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第14話 山の生活と名前

墓守のドミノとドムの生活は毎日が新鮮だった。
今まで村に住んでいたドムは、見たことのない植物や動物に。
今まで山で1人っきりで暮らしていたドミノは、ドムの驚いた様子や反応1つ1つに。

小川の淵を覗き込むドムは、こちらを警戒する緑色の葉っぱを凝視した。
ドミノは手頃な木の枝を拾い、ドムの隣に立った。

「食料は主に家の前の庭や、裏の畑で調達できます。もし、腕に自信があるのなら狩りをすればいいですよ。動物は難しいですが、ここの魚達なら簡単に……」

ドミノは手にある枝先を水中につっこんだ。
こちらを睨んでいた葉っぱはひらりと沈んでいく……途端に枝先が激しく揺れる。

「ほら、獲れた」

ドミノが枝を引き上げると、葉っぱがかじりついていた。

「魚? いや、葉っぱ??」

ドムはその得体の知れない生き物に手を出そうとした。

「気をつけてください。歯がありますので」
「歯?」

ドムは魚の様に跳ねる葉っぱを観察した。
食いついているその口元には鋭い歯が並び、よくよく見ると目つきの悪い目と口の間には小さな鼻の穴が並んでいる。
食いついた枝を離すまいと鼻穴を膨らましては縮めるを繰り返す。
観察していて飽きないな、とドムは思った。

「魚、だよね?」
「正確には植物ですね」
「え? 植物?」
「小川の向かいにある木を見てください」

ドムは遠くにある向かいの木を目を細めて見つめ……驚いた。

青々と茂るその木の葉っぱが左右に揺れている。
大きく揺れたかと思うと、その葉はプチっと枝から離れ水中へと舞い落ちる。

一見、枝から落ちた葉っぱの様に見えるがそれはしばらくすると水中に沈み消えていく。
そして、水底に沈んだ葉は跳ね上がり魚の様に体をくねらせながら泳ぎ始めたのである。

ドムは目の前で繰り広げられる光景が不思議でたまらなかった。

「何て名前?」
「私は木の鱗(きのウロコ)と呼んでいます」
「正確な名前は?」
「ドムの好きなように名前を付けたらいい。ここにいる者はほとんど、名前が無いものが多いです。自分の見える思いを、そのまま名付けるとぐっと自分の世界に親しみが持てるでしょ?」
「……そうか……じゃぁ、光蟲も、水風花も?」
「代々ここで暮した墓守達が名付けた名前です。他にいい名前が見つからなかったのでそのまま」

ドムの表情は明るくなっていった。

「じゃ、じゃあ、reef fish(リーフフィッシュ)……略してreef ish(リーフィッシュ)!」」
「リー? フィッ?」
「こないだ村に来た旅人が教えてくれた外国語なの。葉っぱをリーフ、魚をフィッシュって言うんだって」
「……そうですか。ステキな名前ですね」

ドミノは墓守の村に旅人が来ているという事に驚いていた。
昔はそんな事はなかった。
ドミノが子供の頃の村は閉鎖的で、内々なる陰気さがあり、その団結力は時として攻撃にもなった。

自分たちの知らない「外の世界」から来るものが怖かったのだ。

しかし今は外から来るものを拒む事はせず、そこから学んでいる村の姿は成長に感じられた。
しかし、ドミノ知る村ではない……。

「兄さん! 僕も釣れた!」

ドムはドミノを真似て次々にリーフィッシュを釣り上げた。
ふと、ドムはその味が気になり……その腹に鼻を近づけ匂いを嗅いだ。 
魚臭くはない、むしろ青臭い…食べれそう。
ドムはその腹にかじりついた。

「なるほど!」

元は植物、その味と歯ごたえは「キャベツ」みたいだ、とドムは思った。
焼いたり煮ると、魚に近い歯ごたえになるらしい。

その後、ドムはその魚の牙が武器になる事や、その牙を乾燥させ砕くと解毒剤になる事などをドミノに教えてもらった。

ドムは小川に入り、体の汚れを洗い流した。

ドムは急に背筋に冷や汗が流れた。
足に何かがヌルリと巻きついていたのだ。

「に、兄さん……あ、足に何かいる!」

青い顔のドムに近づいたドミノはその足元に手を入れた。

「あぁ、この子ですよ」

ドミノが手に持ち上げたのは鯰の様な顔に長い髭、しかしその体にはオタマジャクシの様な小さな手足が付いており可愛らしい目がドムを見つめている。

「何かオタマジャクシのボスみたい……」

ドムは思わずその生き物に手を出すと、蛇のようにスルスルと腕に巻きついてきた。

「この子は日光や人の体温など温かいものが好きなんです。人に害は与えませんので扱いやすいですよ」

ドミノは陽のあたる小川の中州を指差す。

そこには行儀仲良く並んだ鯰もどきが日向ぼっこをしていた。
転がって見えるお腹が金色に輝いている。

「兄さんはなんて名前、付けたんですか?」
「私はそのまま、鯰って言ってますが……ドムならどんな名前を付けますか?」

目を合わせたドムは、オタマジャクシもどきのまん丸い目を見つめた。
オタマジャクシもどきは、首を傾げその短い手足をドムの顔に伸ばしてくる。

「ん〜。オタマジャクシみたいだから…Mr.オタマジャクシ。略してMr.タマジャク」

笑うドミノ。

「ドムは略すのが好きですね」
「今村で流行ってるわんだよ? って、あれ?」

Mr.タマジャクが巻きついてきた腕が金色に染まっていることにドムは驚いた。

「大丈夫ですよ。時間が経てばその色は消えます。風に当たった時に浄化してくれる作用もあります。風の機嫌が悪くて体調を崩したらこの子達に浄化してもらうといい」
「ここでの生活では、皆んなそれぞれ役割があるんですね」
「そうですね。生活していくうちに皆んな助けてくれるようになる。頼るのは人間だけじゃないって事です」

ドミノの言葉には説得力があった。

「ここはとてもにぎやかです。寂しくはないですよ」

ドミノは18年支えてくれた山の友人達をドムに受け渡すつもりだった。

山の友達はこれからドムを支え、笑顔にしてくれることをドミノは強く願った。

つづく

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