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8話 団らんの時間

母のデュサに手を引かれ家の外に出ると、すっかり夜は開けていた。
墓守のドミノは村に人の姿が少ない事に気がつき眉をひそめた。

「皆んな、もう待ってるわよ。たくさん食べて行きなさいね」

そう言ってデュサは、村の中心にある大広間へとドミノを案内した。
そこには赤ん坊から老人まで、村一同が集まり行儀よく座っていた。
並べられた机には暖かな朝食が並び、父のドウカはすでに村長の席に腰を下ろしている。

「さぁ、今日は朝から宴会だ! たくさん食って歌って大いに我が息子を出迎えてくれ!」

ドウカは片手を上げる。
ドミノはデュサに促されるままドウカの隣に用意された席につくと、その合図は下された。
ドウカが片手にもう片手を合わせると、大く手を打ち鳴らした。

「頂きます!」

その場にいる一同も自分の目の前で手を合わせると祈りを込めてそう告げた。

宴のスタートで一気に賑やかなになる。
ドミノに顔を向けるその表情は笑顔だった。
急に視界の前に竹で作られた酒筒が飛び込んできてドミノは驚いた。
ドウカが酒を注いでやると腕を伸ばしている。

「今日ぐらいいいだろう? 息子と酒を交わすのが俺の夢だったんだ」

その言葉にドミノは、目の前にある小さなコップを手に差し出した。
注がれる酒の色は蜂蜜の様に輝いていた。

酒に少し口を付けると、ドミノは賑やかな会場に顔を向け1人1人の顔を見た。

泣き虫のダッカ、お調子者のデデ、恥ずかしがり屋のデモルに食いしん坊のデラム。

小さい頃、共に過ごした兄弟達は皆家庭を持ち、生まれたばかりの子供を抱いて食事をしている者もいた。
ドミノが不在でも、時間は止まることなく皆平等に進んでいる。

ふと、ドミノは正面の席に見覚えのある姿を見つけ目が止まった。

ゆるく編んだ長いお下げの髪は、今も変わらず柔らかそうでその笑顔は見とれるほど美しかった。
ドミノが始めて恋をした相手……ディナである。

ディナと目が合いとっさにドミノは視線を外してしまった。
しかし、彼女の事が気になる気持ちに嘘が付けず、ドミノは他の者達を見る合間合間に彼女の姿を盗み見した。

「よ〜し、ドミノ! 1つ歌を歌ってくれ!」

酒に酔った赤い顔の老人がドミノに近づき絡んできた。
ドミノは酒臭い笑顔の老人を見つめる。
抜けた前歯の隙間から、時々見せる赤い舌が面白いなと見つめていたのだ。

「おじいちゃん!」

慌てたディナが駆け寄ってくる。
この歯の抜けた陽気な老人はディナの祖父だった。

「ディナ。お〜ワシの可愛いディナ! そうだ、お前の家族をドミノに紹介したらいい!」

その言葉にドミノは一気に目が覚めた。

今の今までこの賑やかな家族の団欒が夢だったのだと、1つ息を吐いた。

ドミノの知っている生活は、風の音と静かな木々の木漏れ日、動物達の生きる為に発する言葉だけ……1人の時間がドミノの全てなのだと思い知ったのだ。

ディナは、生まれたばかりの可愛い子供の顔をドミノに見せに来た。
背後から5歳ほどの女児がディナを追い掛けその背中に抱きついた。
ディナは娘と生まれたばかりの息子をドミノに笑顔で紹介した。

ドミノは柔らかいディナの息子を渡され慌てふためいた。
しかし、手から伝わる温もり、重さに今まで感じたことのない愛しさが生れその顔を覗き込んだ。
まだ言葉も発せないほど小さな命はクリクリとした目でドミノを見上げている。
その顔は、ドミノが秘かに恋心を抱き決して口にすることが無かったディナによく似ていた。

15歳で山に1人こもり、18年間歌を歌い続けて来た。
33年という月日は、好きな人を親にしてしまうほどドミノは残酷な時間だと感じた。
何も無いのは自分だけでだとドミノは思った。

ドミノは赤ん坊をディナに返すと、ゆっくりと立ち上がった。

ざわめく人混みの前に出て、手をあげる。
さっきまで賑やかだった会場がドミノの合図で静かになり、山を降りて来た墓守ドミノへと集中した。
ドミノは手を下ろすと、小さく微笑んみ顔を上げた。

「ディナと新しい家族、そしてここにいる皆んなの為に」

ドミノは息を吸って、今の思いを歌い始めた。

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星の声を頼りに たどり着いたのは月の園
この腕で星の銀河に小舟を下ろし
この声で流れる星をかき分けて
この歌であなたの夢まで渡りましょう

月の顔を横切り 見えて来たのは夢の底
この手でそっとすくって集め
この耳でその声を聞き分けて
この歌であなたの夢を守りましょう

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皆、ドミノの歌声に耳を澄まし心を震わせた。

小さな小屋でドミノが繰り返し口にしていた、恋しい人の為に歌った歌だ。

この歌をドミノがもう口にする事は無いだろう。

つづく

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