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南蛮由来重地獄音楽芝居 源兄弟遣魔合戦:大序-壱「炎焔越えの場」

「のちの世も またのちの世も めぐりあへ 染む紫の 雲の上まで」

その時義経は、自刃に追い込まれていた。彼の足元には、妻子の骸が燃えている。
理由は単純。すべて今来た者どもに、嬲られ食われ、穢された。

表を見れば、戦を続けるは弁慶ただ一人、他の諸々は物言わぬ。ただ屍が積もるのみ。
燃ゆる寺院の門前にて、血反吐を吐き捨て彼は立つ。文字通り矢面に立つ。数百本の矢の雨が彼を飲み込もうとしても、彼は立っていた。

「しかし、修羅に心を売ったか。藤原泰衡!」

弁慶は叫んだ。この時初めて弁慶は恐怖した。無理もない。
弓を射るのは骸骨の群れ、迫る歩兵は赤い鬼。ついで髑髏で出来た紫色の炎を噴き出す重戦車に乗るは、源幽鬼追討軍隊長、藤原泰衡であった。
彼の号令があるたびに、矢の雨が地面に突き刺さる。土は弁慶の血で泥と化す。三度四度と射られし矢、地面になくば、巨体を貫く。

「まだ立つか弁慶よ! お前が守るべき主は義経などではない! 我らが頼朝公である。お前の武勇に免じ黄泉の力をやろう。これは鎌倉殿直々のお言葉だ。さて弁慶、返事は何と、何と」
泰衡はかかか、と笑った。
弁慶も笑う。
「何がおかしい」
「忘れたのか。生憎おれは——」
痛む腕を動かして、懐を漁り、一本の巻物を取り出した。『勧進帳』
「——坊主でね」
彼が巻物を広げると、白いはずの紙面から緑色に輝く文字が躍り出る!
その光は天へと伸び、あたりを包む雲をも広げた。
「……おれにとっちゃ、仏と背中合わせである方が、却って良いわい。ろくでもない味方はかえって厄介だった。足手まといでな!」
「何を強がる武蔵坊。その妖術こそ、こけおどしに過ぎぬ! 良いだろう、お前の脛を鎌倉殿への土産としてやる!」
しびれを切らした泰衡は、ついに地獄戦車を動かした。
どうどう、どどう。一発一発、怒涛の勢い。主砲より超自然の火の玉を、吐き出し狙うは武蔵坊! あわや粉みじん、と思ったその時。
その炎は真っ二つに割られていた。寸分狂わず、真っ二つ。ひとつ残らず、真っ二つ。

「……バカな?」
煙から姿を現したのは鎧を着、斧を持った義経だった。彼の鎧は見たこともない色彩で固められている。彼が持つ斧、大人二人の大きさだ。
もちろん斧は彼が得意とする得物でない。そもそもこの場に持ち込んでいない。しかし今手にして振り回しているのは、何の因果か応報か。
「……我がはらわたは、忠信のようにしても斬れず。義仲のようにしても煮え切らず……おまえか、弁慶。我を殺さぬのは。俺はいったい、どうしたのだ」

問うたが、弁慶は息絶えていた。
何もいわない義経公。そして殺戮が始まった。彼は竜巻の様に辺りの兵を蹴散らす。鬼の首はもぎ、骸骨の群れは砕き。ちぎっては投げ、ちぎっては投げる。大斧は、剣で受けた地獄のつわものを両断し続け、そのたびに血しぶきは高々と噴水となる。

取り巻きすべてを討ち取って、残る将は藤原泰衡ただ一人。焦る泰衡、迎え撃つ。地獄戦車の小火砲、これが火を噴き、火弾を放つ。しかし義経ひらりひらりとこれを躱す。身のこなしは、牛若丸と、それ以上。丁度一尺の距離まで来て、軽々と主砲の上へ乗って言う。

「……兄者か、これをやったのは。この百鬼夜行の軍勢は」
「その通り。平家は死んだ。仏も滅した。今や鎌倉様が、我らが信ずるもの全て。そしてこの力で大和だけでなく世界をも手に入れるのだ。なあ義経よ。身軽さは褒めてやろう。だがここで討ち取る! 覚悟ッ!」

「断る」

泰衡は身を乗り出して、義経を斬る、斬る!

「ヒョーッ!」義経は叫ぶ。そして避ける。また避ける。どの太刀も、一つたりとて届かない。最後の一撃は肉薄したが、叫び声を再び上げて、間一髪躱す!「バカな!」

泰衡が攻撃を躱しきり、隙アリと見た義経は、その首を貰わんと斧を大きく振りかぶる。その瞬間、背中がニューッ、と輝いた。光と重さを合わせし影。異形のモノに見えるだろう。
ぶんと三回、斧で斬られ、理解する間もなく首が飛び、次いで頭蓋は3枚おろしだ。絶命。

「……俺は、ここに、立つのか」

ただ彼は必要だから殺した。勝利も必要だった。何が何でも生きる必要があった。死はここで、必要だった。

たが戸惑いは、隠せない。無慈悲な攻城戦争兵器として育った源氏が棟梁の弟は、初めてここで、戦以外に頭を回す。

己の身に何が起こった? そもそも、あの鬼どもは何だ?

結局わからないでいると、灰の中から赤子を抱えた一人の老人が、にゅるりと姿を現した。彼も自害に失敗したのか、頬が煤だらけになるばかりで、その目も生気に満ちている。

「まだ、争いは終わってはおりませぬ。鎌倉様は、いえ、そなたの兄は……地獄冥府を攻め落とし、その力さえも手に入れたのです」

「……お前は。いや……そなたは何ぞ。我が味方に、そなたのような者がいたか」

「まずは私の話をきいてはくれませぬか。名を名乗りましょう。我が名は十郎が兼房、権頭でございます」
「十郎権頭兼房、か。しかし、なぜ今、俺の前に現れた。もしや冥府の使いであるまいな?」
「それは違いますぞ。少々込み入った話をいたしましょう。まず、かつての壇之浦。貴方の沈めし草薙の剣、これは地獄の門の鍵にして、彼らを滅ぼすための剣」
「まて。すこしはこちらの事情と質問も聞け」

義経は、斧の切っ先で十郎権頭兼房の顎を撫でる。じょりり、じょりりと、髭が剃られる。
「……では、私以外の者に聞くが早いでしょう。これをお読みなすって、くださいませ」

十郎権頭兼房は灰と瓦礫と屍を探り、弁慶が足元から、一本の巻物を開く。もちろんそれこそ、「勧進帳」。

「これは。かの時の偽巻物。それがいかがしたのか」
ぐろぐろと十郎権頭兼房は笑顔を見せる。
「ひひひ。勧進帳、これはいわば、当て字でございます。ひひひひ。まことの意味は『観神帖』。観音様や、やまとの神より賜りし書物。中を開いてくださりませ」

義経は怪しげな老人に言われるまま、ざっとそいつに目を通す。墨ではなく焼き印の様に捺された文字をつらつら辿る。

『大恩教主の秋の月は、涅槃の雲に隠れ、生死長夜の長き夢、驚かすべき人もなし。かくて昨今、天におわす帝は、大いなる乱ありと予見せり。ここに武の者7人遣はし、その乱れを収むるとす。(中略)討ち取るべきは、奈落のものども。それを率いる閻魔大王。神代のころより見回るこの土地、菩薩に代わって収めたまへ(後略)…… ■■◇◆□□』

誰が記した書物であるか。肝心の記名は一切読めない。義経は、きっと大天空自在天かそのあたりであろうと考えた。
天狗の教えの通りだ。彼らはよほどの心配症である。それをこんな仰々しい書物を作ってまで教えるとは。大地の乱れで困るのは、人間道か畜生道にいる者たちだけだというのに。
もっとも、戦の天才たる義経は別のところを気にした。

「……分かった。この大乱を鎮めよと。俺でなくてもアレを見た奴らはやると思うが。しかし……7人だと。俺より強い者が、7人もいるのか。連中は敵か、味方か」
「左様。それらはすべて、天におわす者どもが遣わした連中でございます。最初に言っておきましょう。奴らは敵です。あなた様の兄者と同じように、この地にいて、人間ならざる者どもです」

胡乱な老人の言葉を信じるほかない。なにせ、あの弁慶が息絶えるまで手にしていた巻物を証拠として見せつけたのだ。
だが日の本は広い国。死にぞこないの自分でなくとも、剛の者はごまんといるはず。
例えば、壇之浦より逃げ切ったとされる藤原景清。漢の英雄に並ぶともいう武芸の達人、巴御前。

ともかく、伝えるべき人間は大勢いるはずだ。

「して。俺にこれを教えた理由は」

「あなた様には……そ奴らを討ち取って欲しいのでございます。一人残らず、この日の本の地へと埋めて欲しいのでございます。言わずとも、兄者を殺すと言いましょう。ですが、兄者を討ち取ったとて、この地上に太平は訪れますまい。ですから、あなたに頼んだのです」

「お前の言う通り、俺は今から俺の兄貴の首を取りに行くつもりでいた。しかし……だんだん、俺の頭はこんがらがってきたぞ。まず一つだけ聞こう。名は、そやつらの名は分かるか。難しい事は嫌いだ。戦以外の事も好かん。もしそ奴らが侍ならば、自ずとこの乱に乗じて名乗りを上げるはずだ。そすれば、奴らと果し合いをすればよい事。さあ、言え」

「源の、義経でございます」

館を燃やす炎は消えつつある。

「もう一度聞こう。そ奴らの名を教えろ」

「源義経。源九郎判官義経でございます」

ココにいる「彼」は、何も言わない。死人と同様に、口をつぐんだ。

燃えていた屋敷が灰に変わる。

朝日がようやく昇りだす。義経は背を向けて、ずしり、ずしりと去りはじめる。
「……お待ちくだされ。まだお教えしていないことが、山ほどございまして」
「もうよいわ。弁慶は死んだ。郷と娘は俺の目の前で喰われたよ。俺は好きにさせてもらう。草薙の剣とか言ったか? 機会があれば探してやろう。ただ今は、俺の兄者をどうやって斬り捨てるかで頭の中がいっぱいだ。難しい事は好かん」

十郎権頭兼房はくきき、と嗤う。やはり義経、彼らしい。

「カカカカカ。その気でおれば、よいでございますわい。……殺されし、妻子や忠臣たちの恨み、忘れたわけではあるまいな? 行け。そして……頼朝を、討て」
「言われなくとも」

◇◇◇


一方。時を同じくして。
荒波のもまれたのか、肉が腐った男が、備前の国へと流れつく。一頭の愛馬と共に。

「Hmm...?」

しかし彼の服装は、我々が知る鎌倉室町のモノと、てんで違う。
それもそのはず、頭にかぶるのはテンガロンハット、そして胴体はポンチョを纏っている。脚はジーンズだ。腕は白い包帯で何とかつなぎ留めてある。顔面も同様、半分包帯で異形の有様を示している。
彼は腰に付けたホルスターを弄った。

「……My ammo is useless…… What the hell is wrong with me? Where am I? (弾薬もしけりやがって。俺はどうしたんだ? ここはどこだ?)」

他の装備は大丈夫か、調べようとしたそのとき。

「お、鬼じゃ! 鬼がでたぞいッ!」

刻は丁度、早朝の漁が始まるころだった。通りがかった漁師が腰を抜かす。一番乗りしたのにも関わらず、この恐怖に足を震わせるほかなかったのだ。

Darn it! But, I think I'm getting the hang of it(クソがッ! だがよ、だいたい分かってきた)」

彼はゆっくり、立ち上がった。

「あ、あああ……あ……な、な……なんまんだぶ、なんまんだ……」
「……………………………………ここは。日の本か」
「なむ、な、なむ………………!」
「ここは日の本か?」
「え、え、ひひ、ひ、へ、へい、そ、そうです、そうでごぜ……喰わないでくれッ!」

「俺は……俺は、帰ってきたのだな……それで、悪いが、それはできん」
「え、ええ……?」

「見ての通り、俺の体は腐ってる。それに腹も減っている。だがな——」

その動く死体は、哀れな漁師をひっつかみ、包帯のない部分からぐろぐろとした目で睨みつける。
「——Joe・Crow・Yoshitune(ジョー・クロウ・ヨシツネ)が胃袋に収まること、誇りに思いやがれ」

外道の朝食が始まった。馬の嘶きがひびいた。

◇◇◇

京の天狗杉のてっぺん。
あでやかな女が、どうどうと昇りつつある朝日を眺める。ふんわりとした壺装束にもみえるが、きりりと纏まった水干を纏うその風体は、まさに『天狗の妃』と呼ぶにふさわしい。
彼女も、邪な雰囲気を感じていた。東より漂う悪の気配を。血と脂の混じる臭いを。神通力を鍛えてなくとも、何かが変わり、何かが捻じれ始める音は聞こえた。

「……起きなさい。蛆虫ども。眠りなさい。獣ども。戦いの時は来たのです……」

懐から取り出したのは、一本の木簡。もちろん書かれているのは和歌である。文字は掠れて読めなかったが、彼女にはちゃんと内容が分かっている。

『思ふより 友を失ふ源の 家には主 あるべくもなし』

「……何もかもが変わりましたね。兄様は、わたくしの事を覚えているのでしょうかねェ。そもそもわたくしの知る兄様でしょうか。どうでもいいですわ。地獄の鬼どもは元気にしているといいですけどね。わたくしの事を殺したくて堪らないと思ってくれていたら、いいのですけれど」

彼女は天狗の妃である。だから悪鬼であろうが妖怪であろうが人間であろうが武者であろうが、見下して、おちょくる事が何よりの楽しみである。もちろん夫と呼ばれる天狗たちにも、それは同様の事である。朝日を含めて、すべてをバカにするように、背中より、カラスの翼をぐわんと広げた。

やはり、天狗の妃であった。

「わたくしも、地獄冥府より黄泉帰りし、いてはいけない愚かな獣……しかし一度舞台に乗ったら、くたびれるまで舞い切らねば、済む気もありませんからね」

2回、3回と羽ばたいて、鎌倉の方角を向いた。彼女も目指す先は一つ。この世の地獄の中心地、源頼朝の根城である。
「ほかの皆さんは大変ですね。馬か、歩くかしかできませんもの……
宙をすべるように飛んでいき、山々を見下ろす。橙色に染められた朝霧が、地面いっぱいに広がって、緑と混じり、神秘的であった。
彼女はぽつりとつぶやいた。
「……『生き残れるのは、一人だけ』

◇◇◇

かくて、つわものは目覚めだす。彼らの鎖を解いたのは、神か仏かそれとも偶然か。
あるものは己が兄弟の横暴を終わらせるため。あるものは地上の地獄を楽しむため。またあるものは、その胃袋を満たすため。

この朝日が開戦の太鼓なら、音色は日の本すべてに届いていることであろう。少なくとも、北より下る源義経はそう思った。追われていたころよりも、今一人で立ちふさがる連中を斬り捨てて、兄者の首を取る方が、よっぽど楽で、簡単だ。敵は悪鬼と名が同じの野郎ども? 笑わせるな。目の前にあれば、頭蓋をかち割り殺すのみ。

山を下る。冒涜され破壊された社を何回も通り過ぎて、羽黒山にたどり着いたころ、一人の男とばったり出会う。
そいつは金糸と銀糸で作られた、車模様の衣をまとい、一つの鼓を抱えていた。その髪色は、人外そのものの桜色。

「お前は……」
二人とも、考えたことはただ一つ。この男の顔は、水面に映る自分の顔と、うり二つ。
北よりやって来た義経は落ち着いていた。
「……さっそく、一人目か」
「一人目? さて、何のことか。お前は我の紛い物、そう思ってよいのだな?」
「それはこちらも同じだ。こうも簡単に見つかると、仕事が楽でよいわい……」
義経は斧を構える。
一方対峙する義経(2)は、手もつ鼓を打ち鳴らした。
「者どもッ! 出会え―ッ、出会え―ッ!」
草の影から狼が飛び出し、また彼が従えていた伏兵が斧義経を取り囲む!
「……おもしろい。やはり戦はこうでなくては!」

全ての戦は鎌倉へ通ず。

【続く】

コインいっこいれる