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81話 夢の音

ドミノとシイナは、風の子と共に「夢のカケラ」を集めるべく過去のコントラ情報を学んでいった。夢の中に存在した「双子星」や、悪夢を生み出す奴らと呼ばれる「面(つら)」。「夢主」、「夢人」、夢への介入のルールなど、頭がパンクするほど新しい知識を習得した。

※ ※ ※

ドミノとシイナは今まで教わった事を復習しながら、お互いの夢への介入を試み始めた。
助言をくれる守護柱・リスのラルーは夢の中までは同行できない。
「人の夢」に慣れるまでは互いの夢を舞台に学ぶのがよかろう、と言うのがラルーの考えだった。

シイナは今、ドミノの夢を訪れようと試みている。ドミノは先に意識を手放し、夢の中へと一足早く近づいていた。
眠るドミノを見つめるシイナは、その側で目を閉じた。

意識を集中させ夢の入り口となる「扉(door)」を探した。初めはうまくいかなかった。ただただ、暗闇の中を歩くだけで扉らしき物は見えてこない。しかし、徐々にコツを掴み始めると、シイナは無意識の中を自由に歩き回れる様になり、ようやくドミノの夢の扉の前までたどり着ける様になった。

「こ、ここね……」

それは闇の中に立たずむ1枚の扉だった。
木でできたその扉は倒れることもなく直立している。扉には「Domino」と「名札(プレート)がかかっている。シイナは首元に巻きついている風の子・マロンの体を人なですると気持ちを落ち着かせ、緊張しながらその扉を3回ノックした。

___コンコンコン

その音をドミノは夢の中で聞いた。
首に巻き付いた風の子・シロイトがドミノの意識を覚醒させていく。夢への介入に「夢主に自分達の事を知られてはいけない」というルールがあった。
しかし、コントラは自分の夢の中で自分を覚醒させる事ができる。扉が夢の出口だと言うことも、ここが夢の中であると言うことも認識し、冷静に行動することが出来る訳だ。それは風の子がコントラの意識をブレさせない役目を持っているとラルーは説明してくれた。

「どうぞ」

ドミノはノックの聞こえた扉へ声をかけた。静かに開いた扉の向こうに立っていたのはシイナだった。

「ようこそ、私の夢へ」

ドミノは笑顔でシイナを夢の中へと招いき入れた。

「は、初めて成功した! やった! やった!」

シイナは光り輝くドミノの夢の中へ足を踏み入れた。扉がパタリと閉まると完全にそこはドミノの夢の中だった。

「な、何か不思議ですね」

「そうですね」

ドミノは暖炉にかけてあったヤカンを手にカップにお湯を注いだ。

「こ、ここは?」

シイナはドミノに案内されるまま部屋の中を見渡した。狭く古めかしい部屋は、どこか懐かしさに溢れていた。慣れた手つきで部屋を歩き回るドミノを見ると、ここはドミノの安心する部屋なのだろうとシイナら考えた。しかし、何かが足りない…それは何だろう。

「ここは墓守の小屋です。今は弟のドムが暮らす家ですね」

シイナは噂で聞く墓守の生活が、これほど質素なものだった事に驚いた。

「どうぞ」

目の前にカップとクッキーの様な焼き菓子を置いたドミノに、シイナはお礼を言って顔を見た。

「あ……あれ? 何か違う」

シイナの目の前に立つ笑顔のドミノは、先ほどシイナを招き入れた大人のドミノとは顔が異なった。少し若く、幼さを感じる。

「ド、ドミノさん?」

「気がつきましたか? 夢の中では自分の年齢等も自由に操る事ができると聞いたので」

ドミノはドンドン夢に慣れ、文献で読んだ事柄を実験的に試しているのだと説明した。
シイナは先に進んでいくドミノに焦りを感じていた。

シイナは若いドミノが出してくれた焼き菓子を手に口にした。カリッ、という軽い音は口中に大きく響き、シイナの耳の奥までその音は届いた。

「お、美味しい!」

シイナの悩みは一気に吹き飛んでしまった。口の中に広がる素朴な果物の甘みと小麦の香ばしさが舌中で広がり、それこそ夢心地な美味しさだった。思わずシイナの顔に笑顔が溢れた。

風が吹く。あぁ、これが目覚める時の合図か…と、シイナは立ち上がった。
弾みで腰掛けていた椅子が倒れた。慌ててシイナは手を伸ばしたが椅子はそのまま床へと落下した。

「え……え?」

シイナにはその倒れた音が聞こえなかった。確かに椅子は倒れ、埃が舞う。そうだ、ここには音が無いんだ……その事に気がついたシイナはドミノに声をかけようとした。

扉の前に若いドミノが立つ。

「では、また」

若いドミノはシイナの言葉を待たずに別れの言葉を告げた。

「う、うん。また後で……」

シイナはドミノに軽く頭を下げて扉に手を伸ばした。そこは闇には続いておらず、再び光の世界へと続いていた。

______

ドミノとシイナは同時に目が覚めた。
シイナは体を起こすと、まだ口中に残っているあの焼き菓子の味を思い出し笑顔になった。

ドミノも体を起こすと、しばらく呆然としていた。夢の中でも長いこと意識を保つ事は鍛錬が必要だと感じていた。

「き、綺麗な所でしたね」

シイナの言葉にドミノは目尻を下げた。そこにはシイナの倍ほと生きてきた証のシワが、深く刻まれていた。

つづく

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