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43話 向人(むこうびと)

四方へ伸びる道に並んだ数々の露店(ストア)。
ここは、かつて誰かの夢の中にあった品々を売買する場所、5國・火路(フト)の中心部。
夢の壊し屋ファミリー達が収穫してきた品々は、どれも次に輝く時を待っている。

 

店を1つ1つ覗いては、墓守のドムは楽しそうに手に取って楽しんでいた。ドムの後を運び屋のアネモネが付いてくる。

「はい、これドミノから」

アネモネはドミノから預かった金貨を3枚ドムの手に握らせた。

「兄さんが?」

「よく吟味して欲しいものを買ってってさ」

ドムの目が輝いた。アネモネの言葉にドムは次々に店先の商品を指差し、異国の七色に光るランプや、綺麗な彫刻を施したチェスト、何を書いているかは分からないが数々の古い書籍が欲しいと口にした。

「まぁまぁ、落ち着いて」

アネモネは笑ってドムの興奮に困惑する。

「本当に欲しいものは吟味しなきゃ。あれこれと次々手にしていたらキリがないよ」

「でも……」

ドムは手にしていた犬の置物を店先に戻し名残惜しそうに次へと向かった。そして、でも……と言葉の続きを口にする。

「僕、『自分の物』っていう感覚が分からないんだ。村では必ず誰かと共有してるし分けあうからさ。それが村では当たり前。だから、あのランプもあの本も母さんや父さんに見せたら喜ぶかなって。あの置物だって、兄弟達はきっと喜んで遊ぶだろうなって」

ドムの言葉にアネモネは胸の内側に温もりを感じた。

「ドムは優しいね。みんなが喜びそうな物を探してたんだね」

「だって、村にはあんなキラキラした物ないからさ」

「墓守の村だっていいもの沢山あるよ? 気づいてない?」

アネモネの言葉にドムは首をかしげる。

「自然だよ。ここにはない緑、動物、風に水。とうていここの人達には売ったり買ったりできない物を持ってるんだ。だから、ここの物を持って行かなくても、十分キラキラしてる」

「本当?」

ドムは自分の村が褒められている事に嬉しくなった。

「だから、みんなじゃなくて、自分は何が欲しいのか考えて探してごらん? そしたら本当に欲しいものが見つかるかもよ」

「僕が本当に欲しいもの?」

ドムは周りの露店(ストア)を見回した。自分が欲しいものは何なのか……その心の声に耳を傾けた。
その時、露店の隅から店主が怒鳴る声が響いてきた。

「勝手に取るんじゃないよ! 帰れ帰れ!」

ドムはその騒然となる場所へと近づいていった。あっという間に人だかりが出来ている。
アネモネはドムの腕を掴んで、その先に進んではいけない、と首を横に振った。

「これはあんたのじゃないって言ってんだろ! 返してくれだって? 冗談じゃ無いよ。欲しけりゃそこに書いれる金額置いていきな!」

顔を赤くしている店主に食い下がっているのは、さっきの露店で見た「キモノ」という服を着た女性だった。手には髪に刺す櫛を掴み、離そうとしない。

「これは私が大切にしていた母の形見、どうか私に返してください!」

「嘘を言うな! それがお前さんのもんだって証拠はないだろ? ここにあるのは金を払った人の物になるんだ! 帰れ帰れ!」

ドムは櫛を見つめ泣いている女性を見つめ胸が締め付けられた。仮にあの櫛が彼女の物じゃないとしても、店主はどうしてあんなに辛く当たるんだろうか……。
アネモネはドムの近くで小声で話し始めた。

「向人(むこうびと)だね。ああやって、自分の物と言って露店を彷徨う厄介な人達なんだよ」

「向人?」

「あぁ、向こう側から流れつて住み着いた部族なんだ。今はファミリーの管轄下にあるけど昔はもっと色んな所にいたって話だよ」

ドムはどうしても櫛を返してくれという女性をじっと見つめていた。店主は店から出てきて女性の手から櫛を取り上げると、その肩を強く押し倒した。倒れる女性は地面に涙の跡を残し、動かない。

周りの者も誰も助ける者は一人もいない。ドムはそんな人達の間を押し分けて、女性に駆け寄って行った。

「大丈夫?」

顔を上げた女性は涙で目が腫れ、申し訳なさそうにゆっくりと立ち上がる。

「それ、いくらですか?」

ドムは店主の手にある櫛の値段を聞いた。

「おや、お前さんが買ってくれるのかい? だが、高いよ? これは一点ものだ。子供のあんたに買える金額じゃないよ」

「で? いくらなんだい?」

ドムの後ろからアネモネが声を出す。

「金5枚だ。お前たちが買えるものじゃないだろ? さぁ、帰れ帰れ」

ドムは店主に近づき手にある金貨3枚を見せた。店主は一瞬、金貨に釘付けになったが足りないよ、と笑ってドムを追い払おうとした。

「では、残りは私が」

ドムの手のひらに2枚の金貨が降ってきた。合計5枚の金貨に店主もドムも驚いた。

「兄さん?」

ドミノの隣にはドミノが笑顔で立っていた。肩には守護柱・リスのラルーの姿もある。
店主は慌ててドムの手から金貨を奪うように受け取ると、櫛をドムに押し付けた。

「まいどありっ」

急に機嫌がよくなり、逃げるよう店奥へと引っ込んで行った。

「いい買い物しましたね」

ドムは怒られると思っていた。ドムにも、店主の示した金額はボッタクリも良いところ、自分たちを追い払うための金額だと分かっていた。
自分の為にと渡してくれたお金は、泡のように消えて無くなった。

ドムは櫛の埃を払い、女性へと差し出した。

「ありがとうございます」

女性は再び涙を流し、嬉しそうに櫛を受け取って胸に抱きしめ……そしてかけていった。

「ほんと、墓守ってお人好しだね。結局損してるじゃん」

「まぁ、それが墓守の本質ってところかの」

アネモネとラルーに色々言われたが、ドミノ達は気にしなかった。

「さぁ、帰りましょう。少し時間を過ぎてしまいました」

空を見上げると、太陽は少し傾き昼過ぎを知らせていた。

つづく

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