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39話 初めての喧嘩
墓守の兄弟・ドミノとドムは「インク屋」で墓守のペンを買いに来た。
ドムのペンは夕日色に染まったオレンジ色の柄のペンだった。
緑の子・ジジアが最終段階の調整に入っている間、ドミノとドムは店内を探索した。
「ドム、これを」
ドミノはそう言うと笑顔でドムにインク瓶を渡してきた。
深紅のインクは、窓から差し込む光に包まれ、地面にはまるで夕刻の様な色を落としていた。
「夕日を閉じ込めたみたいな色!」
「ペンは墓守専用のを使わなければいけませんが、インクは何色を使っても構いません。これは私からドムへのプレゼントです」
ドムは深紅のインク瓶を見つめ笑顔になった。
「これ、僕だけの? このペンもインクも?」
「はい。他に必要なものはありますか?」
そう言ってドミノとドムは店内を歩き回った。
カウンターでは墓守の手帳に挟む紙を、星の子・ミィク達が針と糸を器用に使い縫っていた。
ドムはその様子を遠目で見てドミノに聞いた。
「星の子が作るの?」
「はい。この墓守の紙は特別なんです」
ジジアはミィク達に紙を渡すと、器用に折り、重ね、編んでいく。
墓守の手帳はあっという間に完成していった。
「あの紙は昔、夢のリンゴがなってた樹の葉と幹の皮を割いて作られているそうです。1枚作るのに約1年。気の遠くなる作業です」
ジジアは爪先でミィクを支持し、最後の調整に入っていた。
「リンゴの樹って……ラルーの作り話だと思ってた」
ドミノはドムを見て小さく笑った。
「そうですね。昔話にならないほど遠い遠い昔は、誰にも分かりません」
「兄さんは信じてるの?」
ドミノは少し考えこう答えた。
「信じない理由もどこにもないでしょう?」
ドムは、昔話を純粋に信じる子供の様なドミノを見つめ小さく笑った。
その笑いがドミノには、少し引っかかった。
表情や、態度ではない。
ドミノは少し胸騒ぎを覚え、買い物を続けるドムについて行った。
「墓守の手帳は基本、墓守しか開けないのは教えましたよね?」
「うん」
「決して誰にも見せてはいけませんよ?」
「分かった」
「もし日記を間違ったり、汚してしまっても決して破ってはいけません」
「なんで?」
「さっき話しましたよね? この紙はすごく手間がかかってるんです。私たち墓守は決して……」
ドムが立ち止まり、くるりと振り返った。
「分かったから! じゃぁ、兄さんに手紙くよ!」
「え? 手紙ですか?」
「うん! 分からない事があったら手紙に書くよ。だから、兄さんも返事ちょうだいね」
そう言ってドムは棚の便箋をごっそりと抱えた。
ドミノは、言葉を言い返そうとした。
両手に力がこもって震えだす。
震えていたのは拳ではなく、心だったかもしれない。
ドミノは開きかけた口を閉じて……カウンターへと戻って行った。
息が苦しく、腹の底から出る息はため息へと変わっていった。
ドムが両手の便箋をカウンターに置きに来た。
「ドム」
ドミノはドムに声かけたがドムには聞こえていなかった。
ドミノは言いようのない気持ちが消化できず、胸の内がざわついた。
カウンターにもたれかかるように倒れ、再び深いため息をついた。
「どうしたんだい? 真似っこかい?」
ジジアがドミノに気づいて話しかけてきた。
「真似っこですか?」
ドミノは顔を上げ首を傾げた。
「その子と同じ顔になってるよ。体を斜めにしてる所までそっくりだ」
ジジアのグッグッグっという笑い声が店内に響いた。
ドミノは目の前に不機嫌顔のミィクがいる事に気がついた。
ミィクは眉間にシワを寄せたまま、体を斜に構え無言でドミノを見上げている。
「ひどい顔、ですね」
ミィクはドミノの顔をじっと見るとドムの方へ顔を向け、ゆっくりと姿勢を正した。
ドムが置いて行った便箋の山を見て、1つ蹴るようにしてカウンターから落とした。
パサリ……と便箋が落ちる音が店に響いた。
ドムは重ねた便箋が崩れたのだろうと気にも留めなかった。
しかし、再びパサリ……。
ドムがカウンターに戻ると、不機嫌顔のミィクが便箋を1つ、1つ、カウンターから放り投げていた。
その様子をドミノもジジアもただ見つめるだけで、止めようとはしなかった。
「どうしたの?」
ドムは床に落ちた便箋を拾おうと手を伸ばす。
その側に便箋がふって落ち、ドムに当たった。
「いてっ」
ジジアが笑って、カウンターに肘をついた。
「こいつは面白い。この子は今、ドミノの代わりに喧嘩してるよ」
「喧嘩ですか?」
ドミノは次々に便箋を放り投げる不機嫌のミィクを見つめた。
「言いたい事があるならちゃんと言った方がいい。ぶつかる事もせずに話だけ聞いてもらおうなんて、虫が良すぎる話じゃないかい?」
ドミノは、考えドムの側に落ちていた便箋を拾いドムに話しかけた。
「ドム、こんなに便箋をどうするんですか。そんなに聞くつもりなんですか?」
今まで見たことのないドミノの真剣な表情にドムは大人しくなった。
「兄さんだけに書く訳じゃないよ。ラヴィ王にも」
「ラヴィ王? 赤の王にも書くんですか?」
「書いてねって、言われたんだ。僕たち友達になったんだよ」
笑顔で答えるドムを見てドミノは驚いた。
円卓会議で意識を失っている間に、ドムはラビィ王は友達になり手紙を出し合う約束までしていた。
ドムの屈託のない性格は、カル(後継者)達の心にすんなりと入り受け入れられていた。
驚きと同時に胸のざわつきにドミノは戸惑った。
「そうなんですね」
そう答えるのがいっぱいで、手にある便箋をドムに差し出した。
ドムは表情が沈んだドミノに気がついた。
「兄さん?」
再び、不機嫌顔のミィクがカウンターから便箋を蹴り捨てる。
「ほれ、黙っとらんで今の思いをちゃんと口にした方がいいぞ。じゃないと、こいつはずっとここから物を放り続ける事になる」
ドミノは息が切れているミィクに気がついた。
体の小さなミィクには重労働だったのだろう。
ドミノは、ミィクの前にある便箋をまとめドムに突き返した。
小さく息を吸い、呼吸を整える。
ドムはドミノが怒っているのだとこの時ようやく気がついた。
「ドム。墓守はペンと日記が自分の持ち物になります。手紙を書く時間はたくさんありますが、その分返事を待つ時間も長い。返事が来ない時だってあります。だから、期待してはいけません。手紙を書いてはいけない、とはいいません。しかし、その前に墓守としての自覚をちゃんと持ってください。手紙ではなく記録をするのが私たちの仕事です」
ドミノの声は、震えていた。
ドムは山の様な便箋を見つめ恥ずかしくなってしまった。
自分の欲しいままに手にしてしまったのだと、反省した。
「ごめんなさい」
ドムは小さな声で謝ると、便箋の山を手に棚に戻しに行った。
ドミノは優しく不機嫌顔のミィクの頭を撫でてやった。
「やれやれ。お前達の喧嘩は、世界で一番静かな喧嘩だよ」
ジジアはそう笑って、完成したドムのペンをカウンターに置いた。
つづく
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