地獄音楽芝居 二段目-壱「天狗妃大立ち回りの場(1)」

【←承前】【大序】

「あら、意外と早く着いてしまいましたわ」

カラスの翼を広げて宙を行く、彼女の下に広がるのは、地獄要塞鎌倉であった。大地は赤く燃えており、そこかしこに鬼の群れが酒盛りをしている。生き残った人間たちも、もはや何をしているかわからない。彼女はここに至るまで、二つの防御を突破して、これから最終防衛線を陥落せしめんところであった。

第一の防御、外周を囲う山の塊。今は硫黄の雨により禿げてしまった大山の群れは、その形状から道行く者の行く手を拒む。
しかし空を飛んでしまえば別である。全く問題はなかった。

第二の防御は地獄の門。特に大きな鳥居があるという意味ではない。この異界に入るものは、強靭な心を携えていない限り、狂うかその身を百鬼羅刹に姿を変える。鎌倉全体が現閻魔大王源頼朝の支配下にあるが故、強制的な裁きが下ってしまうのである。
しかし、もとより物の怪の類なら別である。全く問題はなかった。

最後の防御はげに恐ろしい。鎌倉という町全体だ。どこから入っても、鬼や骸骨、さらには死人の兵隊が、侵入者の生き血を求めてどっと押し寄せてくるのである。3日3晩戦って、火にかけられて骨から肉まで齧られるのが関の山と言ったところだ。
しかし、神通力を使えるなら別である。奴らの怪力を相手する必要はまるでない。もっとも、ここは要塞である。八方すべてが危険な陣地だ。乗り越えるのには、苦労する。

「ふふふふふ……相手にとって不足なし。もののふの血が騒ぎまして。……行きますわ」

天狗の妃は第一の防御である山を高高度よりぐるりと一周したのち、源氏が本部、政所にまっすぐ通じる若宮大路へ向けて、翼を閉じ、急降下を始めた。前浜の砂を巻き上げて、目指すは一つ、頼朝の元なり。

「来たれり!」「来襲!来襲ゥゥゥゥゥ!!!!」
通りを見張る鬼が騒ぐ。それを聞いて、左右の家よりどんどん出てくる。その数おおよそ、十五頭。中には人間を朝食代わりに2、3人ぱくつきながら出てきた者も現れた。
彼らは鬼だ。まともな人間ならば、死は免れない。逞しい筋肉が武器を構えて迎え撃たんとする。
「今! かかれッ!」
一斉に、あるいは段階的に。翼を狙って槍が飛んだかと思えば、大太刀を構えて通りをふさぐ者もいる。

「あら……鬼、と聞いて。期待したんですけれど。河童の相撲の方が、力強いんじゃあ在りませんの」

攻撃全てをよけきって、天狗の妃は表情一つ変えることなく、両手をくねらせ、印を結んだかと思うと、前方に紫色の鱗弾を呼び出した。

「去ね」

まず一頭、次に五頭。八、十、十五。波打つ怪光線は、地獄の守りを司る鬼を木っ端微塵にするのに十分だった。余波で通りの家が連鎖爆発を起こすほどである。つまり彼女が通った後は、鎌倉と同じくらいむごたらしい鬼の死骸がそこにあるのみ。空とぶ破壊の権化である。

「あら、つまらない……まあ、楽でいいですわ……」

彼女はぐんぐん北上する。

「回せェ!狙えェ!」
次から次へと現れる、骸骨と炎で出来たからくり車。牛車ほどの大きさで、もちろん四連回転砲塔付き。紐の力で飛ばすのは矢と地獄の炎だ。車自体も、緑色の火炎があふれて不気味である。今の言葉に直すなら、主砲にガトリングを搭載した戦車というべきだろうか。

この攻撃は容赦がない。次から次へと矢が放たれて、天狗の妃はぎりぎりのところで躱すほかがないのである。さらには速度の遅い地獄炎が撃墜を狙う。

「ああ……面倒ですわね」

次に天狗の妃が行ったのは、片手をぐん、と薙ぎ払っただけである。

しかし。

数秒おいて、その威力は発揮されたのであった。

「なァっ!?」「えぐわ!」「へぶしッ!」「あんぎゃあッ!」

次から次へと爆炎が上がるではないか。別に戦車自体が発火したわけではないのである。彼女は爆発を飛ばしたのだ。炎と衝撃波を、神通力を通じて飛ばしたのである! それによって弾は飲み込まれ、不幸にもぶつかってしまった戦車群は、なすすべなく壊滅したのであった。

右、左、右、左とテンポよく爆炎を飛ばしていく。

端的に言えば、天狗の妃は無敵であった。鬼に対して強すぎた。この鎌倉の要塞に対して強すぎたのだ。この調子で軍勢を蹴散らし、戦車を砕き、家を吹き飛ばして、また反撃をひょいひょいと避けていく。彼女が通った後は、紫色の光線か、爆風か、あるいはぶつ切りの鬼に骸骨しか残らない。
さほど多くない鎌倉の町の人間の生き残りは、天狗の妃に対して口をあんぐり開けて見守るしかなかったという。まだ壊れていない家も容赦なくボロボロになる。

「久しぶりに暴れたかったんですの。許してくださいまし」

鎌倉名物、2連の大鳥居。最も鳥居は逆さにされてしまっているが。通りのど真ん中、まるで街で十字を切る様に、3階建ての物見櫓を五十連結した壁がそびえる。天狗の妃が鳥居の前まで到達するのにはそれなりに時間がかかっていたから、迎撃準備は容易であった。

「ここでこやつを落とさねば——」鬼の副将軍、ンドパが呟く。彼は壁櫓の中でも最も高い位置に陣取り、彼女の襲撃を捨て身覚悟で警戒していた。頼朝の武士本来の強さに惹かれて先代の閻魔大王を武力制圧したのち殺した男だ。戦略には長けていた。長けていたからこそ、天狗の妃をこの目で死ぬ姿が見たいのであった。

(奴が飛ぶ方法はカラスと同じよ。真っすぐ進みつつ、上にあがる事しかできないのだ。どうやってもナナメに上がることになる。この壁をぶち抜くが速いと考えるが……それは間違いだ。飛び越すのが正解という物。しかし、ここまで暴れたくった輩が、賢く進むとも思えまいて)

ンドパは何回も想像した。勝つことも、負けることも。勝負は彼の予想では五分五分と言ったところ。そもそもこの壁は本来、地上の敵を堰き止めるものだ。まさか飛ぶ妖怪を撃退するものになるとは。

「なんですの? あれで、防御のつもりですの? 貫いてやりましょう」
天狗の妃は気にかけていない。(ふざけた女だ)ンドパは想像通りと安堵した後、法螺貝を吹いて、敵襲を知らせる。
「——頼朝をお守りするのじゃ! 出会え、出会えッ!」
「邪魔な壁……どいておくれやす」

天狗の妃が壁をぶち破ろうと、あと数尺に迫った瞬間。

狭間に詰し骸骨が、一斉にどっと矢を放つ。
壁の一部を切り取れば、火の玉がぐわっと飛び出していく。
地獄の砲台セリ出せば、魔の光線が風を切り裂く。


「まあッ……飽きませんねェ……」

矢、矢、矢、矢。
火、火、火、火。
光、光、光、光。
爆発! 爆発! 爆発! 爆発!
多種多様な地獄由来の超技術に妖術が、一斉に天狗の妃へと降り注ぐ!

「油断するでない! 皆の衆、まだ手を——なッ!?」

煙の中から現れたのは、紫色に光る眼だ。次に見えたのは、天狗の妃の艶やかな唇。煙がすべて晴れた後、彼女の男よりも男らしく、女ならば羨むものがいない体すべてと、黒い翼が見えたのだった。
とてつもなく、近かった。

つまり。

天狗の妃は、ンドパがいる頂上付近まで、垂直に上昇したのである。

「なかなか面白いモノでしたわ。3回程、死にかけましたの。前もって聞きますが……わたくしがもしや『カラス』と同じようにしか飛べぬと考えておりますの? 大外れですわ」
「ええい、ええい……」
天狗の妃は彼の目の前を3回転宙返りしたのち、壁に対して並行となり、滑空を開始する。
「よくもまあこんな大仕掛けを作ったこと——」
彼女が通った風圧のみで、櫓がめきめきと音を立てて沈みだす! 彼女を討ち取るべく急遽人間たちより吸い上げられた、地獄火炎エネルギーも漏れ出して、あちこちより爆炎! 壁が大地へと沈み始めた!
「——しかし、芝居にはもっと大きな舞台が必要ですの。あいにくこの舞台には、松の絵柄も橋掛かりもありません」

天狗の妃は高度を上げる。いつのまにか、彼女の周りには、完璧な比率で描かれた紫色の円に幾何学模様が現れ始める。

「すこし私を怒らせましたね。まあせいぜい、巨大建築遊びは楽しめたことでしょう? 苦しまなくていいので、とっととあの世に送り返して差し上げますわ」

ンドパの本能が叫んだ。彼女の行為は、全くもって予想がつかない。勝てる勝負を直ぐには勝たない。相手を完全に屈服させるべく飛び回る。関わり次第、命無し。戦の天才なんてものじゃあない。戦狂いだ。狂っている。

そして規格外の神通力。

完全な、「ずる」だ。

「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ……私は天狗の妃……そして……毘沙門の使い……はあああああああッ!!!!」

天狗の妃の両側より、爆発がドロドロと流れ出す! 天狗の妃が結ぶ印から、通りと同じ太さの光線が発射され、若宮大路を埋め尽くす!

もしもここに、絵図を描ける者がいるなら、どのような絵を描くであろうか。決まっている、破壊と無だ。

壁はめきめきと吹っ飛んで、跡形もなくなってしまい、その威力で滑川あたりまでは、地獄の建築物以外、台風が通り過ぎたようになってしまった。

「……さあ、政所へと向かいましょうか。頼朝に会わねばね」

勿論通りの頂点にある政所は無事である。障壁でもあるようにびくともしない。溶岩の堀といい、屋根瓦といい、かえって禍々しい装飾が、余計に際立ったようだった。

ここから先は、天狗の妃にとっては楽勝も同然である。なぜなら頼朝がいる部屋を知っている。何もないとき、彼はいつも寝室にいる。彼女はそこめがけて飛び込んだ後、ようやく翼を畳み、自分の足で歩きだした。

庭を通り、頼朝の背中を見つけた。彼はどこかを見つめているようだった。寄り添うように、後ろから語り掛ける。閻魔大王というのに、源頼朝自体の姿はそのままだった。

「……女か」
「ええ。女ですよ」
「あふれんばかりの妖気を、感じる。罪人であるとも、感じる……」
「あらあら。しばらく会わないうちに、すっかり閻魔らしくなりましたわね」

天狗の妃は後ろから手を回した。

「その手をどけろ。我は汝をいつでも殺せる。我の首を狙いに来たのであるならば、油断を突くのは間違いだ」
「まあまあ。征夷代将軍サマとなれば、わたくしの考えが読めてしまうのですね」
「汝も我を殺すべく、仕向けられた使者の一人だ。考えるまでもない、死にぞこないめが」
「勘違いされては、困りますわ」
「ほう。では見事な一番乗りだ。死地へ行くのも最初であろうな?」
「いいえ……いいえ、鎌倉様。いや。兄様——

この時だけは、天狗の妃の目つきが、血に飢えた狼の目になっていた。

「——わたくし。わたくし、貴方様の妹であるよしつねは、この鎌倉の為……兄様に忠誠を誓わせていただきます。そのために、起きてスグこちらへ向かいましたわ」

頼朝は鼻で笑う。

「お前は天狗の妃であろう。天狗が人を化かすため、偽りの契りを交わすことはままあること。して、それを担保する戒めは何だ」
天狗の妃は、頼朝の目にもわかるよう、羽を何枚かちぎって落とした。
「これは私の風切り羽……数枚失うだけで、籠の中の小鳥同然。それに……私たちは、兄妹でしょう? それ以上の戒めはありませんね?」

「………………わかった」

頼朝はいつの間にか天狗の妃の後ろにいた。彼女に対してさっきやられたように、手を回して語り掛ける。

「俺の兄弟はいつまでたってもお前だけだ。最後の一人になるまで、戦え」
「喜んでさせていただきましょう。私の片割れあと6人の首と心臓、すぐにでも並べさせていただきますわ……」

今ここに。地獄の大王、源頼朝。天地無用の神通力こと天狗の妃、実ハよしつね。

悪夢のような同盟が出来上がったのであった。

【続く】

コインいっこいれる